第8話 第四章 奮起①
暖かな眩さを瞼に感じ、黒羽は目を覚ます。木目の天井が見え、濃い酒の臭いがした。
「ん? ああ、確か昨日……ジッタ村で酒を飲んで寝たんだっけか」
残留するアルコールによって、いまいち頭が働かない。何で、ここにいるんだっけ、とたっぷり数十秒かけて考え、ガバリと身を起こした。
「レア、レア! どこだ。早く、フラデンに帰らないとまずい」
曲線に囲まれた室内を流しみると、昨日戦った女性の隣で眠るレアを目撃する。
「おい、起きろって」
「もう少し……」
眠りの続行を希望するレアを強引に起こすと、黒羽はカカを起こす作業に取りかかった。
「カカさん。起きてください。カカさんってば」
「むあ。あ、えっとお前は、黒羽か」
「そうです。昨日、友人になった黒羽ですよ。寝起きのところ申し訳ありませんが、フラデンにもう行かなければなりません」
「むう、野菜だったな。よし、分かった」
よろけながら立ち上がったカカは、家を出ると田んぼへ向けて歩き出した。彼が倒れたらいつでも支える構えを取りつつ、付いていく。
「この村ではどういった野菜を栽培しているんですか?」
「知らないのか? 我らは、様々な野菜を育てているが、フレッドとかいう男が欲したのは、『ミスフィー』だ」
「ミスフィー? お菓子みたいな名前ですね」
「んん? ハハハ、言われてみれば。だが、どちらかと言えば、お菓子というより可笑しいの方が適格だ」
意味を計りかねた黒羽が、質問を重ねる前に目的地へ到着する。
「さて……手ごろなヤツは、これか」
カカは田んぼに入ると、無造作に野菜を引き抜いた。
土を手で払い、黒羽に手渡す。まじまじと観察してみると、本物かと疑いたくなる。なんせ、真四角で目に痛いほど黄色い。
「表面はちょっとざらついてますね。コレわざとこういう形に育てているんですか?」
「いいや。真四角なのは天然だ。人工物に見えるだろう」
不思議なものである。もっと、じっくり調べたいと、黒羽の探求心がうずいたが、時間が許してくれそうにない。
「あの、ミスフィーはどういった条件で譲ってくれますか? 祭りに使うので、できるだけ多く譲ってくれるとありがたいのですが」
「心配するな。タダで山ほど譲ってやる。今年は豊作だったことだし、有意義な時間を過ごせた礼だ。我らは友になりし者には、最上のもてなしをする」
「そんなもてなしだなんて。昨日、あれほどお酒も料理もごちそうになったのに」
カカは力強く黒羽の背中を叩くと、大声で村人達を集め、馬車へと積み込んでくれた。二日酔いの人もいたが、誰も文句を言わない。申し訳ないやら、ありがたいやらで、黒羽とレアは何度もお礼を言って、ジッタ村を離れた。
「かなり分けてくれたな」
「予想外です。これなら祭りに提供する分は十分ですね。さあ、飛ばしますよ」
「待て、揺らさないでくれ。ゆっくり、人がいない位置まで移動させてくれ」
「まさ……か、えっちいこと考えてます? そんな人だったなんて」
「コラコラ、勘違いするな。鍵を使って、近道するんだよ」
「ああ、なるほどー」
気恥ずかしそうに頬を掻いたレアは、街道を外れ、森の平地に馬車を停車させた。
「誰もいないな。扉を出現させるぞ」
大自然の中に、似つかわしくない両開きのドアが現れる。馬が嘶くが、レアが撫でて何とか落ち着かせた。
「さあ、急いで戻ろうか」
「はーい」
元気よく返事したレアが、馬車を発進させる。
空は青く、空気は澄み切っている。今日は祭り日和、楽しそうだな、と黒羽の胸は期待でいっぱいだ。しかし、南通りではトラブルが発生していた。
※
アルバーノは自身の頭をピシャリと叩き、呻いた。
「フレッドさんよ」
「分かってる。分かっているさ。コレはもう、詰んだかな」
「おおい、そう言わんでくれ。何か、打開策はないのか?」
「あったら、男二人で寂しく頭を抱えてないぞ」
万能百貨店の外は、現在祭りの開催で賑わっている。あらゆる国々の人々が、顔を輝かせて通りを歩いているが、中と外では天と地の温度差があった。
「どうするよ。アメリアんとこの倅やお前んとこの娘は、調理できんのか?」
「無茶だ、アルバーノさん。ミスフィーはただの料理人には調理できんさ。かなり特殊な食材だ。調理した経験がないと、難しいって」
「つっても、その肝心かなめの調理経験者が、嵐で港に到着できないってんだろ。仮に着いたとしても、フラデンに来るまでに祭りは終わってる。俺は今年も北通りのヤツらに、負けるつもりはないぞ」
「それは……」
フレッドは張り上げかけた声を萎ませた。
「南通りの連中全員の願いさ。でもな」
「おはようございます、お二人さん。ミスフィーを持ってきましたよ」
レアの明るい声に、二人は破顔する。
「おお、間に合ったか。よくやってくれた。ありがとな」
「いいえ、アルバーノさん。あ、でもでも。人が多かったので、馬車は黒羽さんに任せて入り口に置いてきました。ですので、運ぶの手伝ってくださいよ」
「あ、ああ」
アルバーノの気迫のない声に、レアは首を傾げた。
「実は、ミスフィーを調理する料理人を、外国から呼び寄せたんだけどよ、嵐のせいで来れねえってんだ。他の料理人に任せても、調理できないしな。どうすっかな」
レアは、人差し指を顎に当てて考える。すると、頭の中に、とある男の顔が思い浮かんだ。
「じゃあ、あの人に任せてみましょうよ」
キョトンとする二人に、レアはニコリと満面の笑みでその人物の名を言った。
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