第11話『かつての疑問。質問は愚問』
5.
「犯行現場は三年二組か二年二組だと思っています」
人の気配がしない放課後の校舎内を僕たちは歩いていた。向かう現場は、木の上ではなく――本当の現場。中河友二が撲殺された現場に向かっていた。しかしながら、殺人現場が特定されているわけではない。
そのため、りりすちゃんは二ヶ所の考えを述べた。
「みっつ目の選択肢としては屋上もありますけど、屋上からの犯行となりますと、更に手間のかかる犯行になるので、三年二組と二年二組の教室に絞っていいと思います」
「ここまで手間がかかってるなら、今更どんな手間が増えても同じだと思うけど?」
「先輩。先輩は二年もこの学校に通っていて知らないんですか。屋上の鍵は閉まっていて、出られないじゃないですか」
「ああ。手間っていうのはそういう」
鍵を入手するという意味での手間か。まあ、確かに。そればかりは目を瞑れる手間ではないな。
「りりすちゃんは、三年二組――あるいは二年二組の教室で殺されたって考えているの?」
「はい。その通りです。ほかにあると言うんでしたら教えてほしいところです」
「いや、別にほかの
「ありえません」
即答した。それも力強く、迷いなく。
「だって、見てくださいよ、これ」
廊下の道中で歩みを止めたりりすちゃんが、少しだけ天を仰いだ。
そうだ。忘れていた。
普段からお世話になる機会がないから、すっかりと忘れていた。県立桜庭谷高校の廊下には監視カメラが備えつけられている。
桜庭谷高校には監視カメラが設置されている。
それでこそ廊下などに。廊下に設置されている監視カメラ。仕掛けられている監視カメラで、その時間の映像を見れば犯人の特定は容易だ。
犯行現場を映す監視カメラ。
その映像は何よりの証拠になる。だけど。
「
「ってことは、殺された場所は木に死体を移動させることができる場所ってことか」
「そういうことです」
窓を使って移動するというのも考えられそうだが、それは危険だ。そんなことができるのならば、既に木登りの時点で行っていることだろう。
僕らは、死体が発見された場所に、厳密に言えば死体を最初に目撃した場所の二年二組にやってきた。
つまるところ、僕が日々授業を受けている教室である。
教室はあっけらかんとしていて、誰もいない。生徒間では少しずつ緊張感が薄れつつあるものの、学校全体が事件に対してぴりぴりしていることに変わりはない。部活動も一時的に停止していて、下校時刻も早まっている。
「私が思うに、犯人は三年生にいると思うんですよ」
窓の外を見つめながら言った。
「どうして三年生?」
二年生の教室にきたのだか二年生を犯人というのだと思っていたけど、三年生?
「どうして三年生なんだ? 確かにさっきの方法を実行するのだとすれば、二階じゃ低いとは思うけど、だからって三年生に決めるのはおかしいだろ。そんなの、一年生でも二年生でも同じことじゃないのか?」
「ええ。感情を抜きにすれば――それでいいです。ですけど、感情を抜きにできるのなんて理論上の話をするときだけでしょう?」
「…………」
「では三年生の教室に行きましょう」
僕らは二年二組の教室を出て三年二組の教室を目指す。
三年生たちの階層、三階にはまず近寄らない。
多くの生徒が下校しているとわかっていても、なかなかどうして落ち着かない。
三年生から声をかけられでもしたら、びびらずにはいられないだろう。
「…………! こういうのことか」
「わかりましたか、先輩。ええ、それです。その感情です。計画的な殺人事件を行う際に、どうしても下見をして計画を練り込むものです。そんなことをすればするほど、目撃証言も増え、証拠も増えるというのに――です。それは慣れていないからなんですよ。殺人じゃないですよ? 場所に、です。衝動殺人ならばどこでやっても勢いに任せられているのですから、大して変わらないでしょうけど、計画殺人となればイレギュラーを避けたいはずです。そのために、よりに綿密に下見を繰り返します」
三年二組の教室に到着した。
扉を開けて這入る。中には誰もいない。
「上級生の教室とか、普段から自分の行き慣れていない場所に行くときは、嫌でも気張るものですからね。その逆もまた然り――なんてことはなかなかないですよね。逆ということは、去年か一昨年まで自分が過ごしてきた空間なんですから。余計な緊張感は、必要以上にその人間の行動を制限し、視野を狭めてしまう」
ですから――と、りりすちゃん。
「普段から使い慣れているものや、勝手の知っているもののほうが扱いやすく、同時にそちらに思考が向きやすいというのもあるんですよ。無意識に。逆に言えば、使い慣れていないもの、勝手の知らないもの、苦手意識のあるものなんていうのには、たとえどれほどの利便性があるとわかっていても、頭の中で言い訳を組み立てて意識の外に追いやるものなのです。これもまた――無意識に」
「…………」
「犯罪。この現代社会を生きていくにあたって禁忌とも言われる殺人に手を染めるんですから。専門外のことをやって、トラブルを招いて犯行を上手く遂行できないことを考えるならば、事前に勝手が知っているものや場所を用いて犯行に及んだほうが効率的かつ手際よく済ませられますし、勝手を知っているのですからトラブルにも対応できます」
そういえば、いつだったか
「ですが、必ずしも、三年生に限られるというわけではありません」
今まで言ってきた発言を、りりすちゃん自ら否定する。
「順当に考えれば三年生が犯人、あるいは主犯格として言えるでしょう。ですが、二年生や一年生の中にも三年生のところへ遊びに行っている者は少なからずいるものです。そもそも、私の推察が間違っていて、三年生に主犯格はおらず二年生や一年生だけが犯人であるとも考えられ、それどころか教師が犯人であるとさえ、考えられます」
「きょ、教師?」
予想外の方向からきた視点に僕は戸惑い、思わず言葉を復唱した。
「縄張り意識みたいなのを、ものともせずに他学年の教室に行き慣れている上に、尚且つ融通を聞かせられ、学校そのものを地の利として活かせられるのは、学校関係者であり、何よりも教師ですよ」
そうか。そういう視点もある。
ついつい意識の外に追いやっていた。
この事件に教師は関係ないだろう、と。
「りりすちゃん的には、教師が主犯格っていうのはどれくらいあり得そうなものなの?」
「そういう可能性はあるというだけで、少なくとも私はあり得ないと考えています。大人がこの殺人に関わっているとすれば、絶対に犯行だと露見しないように工夫します。私はこの事件からは、どこか
児戯。遊び。
それは、ある。
確かに。殺すだけなら、もっといろいろな手段がある。なのに、こんな自殺に見間違える程度の、ちょっと考えれば殺人だとわかるような殺し方をする意味はない。
うーん。何だか話が煙に撒かれるようにしてよくわからなくなってきた。
「ねえ、りりすちゃん。きみはどこまで考えているの? 口ぶりを聞く限り、何だか容疑者くらいなら候補に挙げられているんじゃないかと思うんだけど」
「はは――その通りです。おっしゃる通りですよ。人間関係を調査しているうちに、犯人と思わしき人物たちが何名か浮かび上がってきているのは事実です。それはもう、考える余地もなく、最も無難に疑わしいのは――そして調査すればするほどに疑わしく思えてくる人物がいます」
「それは誰だ?」
「
ん、まあ、そりゃそうだろうな。妥当なところだと僕も思う。より厳密に言えば、疋田広志を含めた数人ということになる。疋田くんとつるんでいる五人の連中――
「ただ、この判断も危ぶまれます。中河友二が、誰からも恨まれるはずのない人間だったというのなら、まだ犯人を特定しやすいんですけど、嫌われまくっていたんで、容疑者ばかりなんですよね。疋田広志は、中河友二と仲がよかったみたいですけど――いえ、関わりを持っていたみたいですけど、文句を零していたとも聞いていますからね。それに最近何やら揉め事があったみたいですし、三年生との関わりが多い疋田広志は格好の第一容疑者です。あからさま過ぎて、何かに誘導されているような感覚に陥ってしまいますけど、順当に考えれば、疋田せんぱい――疋田広志が最有力の容疑者です」
この様子じゃ、そう遠くないうちに警察が真相に辿り着きそうだ。なんたって監視カメラの映像もある。教室内は撮られていないにしても、廊下が撮影されているのならば、出入りしている人間を見ていれば、遅かれ早かれ犯人にたどり着けるだろう。
探偵ごっこをするだけの子供に出る幕はない。
頭脳で解き明かすような事件は今時ない。
すべて科学が証明できる。
証拠から、何から何まで。
それにしても。
えらく手の込んだ殺し方をされている。相当恨んでいたのだろうか。いや、恨んでいたならばもっと滅多刺しにするような真似でもするだろう。
僕にはわからないな、人殺しの気持ちなんて。
「…………ねえ、りりすちゃん」
「はい? 何ですか?」
「会ったばかりの相手にこんな質問をするのも変だけどさ。不甲斐ない先輩を助けると思って答えてもらえないかな?」
「いいですよ。私のような若輩者に答えられる質問でしたら構いません」
「りりすちゃんは、友達って何だと思う?」
「友達、ですか。妙なことを考えていますね、定刻せんぱい。何かの心理テストですか? まあ、そうですね。答えられない質問ではないので、私なりの答えでよろしければ答えさせていただきます。私は、友達なんてものはいなくてもいいものだと思っています。でも同時に、いるに越したものではないとも思っています。生きていくためには友達はいなくても構いません。それどころか食べ物と飲み物さえあれば生きることはできますからね」
ですが、と続ける。
「人間として生きていくのは別ですね。生物として生きていくためには最低限度として必要ではあります。人間として、人間社会で生きていくには、友達――もとい人脈というのは必須です。なくてはならないものです。人脈が広ければ広いほど生きやすいんですから。ええっと、そうですね。定刻せんぱいの質問に対する私の答えは、気にするほどのものじゃない――ですね。いくら人脈が大事とは言っても、結局のところは他人ですし、自分がどう思っていても――自分がどれほど尽くしても相手次第ですべてが変わってきます。そんなもの、気にするにも気にできません。気にしたからどうなるってわけでもありません。そうですね、私の知り合いみたいな言い方をすると『私を知り得る誰かで、私が知っている誰か』――ですね」
えらく回りくどい言い方をする知り合いがいるみたいだ。
そう、そこだ。
知り合いと友達の線引きだって、境界線だって怪しいものだ。何をもって友達と定義するのか。
りりすちゃんが言ったように、自分が一方的に友達だと思っていても、相手が友達だと思ってくれなければそれは友達として成立しない。
ならば、友達とは何をもって友達と定義し、どのくらいで相手を友達だと思っていいものなのだろうか。
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