第10話 第四章 奮起③
「黒羽よ、どうすんだ」
アルバーノは、焦っていた。祭りは今、後半戦へ突入している。派手な服を着た商人が枯れた声を絞り出し、大道芸人が普段よりも気合いを入れたパフォーマンスを行い、参加者達の喝さいを浴びていた。
「アルバーノさん、丁度良いところに。ミスフィーを使った料理が完成しましたよ、って凄い恰好ですね」
光り輝く鉱石が散りばめられたベストに、まっ赤なズボン。靴は先端がドリルのように鋭くとがったデザイン。自身でも可笑しいと自覚しているのだろう。照れくさそうにアルバーノは笑った。
「なんだよ。それよか、完成したってのはコレか?」
こんがりと焼き色のついた黄色い具に、たっぷりとかかった白いソース。それらを上下からがっしりと挟み込むパン。この食べ物は、
「ハンバーガーって食べ物です」
「はんばーがー? 妙な名前だな」
「本当は焼いた肉を具にするんですが、今回はミスフィーを使いました。名付けて、ミスフィーバーガーってところですかね。ぜひ、おひとつ食べてみてください」
「ほーう」
ハンバーガーを手に取り、豪快に食べたアルバーノは、恍惚とした表情に変化した。
「ハ! コイツは予想外だ。これならもしかするといけるかもしれねえ。それにしたってどう作ったらこうなるんだい? 食感だけじゃねえ、味まで変化しやがる」
「それはですね……」黒羽は、ソースが入った岩石のボウルを二つ指差した。
「このソースが鍵です。エメさんに作ってもらいました」
「なるほどな。確かにエメなら、調味料に詳しいから適任だ。白と赤のソース……んあ? この赤のソースはどこに入ってるんだ?」
「その具の中ですよ」
言われて気付いたアルバーノは、近づけて匂いを嗅いだり、すくって舐めたりした。
「白はコクがあって、赤はさっぱりしているのか」
「ええ、そうです。この具は、外側から内側にいくにつれて、歯ごたえのある食感から柔らかい食感のミスフィーを重ねています。そして、外は白、具の中に赤のソースを使用することで、味の変化も楽しめます。加えてソースには、疲労回復の効能がある薬草も使っているので、その点はぜひアピールしてください。遠方からいらっしゃったお客様にとっては、嬉しい商品のはずですからね」
満足そうに頷いたアルバーノは、表に用意しておいた台車に次々とハンバーガーを積み込んだ。
「レア、悪いが売りに行くの手伝ってくれ。そいで、黒羽よ。ガンガン売り子を集めるから、お前はできあがったハンバーガーをそいつらに渡してくれ」
「かしこまりました。エメさん、ニコライさん。ソースの用意は任せましたよ」
――ミスフィーバーガー販売後の売り上げは、破竹の勢いであった。調理場には代わる代わる人が訪れ、どれだけ作っても余すことなく人々の胃袋の中に収められた。
「黒羽さん、ソースが完成しましたよ」
「ありがとうございます。エメさん、それが終わったらニコライさんを手伝ってください」
「エ、エメさん早くお願いします。私は調理の経験ないんですよ」
「あらあらー、情けないわ。ただ、ミスフィーを重ねるだけでしょう?」
「そうですけど……」
「あ、コラ。違うわニコライさん。半円で煮たのは三層目よ。それは五層目だわ」
「え? え? じゃあ、これは」
「そっちの薄くスライスしたのは、層が完成した後に包むヤツだわ。もう、使えない男ね」
「お母さん、こっちのハンバーガーは持っていって良いの?」
生まれた世界や育った場所、文化、風習。それらすべてが違うが、この日、この場所に集った人々は同じ目標に向かって己の役割を全うした。
――そして、時間の流れを忘れるほど作業に没頭した彼らの耳に、大きな鐘の音が届く。
「この音は?」
「終了を告げる鐘ですよ。この鐘の後に、各大通りの代表者が祭りの本部に行って、今日の売り上げを報告します。黒羽さん、もうミスティ―は無くなってしまいましたし、結果の発表まで時間があります。ここは私が片付けておきますから、外をぶらついてみてはいかがですか?」
「え? しかし」
黒羽は自身も片付けに加わろうとしたが、結局エメの厚意に甘えることにした。
「おわ、暑いな」
料理&道具屋フレンドのドアを開けた黒羽を出迎えたのは、人々の熱気漂う南通りの光景だ。
光の種子が風に揺られ、笑顔で彩られた街路は昨日とは雰囲気がまるで違う。
道化師のような恰好をした商人が商品を売り。
可愛らしいアクセサリーを身につけた大鷲が、鳴き声を上げ。
小さな子供が、武器屋の主人を困らせ。
巨大な看板がくるくると――恐らく魔法によって――空を舞い。
美味しそうな食べ物の匂いが、通行人の胃袋を刺激し。
仲の良さそうな夫婦が、花柄の刺繍が施された服を買う。
どこかで見たようで、どこかが異なる異世界の祭り。
黒羽は人々の歩む流れに乗りながら、五感で”今”を感じ取った。
「黒羽さん」
興奮した様子のレアが、中央広場の方向から歩み寄ってきた。
「やあ、売れたかい?」
「ええ、もう凄いですよ。黒羽さんが作ったミスフィーバーガーは大好評です。南通りの勝利は間違いなしですよ」
「あのー」
萎むような小さな声が真下から聞こえた。見れば、七歳くらいの女の子が黒羽を見上げている。
「あのね。バーガー作ったのはお兄さんですか?」
「そうだよ。もしかして食べてくれたのかな?」
照れくさそうに少女はこっくりと頷き、たどたどしくもしっかりとした声で言った。
「すっごく美味しかったです。噛んだらパリ、サクサクって感じなのに、最後のほうはフワフワ、ジュワーって感じだったの。でね、味もね、なんか違うのになって不思議だったんだよ」
嬉々とした喋る少女の姿が、歪んだ。黒羽は咄嗟に手で目を覆うと、濡れた感触が掌に伝わった。
「どうしたの?」
「い、いや。何でもないよ。食べてくれてありがとう」
しゃがみ込み、少女の小さな手を優しく両手で包んだ。
――この手が、俺の作った料理を掴み、口に含んだ。そして美味しいと思ってくれたのだ。
その言葉が頭によぎった瞬間、心の奥底からじんわりとした喜びが止めどなく溢れ、疲労を吹き飛ばす達成感が体中を駆け巡った。
「ううん。私ね、また来年もお母さんと一緒に来るから、美味しい料理食べさせてください」
「あ、ああ。約束だ。来年もきっと俺は料理を作るから、食べてくれ。指切りしよう」
「指切り?」
ぽかんとする少女に、黒羽は指切りの意味を説明し、小指と小指を絡ませた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。じゃあ、来年ね」
「うん! あ、お母さん」
手を振り、母親の元へ走った少女は、子供らしい無邪気な笑みと共に人波へと消えていった。
「良かったですね」
「……そうだな。俺は、人の笑顔を見るのが好きだ。料理には凄い力があるんだよ。間違ってなかったんだ俺の選択は。きっと、この世界でなら、俺の求める食材や飲み物が見つかる。そんで、俺の世界で、店で沢山の人に味わってもらう。よーし、やってやるさ」
拳を握りしめた黒羽を見て、レアはニコリと笑った。少しだけ頬に朱が差し、吹く風に揺れる金糸の髪を手で押さえて彼女は、ポツリと「素敵」と呟いた。
「ん? 何か言ったか」
「いいえ何も。それよりも、アルバーノさんのところ行きませんか? 今なら上機嫌ですし、仕入れの相談をするなら今ですよ」
「あ、そうか、そうだな。あ、でも俺、この世界の金を持ってないけど、どうやって支払おう? 掛け取引とかって可能かな」
賑わう街中を、経営者の卵と美しい宿屋の看板娘が歩く。
空には魔法によって派手な模様が描かれ、祭りはさらなる盛り上がりをみせた。
今日一日、森の動物達は寝れなかったに違いない。けれど、仕方がないだろう。祭りは、どこの世界も人々の心を楽しませ、人生に潤いを持たせてくれるのだから。
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