第13話『現代は授業中。科目は体育』


     7.


 りりすちゃんの言ったことも、もっともだった。

 自分から何もせずに、相手にばかり望んでいても、何も進まない。相手次第であっても、自分が変わらなければ何も進まない。自分から変わろうと歩み寄ろうとしなければ、進むものも進めない。

「なーに暗い顔して思いつめちゃってるのさ」

 体育の授業中、隅に移動して体育座りで天井を見上げていた。網目状になっている天井に引っかかっているバレーボールやらバスケットボールの数を数えるでもなく、見つめながら、昨日りりすちゃんに言われた言葉を頭の中で反芻はんすうさせていた。

 別に見学というわけではない。

 宝籤たからくじ甲斐かいと一緒にバトミントンをしていたが、疲れたので壁にもたれかかりながら休憩している。そんな僕に、歩み寄ってきて話しかけてきたのは春子さんだった。

「ただ休憩しているだけだよ。そういう春子さんは?」

 僕の隣に、春子さんは座った。

「私も同じく休憩だよ」

 体育は男女で別々に行われるのだけど、あくまで体育館を半分半分にして使っているだけなので、別段仕切があるわけでもない。

 女性陣営の授業はバレーボールみたいだが、そちらに何人か男子も混ざっているし、バトミントンをしている男性陣営にも何人か女子が混じっている。

 ……そう言えば、今日はきていないな。

 疋田くんと榊坂くん。

 りりすちゃんに容疑者として名を挙げられた僕のクラスメイトたち、二名。

「びっくりよね」

「何が?」

「まさか、校内で自殺が起こるなんてね。それも、あの中河友二なんて」

「……まあ、自殺する人柄には見えないよな」

 自殺ではないのだけど、合わせておいた。

 いちいちの説明をするのも面倒だし、変に犯人を見つけているみたいな言動をして、どこかに潜んでいる犯人に目をつけられて口封じに殺されてしまうようなことは避けたい。

 いやまあ、容疑者の疋田くんたちはきていないわけだけど、必ずしも彼らが犯人というわけではないし。

「私としちゃとってもタイムリーな話題よ。最近読んでる本がね、丁度学校で自殺する話だったのよ。でも、登場人物たちは誰が自殺したかわからなくて、学校に閉じ込められて右往左往する作品なんだよ」

「辻村深月さんの『冷たい校舎の時が止まる』ですか?」

「そうそれ。今上巻を読んでるところなのよ」

 ふうん。タイトルとあらすじを知っているくらいだ。

「なんかさ。去年も今ぐらいに似たようなこと起きたよね。自殺じゃなかったけどさ、殺人未遂。この時期はそういうことが起きるジンクスなのかな?」

「そんなジンクスは勘弁してほしいですね」

 ちょっと古いホラー作品なら、それを鎮めるために生贄を捧げたり、学校の校長はすべて知っていて黙認していたりするものだけど、そんなことがあるはずがない。

 ただまあ、これをもし災害として考えるのならば、あながち間違いではないだろう。

 一度災害が起きた場所は、災害が起きやすい場所らしい。

 場所というか、箇所かな。山で土砂崩れが起きた場所は、次も発生しやすいのだとか。それの場合はジンクスではなく、地形によるものらしいけど……。

 人間でもある。

 毎年この時期になると調子が悪くなるとか、ついていないとか、不幸が起きるとか。

 ただの体質や習慣なんだろうけど、そういう流れというか、それこそジンクスみたいなものは、否定できない。

 それは、季節の変わり目で、コンディションが安定しないとか。体調だったり習慣だったりがあるらしいけど。

「……ねえ、定刻くん」

「なに?」

「定刻くんってさ、自殺とかしようって思ったことある?」

「自殺……」

「そう、自殺。私はね、あるんだよ。中学生の頃だけどさ」

 えらく重い話を始めるようだ。

 首吊りの死体が校内で発見されたことによって触発されたのかもしれない。

 死は生ほど身近なものでありながら、誰もが無意識に意識の外に追いやってしまっている――現実味のない世の摂理。

 その死が、今まさに、意識的には極めて身近なところにある。何たって身近な、学生である我々にとって日常の過半数を占めることになる学校で起きたことなのだから――誰だって死に対して神経質になるだろう。

「何度もね。もう死んでやるって、何かあるたびに死にたくなって、どうやって死のうか考えて――ずっと死にたいって思ってたんだよ……でも、死ねなかったんだよね」

 俯いて、少し寂しげに言う。

「本気で辛いって悩んで、本気で死にたいって思い悩んだ。なのに、私は死ねなかった。死にたいほどに苦しんでも、死ぬことができなかった――ううん、きっと死ぬ度胸がなかったんだと思う」

 春子さんは続ける。

「別に今は死にたいとか思ってるわけじゃないし、生きているのがそこそこ楽しいって思えてる。生まれてきてよかったとさえ思ってる。でも、どうしてあのとき死ななかったのかって、そんなふうに後悔することがあるんだよ。辛くても死ぬ度胸のない雑魚な私に心底」

 嫌になる。

 それはもう、呼吸同然の呟きだった。声としてかろうじて聞こえるほどの。

 ふふっ、と。

 冗談混じりにも見える微笑を、自棄やけになっているようにも見える表情を浮かべて、顔を上げる春子さん。

「あーあ、一度でいいから死んでみたいなあ」

 調子に乗った物言いだ。

 きっと冗談半分なんだろう。自暴自棄にも似ている。でも、本気半分でもあるんだろうなと、僕は思った。

 ただまあ、本当に死人が出ている以上、不謹慎な発言である。死ぬというのはどういう感覚なんだろうか。

 死んだ人間は星の数ほどいるのに。

 話を聞くことができない。

 こんなふうに思うのは、破滅願望の一種なんだろう。

 その一方で、好奇心なんだと僕は思う。

 この辺は衣織いおりせんぱいからの受け売りだ。中学生の頃によくお世話になっていた。そのとき、多かれ少なかれ彼女の考え方や価値観に、影響を受けている。

 死に対して興味が湧くのは、破滅願望であり、好奇心の一種なのだろう。

 そんなことを思いながら、春子さんの言葉に共感できた。

 死ねるものなら、一度は死んでみたい。



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