第9話 第四章 奮起②
「で、俺にお声がかかったわけか」
頬を掻く黒羽に、レアはニコリと微笑む。
彼らは、フレッドが経営する『料理&道具屋フレンド』の厨房スペースにいる。カマドや樽、食材が入った箱が所狭しと並んでいるが、ここの持ち主は几帳面なようだ。きちんと整理され、中央に設置されたテーブルは鏡のように輝いている。
黒羽は、天板の上に並ぶミスフィーを手に取ると、しげしげと眺めた。においはなく、表面の皮は多少ざらついている。
「なあ、コレって特殊な食材なんだろう」
「フレッドさんの話によると、そうらしいです。何でも、見た目と食感が異なるとか」
「何だそれ? まあ、いいや。とりあえず、かじってみるか」
皮をむき、一口大に切って口に含む。見た目はジャガイモに似ている。恐らく、生の状態ならシャリっとするはずだ……が、妙だ。かじった時に伝わった食感は、プルンと柔らかい。例えるなら、そうプリンそっくりだ。
「不思議な食い物だ。味はジャガイモなのに、食感が全く違う。柔らかいな」
「黒羽さん」
戸惑うようなレアの声。見れば彼女は、口元を押さえて、大きく目を見開いている。
「私がかじったものは、パキパキって食感でしたよ」
そんな馬鹿な、と黒羽はもう一度ミスフィーを食べた。歯が身を砕いた時に感じたのは、”フワリ”でも”パキパキ”でもない。”シャキシャキ”だ。
「ちょっと待て。食感が全部違う。これじゃ、ただ調理しただけだと、ちぐはぐな料理にしかならないぞ」
「で、でも。色々な食感を楽しむ料理なんてありますよね。だから、良いんじゃないですか別に」
「レア、よく考えてみるんだ。食べたミスフィーの全てが違う食感なんだぞ。柔らかいやら硬いやらで、気持ち悪いだろ」
レアは頬を膨らませて、口をリスのように動かした。この子のクセだろうか? どうも、イメージした通りの動きを再現してしまうようだ。
「た、確かに。わけがわからなすぎます。どうしましょうか」
黒羽は、ミスフィーをボールのように放りキャッチした。顔にはニヤリとした笑みが浮かんでいる。
「色々と試すしかないだろう。面白いな、この食材」
包丁を構えた黒羽は、自身が知り得るあらゆる切り方や調理方法を試しはじめた。結果分かったことがある。それは、
「切った大きさ、調理の仕方によって食感が変わるらしいな」
「みたいですね。細切りにすればザックザク、輪切りはフワリ、炒めればボキボキ、揚げればシャリシャリですか。忙しない食べ物です」
まったくだ、と黒羽は肩をすくめ、考える。この食材は食感の不一致こそが最大の売りだ。だが、そこにさらなる工夫を加えることができればなおよし。
黒羽は、アイデアを求めて厨房を出る。
この店は入り口から右半分がイートインスペース、左半分が道具屋となっている。黒羽は、もの珍しい品が置いてある道具屋へと足を運ぶ。
「黒羽さん。遊んでいる時間はありませんよ」
「失礼な。別に遊んでいるわけじゃない。道具屋なら良いアイデアになりそうな品が置いているかもしれないだろ」
店内は黒羽達以外、人はいない。商魂祭では、出店で商品を売り、お店を含む建物は休憩所兼臨時の在庫置き場として利用することが多い。
「ん? これは」
商品棚を撫でるように見ていた黒羽は、見覚えのある卵を見つけた。
「あ、それはアルバーノさんのお店にありましたね。ファラボっていう卵です」
「ファラボ……フーン。殻が十層あるんだってな」
卵に手を伸ばし撫でる。岩のように硬い感覚。
(こんな殻が十層か。変なの。ん? 層を重ねる……)
「黒羽さん?」
急に動きを止めた黒羽を、キョトンとした顔で見つめるレア。黒羽は、アッと手を叩くと、レアの肩をがっしりと掴んだ。
「レア!」
「は、はい!」
「分かったぞ、ミスフィーの活かし方が。レア、急いで丸いパンを持ってきてくれないか。あと、エメさんとニコライさんも呼んできてくれ」
「え、あ、ハイ。分かりました」
頷いたレアを離した黒羽は、厨房へと駆け足で戻った。
※
「黒羽さん、ただいま戻りましたって、うわ!」
パンを両手に抱えて厨房に入った三人は驚愕した。
鬼気迫る表情で調理する黒羽の周りが、ミスフィーだらけだったからだ。
「あらあらー、黒羽さんったら煮たり、焼いたり忙しいですね」
「それだけじゃないようですよ、お二人さん。丸や四角、三角、半円など、様々な切り方をしているようだ」
手を止めず、チラリと三人を見た黒羽は、そのままの状態で話しはじめた。
「よく来てくれました。さっそくなんですけど、エメさんとニコライさんにお願いがあります」
「お願いですか? ええ、もちろん構いませんよ。ニコライさんも、よろしいですよね」
「そ、そんなに睨まなくても分かってますよ。ご迷惑をかけた分、精一杯手伝わせてもらいます。で、具体的には何を?」
包丁を置いた黒羽は、額の汗を拭って静かに語りだした。時間にして三分ほどかかり、黒羽が口を閉じた時には、全員の顔に楽しげな笑みが浮かんでいた。
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