華蓮な日々② 転機

 最近体調が悪い。ふらつくし、すぐ疲れるし自分でも分かるくらい顔が白い。


 多分また酷い貧血になってる。


 あの苦しかった日々を思い出す。


 また病気、ぶり返しちゃったのかな。


 また、長く入院しないといけないのかな。


 もしそうなら、もう皆とハロウィンも文化祭もクリスマスも、一緒に過ごせない。また辛いだけの思い出しかない日々に戻らないといけない。


 ねぇ、神様。私何か悪いことしましたか?


 ねぇ、神様。私の前世は悪い人でしたか?


 キリスト教では、その人のために神様が試練をお与えになると言うと聞いたことがある。


 でも、きっとそうじゃない。


 神様は、きっと私のことなんか興味もないから見てもいない。苦しませるつもりもないけど、助けるつもりもないだけなんだ。


 神様は世界の調和を見守るだけ。


 だから、きっと、私が悪かったわけでも、神様が意地悪してる訳でもないんだ。分かってる。分かってるんだ、そんなこと。


 でもね、神様。世界って残酷。こんなの運命なんて信じたくない。


 また病気になるなら、いっそ治らなければ良かった。


 治ったとき、お父さんもお母さんも、伯父さんだって泣いて喜んでくれた。皆、とっても優しく愛してくれてる。


 だから、とても悲しい。


 私を愛してくれる人達を悲しませるのが辛い。


 学校なんて行かなければ良かった。たった数ヶ月だったけど、皆良い人ばっかりで友達も沢山できた。とても楽しかったんだよ。


 だから、神様。私、治らなければ良かったよ。


 とても楽しかったから、またあの孤独な病室に戻るのがとても辛い。


 家族がとても喜んでくれて、幸せそうに笑うようになっていたから、それを壊すことが申し訳なくて、悲しくて、辛い。


 ねぇ、神様。私、隣の席のタロー君ととても仲良くなったんだよ。


 多分タロー君は私のことが好き。ちゃんと言ってくれないけど、そうなんだと思う。


 そして私も、弟みたいだと思ってたタロー君が、いつの間にか逞しくなって男らしくなったけど、やっぱり恥ずかしがり屋で優しいタロー君が、好きみたいなんだ。


 私、初めて好きって気持ちに気付いたのに


 もしかしたら、タロー君と相思相愛かもしれないのに


 これから、楽しくて幸せな日々が過ごせると思ってたのに


 残酷だよ、神様。




 私、日本に帰ってきてすぐに病気になって、ずっと入院してたから日本の学校には行ったことがなかった。


 独りぼっちの病室で、同い年の子達が学校に行ったり遊んだりしているのを羨んだ。でもそんな素振りを見せたら、お母さん泣いちゃうし、お父さんも悲しそうな顔をするから、そんなこと誰にも言ったことがなかった。


 苦痛を紛らわせるのに伯父さんが沢山マンガを持ってきてくれた。でもね、伯父さん。学園物はダメだと思うの。


 だって、私、学校に行きたいのに行けないんだよ? 学校で好きな人ができたり、スポーツに青春を捧げたりしてるマンガを読んだら、羨ましくて嫉ましくて泣いちゃった。


 日本には友達なんていないから、誰もお見舞なんて来てくれない。お母さんとお父さん、それに時々タローの写真を持ってきてくれる伯父さん。それだけ。


 私の世界はそれだけだ。


 薬のせいで吐き気で食事もできないし、髪も抜けていく。


 同い年の子達は修学旅行に行ったりしてるのに、私は閉ざされた世界で、一人段々と弱っていった。


 それでもタローの写真に癒やされ、家族に励まされ、頑張って生きていた。本当はもう苦しみたくなかった。


 楽になりたかった。


 でも、お母さんが涙を流し、お父さんが必死になって治療してくれるのを見ていると、二人のためにそんなこと、願えなかった。


 辛くて苦しくて、でも二人のために笑顔を作った。毎日毎日何も食べてないのに胃液だけ吐いて、どんどんボロボロになっていったけど、明るい笑顔の演技だけが上手くなっていった。


 頑張って頑張って、何のために苦しんでるのか、何で頑張って生きなきゃいけないのか、分からなくなった頃、辛うじて病状が安定した。


 良くなったわけじゃない。ただ、これ以上悪くならなくなっただけ。もう苦しくさえなかった。もう何も感じない。吐き気が無くても味覚もない。お母さんに美味しいって聞かれても、分からないの。ごめんね、お母さん、私美味しいよって嘘ついた。


 しばらくして、お母さんの骨髄からとった細胞を移植した。


 薬の副作用もとても辛かったけど、移植後も辛かった。なんでこんなに辛いのに、頑張って生きなきゃいけないんだろうって何度も何度も思った。でも、両親の顔を見たらそんなこと言えなかった。辛いのは生きているからだ。苦しくて辛いから前よりは少しは良くなったんだと思えた。


 本当は私が死んだ後も少しは淋しくないように、弟か妹を作って欲しかった。でも、私は二人にそんな精神的時間的な余裕も与えてあげられなかった。


 そんな酷い毎日を乗り越えて、やっと健康な状態になって、髪も伸びてきて、やっと体力も戻ってきてたのに。


 やっとお父さんお母さんも伯父さんも、悲しみを隠す笑顔じゃなくて、心からの笑顔を見せてくれるようになったのに。


 次はもう、退院できないかもしれない。


 退院できたとしても、半年後? 一年後? 学校にはまた通えるの?


 優香ちゃんとハロウィンパーティーしたかった。


 夏穂ちゃんと文化祭廻りたかった。


 タロー君と手を繋いでクリスマスツリーを見たかった。


 初詣だって一緒に行きたかった。


 修学旅行だって、一生に一回くらい行かせてくれても良いのに。


 修学旅行までに治るのかな。


 修学旅行までに死んじゃうのかな。


 お父さんお母さん、華蓮は悪い子です。二人にあんなに心配かけてるのに、体調が悪いのを隠しています。


 本当にごめんなさい。


 もう一つだけ、もう一つだけ思い出が欲しいの。もう、死んじゃうかもしれないから


 もう修学旅行どころか、クリスマスまで生きていられるかも分からない。


 だからこそ、もう少しだけ我が儘を言わせてください。


 タロー君に、私の浴衣姿、見て欲しいんだ。


 タロー君と一緒に夏祭りに行きたい。一緒に花火を観たい。


 もう、それだけで良いの。それだけできたら、もう良いの。


 また閉ざされた世界に戻されて、隔離された私は、お母さんにもろくに触れることもできなくなる。


 また頑張るから、ね?


 この頼りない命の灯が消える、その時まで、また頑張るから


 今度は諦めたりしないで頑張るって誓うから


 少しだけ待ってください。


 早く、早く夏祭りの日になって


 早く、早く。神様、お願い。


 私が倒れない内に、私の命が消えない内に

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