勉強会

 翌日には機嫌を治してくれた本上さんがメッセージをくれ、勉強会の日程が決まった。


 優香の予定は聞いていない。当日に教えてやることにしよう。予定が入ってしまえ。


華蓮『優香ちゃんに内緒にしてたら、口きいてあげないからね!』


 やはり本上さんと僕は心が通じ合っているようだね。


華蓮『通じ合ってないからね!』


 まだ返事してないのに、ほら通じ合ってる。これは赤い糸で結ばれてるね。


華蓮『赤い糸でもないからね!』


 もう、素直じゃないなぁ。


タロー『じゃあ、優香にも伝えておくよ』


華蓮『当日じゃだめだよ? Go!ASAP!』


タロー『わんわん!』


華蓮『こらっ、タロー! 遊んでないで早く行きなさい! Taro go ! 』


 仕方なく優香に報告すると、小三に習い事以外の予定など無く、楽しみにしてるとはしゃいでいた。


 そして勉強会の日がやってきた。


 我が家に白い麦わら帽子に水色のワンピースで清楚な美少女がやってきた。


 まるでアイドルのようなお客さんに、お母さんは驚き慌てふためいていた。


「はじめまして、タロー君のクラスメイトの本上華蓮です。これ、良かったら皆さんで召し上がってください」


 アイドルは商店街のケーキ屋さん、ノワールのケーキを差し出した。


「まあまあ! ご丁寧にどうもありがとうね。本上さん、可愛すぎて驚いちゃったわ」


「そうだろ? 僕の彼女可愛いだろ」


「かかか、彼女違う!」


 本上さんは真っ赤になって否定した。


「彼女、照れ屋だから。ね、華蓮?」


「よよよ、呼び捨て禁止!」


 スパァン!


 お母さんに頭を叩かれた。


「ごめんね、うちの馬鹿が調子に乗って。彼女の訳ないじゃないの。あんたじゃ全然釣り合わないわ」


「おい、長男に向かって酷いぞ!」


 スパァン!


「何が、おい、よ! 女の子の前だからって恰好つけようとすんじゃないよ!」


 本上さんがクスクス笑っている。やめてよ、お母さん。笑われちゃったじゃないか。思春期男子中学生の心は繊細なんだぞ。


「本上さん! いらっしゃい!」


「きゃーっ! 優香ちゃん、こんちには!」


 優香がワンコのように飛びかかり、本上さんはよろめいた。


「こらっ、華蓮ちゃんは繊細なんだから、飛びかかったら危ないだろ」


 それに、それは僕がやりたかったヤツだぞ、わんわん!


「あんた、華蓮ちゃんって呼んでるの? 大丈夫? セクハラで訴えられない?」


 お母さん、それは僕も少し心配ですが、あなたはちょっと心配しすぎです。


「お母様ったら、訴えませんよ」


 本上さんが可憐に笑った。華蓮だけに。


「お、お母様! そんなこと言われたの初めて! 嬉しいわぁ。さぁさ、どうぞ上がってくださいな」


 さすが小悪魔本上さん、うちの鬼婆を早くも手懐けてしまった。


「ありがとうございます。では、お邪魔します」


 本上さんは靴を脱いで上がり、そこでしゃがんで靴の向きを変えて整えた。


「知ってるよ! 家の人にお尻向けちゃダメなんだよね! 私テレビで見た事ある!」


 そうなのか。僕的にはお尻を向けて脱いでくれた方が嬉しいんだけど。帰国子女なのに日本のマナーも抜かりないとは、さすが本上さん。


 というか知ってたならお前もやれよ、優香。


 早速勉強をしようとする生真面目本上さんを制して、早速お茶にした。


「えっ、お茶は休憩の時で良いんじゃない?」


「まあまあ、そんなこと言わずにすぐに紅茶を煎れますから」


 何故か母が一番お茶をしたがっている。お母さん、あなたは参加しなくて良いからね?


「まあまあ、とりあえず持ってきてくれたケーキ食べようよ」


「黒崎さんのケーキ好き!」


 優香も勉強よりケーキとお喋りの方が好きだ。


「黒崎さんのケーキ?」


「あれ? 知らなかったの? ノワールって黒崎さんの家だよ」


「ええっ! そうだったの!? 夏穂ちゃんに聞いておけば良かった。私、ご挨拶しなかったよ」


「良いんじゃない? 別に皆挨拶しないよ?」


「そうかなぁ、でもタロー君達と違って初対面だし」


 本上さんは小悪魔のくせに真面目だなぁ。


「いいって。考えてもみなよ。挨拶してたら『こんなにケーキ買ってお客さんでも来たの?』『いえ、友達と勉強会なんです』の流れで黒崎さんが駆けつけてくるじゃん」


「何嫌そうに言ってんの。あんた昔から夏穂ちゃん夏穂ちゃんって引っ付いて回ってたじゃないの」


「お母さん、どっか行って」


 僕の淡い初恋を暴露するな。まあ、恋ってほどでもないけど。


「えー、タロー君って夏穂ちゃんって呼んでたんだ。今は黒崎さんなのに。思春期?中学デビュー?」


 ちょっと余計なこと言うから、本上さんが小悪魔モードに入ったじゃんか。悪戯っ子な本上さんは、いじり返せるのが嬉しいのか、ニヤニヤしながら聞いてきた。ニヤニヤ顔はレアだ。ニヤニヤでも可愛いって凄いよね。黒崎さんならムカつくだけなのに。


「ああそうさ、思春期だよ! 妹と彼女以外は下の名前で呼ばないんだよ、思春期だから!」


 スパァン!


「あんた、何ふてくされてんの!」


 いやだから、お母さん。どっか行ってよ。自分の分まで紅茶を煎れようとするな。


 あれ? なんか本上さんが赤くなってるぞ。


「か、彼女じゃないし!」


「なんのこと?」


「お兄ちゃんが彼女しか下の名前で呼ばないって言うから、本上さんが恥ずかしがってるんだよ」


「あらあら、可愛いわぁ。初々しいわぁ」


 お母さん、悶えるな。頬を赤らめるな、気持ち悪い。


「華蓮ちゃん?」


「じ、じゃあ、私のことは本上さんだね!」


 しまったぞ、何故か元の呼び方に戻されそうだぞ。まあ、憧れの人だから心の中では本上さんって呼んでるんだけどさ。


「ほら、お母さんがいると華蓮ちゃんが恥ずかしがっちゃうだろ。お母さんがいると華蓮ちゃんを華蓮ちゃんって呼べないから向こうに行ってよ」


「良いじゃないの。何ならあんたがどこか行きなさいよ」


「なんでだよ! 華蓮ちゃんは僕に会いに来たんだぞ!」


「ちょっ! ちがっ! 違わなくもなくもないけど、違うもん! ゆ、優香ちゃんに会いに来たんだもん! あと、華蓮ちゃん、言い過ぎ!」


 本上さんってテンパると言葉遣いが子供っぽくなって可愛いね。頭を撫でたくなるよ。


「あらあら、華蓮ちゃんったらお姉さんだったのに、急に子供らしくなっちゃって」


 さすが親子。僕と同じところを突っ込むとは。


「あぅ」


 真っ赤になって小さくモジモジし始めた本上さんは小動物のようだ。モフモフしたい。


「もうっ! 二人ともいい加減にして! 本上さんは私の大事な友達なんだから!」


 おおっ、優香が怒り出した。そうだよな、お母さん酷いよな。


「お兄ちゃん、何頷いてんの! お兄ちゃんもだから!」


「えっ、僕も?」


「当たり前でしょ! 本上さんは恥ずかしがり屋さんなんだから! デリカシーのないお兄ちゃんなんて振られちゃうよ? 田中さんみたいにビンタされちゃうんだから!」


「えっ、田中君ビンタされてたのかい?」


「お母さんはもう食いつかなくていいから。ノワールの夏穂ちゃんだよ」


 食い下がられても面倒なので、さらっと暴露しておく。田中の事は秘密な訳でもないし。


「へぇ! あんた、夏穂ちゃん穫られちゃったのかい!?」


 お母さん、変な食いつきはやめてくれ。穫った穫られたビンタって、どこの昼ドラだよ。


「もうっ! いいよ、本上さん。こんなダメな二人は放っておいて、私の部屋に行こ!」


「うううっ、優香ちゃーん」


 おいおい、小悪魔華蓮ちゃん、小三に泣きつくのはどうかと思うよ?


 素知らぬ顔でついて行こうとしたら、優香にドロップキックされた。この野郎、本気キックじゃないか!


「やめときな、太郎。ほとぼりが冷めるまでお茶でも飲んどきな」


「ええ? だって、僕と宿題しに来たのに。英語教えてもらう約束なんだよ」


「あんた英語ダメだもんねぇ」


 お母さん何一人でケーキ食ってんだよ。僕にもくれよ。


「で、夏穂ちゃんどうなったんだって?」


「田中の親父の目の前でビンタした挙げ句に号泣して、何故かハグでハッピーエンド」


 仕方ないのでお母さんにスクープ写真を見せてやった。ちゃんと田中パパの配達バンも写っている。


「はぁ! 凄いねぇ。しかも、こんな人通りの多いとこで! ちょっと! もうちょい詳しく」


 仕方ないのでスクープ記事も送信してやった。決して仲間外れにされた憂さ晴らしではない。扶養家族としては、保護者からの指令は断れないのだ。


「黒崎さんは知ってるのかね?」


 親御さんのことね。


「さあ? お店から見えてたかも」


「ちょっと、面白いから、じゃなくて心配だからノワールに行ってくるわ! 留守番よろしくね。本上さんに悪さしたら放り出すからね!」


 お母さんはスマホを握りしめて出掛けていった。これで商店街中に知れ渡ることは確実だ。


 することないから英語の宿題でもするか。分からないとこは後で聞けるし。


 全然やる気がしないまま、ダラダラと宿題をやってみるものの、興味がなさ過ぎて全く進まなかった。


 面倒だ。スマホの翻訳アプリで適当にやろう。


「あははっ」


「そうそう!」


「えー? タロー君ってそうなんだー」


 ちょっとだけ聞こえる声が気になって仕方ない。もう乱入してやれ。


「僕が何だって?」


 ボスっ!


 入った途端に縫いぐるみが飛んできた。


「お兄ちゃん、入ってきて良いなんて言ってないよ? ちゃんとノックもしてよ!」


 優香、お兄ちゃんの味方じゃなかったのかよ。さてはソフトクリームだけで、デラックスバーガーを奢らなかったから裏切ったな?


 本上さん、なに小三女子の背中に隠れてんだよ。さすがに隠れてないよ。ぷるぷる、私、悪い小悪魔じゃないよ、ぷるぷる。


「お母さん出掛けたからもう良いだろ。一緒に宿題やろうよ」


 優香も出掛けて良いんだよ?


「もうからかわない?」


「からかうなんて心外だな」


「じゃあ、もうからかわないんだね?」


「からかったことなんてないよ」


 ジト目の本上さんも可愛いです。


「はい、アウトー! 退場!」


「痛いっ! 優香、お前またドロップキックしやがって! そんな凶暴だと黒崎さんみたいになっちゃうぞ!」


「むむむっ、それは困る」


「それは夏穂ちゃんに失礼じゃないかなぁ」


 本上さん、苦笑い。


「勉強しないなら、ノワールのケーキ食べようよ」


「全く勉強してないじゃない。ダメだよ!」


「やったって、ほら!」


 僕はそれなりにやっつけた宿題を見せた。


「何これ、翻訳むちゃくちゃじゃないの! 翻訳アプリそのまま写したでしょ!」


 何故ばれたし!


「いや、日本語の前衛的表現を模索した結果だよ」


「お兄ちゃん、そんなこと言ってると頭の悪さが透けて見えるよ」


 優香、何故今日はそんなに反抗的なんだ。ソフトクリーム奢ってやったろ。そんなにデラックスバーガーが食べたかったのか。


「仕方ないから宿題見てあげるから、ちゃんとやり直しなよ?」


「分かったよ」


 宿題なんてどうせ採点もしないんだから、適当でいいのに。


 優香の部屋は狭いので、居間のテーブルに移動した。ついてこなくて良いのに優香もついて来て本上さんの隣に座った。反対側の隣に僕も座る。


「な、なんか近くない?」


「近くないと教えて貰うときに問題見えないじゃん」


「そうかな? タロー君は向かいでも良くない?」


「良くない」


 それは良くないぞ。下手したら教室の席より遠いじゃないか。


「そ、そう?」


「ごめんね、本上さん。うちの愚兄が」


 お前はどこで愚兄とか聞いてくるんだ。お前は算数ドリルでもやってろ。


「で、どこがおかしいの?」


「ここなんか、そもそも日本語としておかしいよね?」


「そうかな?」


「ここのThatが指してるのは、ここのBookだから。なんで仏様とか聖書とか出てきてるのよ。そもそも仏様も聖書も文章にないよ」


「あれ?」


「なによこの『それは私のブッダです』って。手塚治虫ファンなの? 手塚治虫の『ブッダ』が僕の聖書なの? 漫画家志望なの!?」


 適当すぎたようで、本上さんが荒ぶってしまった。


「こっちのページなんかコアラはカンガルーより可愛いって何? ラッコの話だよ、これ?」


「まぁ、そんなこともあるかな」


「ここに至っては、『竹の子はキノコに勝った』って、本文全く読んで無いよね! キノコの山・たけのこの里総選挙のことでも考えてたんでしょ!」


「僕はきのこの山派」


「私、たけのこー!」


「「本上さんは?」」


 流れるように勉強から雑談に持って行く兄妹コンビネーション!


「私はコアラのマーチ派! 今はそんなの良いから!」


「「おおっ、コアラが出てきた!」」


「どうでもいいから!」


 プリプリしている本上さんはレアだ。プリプリしてても、ちゃんと答えてくれる本上さんは良い人。


「ポテチは何味? 僕うすしお」


「私、コンソメー!」


「もうっ!勉強! うすしお!」


「やった! 僕の勝ち!」


「あーあ、負けちゃった!」


 何か楽しくなってきたぞ。


「カップヌードルは、醤油」


「私、カレー」


「シーフード!」


 何か拗ねてきたよ、本上さん。可愛いなぁ、頭撫でたら怒るかな。大丈夫だよね。


「よしよし」


「ななななっ!」


 拗ねちゃった本上さんを、優香をあやすように頭を撫でてみた。


 おおっ、耳まで真っ赤だ。接触があると赤面度が上昇するようだ。夏休みの自由研究にできないかな。


「怒ったよ!もう!」


 怒りなれてないから、自分で怒ったとか言っちゃう本上さん。


「もう教えてあげない! 留年したら私と離れ離れなんだからね!」


「そんなに僕と一緒に居たいんだ。嬉しいな」


「なっ、ちがっ! ちがくもないけど、違うもん!」


「お兄ちゃんって性格悪いよね。教えてもらう人の態度じゃないよ。いい加減嫌われるよ?」


 おお、確かに。優香、ナイスアドバイス。嫌われる前に止めよう。


「ごめん、本上さん。ちゃんとやるから。ここのitってそれでいいの?」


 申し訳なくて自然と『本上さん』呼びに戻ってしまった。


「そこは訳さなくていいの! 良い天気だとかで良いの!」


 急に真面目に戻れず、本上さんのテンションがバグった。


「本上さんは宿題やらないの?」


「もう終わったよ!」


 早くない? まだお盆前だよ?


「えー、じゃあ本上さんって今日は勉強教えるためだけに来てくれたの? わざわざケーキまで買って?」


「う、うん、まあ」


「それなのに愚兄は。お兄ちゃん、サイテー」


 さすがに申し訳ないな。当分『華蓮ちゃん』呼びは自粛して『本上さん』と呼ぼう。


 華蓮ちゃんとか呼び始めたから、親近感が湧きすぎてからかっちゃうんだ。自制しないと学校が始まったときに、コンパスが飛んでくることになる。


「調子に乗ってごめんなさい、本上さん」


「うん、もういいよ。勉強しよう?」


「うん。ありがとう」


「やれやれ、世話の焼ける愚兄だね」


 お前はちび○子か。


「これ、なんて読むの?」


「うーん、どれ?」


 問題集を覗き込もうとした本上さんの顔が近くなる。フワッと良い香りがした。


 半袖の二の腕、その剥き出しの素肌が触れ合う。


 ふざけるのは楽しかったけど、そんなことしなくて良かったんだ。こうやって普通に勉強して、ちょっと触れるだけでこんなにドキドキする。


 こんなに幸せで切ない。


 ふざけることでしか手を伸ばせない、憧れの女の子。

 いつも笑顔で優しい、誰からも愛される素敵な人。


 隣の席だけど、本当は二人の距離はとても遠い。


 容姿はもちろん、学力だって、育ちだって、全然違う。

 本上さんが僕らに歩み寄ってくれるから、今だけはそばに居れる。


 きっと彼女は私立の難しい高校に行くだろう。もしかしたら留学するかも。

 そうでなくても、来年はクラスが違うかもしれない。


 段々離れていって、段々疎遠になって、やがて会わなくなって、彼女の記憶から僕は居なくなる。


 でも、ずっと僕の心には彼女がいる。そんな気がする。


 きっと今が人生で一番、彼女に近い。


 今はとても幸せだけど、これ以上望むのは身の程知らずだと分かっているけど


 例え欠片でも、ずっと君の心に残っていられたら良いのに。


 もっと君の心に近付いてみたい。


 心に体に触れてみたい。


 本上さんと会えなくなる日はそんなに先じゃないだろう。


 だから、それまでを一緒に楽しもう。


 いつかふざけないで君に触れられるように、ふざけないでも気持ちを伝えられるような僕になりたい。


 ああ、今僕は恋に落ちたんだ。


 水着姿を見たときでも、おっぱいが二の腕に当たったときでもなく、そしてふざけあったときでもなく、ただ普通に勉強して、自然にちょっと触れあった瞬間。


 互いの心に何の警戒もなく、珍しく僕の心に下心が無かったそんな時が恋に落ちる瞬間なんて、知らなかった。


 黒崎さんもそんな瞬間があったのかな。


 恋って凄いね。


 こんな近くにいるのに遠くに感じたり、あんなに話してたのに全く言葉が出なくなる。


 そこに優香がいるのに君しか目に入らない。


「タロー君、聞いてる? どうかした?」


 本上さんは首を傾げて僕の顔を下から覗き込もうとする。


 ああ、本上さんが僕を見てる。そう思うと顔が熱くなって、耳まで赤くなるのが分かった。


「タロー君!ど、どうしたの!?」


 君の声が甘く聞こえる。君が僕の名前を呼んでくれるだけで、吃驚するくらい心臓が高鳴る。


 真っ赤な僕に釣られて恥ずかしくなってきたのか、本上さんの頬がほんのり赤く染まった。


 好きだよ、本上さん。


 もうふざけても言えそうにない。


 恋って恐いなぁ。


「あーあ、お兄ちゃん、真っ赤だよ? 何急に意識しちゃってんの」


 ほんと、優香の言う通りだ。今さっきまでふざけてたのに、おかしいよな。


 いや、本当に僕、おかしいんだ。


 だって、恥ずかしくって見つめてられないのに、ずっと見ていたい。ずっとこっちを向いてて欲しい。


 参ったな、子供相談室に相談しようかな。


「な、なんか暑いね! べ、勉強はこの辺にしてお茶にしようか!」


「うん、ケーキ食べよう!」


 離れるのがどうしようもなく辛くて切なくて、立ち上がろうとする本上さんの手を掴んでしまった。


「ご、ごめん!」


「う、ううん」


 申し訳なくてすぐ放しちゃったけど、小さな手だった。優香よりは少し大きいけど、僕よりずっと小さな手。


「二人とも、なに青春マンガしてるの」


 お前一番年下なのに、何でそんな恋愛上級者風なんだ。


 本上さんも僕に劣らず耳まで真っ赤になり、顔を合わせるのも恥ずかしいと言うように、顔を背けて僕が触れてしまった自分の手を、反対の手で包み込むように押し抱いていた。


 恥ずかしがっているだけだって知ってるけど、本上さんも僕と同じ気持ちだったら良いのにな。

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