華蓮な日々④

 花火が終わると私はお母さんに迎えに来てもらって家に帰った。


 本当はもう少しタローと一緒に居たかったけど、もう意識が飛びそうだったから。


 次の日、私はお父さんの勤める病院に入院した。安静にしている分には意識が無くなることもない。それに今日は少し体が楽だ。


 暇つぶしにスマホを弄っていると、沢山のメッセージが届いた。


『やめとけ』『別れなさい』『脅迫されてるの?』『弁護士のご用命は、うちのパパまで』


 田中君と夏穂ちゃんが見てたらしい。


 タローが焦って可笑しい。大丈夫、私がフォローするからね。


 でも私がタローって呼んでることが問題になっちゃった。そう言えばいつから呼び捨てにしてたのかな? 付き合ってないのに厚かましいかな?


 クラスのチャットが凄い勢いで流れていく。早過ぎてついていけないけど、見てるだけで楽しい。皆、仲良いんだなぁ。


 間違えてタローに打つメッセージをクラスのチャットに入れちゃった。


 こうしてふざけたりできるのも今のうち。結局私達のことは全部皆に知られちゃった。隠してた訳じゃないけど恥ずかしい。


 優香ちゃんもそんなに言わなくても、ちゃんと好きな気持ち自覚してるから大丈夫だよ。


 これからまた化学療法が始まって、皆に会う元気も無くなる。だからどさくさに紛れてクラスのチャットから退出した。


 淋しいけど、タローと会うのも連絡するのも元気になってから。だからしばらくお別れ。


華蓮『一回だけ華蓮って呼んで』


タロー『か、いや、ダメ。付き合ってから!』


華蓮『そっか』



華蓮『元々しばらく会えないんだ。だから次会うときまでよく考えてみるね』


タロー『うん…分かった』


華蓮『じゃあ、元気でね、ばいばい』


タロー『えっ、何かもう会えないとかじゃないよね?』


 また、会えますように。次も笑顔で会えますように。


 さあ、頑張ろう。




 それから採血したり輸血したり、貧血が改善したら骨髄穿刺も行った。


 やっぱり白血病が再発していた。予想していたことだから、驚きはなかった。悲しくて辛いけど、頑張って治していかないといけない。


 抗癌剤の治療が始まった。また髪が抜けていく。バンダナで髪を隠す。もう当分友達にも会えない。


 学校も、病院の院内学級に転校扱いになるだろう。治ったらまたタロー達と学校に通えるのかな。


 MRIやPETなど、全身が調べられていく。恐い話は聞きたくないけど、お父さんが大丈夫としか言わないことが、逆に不安を掻き立てる。


 体中が痛い。吐き気で何も食べられず、ずっと点滴に繋がれている。


 伯父さんがワンコのタローの写真とマンガを持ってきてくれた。学園恋愛物と社会人の恋愛物。


 ふふふ、伯父さん恋愛物好きだね。社会人かぁ、想像できないな。私それまで生きていられるのかな。


 マンガのヒロインは、どちらもとっても明るくて元気。登場人物達は泣いたり笑ったり、表情豊かに恋愛模様を繰り広げる。


 嫉妬したり泣いたり怒ったり。その辺りはあまり感情移入できない。いつまで生きられるかも分からない私からしたら、些細なこと過ぎて泣いたり怒ったりするほどなのかと思ってしまう。


 元気なときに読んだらまた違うのかもしれない。でも、今は振られても浮気されても、元気で好きな人の近くに居られるっていうだけで十分羨ましい。


 どうせならギャグマンガとか四コマとか、何も考えなくて良いの持ってきてほしいなぁ。


 付き添いのお母さんが帰ると一人なので、私は今のうちに遺書を書いておくことにした。


『お父さん、お母さん。今までずっとありがとう。

 色々な負担を掛けてしまってごめんなさい。

 二人より先に逝ってしまってごめんなさい。

 言わないようにしてたけど、本当は前も辛くて死んでしまいたいと何度も思ったの。だから、死んでしまうのは残念だけど、もう苦しまなくて良くなったんだと、そう考えてあまり悲しまないでください。

 華蓮はもう十分頑張ったって、そう言ってもらえるように、これを書いた後も頑張ります。諦めてこれを書いてる訳じゃないから、泣かないでね?

 花嫁衣装も、孫の顔も見せられなくてごめんなさい。まあ、これは生きてても見せられないかもしれないから、仕方ないと思ってください。

 私が子供を産めないかもしれないのも知ってたよ。抗癌剤の副作用で卵子がダメになっちゃうんだよね?

 そもそも孫の顔は見れなかったかも。だから、孫の顔が見られるように、二人とも仲良くして、早く弟か妹を作ってください。二人が淋しくならないように、お願いします。

 できたら、山田君の妹さんの、優香ちゃんみたいな妹が良いです。私の遺品も何か使えるものがあるかもしれないしね。

 あまり大したことは書けなかったけど、私が居なくても、あまり長く悲しまないでね。

 二人の健康と幸福を祈っています 華蓮』


『山田太郎様

 先日はお返事できなくてすいませんでした。

 私、病気が再発したみたいだったから、安易に返事できなかったの。

 もし、相思相愛だったら、私が死んじゃった後、凄く泣いちゃうでしょ? 凄く引きずっちゃうでしょ? だからダメなの。

 お返事したかったけど、一緒に居たかったけど、無理みたいです。

 文化祭廻ったりクリスマスデートとかしたかったね。来年の夏祭りには金魚すくいしたかったのに。修学旅行、楽しみだったのに。

 優香ちゃんとも、もっと遊びたかった。

 お母様とも、もっとお話したかった。

 坂下君達とも、夏穂ちゃんとも、クラスの皆とも、もっと仲良くなって、もっと沢山思いで作りたかったな。

 私の中学生生活の思い出、半年も無いよ?

 太郎君は沢山思い出作って、いつか天国でお話聞かせてください。

 その時に、今の私の気持ちを教えます。その頃には笑い話になっているでしょう。

 太郎君はちゃんと勉強してください。お姉ちゃん、それが心配です。授業中にお姉ちゃんの胸をチラチラ見てたの知ってますよ。ちゃんと授業に集中してください。静香先生の胸ばかり見るのもダメです。

 ちゃんとしてるか天国から見てるからね?』


 一枚目を書き終え、二枚目に取り掛かる。


『本当はね、私ね、タローのこと、大好きだったよ。

 いつから私がタローのこと、好きか分からないでしょ? それは次に会ったときに教えてあげる。だからそれまで元気に生きていてね。

 夏祭りで会えたとき嬉しかったよ。倒れそうな時に支えてくれて、王子様みたいって思っちゃった。

 リンゴ飴もドキドキしたし、頬にキスされて嬉しかったよ。本当は唇にしてほしかったけど。残念だったね、私のファーストキスを奪える最初で最後のチャンスだったのに。

 優香ちゃんが撮ってくれた写真素敵だった。でも私がもっと健康そうだったら良かったのに。

 もしもっと健康だったら、修学旅行も一緒に行って、高校生になって。高校は別々かな? タロー全然勉強しないもん。

 で、離れ離れになって不安になったり心配したりやきもきするの。もちろん、タローがだよ? 私はしないよ? だってタローが私のこと大好きなの知ってるもん。

 可愛い華蓮ちゃんが、知らない人からラブレター貰ったりするの! タロー、妬きもちやいて大変だねぇ。

 で、大学生になって、私はアメリカの大学に入ってしまって、国まで離れちゃうの。タロー泣いちゃうよね。

 タローも一緒に向こうの大学行く? 私、お医者さんになるの。白血病なんか簡単に治しちゃうの。髪の毛抜けたり子供ができなくなったりしない白血病の治療法を開発するの。

 あ、でも不妊治療のパイオニアも良いなぁ。

 華蓮先生は女の子の味方なのです!

 タローも一緒にお医者さんしようよ。私みたいな子を治してあげてよ。

 私みたいに死んじゃう子がいなくなるように…

 私みたいな子が、大好きな人のお嫁さんになって、可愛い子供が産めるように…』


 そこまで書いて、やっぱり気に入らなくて丸めてゴミ箱へ捨てた。


 でも、お母さんが見つけちゃったら困るから、拾って引き出しの奥に隠しておいた。何となく破って捨てたくなかったの。


 毎日スマホで皆でプールに行った写真や、タローとのツーショット写真を眺めて、また一緒に行けるように頑張ろうと自分を励ました。


 メッセージの着信が増えていく。メッセージは誰からかも確認していない。アプリを消してしまうことも考えたけど、メッセージの履歴は私の数少ない友人との思い出だから消せなかった。


 メッセージは今見ると、今タローや夏穂ちゃんのメッセージを見たら、辛いよ淋しいよ悲しいよって言っちゃいそうだから、見ないようにしていた。


 でもいつしかスマホを持ち上げることもままならなくなり、写真を見ることもできなくなった。


 そして瞼が開かなくなり、私の意識は闇へと落ちていった。結局処分できなかった手紙が気に掛かった。


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