プール

 毎日チャットは結局実現しなかったけど、夏休み直前のどさくさに紛れて本上さんのIDをゲットすることができた。


 これで一緒に宿題をするお誘いができる。


 スマホアプリとして可能なだけで、僕のパーソナルスキルには荷が重いのだけれど。


 本上さんが市民プールへは多分行かないと思うと言っていたので、毎日通うことはやめている。二日に一回くらいである。


 わずかな可能性に賭けた朝倉、坂下、野中のコンパス三人集は毎日朝から夕方まで市民プールにいるので、滅茶苦茶真っ黒に日焼けしている。


 先日田中が黒崎さんとプールでデートしているのに遭遇した。


 黒崎さんの水着姿は新鮮でとても可愛かったので、朝倉君は転けた拍子のフリをして田中の海パンを脱がせていた。もちろん黒崎さんの目の前で。


 田中はまたビンタされ、黒崎さんは真っ赤な顔で走り去った。プールサイドで走っちゃダメだよ?


 本上さんがいないとプールでは泳ぐ以外することがないので、僕と三人集はガチ泳ぎレーンで1日4キロほど泳いでいたら、やたらクロールが巧くなってしまった。野中なんてバタフライにまで手を出し始めている。


「太郎、あんたそんなにプールが好きなら、優香を連れて行ってあげてよ」


 元々バスと電車で二時間ほどかかる都会にあるレジャープールに家族で行く約束をしていたんだけど、急な法事で両親が行けなくなり、妹の優香が拗ねていたのでお母さんに頼まれてしまった。


「別にそんなにプールが好きな訳じゃないんだけどなぁ」


 小さな声で独り言を呟きながらも了承する。だって断ったら、僕が女の子目当てでプールに通っているのがバレてしまう。


 優香はまだ小学三年生なので独りで行かせるわけにはいかない。


 昼食代と少しのお小遣いを貰って、僕は優香を連れて都会へと出掛けた。


 年がある程度離れているからか、兄妹仲は悪くない。迷子にならないように手を繋いで電車に乗った。


 終点の都市に着き、人の多さとコンクリートジャングルの暑さに辟易しながら目的のプールに着くと、そこは泳ぐスペースも無いほどの人出だった。


 まあ、優香は僕と違ってそんなにガチ泳ぎする訳じゃないので大丈夫。目的は複数あるウォータースライダーなのだ。


 妹の手前、真面目に軽く準備運動をしてプールに入ったが、5メートルも進めば人に当たる。プールでほぼ歩いているか流されているかという状態で、あまり泳げない。


 それでも都会のプールは良いところだ。


 何故なら静香先生バリのスタイルのお姉さんが沢山いて、しかも静香先生よりずっと露出度が高い。


 さらには混んでいるのでちょっとした触れ合いがあるのだ。流石に胸に当たったりはしないけど、童貞中学生には十分なご褒美なのだ。


 散々ウォータースライダーを満喫した優香は、休憩もそこそこに泳ぎの練習を要求してきた。


 優香の手を持ってやり、バシャバシャ泳ぐのをバックしながら引っ張っていると、お尻付近に何か柔らかい物にぶつかった。お姉さんに当たりたいから後ろを見なかった訳じゃないよ? たまたま、たまたまだよ? ほんとだよ?


「あっすいません」


「いえ、こちらこそ、すいません」


 可愛らしい声が聞こえて、謝りながら振り返ると、そこには天使がいた。


 可愛いけどちょっと大胆なビキニで、近距離で初めて見る控え目な胸の谷間に目を奪われていると、天使の声が聞こえた。


「あれ? タロー君じゃない!」


「えっ?」


 おっぱいお姉さんは僕のこと知ってるんですか?


 なんとか魔性の谷間から目線を上げるとそこには本上さんの笑顔があった。その後ろに冷ややかな目をした黒崎さんもいたけど。


「山田、どこ見てんのよ!」


 おっぱいですけど? 黒崎さんのじゃないよ? 黒崎さんのも悪くないけど、友人の彼女じゃねぇ?


「おっぱいですけど?」


 あっ、心の声が漏れた。やべぇ!


「サイテー!」


 黒崎さんに水をかけられた。


 本上さんは真っ赤な顔で胸を隠して首まで水に沈んだ。


「あっ、いや、急に目の前にきたからさ!」


 そうなんだ、不可抗力なんだ。お巡りさん、職質はやめてください。


「タロー君の、えっち…」


 なんだこの可愛い生き物は。


 他の女子なら罵倒されて沈められるか、海パン脱がし俗に言う田中の刑に処されているところだ。


「なんだこの可愛い生き物は」


 今日は心の声がダダ漏れだ。


「ちょっと!」


「か、可愛い…」


 本上さんがもっと真っ赤になって、さらに沈み、ブクブク言っている。


 やべぇ! 写真撮りたい!


 いや、お巡りさん、撮ってないから! カメラ持ってないし!


「あんた、ストーカーじゃないの!?」


 黒崎さんがブチ切れている。田中に対する乙女オーラを少しくらい僕にも向けてくれてもいいんじゃないかな。田中も三日に一回は市民プールに来ていてコンパス四人集になってるんだぞ。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 おおっ、妹よ。良いタイミングで声を掛けるじゃないか。さすが我が妹。


「あっ、優香。こいつ妹の優香。こいつを連れてきたんだ。ストーカーじゃないよ」


「あ、優香ちゃん」


「あ、黒崎さんだ」


 黒崎さんは僕達兄妹と同小なので優香を知っている。ストーカーとロリコンの風評被害は御免だ。


「あっ、可愛い! 妹さん、可愛いね! 私、本上華蓮。お兄ちゃんのお友達だよ。よろしくね」


 いや、君の方が可愛いよ。


 あ、ここは心の声が漏れても良かったのに。おっぱいだけ漏れやがって。だからムッツリーニは。


 妹のお陰で水の中から可愛いおっぱいが、じゃなかった、本上さんが浮上した。


 いかん! 水から出るときに水圧でプルンと揺れる所をガン見してしまった。黒崎さんにバレてないかな。動画保存したい。


 いや、お巡りさん、撮ってませんって! それに友達ですから! 痴漢じゃないです、冤罪です!


 良かった、黒崎さんは優香を見ていて気付いていなかった。ヤバかった。


 こんな至近距離で憧れの本上さんのおっぱいを見れるなんて、今日は人生最良の日だ。しかもよく考えたら、あの柔らかかったのって、本上さんのお尻じゃないかな!?


 妹よ、僕は帰りに死ぬのかもしれない。


「初めまして、山田優香です。兄がいつもお世話になり、ありがとうございます」


「し、しっかりした妹さんね」


「兄は本上さんにセクハラしてませんか」


 妹よ、何を言うのだ。シャイボーイの僕がセクハラなんかできるわけ無いだろ。


「し、してないよ? いつもは、してないよ!」


 本上さん、こちらをチラチラ見ながら、含みのある言い方をするのはやめて。我が妹にバレて、じゃなかった、誤解されてしまうじゃないか。 


「今日は滅茶苦茶セクハラしてるけどね」


 黒崎、てめえは俺を怒らせた! 禁断の呪文を喰らうが良い!


「黒崎さん、田中が本上さん目当てで三日に一回も市民プールに通ってるの知ってる?」


「何ですって!?」


「ええっ!?」


 黒崎さんが大魔神になり、本上さんは真っ赤になってまた沈んでいった。


 何故知っているかと言うと、僕も通っているからということには気付かなかったようだ。


「お兄ちゃんも、二日に一回は通ってるんだよ!」


 ば、馬鹿! 何を言うんだ、優香! ソフトクリーム買ってやらないぞ!? 


「サイテー!」


 本上さんはブクブク言っている。


「いや、僕は体力付けたくてさ。ほら、帰宅部だし。最近暑いしね!」


 いくら見え見えの嘘でも、男にはつかねばならぬ嘘があるのだ。


 それに通い過ぎて引き締まった体は、結構良い感じだと思うんだ。


「嘘ばっかり! どうせ本上さん目当てでしょ! そう言えば私が行ったときも居たもんね!」


「ああ、黒崎さんが田中とイチャイチャして、海パンが脱げた田中の股間をガン見してたときのこと?」


「ななな!」


 ふっ、黒崎。撃って良いのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだ!


「まあ、目的の一部には本上さんのことがあったのは否定できないけどさ」


 ブクブク?


 本上さんよく息が続くね。


「だって、僕だけ本上さんの水着姿見てないんだよ? あれだけ皆に自慢されたら、そりゃ見たいよ。プールで会ったら水着で一緒に写真撮ってくれるって言ってたし」


 ブクブ!


「ぷはっ! 言ってない! 言ってないよ!? 水着で写真なんて恥ずかしい! それ浴衣の話だよ!」


 あれそうだっけ?


「えっ、水着姿で腕を組んで写真撮ってくれるんじゃなかったの?」


 それで僕の二の腕におっぱいが当たるヤツ。


「ちちち、違うもん!」


「それじゃ痴女じゃない!」


「あれ? 違った?」


 おかしいな、僕の妄想だったのか。


「じゃあ、腕は組まなくて良いから、記念に一緒に写真撮ろうよ!」


「嫌よ!」


 黒崎には聞いてないよ。


「えー? 着替えてからならいいよ」


 僕はこの数ヶ月で知っているのだ。本上さんが実は押しに弱いということに。


「着替えたらプールの記念にならないじゃん。黒崎さんも僕と一緒の写真、田中に送って妬きもち焼かせてやればいいんじゃない?」


「私、一緒に写真撮りたい!」


 優香ナイスアシスト! さすが山田妹、さすいも!


「ええっ!? 優香ちゃんまで!」


「うーん、妬きもち作戦か。無くはないわね」


 よし、ディフェンスをかわしたぞ! ゴールは目前だ!


「優香、ここに来るの楽しみにしてたんだ。だから思い出に写真欲しいよな?」


「うん! 本上さんと黒崎さんも一緒!」


 よし、さすいも! チョコパ奢ってやるからな!


「バ、バスタオル巻いてなら…」


 やはり本上さんは押しに弱い。でもバスタオルか。おっぱいとかおへそとか見えないんじゃないか? いや、逆にチラリズムでエロいか?


「それはそれで、チラリズムでエロくていいかも…」


 あっ、声漏れた。


「えっ、エロくないもん!」


「変態、サイテー」


「黒崎さんは服着てろよ」


 あっ心の声が。


「マジサイテー!!」


「いや、水着だと田中に刺されそうだからさ」


 適当にフォローしておこう。他人の女に興味はない。


 いや、少ししかない。


 本当は黒崎さんのおっぱいも並べて撮りたい。


「むむむっ」


「冗談だよ。やっぱり皆で水着で撮ろうよ。なあ、優香?」


 そう、おっぱいを並べてね!


「変なことに使わないでよね!?」


「ふぇっ? 変なことって?」


 純真な本上さんはキョトンとしている。


 黒崎さん、男子中学生がクラスメイトの水着写真なんて、変なこと以外に何に使うと言うんだ。


 大丈夫、黒崎さんの写真は箸休め的にしか使わないさ。


 天使の本上さんは知らなくて良いんだよ。


 さあ、僕を挟んで両脇に並んでくれたまえ。


「何か山田と一緒に撮るの嫌なのよね」


「じゃあ僕は入らなくてもいいよ。田中は妬きもち焼かないだろうけど。しかも本上さんばっかり見るかも知れないけど」


「ぐぬぬっ」


「田中に自慢してやらないとな。本上さん凄く可愛くてセクシーだったって。

 そしたら、あいつここに通い出したりして」


「撮るわよ」


 よし、黒崎さん陥落。


「本上さんとはまだ友達になって短いから思い出が少ないじゃない? 僕と黒崎さんは同小だし僕ら夏は市民プールばっかりだったから、探せば一緒の水着写真も一枚くらい撮ってると思うんだ。

 本上さんとも一緒の思い出を沢山作りたいな」


 えっ? セリフがイケメンぽい?


 本上さんはね、建前でも良いから正攻法に正面から頼むのが一番効果的って最近知ったんだよね。


「タロー君、学校の時と全然違う…」


 本上さんが涙目で上目遣いに睨んでくる。


 やばい、必死なのがバレた。だってこんなの一生に一回くらいしかなさそうなんだもん。必死になるよ。


「必死になるくらい、本上さんが魅力的なんだよ」


 ふぅ! 僕イケメン!


「きもっ!」


 黒崎!


「お兄ちゃん、キモイ」


 妹よ、チョコパを奢ると言ったな、あれは嘘だ。


「はははっ、仕方ない。優香ちゃん、一緒に撮ろうか」


 イケメン山田の仮面が剥がれて、いつものムッツリーニ山田の顔が出てきたら本上さんが安心したようだ。下せぬ。


 優香のために写真を撮ってくれるというので、僕がカメラマンになって優香と本上さん、黒崎さんの三人の写真を何枚か撮った。


 いくらアングルを変えても、本上さんは優香を前に抱きかかえて体を撮らせてくれない。ならば横乳をと思っても黒崎さんがブロックする。


 ちくしょう。


「お兄ちゃん、私が撮ってあげる!」


 妹よ、デラックスバーガーとチョコパで良いか?


「お兄ちゃん、真ん中ね!」


 妹よ、何か欲しいものでもあるか? お兄ちゃんがお年玉貯金で買ってやるぞ。


 優香には弱い女子二人は、素直に僕を挟んで並んでくれた。


 もっと引っ付いてくれて良いんだよ?


 あんまり離れるとフレームに入らないよ?


「もうちょっと引っ付いてよー!」


 どうした妹よ、もう差し出せる物はないぞ? 腎臓か? 腎臓が必要なのか? 一つくらいやるぞ?


 撮影された写真には自分でもビックリするほど良い笑顔の僕がいた。


 ちゃんと二人の谷間や太股も写っている。


 妹よ、僕の棺桶にはこの写真を入れてくれ。


 その後、施設スタッフの人に頼んで四人の写真を撮ってもらった。


 本上さんは、この写真が一番笑顔で可愛かった。


 黒崎さんは僕がいない写真が一番良い笑顔。


 優香は全部嬉しそうだ。


 優香は本上さんとスッカリ仲良くなって、一緒にジュースを飲んでいる。


 結婚して娘が生まれたらこんな感じなのかな、なんちゃって。


「きもっ!」


 なんだよ、黒崎さん。何も言ってないだろ。


「鼻の下が伸びた顔がきもいのよ」


 黒崎さん、段々言うことが酷くなっているよ? 僕、君達の恋のキューピッドだよね?


 今度は君がキューピッドする番じゃないの?


 電車で地元へ戻ると、本上さんが優香と手を繋ぎ、僕と黒崎さんが並んで帰るはめになった。


 優香、そこはお兄ちゃんに譲れよ。デラックスバーガーじゃなくてチーズバーガーな。


 黒崎さんと並んで歩くなんて、以前なら夢のようだったのに、今となっては優香が羨ましくて仕方ない。


「山田、優香ちゃんが羨ましいんでしょう?」


「うん、羨ま嫉(ねた)ましい」


「そ、そこまでなの? ちょっと引くわ」


 なんだよ、僕が本上さんを好きなの、もう分かってんだろ?


「悔しいから僕達も手を繋ごうか」


「嫌よ」


 だろうね。でも遠くから見たら僕達デートしてるみたいなんじゃないかな。


 例えば、あそこのスタバにいるコンパス四人集から見たら。


 ちょっと悪戯心が湧いて、黒崎さんに耳打ちする。


「何よ、そんなに近寄らないでよ」


「しっ! そのまま気付かないフリしてスタバ見て」


「あっ、田中君!」


 今田中からは僕が黒崎さんにキスしているように見えるだろう。


 くくく、修羅場れ!


「田中、嫉妬してそう?」


「す、凄い顔で睨んでるんだけど。やり過ぎで怒られないかな?」


「大丈夫だよ、だって本上さんと優香も居るんだし。ちょっとくらい嫉妬させた方が、本上さんにちょっかい出さなくなって良いよ」


 喋っていたら少し離れてしまったから、田中からは二人は見えてないだろうけどね。


「そうよね?」


 黒崎さんは、ほっとしたようにして微笑んだ。僕もここぞとばかりに良い笑顔をしておく。


 田中たち四人集からは、僕が黒崎さんの耳元にキスして、黒崎さんが照れて笑ったように見えるだろう。


 しかも市民プールじゃなくて都市に出てきていたから、黒崎さんはいつもよりオシャレしている。


 僕が田中の立場でもデートしているようにしか見えないだろう。


 これが黒崎さんじゃなくて本上さんだったら、僕は四人集に拉致られてどっかの川に浮かんでいたかもしれない。


 別に二人に破局して欲しい訳じゃないので、揉めそうならちゃんとフォローもするし、本上さんにも証言してもらうけど、田中にはこれくらいやって丁度良いのだ。


 散々邪魔してくれた黒崎さんに嫌がらせしている訳じゃなくて、黒崎さんと田中の為なんだから。悪役やるのは本意じゃないんだよ。ほんとだよ?


 だって黒崎さんが居なかったら、本上さんだって居るはずもないし、これでも黒崎さんには感謝してるんだ。コーラくらいなら奢っても良いよ。チョコパはダメ。

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