第4話『頑張る宝籤少年』
4.
一年一組で、同じクラスだったことと宝籤のずば抜けたコミュニケーション能力のおかげで僕は宝籤甲斐という友達ができた。高校生活のいいスタートを切ることができた。
そんな宝籤甲斐は、現在野球部に所属している。小学校も中学校も、野球をしてきたそうだ。
そんな彼に、僕はある日訊ねた。
野球を小学校から高校二年までの十年間続けてきた人間の抱く夢は、やはり野球選手なのだろうか。それは素朴な疑問だった。十代のすべてを野球に注いできた人間が、将来に渇望する人物像は、球場に立つ自分なのだろうかと。
「俺が野球選手なんぞに憧れるわけねえだろ」
宝籤甲斐は、僕の問いかけに即答した。放課後、本日は野球部ではなくサッカー部が運動場を使う番らしく、野球部の部活動はお休みだった。僕たちは雑談をしながら帰ることになった。一緒に教室を出て、下駄箱を目指しているとき、ふと思った。だから訊いてみることにした。
「あんなのは才能のある奴が、努力して初めてできる仕事だよ。俺みたいに才能がない奴は、いくら努力してもなれねえんだよ」
「才能なんてものは努力次第って言うだろ。十年もやってきたんだろ、野球」
「ああ、小二で始めたからな。そりゃあ、一度も夢見なかったかって言われれば嘘になるけどよ。野球の才能があるだけじゃ野球選手にはなれねえし、努力だけでもなれねえんだよ。才能のある奴が努力して初めてなれるんだよ。そりゃあ、俺だってよ、そこら辺の奴に比べりゃ上手いぜ? 十年間で
「期待の新人とか言われてたっけ?」
「そう、それだ。あいつは間違いねえ。マジもんだ。いいセンスを持っていやがる。ああいうのがプロになれる人間だと、俺は思うね」
随分と暗い返答だが、持ち前の明るさで感じさせられなかった。それはやはり、宝籤は宝籤なりに割り切っているからこそだろう。
「そういうもんかね」
「そういうもんだよ」
下駄箱で靴を履き替える。運動場を横切りながら校門まで歩き、校門から続く階段を降りる。県立桜庭谷川高等学校から下校するためには、この階段を降りなければならない。何段あるのか数えたことはないが、
少なくとも百は超えているだろう。
まるで神社に続く境内のような印象を受ける古びた石段の階段である。ところどころコンクリートで補強されているのが見える。
校舎の周りには深い緑の木々が生い茂っていて、桜庭谷川高校は山中の少し開けた場所に点在している学校である。
この階段と、学校の周りを囲んでいるフェンスの外は、いつ転がり落ちてもおかしくない整備の行き届かない雑木林になっている。
学校の周りはある程度の手入れこそされているが、階段から逸れれば、植物が自由に成長し、伸び伸びと生い茂っている。昼間であろうと夕方であろうと、この登下校に用いられる階段は、いつも薄暗い。
夏場は少し涼しいが、周りが雑木林ということもあり、虫も多い。
九月半ばの現在。
残暑に悩まされる時期だが、木陰になっていることもあって、ひとたび風が吹けば、それは心地いいものだ。
「――それにしても、この階段は危ねえよな」
「それはずっと思ってるよ」
「俺って部活やってんじゃん。夏場はそうでもねえんだけど、冬場とかになってくるとさ。ほら、すぐ暗くなるじゃん。ここ、帰り道めっちゃ暗いんだよ。それにほら、すっげー不安定なところもあるし」
とんとんっ――と、爪先で階段を突く宝籤。所々老朽化に伴い、剥がれそうになっているところもあれば、崩れ始めているところもあり、割れそうになっているところもある。露骨に危険な場所はコンクリートで補強こそされているが、不安定な場所を挙げればきりがない。まったくもって、この石段の階段は、不安定な足場になっている。
「こことか危ないよな。
「こんなところじゃあ、下手に後ろから驚かせねえぜ」
「階段で驚かすのはやめてくれ」
それは、どんな階段でも危ない。
「校門付近で背中とか押したら麓まで真っ逆さまに転がり落ちて即死だろうな」
「だろうね。足場は悪いし、殺人じゃなくて事故って扱いになりそうだ」
「物騒なこと言ってんな。穏やかじゃねえぜ」
愉快そうに笑う宝籤。
「それにしても、手摺りさえないっていうのもどうかと、僕は思うんだ」
「それは俺も思ってたところだな。先生らもこの階段を使って通勤してんだから危なさってのはわかってるはずなんだし、何とかしてほしいよな」
「こういうのって、怪我人が出てからじゃないと動かないものでしょ」
どんなことでもそうだ。何かしらの被害が出てから、見直されることばかりだ。
危ないなって思っていても、みんな思っていても、誰もそれを言わない。
きっと、言えば言った人がその作業をやらされるから、なのだろう。
業者と手続きをして、話をして、予算の申請をして……。
単純に仕事が増える。
だから、誰も彼も思っていてもやらない。
会社や学校側――一個人ではない規模で動いてくれるようにならない限りは、誰もやりたがらない。
「あっ、そういやさ、定刻。知ってるか?」
「? 何を?」
「学校の七不思議。怪談だよ、怪談」
「…………」
一体彼はどうして、ちょっと面白いことを言ったみたいな顔を浮かべているのだろうか。まさかと思うが、階段と怪談をかけているなんていう小学生でも恥ずかしくて言わないようなことを思っているわけではあるまい。
「七不思議の噂なら知ってるよ」
七不思議の噂って、ちょっと頭痛が痛いみたいな言い方になってしまった。どっちも噂じゃん。
まあ、頭痛が痛いって言っている人に向かって、それ使い方間違ってますよ。
っていう人も、どうかとは思っている。
頭痛に悩まされている人に対して向ける言葉にしては随分な言葉である。
「――
僕が知る内容と相違は見受けられた。それでも言っている内容は大して変わっていない。まあ、ひとから人に流れる噂話なんて、所詮はそんなものだ。
「いまいちわかんねえんだよな」
「どこか?」
極めてわかりやすい内容だと思うのだが。
「逢魔ヶ時っていつだよ」
「夕方だね」
「はっはーん。じゃあ、その話を最初にし始めたのは運動部の奴らだろうな。七不思議なんざ誰かが流しでもしねえ限り広まるわけねえしさ。それに、それ、運動部の経験談からきてる可能性が高いな。実際にさ、俺の経験則から言わせてもらえば、それに近しいもんなんだよ。ただでさえこの階段暗いのに、夏至を過ぎると、六時過ぎりゃ暗くなってくるしさ。いっつも懐中電灯使いながら降りてんだけどさ」
「まるで肝試しだな」
「マジマジ。一寸先が闇とはあのことだね。階段は長いし、疲れてるからふらっふらだし――」
ひょっとしたらさ。と、宝籤甲斐。
不敵な笑みを浮かべながら言う。
「本当にあった話かもな」
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