インターネット・インディアン

オニキ ヨウ

インターネット・インディアン

 我々がコンピューターを発明する前、インターネットの世界には「インターネット・インディアン」が住んでいた。

 こちらの歴史で換算すると、五百年ほど前のことだ。


 広大なHTMLの平原で、インターネット・インディアンたちは数十人ないし数百人ごとのまとまりに分かれ自給自足の生活をおこなっていた。

 大地は固く、空は遠く、気温や天候は女の表情のようにコロコロ変わったが、彼らは自然と共存する術を身に付けていた。

 凍てつく冬、インディアンたちは<width>羊や<height>山羊の毛皮でできた織物をまとって寒さをしのいだ。

 焼けつく夏、崖沿いに巨大な<div>洞穴を掘り日光の刺激から肌を守った。

 彼らの中にはもちろん、嘘をつくものや乱暴を働くものもいた。しかし、彼らは共通して絶対的なものの存在を信じていた。

 絶対的なもの――<archiveアーカイヴ>。

 彼らは皆「アーカイヴ」と呼ばれる神を信仰しており、非道徳な行いをしたときは代行人である酋長しゅうちょうから下される、罪に比例した神の裁きを甘んじて受けた。世界が二進法でできているなど、考えたこともなかった。

 信心深い彼らにとって、森羅万象のできごとは唯一神アーカイヴ運命クリックが定めたことと、信じて疑わなかったのだ。


 しかし、海を渡ってXHTMLの彼方から白肌の異邦人がやってくると、にわかに彼らの生活はおびやかされた。

 彼らはインターネット・インディアンが今までにみたこともないCSSと呼ばれる工作機を持ちこむと、あっという間に世界のソースを書き換えてしまった。

 インディアンたちが愛した平原には硬いスクロールバーの線路が敷かれ、その上を様々な形をしたカーソル列車が走った。太いフォントの頑丈な家を建て、邪魔なインディアンたちを、<!--隠し文字-->の空白へ追いやった。

 飲めば体中でバグが発生するという不思議な飲み物を流通させ、免疫めんえきのないインディアンたちの間に病気ウィルス蔓延まんえんさせたのも彼らだ。革新的なテクノロジーの前では、神に等しい酋長さえ辺りをうろつく野良犬同然。

 新世界からやって来た異邦人を、インディアンたちは「インターネット・ホワイト」と名付けてみ嫌った。奴らは太陽に嫌われた悪魔の手先だと口々に揶揄やゆした。なるほど悪魔たちの削除ジェノサイドは徹底的で、二百年も経つうちにインターネット・インディアンの人口は十分の一にまで減ってしまった。


 インターネット・ホワイトたちは、内部紛争を抱えながらもやがて一つに収束し、革新的なCSSの力を世界に拡大していった。HTMLの平原は隙間なく<img画像>に装飾され、特別大きな<h1>でできた高層ビル群は派手なカラーに明滅した。

 世界は二進法でできていると誰かが声高に叫び、瞬く間にSNSに乗って世界中へ拡散された。情報は流れ、効率化は進み、物事はどんどん単純になったが、神を失ったインターネット・インディアンたちの目にそのような世界の変化など大同小異にしか映らない。


 ある晴れた日の午後、労働を放棄したインターネット・ホワイトたちが優雅にコーヒーをすすっていると、空を奇妙な影がおおった。

 誰も聞いたことのない不思議な音を響かせてそれら・・・は地上へ舞い降りた。地面から少し離れて宙にとどまったそれら・・・の下に、黒い影が映っていると気づいた学者たちは、それら・・・が高度な次元からやって来た異世界人だと気づいて驚愕きょうがくした。

 すぐさまそれら・・・危惧きぐする論文を発表したが、インターネット・ホワイトの若者たちは、老人たちの戯言ざれごとだと歯牙しがにもかけなかった――いつの時代も若者たちは、現状を叩き潰す新勢力に期待をかけるものなのだ。


 謎の来訪者に対応するためインターネット・ホワイトたちから選出されたインターネット・大統領がインターネット・ホワイトハウスから顔を出し、それら・・・の代表と宇宙的な会談を取りつけた。

 瞬く間にその情報は全世界へ発信され、リアルタイムで前代未聞のサミットが放送された。

 インターネット・大統領が訪問のわけを尋ねると、それら・・・の代表は、「我々は使命を遂行するためやってきたのだ」と語った。


「もうじき、この世界より高度な三次元世界に住まう生命体が「インターネット」を発明する。初めは大学同士を繋ぐ、ささいなプライベート通信に過ぎないのだが、のちにそれは四十年もの歳月をかけて、広大な仮想世界を創り上げる。

君たちの文明は、彼らの歴史の前にあってはならないものなのだ。

それは矛盾、次元を混乱させるほどの、ひどい矛盾」


 ワレワレハ、「インターネット・エイリアン」。

 アーカイヴの命に従い、この世界を粛清しなければならない。


 ……。……。……。




 時は移って、一九六九年十月二九日。

 カリフォルニア大学の研究室からスタンフォード研究所へ、パケット通信の記念すべき第一文字が送信される。冷蔵庫のように巨大な、インターフェイスによって。

 双方のコンピューター・スクリーンに映るのは、アルファベット「L」の文字――LOGという単語の一文字目だ。

 この瞬間、アダムとイブの間にインターネットの世界が誕生した。

 アメリカ人技術者は受話器を両手に抱えながら、興奮気味に相手に尋ねた。


「ねぇ、スクリーンのLの文字が見えたかい!」





 ※この物語はフィクションです。

 The characters and events depicted in this photoplay are fictitious. Any similarity to actual persons, living or dead, is purely coincidental.


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

インターネット・インディアン オニキ ヨウ @lastmoments

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説