童貞暴走

「ご、ごめんね?」


 本上さんの申し訳無さそうな上目遣いは可愛い。可愛いけどさ。


「本上さんは、もうちょっと男子中学生のガラスのハートに気を使うべきだと思う」


「はい、すいません」


「上げたり下げたり、期待させたりスカしたりし過ぎじゃないかな」


「はい、仰る通りです」


「もういいよ、なんか疲れた」


 テンションがおかしなことになってたから、妙に疲れてしまった。


「えへへ、ごめんね?」


 だからウインクとかするなよ! 可愛いだろ! 期待するだろ!


「あーあ、仕方ないけど、本上さんと金魚すくいとか輪投げとかしたかったなぁ。綿アメ半分こしたりとかさ。

 そうだ、田中と黒崎さん、さっき金魚すくいしてたよ」


「ああ、いいねぇ。ラブラブだね!」


「僕もラブラブしたかったなぁ」


「ごめんって!」


 もう髪撫でまくってやる! スベスベさらさらしやがって!


「もう、タローったら私の髪触るの好きだよね」 


「いや、他の所触る方が好きだけど?」


「ほ、他って! えっち!」


 ぷくっと膨らんだ本上さんの頬をつついた。


「何考えてるの? この柔らかい頬とかだよ?」


「ふえっ? そ、そうにゃの!」


「そうにゃ! いっぱい触ってやるにゃ!」


 ほっぺたや耳、唇と、怒られないギリギリを攻めてやるぜ!


「や、やめれー」


 ほら、段々顔が熱くなってきたぜ! 僕の顔がな!


「はぁ、たまらん。本上さんが可愛い過ぎて辛い」


「辛いなら触らないでよー」


「嫌じゃないくせにー」


「嫌じゃないけど…、恥ずかしいよっ! そ、それに誰かに見られたらどうするの!?」


「えっ、自慢するけど?」


 本上さんとイチャついてて僕が損をするとでも? コンパスは飛んでくるかもしれないけどね。


「し、しなくて良いから! 恥ずかしいじゃない!」


「そう? 優香なんか生暖かい目で見守ってくれてるよ?」


「えっ?」


「ほら、あそこ」


 さっき気付いたんだけど、優香がリンゴ飴齧りながらこっち見てたんだよね。お兄ちゃん、頑張ってるぞ!


 手を振ったら優香も手を振り返してきた。後ろに居るのが彼氏か。暗くて顔が良く分からないけど。


「えええっ? ゆ、優香ちゃん!?」


「あっ、向こう行っちゃった。なんかウインクしてたような」


「ゆ、優香ちゃーん!」


「あいつデートだから、邪魔しちゃ悪いよ」


 本上さんが優香を呼び止めようとしたので、僕は彼女の唇に人差し指を当てた。

 えっ? うん、そう。触りたかっただけ。


「それにあいつも僕らの邪魔しないように気を使ってくれたんだよ」


「全然邪魔じゃないのに!」


「全然邪魔。凄い邪魔。超邪魔」


「えー、優香ちゃんともお話したい」


 本上さんはふてくされたフリをした。イチャイチャしてるところを見られて恥ずかしいのを誤魔化そうとしてるね。


「本上さん、足の調子はどう? 歩けそう?」


 そう聞いてみると、本上さんは体を起こしてベンチに腰掛けた。


「ちょっと無理かも。でも大分痛みは引いてきたよ」


 彼女は僕に隣に座るように促した。目一杯引っ付いて座ってやった。


「ち、近過ぎ!」


 押しのけられた。残念。


「あ、そうだ。リンゴ飴ありがとう。一緒に食べよっか」


「ああ、まだ食べてなかったんだ。お祭りに来てリンゴ飴だけって味気ないね」


 怪我しちゃったから、多分綿アメとかたこ焼きとか食べてないよね。


「そんなことないよ? 色々買っても食べきれないし」


「本上さんは少食だね」


 本上さんはリンゴ飴の包装を外しながら、小首を傾げた。


「そうかなぁ、普通じゃない?」


「リンゴ飴って本上さんっぽいよね」


「えっ、どこが?」


「甘いけど中は酸っぱいとことか、赤いとことか」


 本上さんはキョトンとしながら、リンゴ飴を見詰めた。


「全然意味が分かりません!」


「凄い甘く感じるくらい可愛くて優しくて、でも踏み込んで告白したら酸っぱい思いをするとこ。あと、すぐ恥ずかしがって真っ赤になるところ」


「そ、それ、まだ言うの!?」


 しまった、しつこかったか。けど、今まさに甘いけど酸っぱいんだよ! 切ないんだよ! 甘いだけでいいのに!


「ごめん、もう言わない」


「うん」


「今日の所はね」


「えー?」


 本上さんはぷくっと膨れて、ご不満アピール。


「良いじゃんか、毎日のように好きだ、大好きだって言われるなんて羨ましいよ。なんなら替わってくれても良いんだよ?」


 主人公野郎の田中は言われてるのかな。田中もげろ!


「い、言わなくて良いから! リンゴ飴食べよう!」


 本上さんは、いただきますと言ってリンゴ飴を舐め始めた。


「本上さん、リンゴ飴は飴だけ舐めたらリンゴだけ残っちゃうよ? 飴ごとリンゴを齧るんだよ」


「えっ、そうなの?」


 素直な本上さんは、カプっとリンゴを齧った。パリパリシャリシャリと小気味良い音がする。


「美味しい?」


「うん、甘くて酸っぱい! でも、私は飴だけでも良いかな」


「僕も本当は飴だけ食べてリンゴ捨てたことある」


「そうなんだ?」


 彼女は嬉しそうに笑った。


「タローも食べて」


 差し出されたリンゴ飴を受け取り、敢えて本上さんが齧った所を齧って見せた。


「ち、ちょっ! 違うとこ! 普通反対側食べるよね!?」


 ふっ、ムッツリーニ改めオープンスケベ山田がそんなことする訳ないだろ?


「いや、折角だし。もうこんな機会ないかもしれないし」


「は、恥ずかしいんですけど!」


 ふははは、純真乙女は間接キスで恥ずかしトキメキやがれ!


「ドキドキした?」


「は、恥ずかしいだけだよっ!」


 そうなのか、少年マンガでは間接キスはドキドキしてときめくものなんだけど。


「はい、返すね。僕は同じどころ食べてくれても良いよ?」


「食べません! 反対側食べるから!」


 白い頬がほんのり上気して、浴衣姿と相まってなんだか色っぽい。これか! これが本上さんの言ってたセクシーってやつなのか!


 本上さんが反対側を齧ろうとしたタイミングを見計らって、僕もさっきと同じ所を齧ってやった。リンゴを挟んでキスしたみたい! オープンスケベ山田はやるときはやるよ!


「あぅ! 一緒に食べると食べにくいよ!」


「じゃあ、一緒に持とう」


 リンゴ飴を固定するためのフリをして本上さんの手を上から握った。


「えー? 交互に食べたら良いじゃない」


「同時に食べた方が楽しいよ!」


「そうかなぁ」


「まあ、やってみてよ」


 二人で同時にリンゴ飴に齧りついた。思ってたほどキスしてるみたいじゃなかったけど、何だか楽しかった。


「ちょっと楽しいかも」


「でしょ? リンゴを挟んでキスしてるみたいで楽しいよね!」


「えっ、ええっ、えええ? ちがっ、違くて! なんかゲームみたいで楽しいかったの!」


「うんうん、ポッキーゲームってやつでしょ? しまった、なんでポッキー持ってきてないんだ! 本上さん、ポッキー持ってる?」


 なんてこった。この前テレビで観たポッキーゲームの方がドキドキして楽しそうじゃないか! 明日から毎日ポッキーを用意しておこう。


「持ってないし、持っててもやらないから!」


「えー? やらないのー?」


「不満そうな顔しない! もう、リンゴ飴私が食べる!」


 僕の手が引き剥がされてしまった。悲しい。

 本上さんが再びリンゴを齧った。


「あっ」


「どうしたの?」


「そこ僕が食べてたとこだよ?」


 キョトンとしてリンゴ飴を見詰めた後、あわあわし始めどんどん耳が真っ赤になっていた。


「し、知ってたし! 知っててやったんだし! 仕返しにドキドキさせてやろうと思っただけだし!」


 なにをだしだし言ってるの、本上さん。バレバレだよ?


「へー、そんなに僕と間接キスしたかったんだぁ。言ってくれたら直接でも良かったのにー」


 ニヤニヤしながら本上さんの頬をつついてやった。


「にゃー! 違うもん! もういいっ! お腹いっぱい! タローにあげる! 間接キスでも何でも好きにしたらいいよ!」


 そんなに言うなら食べさせて上げても良いんだからねっ!


「おおっ、これがツンデレ?」


「違うし! もうっ!」


「あははは!」


 思わず笑ってしまったけど、本上さんも自分の言動が可笑しかったのか、一緒に笑い出した。


「もうっ! タローの意地悪!」


「ははは、楽しいね」


「…うん、楽しいね」


 こんな、楽しい毎日がずっと続けば良い。ふざけあったり、笑い合ったり、本上さんが居なかったらこんなに楽しくなかった。本上さんが居なかったら、こんなに切なくなかった。

 ずっと続いて欲しいけど、早く終わって欲しい日々。もちろん、僕のことを好きになってくれて、切ないのだけ終わってほしい。


「一緒に廻れたらもっと楽しかったかな?」


「どうかな? 僕は十分楽しいけど」


 そっか、と言って彼女は笑った。その笑顔を毎日見ていたいと思った。


「一緒に金魚すくいしたかったね」


「金魚すくいって、水槽から救出するっていう意味の金魚救いなんだよ」


「そうなの?」


「嘘」


「タローのバカ」


 言葉と裏腹に、柔らかな微笑みが零れる。


 夜店を一緒に廻るのも良いけど、二人っきりでこんなくだらないことを取り留めもなく話すのも楽しいと思うんだ。本上さんも僕と話すのが楽しいと思ってくれたらいいな。


「じゃあ、金魚すくいは来年かな。来年も同じクラスだといいね」

 

 そうじゃないと修学旅行の楽しみが半減だ。


「うん、来年も一緒に来ようね!」


「ねぇ、これ付き合ってるんじゃない?」


「えっ、いや、まだ、です…」


「もう素直になったら? そんな嬉しそうに来年も一緒にって。これで好きじゃないって言われたら女性不信になるんだけど」


「なんか、ごめんね?」


「本上さんは往生際が悪いなぁ」


「だってぇ…」


 もう色々たまらなくなって、僕は本上さんを抱きしめた。いい匂い。


「ちょっと、匂い嗅ぐのやめて! 汗掻いてるから!」


 抱き締めるの止めて、じゃないんだ。なんでこれで好きって言ってくれないの?


「嫌だ」


 あー、好き。大好き。生殺ししんどいなー。


「ダ、ダメだって!」


「好きだー!」


 ムシャクシャしてやった。後悔はしてない。

 

 ドーン ドーン!


 ちょうど花火が上がり始めていた。僕の叫び声は花火の音に紛れて、本上さん以外には届かない。向こうで優香がサムズアップしてた気がするけど、届かないったら届かない。


「わ、私ほんとは…」


 ドーン ドーン 


 本上さんは小さな声で何か言っていたけど、はっきり聞こえなかった。


 僕は彼女の首筋に軽くキスをしてから離れた。


「ひゃう!」


 こんなキスをしても怒らないのに、これで好きじゃなかったら、もう僕には何が何か分からない。


 ドーン ドーン!


 ちっぽけな僕の心をあざ笑うかのように、大輪の花が夜空を彩った。僕は汗ばんだ手をズボンで拭って、本上さんの手を握った。何故だか抱き締めるより、キスするより緊張した。

 本上さんは、そっと僕の手を握り返した。

 僕らは手を繋いで夜空に輝いては消えていく、儚い煌めきを見つめた。


「綺麗だね」


「うん」


 本上さんがね。


「次に観るときは彼氏彼女だね」


「うふふっ、そうかもね」


 彼女は僕の肩に頭を載せた。

 そうだと良い。僕はその夏の夜空に咲く花に願いを掛けた。

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