華蓮な日々③
待ちに待った夏祭りの日がやってきた。
浴衣を着るだけで息切れがして、立っていられなくなった。もう、確実に再発している。
しんどかったけど、もしかしたら今日の写真が私の遺影になるかもしれないから、タロー君に見せる最後の姿かもしれないから、頑張って頑張って可愛く髪もセットした。
もう倒れそうだったけど、顔が真っ白だったけど、頑張って笑顔で写真を撮ってもらった。これで遺影の準備もできた。
帰ってきたら、今日、遺書を書いておこうと思う。病室で書いたらお母さんに見られてしまうから、部屋の引き出しに仕舞っておくの。私が死んでしまったら見つかるように。
お母さんは、私の顔色を見て何か言いたそうだったけど、飲み込んで可愛いよって言ってくれて写真を撮ってくれた。
もう体調を隠せてない。
夏祭りを楽しみにしていた私に猶予をくれているだけだ。きっとお母さんも私の最後の思い出になるかもしれないと思っているんだろう。
明日には病院に連れて行かれる。
今日だけだから、お母さんごめんね。
フラフラしてロクに歩けない私を見かねて、お母さんは車で神社まで送ってくれた。何かあったらすぐに連絡するように念を押されちゃった。
夏穂ちゃんは田中君とお祭りに行くことになったので、集合場所には居なかった。
女友達と一緒に廻って、タロー君を探すつもりだったけど、辛くて、歩けなくて、皆について行けなかった。
皆何度も立ち止まってくれて、申し訳なくて泣きそうになった。先に行ってくれて良いよって言ったのに、皆大丈夫って言う。
全然進まないけど頑張って歩いてたら、坂下君がやってきた。
二人で一緒に廻りたいって。
他の友達がいたからか、好きだとは言われなかったけど、私のことを好きなんだって伝わってきた。
嬉しかった。
こんな自分のことしか考えられない私なんかを好きになってくれて、ありがとう。
君も私と同じ。
私と一緒で、好きな人に会いたくて、好きな人と一緒に夏祭りの思い出を作りたくて、私を探してきてくれたんだね。
ごめんね。好きな人がいるんだ。
でも、そんな風には言えない。私の気持ちは誰にも伝えるつもりはない。少なくとも健康になるまでは。
もう、病気の私のことで悲しむ人は増やしたくない。死んじゃうかもしれない私の気持ちを相手に遺(のこ)していくのは、あまりに自分勝手だから。
だから、ごめんね。嬉しかったことも、私の好きな人のことも伝えられないけど、坂下君の誠意に、少しでも誠意で返せていたら良いな。
坂下君に皆で一緒に廻るか聞いてみた。誠実な目で見てくる坂下君がついて来ないのは分かっていた。
ごめんね、ずるい子で。
もし一緒に行くと言われたら、私は困ってしまっただろう。だって、私は坂下君と同じ事をタロー君にしたいのだ。
それなのに坂下君を連れて行くなんて失礼にも程がある。
ちょっと意識が朦朧としているせいもあって、そんなことを言ってしまった。坂下君の誠意に甘えてしまった。
坂下君は良い人だ。友達としてだけど、大好きだよ。
坂下君は、何度も告白されて迷惑だろうけど、次に来るヤツの話も聞いてやってくれって言って、笑って去って行った。ちょっと格好良かった。
続いて朝倉君や野中君もやってきた。
一人ずつ、男らしくやってくる。
三人も続いたから、皆には先に行ってもらった。皆にもお祭りを楽しんで欲しい。
皆、浴衣似合ってる、可愛いよって言ってくれた。
皆良い人で泣きそうになった。私だけが自分のことしか考えてない。
私、そんなに良い子じゃないんだよ。
もっと健康で優しくて良い子が、三人のことを好きになってくれたらいい。
隣の席がタロー君じゃなくて、坂下君だったら、朝倉君だったら、野中君だったら、私は好きになっていただろうか。
彼らの誰かと恋に落ちたんだろうか。
でも、ごめん。もう私の人生のキャパシティは限界に近いんだ。
今から坂下君たちを好きになるのか、そんな未来を想像することすら、私には許されていない。
もう、私に未来を夢想する余裕はないの。
今あるたった一つの思いを、大切にしたい。まだ恋と呼べるほどではないけど、淡くて仄かなこの思い。最初で最後かもしれない思いを大切にしたい。
だから、今から私の心を確かめに行くよ。
タロー君、どこにいるの?
会いたいよ。
会って、本当に私がタロー君のこと、好きなのかちゃんと確認したい。曖昧なまま死にたくないんだ。
見つけに行く体力がないの。
お願い、私を見つけて。
私が倒れる前に、私が消えてしまう前に
ついに私は倒れた。立っていられなくなったんだ。
目の前が暗くなって倒れていく。もうダメだと思ったとき、タロー君が現れた。
もうっ、タロー君の癖に王子様みたいなタイミング。
バカ。
もっと好きになっちゃうからやめてよ。
でも嬉しかった。最後に会えて良かった。
「ほら、運命の赤い糸だった」
ふふっ、嬉しいけど多分違うと思うよ? その糸切れちゃうもん。
私の騎士君は、私をベンチに連れて行ってくれた。弟みたいだったのに、今は王子様みたい。
肩を貸してくれたけど、私汗臭くないかな?
タロー君やっぱり前より筋肉が付いてる。男の子だなぁ。
でもベンチで良かった。もう歩けないどころか、立っていられない。一緒に廻りたかったけど、それは贅沢を言いすぎだって分かってる。
タロー君はリンゴ飴を渡してきてどこかへ行ってしまった、と思ったらジュースを買って走って戻ってきた。
リンゴ飴、憶えてたんだね。私も憶えてるよ。一緒に写真撮ろうね。来年も再来年も一緒に写真撮れたらいいのに。
タロー君は私を寝かせて、膝枕してくれるって言うのに、恥ずかしくて断っちゃった。頼めば良かった。寒気がするから引っ付きたい。
でもそんなこと言えない。心配かけちゃうし、家に帰らないといけなくなるから。私が闘病生活で培った、空元気の笑顔。どうかな、タロー君に見抜けるかな? 家族も騙せるくらいだから、無理だと思うよ?
タロー君は地面に座ってベンチにもたれ掛けた。とても近い。凄く近くてタロー君の顔が赤くなったのが分かった。
とても辛くて意識が飛びそうだったけど、タロー君の思い出を悲しい物にしたくない。タロー君の中の私の最後の姿が弱り切って倒れるところというのは嫌だ。
明るく元気に笑っている私を憶えていて欲しい。
頑張って元気な声を出しすけど、自分が何を言っているのかよく分からない。おかしな事を言ってなければ良いけど。
ねえ、タロー君。
私のこと好き?
ねえ、タロー君。
可愛いって言って?
浴衣似合ってるよって、言って?
早くしないと、私居なくなっちゃうよ。
「似合ってる、とっても可愛い」
うふふっ、言わされたみたいだね。
「言わされたし。でも、凄く可愛い」
ありがとう、とっても嬉しい。
坂下君が言ってくれた時より、朝倉君が誉めてくれたときより、野中君が照れ笑いを浮かべて話してくれた時より、嬉しい。
やっぱり、私、タロー君のこと、好きみたい。
ねえ、タロー君。
今日はタロー君に会いに来たの。
タロー君が見たいって言ってくれたから、タロー君に見て欲しくて、浴衣を着てきたの。
ねえ、タロー君
私、ちゃんと話せてる? いつもみたいに笑えてるかな。よく分かんないんだ。
タロー君が私の髪に触れた。私の頭を撫でた。嬉しい。
「こんな可愛すぎるところ、皆に見せちゃダメだよ? 男子中学生を弄んで!」
弄んでないよ。タロー君だけだよ。でも、嬉しい。可愛いって思ってくれて。
ねえ、タロー
タローは私のこと好き?
ねえ、タロー
好きって言って
私は言わないのに、言って欲しいなんて、本当にズルいよね。
「今日、小悪魔本上さんに惚れた男達が四人、続々と来たろ?」
朦朧としながら必死で考える。坂下君達のことだ。
「あいつらちょっとおかしいけど、良い奴らだよ」
「うん、知ってるよ」
「そうか、良かった」
あの人達、皆、私のこと好きなんだよ? 心配しないの? 妬きもちやかないの?
もっと、穫られないか心配して? もっと妬きもちやいて?
ちゃんと好きって言って
「皆、浴衣似合ってる、可愛いよって言ってくれたよ」
「うん」
「何度も告白されて迷惑だろうけど、次に来るヤツの話も聞いてやってくれって」
「うん」
「坂下君、朝倉君、野中君が来て、皆同じように他の人のこと頼んで行ったよ。良い人達だよね」
「うん」
どうして心配してくれないの? どうして妬きもちやいてくれないの?
「ねぇ、タロー君。さっき、四人って言わなかった?」
「うん、言ったよ。本上さんに惚れた男が四人って」
「三人だよね?」
「四人だよ」
「最後の人は?」
「もう、分かってるだろ? 僕だよ」
タローのバカ。
「僕だよ。本上さんに惚れて、今日君を探してやってきた最後の一人は」
バカバカ! 格好つけて! そんなのしなくても良いの。ただ好きだって言ってよ。
でも嬉しくて、ちょっと涙目になっちゃった。
でもね、タロー。私、悪い子なんだ。
知ってたよ。タローが私のこと好きだって。でもちゃんと言って欲しいの。もう最後かもしれないから。
タローに幻滅されたくないから、気付いてなかったフリをした。全く嘘って訳じゃないの。驚いたのは本当。だって、ちゃんと言ってくれないから、多分好きなんだろうなって、思ってただけだから。
ねえ、タロー。好きって言ってよ。言ってくれてないよ。
もう次は会えないかもしれないから、恥ずかしくても、今日、言って。お願いだから。
「それに…、好きって、言われてないよ?」
ねぇ、まだ私楽しそうに笑えてる? 辛そうな顔してない?
なんだか少し寒くなってきた。夏なのに、夏祭りなのに、可笑しいね。
ダメだ、もう目を開けてるのも辛い。タローの手が私の頬に触れる。手がふるえてる。緊張してるんだね。私もそうだよ。
ねえ、タロー。もっと触れて。もっと生きている私を感じて、憶えていて。
うっすら目を開けるとタローがタコ口になってた。ああ、キスしたかったんだね。
でも、雰囲気とか順番とかあるじゃない?
ちゃんと好きって言ってくれてからじゃないと、嫌だよ。
だって、私のファーストキスだもん。
だって、最後のキスかもしれないもん。
キスして好きだじゃ嫌なの。伯父さんが持ってきてくれたマンガじゃ、好きだって言ってくれてからキスだったよ。
緊張と疲労と苦痛で目を閉じてしまう。
早く、早く
私の空元気が底をつく前に
可愛いって言ってくれた私である間に
早く、早く、好きって言って。
ふざけあうのはとっても楽しいけど、もうすぐ私の電池は切れてしまうの。
そんなにキスしたいなら、してもいいから
だからちゃんと好きって言ってよ?
「そう? 本当かな? ほらっ、キスしたくなっちゃったんじゃない?」
頬にタローの唇がそっと触れた。壊れ物のようにそっと。
タローの意気地なし。唇にして良かったのに。
タロー震えてたよ。でも私も震えてた。
頬でもいざとなったら吃驚しちゃって、変な声が出ちゃった。
「はにゃ? にゃ、にゃ、にゃにおするー」
恥ずかしくてタローの顔が見れない。
嬉しい、悲しい、切ない、悔しい、そしてちょっと怖い
「好きだよ」
「はにゃあ?」
「本上さん、僕は君が好きだ」
「にゃああああっ!」
嬉しい! 私も! 私もタローが好き!
でも、タロー、ズルい。私が恥ずかしがってる時に言うなんて。ちゃんとしてる時に言って欲しかったな。
タローが私の髪を撫でる。気持ちいい。
耳を触られた。なんだか恥ずかしい。でももっと触って欲しい。触ってくれると、少し寒さが和らぐの。
ねえ、タロー。キスして
でもタローはキスしてくれなかった。
「付き合ってとは言わないよ。本上さん、お子様だから、そんなの求められても困るだろ?
僕が勝手に本上さんを好きなだけだよ」
お子様じゃないよ。お姉ちゃんだよ。
「タロー、くん」
「なぁに?」
「タロー君、タロー君、タロー君!」
好きだよ
言えないけど、ごめんね。
もし、治ったら、私から沢山キスするから、許してね。
色々感極まってきて、バカバカ言っちゃった。
「焦んなくても、ちゃんと僕のこと好きにさせるから。その代わり、僕のこと好きになったら、今度は本上さんが告白する番だからね?」
「えええっ? そんなの、恥ずかしいよぅ」
もう好きなんだけど、告白するのは恥ずかしいの。
「冗談だよ。僕はそんなこと本気で言えるほど格好いい訳でもないしね」
「か、格好いいよ!」
「えっ?」
「今日も格好良かったよ? 私が倒れそうになったら、突然現れて助けてくれるし! さっとベンチに連れてってくれて、足を冷やすジュースも買ってきてくれちゃうし! なんか最近日焼けして体も引き締まってるし!
そ、それに、せっかくのお祭りなのに、怪我しちゃって動けない私とずっと一緒に居てくれるし!」
私の事を助けてくれる、私の王子様なんだから。
「あれ? もう、僕のこと好きなんじゃない? あれ?」
そうだよ? 今頃気付いたの?
だから、タローはお子様なの。
だから、タローは可愛いの。
だから、タロー、大好きだよ
ちゃんとあなたの気持ちに答えてあげられなくてごめんね。
ちゃんと治って帰ってこれたら、ちゃんと言うから。
でも恐いの。
私が赤ちゃん産めない体になっても、好きって言ってくれる?
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