第6話 第二章 商魂祭前日②
「気持ちの良い天気だな」
眩い太陽が照らす町は、夜の幻想的な雰囲気とは違い、温かく賑やかな時間が流れていた。吹く風に乗って花の香りが鼻をくすぐり、行商人の馬車がゆっくりと目の前を横切った。
「黒羽さん、とりあえず歩きながら南通りの説明しますね」
彼女は器用に人の波をかき分けつつ、ゆったりとした様子で話しはじめた。
「フラデンは、円形の町で北から南、東から西へ十字を切る形で大通りが走っています。そして、十字が交わる中央広場から南門までの大通りを南通りと呼びます。黒羽さんは飲食店を始めるんですよね」
「そうだよ。だから、肉、魚、野菜、調味料、飲み物とか、色んな物を仕入れる必要があるな」
「フーン。そうなると……」
しばらく考え込んだかと思うと、レアは母親とよく似た動作で指を鳴らす。
「分かりました。付いてきてください。おすすめのお店を紹介しますね」
彼女に案内された場所は、どれもが驚きと刺激に満ちていた。見たこともない肉、深海魚に劣らない奇怪な魚、二メートルほどの大きい葉野菜等々。
――五感を通じて知るトゥルーならではの食材と飲み物。
黒羽の頭の中は、アイデアが炒って弾けるポップコーンように次々と浮かびあがり、てんてこ舞いの様相を見せる。
「フフフ。黒羽さん、楽しそう」
「え、そう? まあ、楽しいかな。フラデンは凄い品が沢山あるようだし、これならお店で納得のいくメニューを提供できそうだよ」
レアは黒羽の言葉を聞き、より笑みを深めると、ピッと、とある店を指差した。
「黒羽さん、まだ満足するのは早いですよ。南通りと言えば、あの店は外せませんね」
「ここは……憩いの宿アルシェの向かいにあるお店か」
南通りに面したその店は、フラデンの建物にしては珍しく平屋である。木目の美しい壁には、長年ここで営業していたことを感じさせる傷が刻まれており、入り口の上に設置された看板には、店名らしき文字が刻まれている。
「『万能百貨店』っていうお店です。フラデンのみならず他国でも名が知れ渡っている有名店で、アルバーノさんって方が経営しているんですよ。ここでなら、ほとんどの品が揃うはずです」
説明を終えるや否や、彼女は万能百貨店のドアを開き、中へ足を踏み入れた。
「ごめんくださーい。アルバーノさん、ちょっといいですか?」
彼女に遅れて店内へ入る黒羽を出迎えたのは、所狭しと並べられた商品棚だ。花や香辛料などが混じり合った匂いが充満しており、万能の名に恥じぬ色とりどりの品々が棚に収まっている。
「この声は……レアか?」
男性の野太い声が、店の奥から聞こえた。視線を向ければ、カウンターの下からスキンヘッドの男が、ヌッと顔を突き出し、人の良さそうな笑みで出迎えてくれた。
「んあ? そっちの兄ちゃんは誰だ?」
黒羽はカウンターに近づくと、深々と頭を下げた。
「僕は黒羽秋仁と申します。実は、飲食店を経営しようと考えてまして、フラデンには仕入れに来ました」
「ははーん。なるほど、それでレアがうちに案内してきたんだな。確かにうちなら、飲食店にピッタリな品を提供してやれる。例えば……これとか」
アルバーノは背後から桜色の玉を取り出した。
「これはイーア大陸の北部から輸入した卵だ」
「卵? 岩のように見えますね」
「ハハハ、まあな。コイツは面白いぞ。いいか、見てろ」
アルバーノは卵を手に持ったかと思うと、カウンターの天板に叩きつける。意外にもあっさりと卵の殻は破れ、中からまた殻が現れた。
「この卵は十層も殻がある。手間がかかるが、最後まで割ると、わずかな量の黄身と白身が出てくる。これがな、とてつもなく美味いんだぜ。一度味わったら、病みつきだ」
やはりこの世界の品は面白い。黒羽はもっと他に珍しい品はないのか聞こうとした。しかし、乱暴にドアを開く音に遮られた。
「アルバーノさん、まずいよ。例の品を手に入れるのは難しそうだ」
白髪交じりの中年男性は、肩で息をしながらカウンターの傍まで歩み寄ってきた。
「何! そいつは弱った。あれがないと明日の祭りが……」
「祭り? 明日祭りがあるんですか?」
南通りを見た限りは、特に祭りの前日といった感じではとてもない。
「あ、言ってませんでしたね。黒羽さん、明日はフラデンで毎年開催されている『商魂祭』があるんですよ。ちょっと変わった祭りでして、事前に祭りの準備をしてはいけないんです。南通り、北通り、東通り、西通りの計四つのブロックに分かれて、各ブロックの一日の売り上げで競い合うんです。祭りが開始された直後は、普段通りの状態なんですけど、後半になるにつれて客寄せのために、派手な飾りつけの店が増えて迫力あるんです」
レアの説明にアルバーノは頷き、ピシャリと頭を叩いた。
「毎年、南通りは二位か三位にしかなれなくてな。北通りに一位を独占されてんだ。だから、今年こそは絶対一位になってやるって南通りの連中一同張り切っている……だけどな」
力なく握った拳を開くアルバーノに、黒羽は問いかけた。
「例の品っていうのが、手に入らないとまずいんですか?」
「そうさ。なあ、フレッドさんどうにかならんかね」とアルバーノに言われ、白髪交じりの中年男フレッドは首を振った。
「やっぱり難しいよ。門前払いさ」
「どういうことでしょうか? 良かったら話してくれませんか?」
フレッドは、ああ、と力なく返事をした後、黒羽に事情を説明する。
「なるほど。『ジッタ村』が栽培している野菜が必要なんですね。でも、その村の掟によって手に入れるのに苦労している……ですか」
「そうさ。滅多に出回らない野菜だから、入手できりゃあ大盛況間違いなしだ。でもな……このままじゃまた、北の大通りの連中に負けちまうかもしれないな」
肩をがっくりと落とすアルバーノとフレッド。黒羽はそんな彼らをみて、提案してみることにした。
「その野菜の入手、僕に任せてくれませんか?」
「ええ」
「ほんとかよ」
驚く一同に、黒羽はニヤリと笑ってみせた。
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