第7話 第三章 友の誓い

 穏やかな陽光に包まれる街道を、風を切り裂き馬車が駆け抜ける。安全運転など眼中にない馬車の御者台には、レアが座っている。

「黒羽さーん。私、もう少しで鳥になれそうです」

「ならんでいい。頼むから、安全運転で頼むよ」

 黒羽は荷台にしがみつき大声を上げるが、彼女は無慈悲にも首を振った。

「駄目です。明日までに戻らないといけないんですから、ゆっくりしてられません」

 正論であるがゆえに黒羽は、黙り込むしかなかった。

 目的地のジッタ村は、フラデンから馬車で半日の場所にある。街道に沿って走れば到着するので、それほど苦労せずに行ける村だが、この強行軍は正直こたえる。

「黒羽さん、あとちょっとで到着しますよ」

 長く息を吐いた黒羽が正面を向くと、街道の外れに村のものらしき建物が見えた。

「よーし、さらに飛ばしますよ。口の中を切らないように歯を食いしばってください」

 彼女は、ただでさえ土煙を巻き上げて走る馬車の速度を上げた。路面から伝わる振動の激しさが増し、視界は地震発生時と大差ないブレに襲われた。

 ――時間にして数分後、馬車は村の入り口付近で停止する。

「フウ、着きました。私、馬を木にくくりつけてくるんで、ここで待っていてください」

 ふらりとした様子で荷台から降りた黒羽は、村をつぶさに観察した。

 フラデンに近いので、同じような場所だろうと黒羽は思っていたが、予想とはまるで違う。

 入り口から見て右側には円形の建物が密集している。全体的に茶色の木材を用いて建てられているようで、屋根の部分には巨大な葉が張り付けられているのが目に付く。

 一方、入り口の左側は広大な田園が広がっており、遠くには川が流れている。

「誰だ!」

 穏やかな風景にそぐわない声。槍を持った男が建物の中から、のそりと外へ出てきた。

「あ、突然すいません。僕は」

「キャアアアアアアアアア」

 響きわたる悲鳴。黒羽が背後を振り向くと、槍を持った男達に囲まれているレアの姿が、そこにはあった。

「く、黒羽さん」

「おい! その子に危害を加えるな」

 喉が干上がり、心臓がドクンドクンと嫌な音を立てる。

(一体何なんだこいつらは)

 焦る黒羽に、建物側にいた男が声をかけてきた。

「この村に何の用だ」

「ぼ、僕達はフラデンの者です。明日の祭りに使う野菜を分けてほしくて参りました」

 ピクリと男の眉が動く。顎に手を当て、しばらく考える素振りを見せたが、やがて槍を下ろせと周りの男達に命じた。

「フレッドとかいう男が前に訪ねてきたな。だが、その時にも言ったように、野菜はそう簡単に分けてやるわけにはいかない」

「何故ですか?」

「……我々は誇り高き戦士だ。この村は、古より己らが友と認めた相手としか交渉はしない」

「では、どうすれば友と認めてくれますか?」

 ジロリと、黒羽の人間性をその瞳から読み取るかのように見つめ、男はゆっくりと息を吐いた。

「簡単なことだ。我々が課す試練に合格すればいい」

 男は試練の内容を説明した。


 ――内容は次の通りだ。


 ・家の入り口に村の男女二人組が立つ。なお、その二人組は武装しており、襲い掛かってくる。


 ・黒羽は、村の二人と戦いながら、どうにかして家の中に入る。戦闘に勝つ必要はない。


 ・魔法は使用してはならない。


 (なぜ、そんなことを?)と疑問に思う黒羽は知る由もないが、これにはジッタ村の過去が関与している。

 ジッタ村の民はこの地に古くから住まう先住民であり、侵略者との戦いの歴史を歩んできた。

 フラデンが登場し、互いに不可侵条約を結んだ以降は、外部の人間とも交流する――ただし、必要最低限の交流――ようになった。

 しかし、家の中だけが心休まる場所で、外は戦いの場だった時の認識が形を変えて、『友の誓い』と呼ばれる儀式として残っているのである。

 

「黒羽さん一人に対して、そっちは二人なんてインチキです」

 レアの抗議に、村の代表である男カカは、首を振った。

「強き者でなければ、友とは呼ばない。別に我らは無理強いはしない。帰りたくば帰るがいい」

「……レア、どうやら野菜を手に入れるためには仕方がないことらしい。危ないから、下がっているんだ」

 黒羽は村人から木剣を受け取ると、前を見据えた。

 周りの建物より一際大きい家の入り口を、二人組の男女が守護するように立っている。

 一方は槍を手にしたカカだが、隣に立つ女性は武器らしきものを一切身につけていなかった。

 代わりに三十センチほどの盾を、両腕に一つずつ装備している。

「準備はできたか? では、いつでもかかってこい」

 挑発的な言葉に黒羽は……あえて乗ってみることにした。

 地を蹴り、一息で近づくと斬撃をカカに浴びせる。あまりの早業に、数瞬カカの反応は遅れるが、即座に横から飛び出した女性に防がれてしまう。

(素早いな。ウ!)

 木剣を弾いた女性の顔面すれすれを掠めて、槍が襲ってくる。身を捻り、転がるように後方へ下がった黒羽は、深く息を吐いた。

 長年、『真宮一刀流』と呼ばれる剣術を学んできたからこそ、今の短い攻防だけでわかる。彼らは二人ではなく、――"1人"だ。

「ハア!」

 カカの槍をさばき、放った黒羽の連撃は女性の盾に阻まれる。男女の筋力差など、この女性には関係がない。上手く角度をつけて、木剣を受け流してしまう。その様はまるで水。

 そして、カカの槍捌きは

「ラーララララララ」

 火そのものだ。

 手の中で槍を巧みに操り、猛火の如く突きを繰り出す。

 黒羽は攻撃を凌ぎつつ、舌を巻いた。二人の連携があまりにも完璧すぎて、四本腕の巨人と戦っているようだ。

「ハア、ハア、フゥ。凄いなまったく。付け入る隙がない」

「当然だ。我らは男が敵を滅ぼし、女が男と家を守る。攻めと守り。各々が自身の役目に徹するからこそ無駄はない」

 真っすぐなカカの瞳に、黒羽は笑みで応えた。

「ならば」

「ム?」

 緩やかに黒羽は歩く。散歩でもするかのような歩みに、カカは訝しむが構わずに突きを繰り出す。

「黒羽さん!」

 思わずレアは瞳を閉じる。だが、槍の一撃は空を切った。低い地を這う動きで槍を躱した黒羽は、懐への侵入に成功する。当然、二つの盾が守りに入るが、「ハ?」と女性は信じられない光景を目にする。

 ――黒羽秋仁は、あろうことか木剣を女性に向けてポンと放り投げた。

 勢いもなくゆっくりと宙を舞う木剣に、攻撃力はない。その場にいた誰もが、動きを止めた。

 黒羽は、その一瞬の隙を逃さない。

「むう」

「あ!」

 カカと女性を掌打で突き飛ばした黒羽は、全速力で家の中へと飛び込んだ。

「ハハハ、どうです。家の中に入りましたよ」

 拳を突き上げる黒羽を、村人達は呆然と眺めていたが、やがて大歓声を上げた。他の家々から女性が飛び出し、村人総出で黒羽の頭を軽く叩いた。

「まさか、こんなにあっさり合格するとはな。恐るべき戦士よ」

 カカが差し出した手をがっしりと握った黒羽は、レアに笑いかけた。すると、彼女は最短距離で近づき、勢いよく抱きついた。

「おっとと」

「えへへ、やりましたね。かっこよかったですよ」

「ありがとう。さあ、あとは……カカさん。さっそくで申し訳ないんですが、野菜のことでご相談があります」

 先ほどまでカカがいた場所に視線を向けると、彼がいない。慌てて周りを見渡すと、彼は家の中から大きな樽を引っぱりだしていた。

「せっかちなヤツだ。友となったら、まずすべきは酒を飲みかわすことだ。皆の者、今日は宴だ。早く用意しろ」

 村人達が慌ただしく動き出す。黒羽はそんな暇はないと伝えようとした。だが、レアに止められてしまう。

「何だ?」

「アルバーノさんの話によると、ジッタ村の人は、お酒好きなんだそうです。友となったからには宴に参加しないと、野菜を分けてもらえなくなるかもしれません。ここは、我慢です」

「いやいや、一刻も早く戻らないと。ちょっと待ってて」

 再度、カカに話しかけようとしたが、すでに村人達は酒を片手に騒ぎ始めている。

(ああ、これは……駄目だ)

 大学で、何度も飲み会に参加した黒羽には分かる。この”ふわついた”雰囲気では、まじめな話をしても相手を白けさせるだけだ。

「ハア、マジか。レア、君は未成年だから酒は飲むなよ」

「未成年って何ですか?」

「……もしかして、トゥルーでは何歳でも酒を飲んでも良いのか?」

「ウーン、どうでしょうか? 少なくともフラデンでは、年齢による制限はありませんね。他の国ならあるかもしれませんが」

 馬車の運転手が酒を飲んでも、飲酒運転だよな、と思った黒羽は、苦笑いする。

「おーい。お前も飲め」

 カカに酒がなみなみと注がれたコップを渡された黒羽は、大人しく流れに身を任せることにした。

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