童貞動転

「えっ、え?、えええっ!?」


 本上さんの目がまん丸に見開かれて、煌めいていた。


 ああ、やっぱり本上さんは、とても綺麗だ。


「なんで驚いてるの?」


「えっ、いや、だって、その」


 本上さんの目がせわしなく動き、月の明かりをキラキラと映し出していた。


「僕が本上さんのこと好きなのは知ってるでしょ?」


 ふざけてしか言ってなかったけど、隠してもなかったし、流石に分かると思うんだけど。


「ししし、知らなかったよ!?」


「付き合ってとか、赤い糸がとか、色々言ってたよ?」


「からかってただけじゃない!」


 まともに言えないシャイな男子中学生の気持ちを慮って欲しいなぁ。


「本上さん以外にそんなこと言ってないでしょ?」


「そんなの分かんないもん…」


 まあ、そうかもしれない。流石にふざけてでも好きって言えてなかったし。


「それに…、好きって、言われてないよ?」


「あ、今言おうとしてたのにー。言わされたみたいになるじゃんか」


「えええっ!? わ、私が悪いの? ご、ごめん」


「いや、悪くないよ。僕がヘタレてただけなんだから。じゃあ、言うよ。冗談じゃないからね?」


「う、うん!」


 本上さんは、バッチこい!みたいな気合いの入れ方で、ぎゅっと目をつぶった。

 なんだこれ? キスか? キスしろってことか!? そうなのか!?

 いや待て、本上さんはちょっと天然だ。告白されて目を閉じるという行為にそんな意味は無いのかも。


 いや、いくらなんでもそんな人いるか?


 これはキスだな? いや、キスは流石に田中ってるか?


 どうなんだ!? ゆ、優香姉さん! どっちなんですか!?


 あ、あれじゃないか? 田中が持ってたマンガで、いい雰囲気からキスして『好きだよ』っていうやつ!

 ま、マジか! そんなイケメンに限るヤツを僕に要求してるのか!?


 小悪魔通り越して魔性なんですけど!


 ゆ、ゆっくりだ! ゆっくり様子見ながら顔を近付けてみよう! うん、そうしよう!


 あ、顎をクイってすんだよな? 僕知ってるよ!


 ああっ、横になったままだから、顎クイしたら角度が変!

 ど、どどうしよう! 童貞中学生には難易度高過ぎるんですけど! メリケンさんはこれが普通なのか!?


 童貞が動転してるぞ! ん、なんかゴロが良いな、童貞動転。四文字熟語になった。

 い、いや、動転し過ぎて意味のないことまで考えてしまった。


 ええい、ままよ!


 手が緊張でブルブルしながら、僕は本上さんの頬に触れた。


 本上さんがビクッと身を竦めた。


 や、柔らけー! ツルツル、プルプルしてる! 僕のと全然違うんですけど! どこで売ってるんですか!?


 僕は鼻息が荒くなってないか心配しながら、ゆっくり顔を近づけていった。


 本上さんが片目をうっすら開けたのが見えた。睫毛なげー!


 もう本上さんはすぐそこだ! 行け! タロー!


「なっ、なななな!」


 本上さんがビックリして目を見開いた。僕はすでにタコ口で準備万端だ!


「んー!」


「ち、違う! じゅ、順番! 順番違う!」


「えっ?」


 なんだ、何か違うのか? 分からないぞ。週刊少年ジャ○プにはそんな手順は描いてなかったぞ!


 本上さんの柔らかい手が僕の頬に触れて、タコ口を押しのけた。良かった、ビンタじゃなかった。


「ち、違うの?」


「違うよ! 告白するんじゃなかったの!?」


「そ、そうだけど!」


「じゃあ、なんでいきなりキスしようとするの!?」


「だ、だって、いきなり目をつぶるから、キスしろってことかと思って!」


「つ、瞑ったけど! 緊張で身構えただけだから!」


「わ、分かんないよ、そんなの! 童貞中学生なめんな!」


「ど、どうて…、なんでタローが怒るのよ!」


「だって惚れてただの、会いに来ただの、付き合いたいだの言ってた流れで目をつぶられたら、キスじゃないの!? 少年マンガじゃキスして『好きだ』だよ!」


「ち、違うもん! 少女マンガじゃ違うもん!」


 本上さんが真っ赤になって反論している。待て、なんか訳が分からないぞ。


「待って、何かよく分からない」


「私もよく分かりません」


 えーと、好きだって言おうとしたら本上さんが目を瞑って、キスしてから『好きだ』っていうやつだと思ってたけど、どうやらそれは違うらしい。


 で、本上さん、なんて言ってたっけ? そうだ! 『順番が違う』だ!

 そうか、少女マンガじゃ『好きだ』からのキスなのか。


 よし! 仕切り直しだ! 早くキスしたい! じゃなかった、告白しないと!


「じ、じゃあ、もう一度、やり直すから!」


「う、うん!」


 だから、ぎゅっと目を瞑るのやめてよ! また混乱するから!


「はっ、また瞑っちゃった! よし、こい! カモン、タロー!」


 なんか本上さんがおかしくなっちゃった。こんな微妙な雰囲気で告白して良いのだろうか。なんかワンコ呼んでるみたいになってるし。


「なんか犬扱いされてる気がする」


「そ、そんなことないよ?」


「こんな雰囲気で告白したら後悔する気がする」


「ええっ、ここまで来て引っ張るの!? タロー、男らしくないよ!」


「そうかなぁ、それまで結構良い感じの雰囲気になってて、気持ち良く告白できそうだったのに、本上さんがさぁ」


「違うもん! タローがいきなりキスしようとするからだもん!」


 本上さんがポカポカ叩いてきた。いや、本上さん、可愛いだけだから。もう童貞を弄ばないでくれ。


「分かった、じゃあ、今から『好きだ!』って言ってから、キスするから!」


「よし、こい! じゃなかった! キスは無しで!」


「ええー?」


「そ、そんなやる気なくさないでよ! 告白は大事なんだよ!?」


「なんか、今サラッと告白してしまった気がする」


「ええー? あんなの無しだよ! 無効です! 認められません!」


「ここまで引っ張って振られたら流石に泣くんだけど」


「な、情けない! タロー、お姉ちゃんは情けないよ!」


「お姉ちゃんじゃないし!」


 訳の分からない流れで、僕らは思わず吹き出した。何だか色々馬鹿らしくなってきた。


「もう、後日で! 後日いい雰囲気で良い感じに告白するということで」


「もう! 台無しだよ!」


「仕方ないじゃんか。僕だってキス我慢したんだぞ」


 本上さんのほっぺたが膨らんだ。


「それは我慢すべき! いくら私が可愛すぎて、いくら浴衣姿がセクシー過ぎても、紳士なら我慢すべき!」


「いやぁ、僕かなり紳士じゃない? 怪我した女の子を介抱してるし。こんな暗がりで二人きりなのに何にもしてないし。あと、セクシーではないかな。超可愛いけど」


「馬鹿な! この白いうなじがセクシーではないと? タローったらお子様!」


「ええ? 本上さんにお子様って言われるのは心外だなぁ。本上さんの方が子供っぽいじゃん」


 ぷーっと膨れた本上さんの頬をつついてやった。


「いやいや、目を瞑っただけでキスしたくなっちゃうほど魅力的なのに?」


「いや、あの流れが良くなかった。あの流れが無かったら、流石にそんなことしないよ?」


 勇気と無謀は違うのだよ。


「そう? 本当かな? ほらっ、キスしたくなっちゃったんじゃない?」


 ニヤリと笑った本上さんは、軽く目を閉じた。


 ふっ、したいに決まってるじゃないか! これは明らかにフリ! しても良い流れ!


 ヤられる前にヤるのだ!


 躊躇う前にやれ!と優香姉さんの声が聞こえた気がした。


 すかさず僕は本上さんにキスをした。ほっぺただけど。


 柔らかかった! いい匂い! もう死んでもいいかも!


「はにゃ? にゃ、にゃ、にゃにおするー」


 顔を隠して悶える本上さんが可愛すぎる。


「好きだよ」


「はにゃあ?」


「本上さん、僕は君が好きだ」


「にゃああああっ!」


 油断していたのか、バタバタする本上さんの髪を撫でる。サラサラしてた。

 耳が真っ赤だ。触ってみたらとても熱くなっていた。きっと僕も同じだ。


「んっ!」


 耳を触られたのに驚いたのか、本上さんはビクッとして身動きを止めた。


「付き合ってとは言わないよ。本上さん、お子様だから、そんなの求められても困るだろ?

 僕が勝手に本上さんを好きなだけだよ」


「タロー、くん」


 僕の名を呼ぶ君の声は甘く、僕の心を揺さぶる。


「なぁに?」


 小さい子をあやすように、髪を撫でながら聞いた。


「タロー君、タロー君、タロー君!」


「なーに?」


「タロー君の馬鹿! えっち!」


「はいはい、えっちでごめんね?」


「バカバカバカ!」


「はいはいはい」


「ハイは一回!」


「はーい」


「もうっ!」


 はぁ、本上さんは照れてるときが一番可愛いな。


「焦んなくても、ちゃんと僕のこと好きにさせるから。その代わり、僕のこと好きになったら、今度は本上さんが告白する番だからね?」


「えええっ? そんなの、恥ずかしいよぅ」


 あれ? これ脈ありじゃね? もう、告白するつもりみたいじゃね?


「もう告白したくなっちゃったの?」


「ち、ちがっ、違くて! その、あの、その!」


 まだ顔を隠したままでジタバタしてるけど、指の間から目が見えてるからね?


 可愛いからもっと虐めたくなる。でもあんまり虐めて振られたら馬鹿らしい。


 僕は男子の中で一番本上さんに近くて、一番心を許して貰っていると思う。でも、一番のクラスメイトってだけだ。きっとまだ異性として順位付けされてない。


 やっとエントリーしただけだ。タンクトッパーズだってエントリーした。勝負はこれから。今の所、一馬身先行ってところだ。


「冗談だよ。僕はそんなこと本気で言えるほど格好いい訳でもないしね」


「か、格好いいよ!」


「えっ?」


「今日も格好良かったよ? 私が倒れそうになったら、突然現れて助けてくれるし! さっとベンチに連れてってくれて、足を冷やすジュースも買ってきてくれちゃうし! なんか最近日焼けして体も引き締まってるし!

 そ、それに、せっかくのお祭りなのに、怪我しちゃって動けない私とずっと一緒に居てくれるし!」


「あれ? もう、僕のこと好きなんじゃない? あれ?」


 もしかして、そのまま付き合ってと言えば良かったのか!?

 日和っただけなのに、格好つけて本上さんから告白させるとか言うんじゃなかった!


 こんな恥ずかしがり屋の本上さんが告白なんてしてくれる訳ないじゃん! だからムッツリーニは駄目なんだよ!


 なんてこった。付き合えてたら、クリスマスだってクリスマスツリーを見に行ったりプレゼントしたり、お正月は初詣行ったり、来年なんか修学旅行だぞ! 一緒に自由時間廻れたんじゃないのか!?


「そ、そんなこと、ないよぅ?」


「えっ、そんなことないの? 好きじゃないの? 嫌い?」


「そ、そんなこと、ないよぅ?」


 何だよ、分かんないよ! どっちだよ!

 動転童貞参上! 童貞の心を弄ぶやん?


「試しに好きって言ってみて」


「むむむむ、ムリー! はははは、恥ずかしい!」


 生殺しじゃないか! 誰のせいだ!? 僕のせいだ!


 くそぅ、田中すげぇ。あいついきなり告白されてんだぞ。なんだよ、チートかよ! 主人公かよ! 羨ましい! 嫉ましい!


「はぁ、田中は良いなぁ。好きって言ってもらえて」


「そ、そうかな?」


「絶対嬉しいじゃん」


「好きじゃない人に言われても困るよ?」


「えっ、僕のこと!? 困ってるの!?」


 な、泣きそうなんですけど!


「ち、違うよ!? 嬉しかったよ?」


「えっ、それは好きってこと?」


「えっ、いや、その、そうなのかな?」


「えっ?」


「えっ?」


「えええっ!? やったー!」


「えっ、いや、違う! い、今の無し! 間違えた!」


「なんだよ! どんだけ男の純情、弄べば気が済むんだよ!」


 泣くぞ? 泣くからね!?

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