夏祭り
華蓮『お邪魔しました。今日は楽しかったね! お母様にもありがとうございましたって伝えてね!』
タロー『うん、分かった』
華蓮『黒崎さんのケーキも美味しかったね!』
タロー『うん』
華蓮『? どうしたの? 何か怒ってるの?』
タロー『そんなことないよ』
華蓮『なんか変だよ?』
タロー『そんなことないよ』
恋を自覚した僕は、恥ずかしさと緊張でそれまでと同じ様には本上さんに接することができなくなった。
チャットも素っ気ない短い文章しか送れなくなり、文章ですら華蓮ちゃんと呼ぶことはできなくなっていた。
自分で言った彼女と妹しかファーストネームで呼ばないと言ったことが、自分自身を締め付けた。
華蓮ちゃんと呼ぼうとすると、冷静な自分が彼女でもないのに何様だと自分自身を侮蔑する。
逆に他の男子の誰かが華蓮と呼んだら、悲しみと悔しさでどうにかなりそうだった。
市民プールに通うのも止めようと思ったけど、逆に悶々とした気分を晴らすためにいつの間にか毎日通っていた。野中のバタフライはとても上達しており、朝倉は何故か古式泳法に手を出していた。
本上さんに会いたいけど、電話なんてできないし、メッセージも緊張して何日も誘えないまま、無駄に体が引き締まっていった。
そしてお盆が近付き夏祭りの日がやってきた。
結局夏祭りに誘うことはできなかったけど、元々本上さんは黒崎さん達と行くと言っていたから仕方ない。予定通り田中と行こう。朝倉達はライバルだから却下。
タロー『夏祭り行くだろ? 一緒に行こうぜ』
健『行くけど、歌穂と行くんだ』
タロー『えっ、黒崎さんって本上さんと行くんじゃなかったの?』
健『本上さんが気を使って、二人で行きなよって言ってくれたらしいぜ』
タロー『そうなんだ。良いな、カップル成立してるヤツは。羨ましいよ』
健『どうした、山田。お前がそんなこと言うなんて珍しいな』
タロー『黒崎さんはビンタしなかったら可愛いしな。僕も本上さんと付き合いたいよ』
健『おまっ、厚かましいな! 本上さんは無理だろ。勇者とゴブリンくらい違うぞ』
タロー『言い過ぎだろ! 勇者と賢者くらいにしとけよ』
健『お前が言い過ぎ。お前、賢者じゃなくて愚者じゃんかwww』
タロー『うっせーよ。田中よりマシだよ!』
健『はいはい、じゃあ、俺は歌穂と浴衣デートだから、お前は朝倉達と行けよ』
タロー『嫌だよ。本上さんと会ったときにつぶし合いになるだろ』
健『まあなぁ。ま、頑張れよ』
勝者の余裕がムカつく。しかもコイツ告白された側だ。超絶勝ち組だ。くそっ、田中先輩、マジムカつくッス!
仕方ないから優香でも連れて行くか。
「優香、夏祭り行こうぜ」
「ごめん、お兄ちゃん。私、デートなんだ」
マジかよ! 恋愛上級者風だと思ってたら、いつの間に優香先輩になってたんだ!
「マジか!」
「そうだよ? お兄ちゃんも早く良い人見つかるといいね」
「本上さんとかな」
「まあ、目標が高いのは悪いことじゃないけど、それは自分を磨くからだよ? お兄ちゃんは自分を磨く努力もしてないし、理想が高過ぎる身の程知らずってヤツだよ」
「辛口過ぎる!」
「そりゃあ、私、本上さん大好きだし、お兄ちゃんと付き合ってくれたら嬉しいけど、アイドルと追っ掛けじゃん」
うっ、なんて的確な例え! こいつ明らかに田中より頭が良い!
「最近はファンと付き合うアイドルだっているだろ」
「三流アイドルだけだし、アイドル廃業だけどね」
「夢見るくらい良いだろ!」
「夢を見るのは良いんだよ。夢を叶えるための努力をしなさいって言ってるの」
お前、小三だよな? 社会人三年目じゃないよな? 実は妹じゃなくて姉貴だったのか?
「じゃあ、私、浴衣に着替えるから出て行って」
小三に論破された中学生はトボトボと部屋を出た。
仕方なく僕は一人で夏祭り会場の神社に向かった。まだ早かったので人出は少ない。
暇つぶしに夜店を下見して回って見ることにした。本上さんに遭遇した時のためにリンゴ飴も買わないといけないし。
定番の金魚すくい、たこ焼き、焼きそばなどの夜店が並んでいる。綿アメや輪投げなんかもあった。大して広くもない会場を一回りしていると、朝倉達コンパス三人集に遭遇した。
僕達は手を挙げて挨拶した。毎日水泳部の合宿張りに泳ぎ続けた僕達はライバルであると同時に同志でもあるのだ。
「よう、山田! やはりお前も来たか」
「ああ、当たり前だろ?」
朝倉の問いに、肩をすくめて答える。
「そうだな、当たり前だ」
「ああ、当然だ」
坂下と野中もニヤリと頷く。ここは本上さんを賭けた戦地であり、時が来ればこいつらは戦友から敵に変わる。今はその開戦を待つ、一時の静寂(しじま)。
「本上さんは、まだのようだね」
「ああ、俺の上腕二頭筋が反応していないからな」
何言ってんだ、こいつ。そう言えば何でこいつらタンクトップなんだ。
「俺の美しい広背筋を見てもらうのが楽しみだぜ」
こいつら帰宅部のくせに、なんちゃって水泳部を通り越してガチ筋トレ部になってやがる。結果にコミットしやがった。
「山田、お前の大腿四頭筋は燃えているか?」
何言ってんだ、こいつ。
「お前ら三人で回るのか?」
「まさか! 俺達に馴れ合いなど不要。ここで散開だ」
「そうだ、漢(おとこ)なら単騎駆けよ!」
どこに馬が居るんだよ。
「うむ、一騎打ちこそ武士(もののふ)の誉(ほま)れ」
お前ら夏休みに中二病が発症したな。哀れな。確実にどん引きされるぞ。タンクトップ三兄弟はライバル脱落決定だ。
「そ、そうか。じゃあ、僕は行くよ」
「おう! おおっ、俺の大胸筋に反応が!」
「「おおっ、俺もだ」」
何に反応してんだよ。
「我等が主上、本上さんが到着したようだな」
本上さんかよ! いつから仕えてんだよ!
「では、ここからは正々堂々と勝負だ」
「「おう!」」
「お、おお」
ついて行けないから解散は望むところだ。タンクトップ三兄弟はニヤリと笑って拳をぶつけ合った。えっ、僕もやるの?
ゴン!
えー、これ僕もタンクトッパーズだと思われない? 本上さん、見てないだろうね?
周りを見回すと本上さんは居なかった。良かった。クラスメイトの女子達が冷たい目で見ていたり、ヒソヒソ話しているだけだった。
こうして見回してみると大分人が増えている。辺りも暗くなってきて、提灯に灯りが点っている。
確かにタンクトッパーズの言う通りそろそろ本上さんが来ていてもおかしくない。
僕はリンゴ飴を買うべく歩き出した。
少し歩くとクラスメイトや同小の友人達を見かけるようになったが、会場の狭さのため人口密度が高くなり、人混みで近寄れなかった。
人の合間を縫って神社入り口に向かっていると、田中と黒崎さんが仲良く金魚すくいに興じているのを見かけた。
「きゃっ、破れちゃった!」
「はははっ、歌穂はダメだな! 俺が穫ってやるよ!」
ポイが破れてしまったのに、黒崎さんは悔しそうでもなく楽しそうで、田中の言葉に嬉しそうに彼の二の腕を掴んでいた。
金魚すくいなんて小学生までのお遊びだと思っていたけど、女の子とやる金魚すくいの楽しそうなことと言ったらなかった。羨ましすぎて後ろから水槽に蹴り落としてやろうかと思った。これが所謂(いわゆる)リア充爆発しろってヤツなんだな。初めて体感した。
ここで田中に蹴りを入れたら、黒崎さんからの往復ビンタは免れない。僕はそっとその場を後にした。
しかし、あいつ本当に歌穂って呼んでやがった。ファーストネーム呼び捨てなんて、羨ま凄い。もはや田中先輩ではなく、田中の兄貴だ。
リンゴ飴屋に辿り着き、一番美味しそうな物を選りすぐっていると、誰かに肩を叩かれた。
振り返ると坂下だった。
「よう、本上さんはまだ入り口付近にいたぜ」
「おお、坂下。どうして急に塩を贈るようなことを?」
「はははっ、敗者は去るのみ。たが、戦友にアドバイスするぐらいは良いだろ? 毎日泳いだ仲じゃねぇか」
「えっ、もう玉砕したのか!?」
「何か失礼だぜ?」
坂下はおどけて肩をすくめた。
「いや、本上さんを見つけるの早くないか?」
「ああ、そういう意味か。俺の、いや俺達の本能で本上さんの居場所が何となく分かるんだ」
「こ、恐いよ! じゃあ、毎日プール行かなくても良いじゃんか」
「俺達が何日本上さんを待って、何日会えなかったと思ってんだ。このくらいの距離まで来たら何となく匂いとかで分かるんだよ」
「犬かよ!」
「もう朝倉達も声掛けてるんじゃないか? お前も急げよ?」
「分かった。すぐ行くよ」
「ああ、頑張れよ」
坂下は僕の肩に軽くパンチして去っていった。あいつらは夏休みにちょっとおかしくなったみたいだが、基本的には良い奴らだ。
「わざわざ、サンキューな!」
坂下は振り返らずに手を振って立ち去った。去り方が中二病臭いよ!
それに僕もそっちに行くんだけど!
坂下が人波に消え、僕も本上さんの元へと歩き出し、しばらくすると朝倉と野中に遭遇した。二人とも軽く苦笑を浮かべると、無言で僕に肩パンして立ち去った。
いや、お前ら本当にそのノリちょっとおかしいからな! わざわざ帰りと逆方向に戻ってきて、ライバルの僕にエールを送ってくれるなんて、ちょっと格好いいと思ってしまったけど! お前ら、そんな男気番長だったか!?
その様子を見ていたクラスメイトの女子達が、軽く感動で涙目の僕を見てヒソヒソ言いながら立ち去って行った。
絶対青春タンクトッパーズだと思われた!
くそっ、感動するんじゃなかった。
人の流れに逆行する形になり、僕はなかなか進むことができなかった。タンクトッパーズは何でスルスル進めたんだ。若干キモくて人波が割れていたのか?
ならば進めない僕はまだキモくは無いはず。
焦りながらも少しずつ進んでいると、前方から誰かが倒れてきた。
「きゃっ!」
こんな人混みで倒れたら踏まれてしまう。慌てて支えると、それは本上さんだった。
「あっ、タロー君!」
「ほら、運命の赤い糸だった」
良かった、いつもの軽口を叩けた。本当に赤い糸なら良いのに。
「もう、またそんなこと言ってる」
「大丈夫? 怪我してない?」
「ちょっと足を挫いたかも」
「顔色も悪いよ? 帰るなら負ぶっていこうか?」
薄暗いからかもしれないけど、本上さんの顔色は白く見える。とても体調が悪そうだ。
「ううん、大丈夫だよ」
負ぶってあげたいけど、人混みの中ではちょっと厳しい。せめて肩を貸して端の方へ行こう。
「人の流れがない端の方へ行こう。ちょっと我慢してね」
挫いた側の肩を担ぎ、端の方へと移動する。見るからに負傷者なので、周りの人も道を開けてくれた。
参道から外れると夜店がなくなるので人もあまり居なかった。ベンチがあったのでそこに本上さんを座らせた。
「大丈夫? お家の人に迎えに来てもらう?」
「ううん、少し休んだら平気だよ」
本当かな? 脂汗をかいているようにも見えるけど、只でさえ暑い時期に人混みにいたから汗をかいただけか判断できない。
「友達と来たんじゃなかったの?」
「うん、でもはぐれちゃった」
「そうなんだ。人が多いもんね。電話してみる?」
「いいよ、皆にはお祭り楽しんで欲しいから、後でメッセ送っとく。あ痛っ」
本上さんは足を押さえた。少し腫れてるように見える。
「ちょっと、これ食べて待ってて! すぐ戻るから!」
僕はリンゴ飴を押し付けて、ダッシュで自販機で冷たいスポーツドリンクを買って戻った。
「はいこれ、一本は飲んで、もう一本で冷やそう。本当はカキ氷とか買ってきたかったんだけど、買いに行くのに時間が掛かりそうだし、本上さん独りで置いておけないから」
「ありがとう。タロー君は優しいね」
「横になった方がいいよ。顔色悪いし、捻挫したときは足を上げておかないと腫れが強くなるよ」
「分かった。ありがとう」
本上さんは素直にベンチに横になったが、寝にくそうな姿勢に見えた。
「膝枕してあげようか」
「うふふっ、普通逆じゃない?」
「だって首がしんどくない?」
「大丈夫、鞄を枕にするから」
本上さんは浴衣に合わせた小さな和鞄を頭の下に入れた。帯が邪魔で横向きの姿勢にしかなれない。
僕は地面に座り、ベンチにもたれた。すぐ横に本上さんの顔があり、顔が熱くなった。
「ベンチ占領してごめんね」
「全然良いよ! 浴衣じゃなかったら、もうちょっと体勢楽だったのにね」
「こらっ、タロー君! その前に言うことがあるでしょ?」
本上さんはほっぺたを膨らませて、可愛く怒ってますアピールをした。ほっぺ、つつきたい。
「えっ!? 何? あ、メッセで素っ気なくてごめん?」
「それもあるけど、それは別にいいの! 女の子の浴衣姿を見てまず言うべきことは?」
「似合ってる。とっても可愛い」
「むぅ、言わされた感が半端ないんですけど」
「まあ、言わされたし。でも凄く可愛い」
本上さんはまだ顔色が悪かったけど、それでも嬉しそうに笑った。
「ありがと。タロー君が浴衣姿見たいって言うから、わざわざ着てきてあげたんだよ? まず誉めてよ」
「えっ、僕のためだったの?」
「まあ、着たかったのもあるけどね。
さすがにお盆じゃ暑すぎて浴衣やめようと思ったんだけど、最近タロー君、元気ないみたいだったし、私のとっても可愛い浴衣姿で元気付けてあげようかと思ってね。えへへ」
照れたように笑う本上さんにキュンとした。この本上さんの優しさが僕だけに特別だったら良いのに。
「そんなに僕に浴衣姿見て欲しかったんだ。ほんと、本上さんって可愛い人だよね」
「うにゃ!? そ、そういう言い方されるとなんか違うもん!」
顔を伏せても耳が赤いよ?
「えー? そう? だって、僕が来ないって言ってたら浴衣着てた?」
僕は何でこんな偉そう、というかモテる男みたいな上から発言をしてるんだろうか。自分でも訳が分からない。
結構喋れてるけど、今も緊張と興奮で正直思考が怪しい。
「き、着てない、かも」
「ほら」
「いや、着てたもん! 絶対着てたね!」
「そうなの?」
「うん、タロー君来ないなら浴衣姿の写メ送って上げないと拗ねちゃうもん!」
まあ、確かに拗ねるけど。
「じゃあ、結局僕だけのためだし、僕に見て欲しかったんじゃないの?」
「ぜ、前半は合ってなくもないけど、後半は違うもん! 恥ずかしいから、そんなに見て欲しくないもん!」
手で顔を隠して嫌々する本上さんが可愛すぎて、思わず頭を撫でた。地面に座った僕とベンチに横になった本上さんの顔は、今までになく近い距離だった。
「にゃ、にゃにおするかー」
本上さんが指の間から僕を見る。ずっと本上さんを見つめていた僕と目が合った。愛しさがこみ上げてきて、僕は自然と微笑んだ。
黒崎さんなら『きもっ』って言うだろう。
「こんな可愛すぎるところ、皆に見せちゃダメだよ? 男子中学生を弄んで!」
「な、なんのこと?」
「今日、小悪魔本上さんに惚れた男達が四人、続々と来たろ?」
「えっ、朝倉君達のこと?」
「うん」
「何で知ってるの!?」
「市民プール仲間だからね。一人ずつ男らしく来たんだろ?」
本上さんは躊躇っていたけど、ちゃんと答えてくれた。
「うん。一緒にお祭り廻ろうって。他にも女の子と来てたから、皆で廻ろうって言ったら、そうじゃなくて二人きりで廻りたいんだって…」
思った以上に男らしいな。他のクラスメイトの前でそんなこと言うとは、やっぱりあいつらスゲェ。
「他の女の子に悪いし、二人だけはちょっと緊張するって言うか、朝倉君達には申し訳ないけど、ちょっと恐いって言うか。だから、ごめんって…」
「そうなんだ。あいつらちょっとおかしいけど、良い奴らだよ」
「うん、知ってるよ」
「そうか、良かった」
何だかんだで、僕はあいつら嫌いじゃないんだ。だから、あいつらがキモイとかただの中二病とか思われてたら悲しい。本上さんがそんなこと思うわけ無いけど。
「皆、浴衣似合ってる、可愛いよって言ってくれたよ」
「うん」
「何度も告白されて迷惑だろうけど、次に来るヤツの話も聞いてやってくれって」
「うん」
「坂下君、朝倉君、野中君が来て、皆同じように他の人のこと頼んで行ったよ。良い人達だよね」
「うん」
「ねぇ、タロー君。さっき、四人って言わなかった?」
「うん、言ったよ。本上さんに惚れた男が四人って」
「三人だよね?」
「四人だよ」
「最後の人は?」
「もう、分かってるだろ? 僕だよ」
本上さんは驚いた様子で、隠していた顔を出して僕を見つめた。月明かりに本上さんの肌が白く輝いて見えた。
「僕だよ。本上さんに惚れて、今日君を探してやってきた最後の一人は」
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