第5話『いつの間にか仲良し疋田くん』


     5.


 疋田ひきた広志ひろしは、いわゆる不良である。

 校則で禁止されているわけではないが、髪の毛を金髪に染めている。一度脱色してから染めていることもあって、よどみのない金髪だ。加えて、校則以前の問題であるところの未成年の喫煙を行っている。授業を平気にサボり、学校も無断で休む。

 そんな彼の存在を高校一年生のときから知っていたが、話をするようになったのは今年に入ってからである。

 しかも、どういうわけか良好な人間関係を築けている。

 僕は髪の毛を染めないし、喫煙も飲酒もしないし、授業はサボらないし、学校を休むときはちゃんと学校に連絡するような、普通の生徒である。

 決して素行がいい真面目な生徒というわけではないが、悪いわけでもない大衆にいるその他のひとりである。

 そんな僕と疋田広志が、どうしてこうも仲良く人間関係を続けることができているのかよくわからない。僕自身わかっていない。まあ、これも疋田くんの社交性の高さによって続けられているのだろう。

『なあなあ! 聞いてくれよ、定刻くん』

 その日の帰り道、携帯電話が振動したので、確認すると疋田広志と名前が表示された。

 電話に出ると疋田くんはそう切り出した。

 一体何の話をするのかと思ったが、やはりというか予想通りというか。のことに関することだった。

 まったく興味はなかったが、話を聞かないほど興味がないわけでも拒絶したいわけでもなかったので、話を聞いた。

 話を聞くと驚くほどにくだらないものだった。

 どうやら疋田くんが購入した腕時計を、中河はダサいと馬鹿にしたらしい。それに腹立った疋田くんと、中河友二が口論になり始めたところで教員がきて、ふたりは職員室に連行された。そのあと、中河友二は謹慎処分を受けて一週間停学とのことである。

「それはそれでいいことじゃない? 厄介な奴が学校に来ないんだろ?」

『いや、そういうわけにはいかないんだ』

 所々で大きな呼吸音が聞こえる。きっと、煙草を吹かしながら電話している。

『友二の奴、出席日数がやばいんだよ。だからうっかりしたら来年も三年生ってことになり兼ねえんだわ』

「…………」

『最悪だろ? 確か定刻くんも友二のこと嫌いだったじゃん』

 確かに最悪だった。

 僕は別に、中河友二のことを嫌いと明言したわけでもないが、どれだけ言葉をにごしていても、そういう好悪は伝わるものなのだろう。

 来年一年、あの中河友二とクラスメイト――じゃなかったとしても、同級生になる可能性があるというのは最悪だ。

「疋田くんは謹慎を受けなかったのか?」

『おうよ。あいつだけだ。あいつさ、先生殴ったんだよ』

「マジか」

『呼び出されて注意受けてるとき、先生の肩を、黙れやって言ってこう――どんっと』

 こうと言いつつ何かしらのモーションを取ったのはわかったけど、音声のみの電話ではそのモーションを認知することはできない。

 ふうん……それで停学処分か。厳重注意で済むところを、暴力にまで及んだから――停学処分。

『あいつのこと、死んでほしいって思ってる奴、多そうだよな』

「まあ、そうだろう」

 殺したいって思っている人はいなくても、死んでほしいと思っている人はいるだろう。

 そこまでいかなくても、学校を辞めてほしいとか、退学してほしいとか。それくらいに思っている学生は一年生にも二年生にも三年生にもいそうだ。

 でも、嫌われている人に限って、長生きするものである。

 一体どうしてなのだろうか。こういうの。物欲センサーとかに似たオカルトな何かが、やっぱりある。

 不思議なものだ。

 VR技術や3Dプリンターが存在するこの時代にも、まだまだ解明できない不思議なものがあるのだから。

 それから、話題は変わって取り留めのない会話を行った。

 疋田くんが、今度カラオケ行こうぜと誘ってきたので、中間テストが終わったら――と言って電話を切った。

 蒸し暑い中を歩いていたのもあって、喉が渇いたので道中の公園に立ち寄った。

 広々とした公園で、遊具の多くは撤去されたのか、僕が小さい頃とは呆気らかんとしている。

 桜の木が何本も植えられている。その木陰にあるベンチに僕は座った。まだまだ暑さが拭い去れない九月だが、木陰に這入れば少し涼しくて過ごしやすい時期になってきた。

 すう――と、音も立てずに駆け抜けていく優しい風が実に心地いい。

 人のいない公園の木陰で涼んでいるのが僕みたいな奴ではなく、清楚な服を着たつばの広い帽子を被った女性ならば絵になることだろう。

 よくそういうシチュエーションで思い浮かべる女性は、決まって読書をしているけど、あの本って一体何なのだろうか? ひょっとしたらライトノベルかもしれないし、官能小説ってこともあり得なくはないだろう。ブックカバーさえ変えてしまえば、わからないものだ。

 小説の場合だと、近くで数行は読まないと内容はわからないし。

 なんてことを考えていると、公園を横断しながらこちらに歩いてくる見覚えのある人物がいた。その人物は桜庭谷川高校の女子制服を着ている。翁系沖名さんだった。

「こんにちは、定刻さん」

「こんにちは、翁系さん」

「定刻さん。定刻さんは、ここで何してるんですか?」

「ん、ちょっと考えごと」

「ふうん? どんなことですか?」

「清楚な女性が木陰で風に揺られながら読んでいる本は一体何なのかなって」

「……くだらないことを考えてますね」

 そういって、僕の隣に座る翁系さん。

 少しだけずれて場所を空けた。

「普通に詩集とかじゃないんですか?」

「なるほど」

 僕は手に取ったことがないから、言われるまで思い浮かびさえしなかった。

「ねえ、定刻さん」

「はい?」

「最近、疋田さんとか榊坂さかきざかさんとかと一緒にいますけど、仲がいいんですか?」

 榊坂というのは、疋田広志の周りの人間のひとりである。

「んー、どうだろ。いいほうだと思います。どうしてまた? ひょっとして、どちらかが気になるとか、ですか?」

 疋田くんにも榊坂くんにも彼女はいたような気がするけど。

「いえ、そんなことはありません。あり得ません」

「あり得ない、ですか」

「論外です」

「…………」

 僕の早とちりだったみたいだ。

 まあ、イメージじゃないしな。

「夏休み明けてから、定刻さんが彼らと話すようになったので、てっきり夏休みでやんちゃになっちゃんじゃないかと思ったんです」

「やんちゃって……」

「私、友達が少ないので、そんな定刻さんまであんな感じになってしまったら困ります」

 僕のことをちゃんと友達だと思ってくれていたようで、内心嬉しかった。

「やんちゃと言えば、去年いましたよね。うちのクラスじゃなかったですけど、ええっと、太田おおた、さん?」

太田おおた蓮二れんじですか?」

「それです。殺人未遂で退学になった人ですよね。中河友二さんも大概迷惑ですけど、太田さんもかなり迷惑でしたよね」

「でしたね。僕はあいつと同じクラスメイトでしたから最悪でしたよ」

 授業中に刃物を振り回して、隣の席にいた奴を殺しかけて退学になった。

 キレて暴れる数日前から少し様子がおかしくて、精神状態が不安定な状態だった。

 一部では薬物中毒状態だったんじゃないのかとさえ言われていたくらいである。

「あの騒動って、丁度今くらいの時期でしたよね?」

「そうですね。十月の頭頃でしたね」

 あれは衣替えをしたばかりの頃だ。夏服の九月ではない。

 翁系さんは、ぐっと背伸びをしながら、溜息を吐いた。

「定刻さん」

「何ですか?」

「なんていうんでしょうか。何だか私」

 とても嫌な予感がするんですよ。



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