第104話 教師の飲み会

 今日は仕事が終わってからテストで忙しくなる前に結崎先生が企画した飲み会に参加していた。

 比較的に年齢の若い教員ばかりで催されているこの飲み会には座間先生が最高年齢だ。普段から話をすることも多く、ここに居るメンバーは仲はいいといってもいいだろう。


 俺はビールを片手に目の前の人の話を聞いていた。


「だぁ~かぁ~らぁ~、男ってさ~どうしてエロ本とか読むんだよぉ~、アタシじゃ物足りないっていうのかぁ~うああああああああああ!!!」


 荒田先生は大きな声を出して泣き始める。

 話を聞いているというより、愚痴を聞かされていた。

 個室居酒屋なため空間は限られているが、声は外に丸聞こえだろう。


「それは何度も言ったじゃないですか。あれは俺との共通の友人に預かってと頼まれたものなんですって」

「いーや!! きっとアタシじゃ物足りないんだぁ~……やだよ~ち~ちゃん~」


 大桐のバカの所為で荒田先生と百瀬はどうやら喧嘩中らしい。

 先ほどから泣いたり怒ったりと感情の起伏が激しすぎる。思っていた以上に酒の入った荒田先生はめんどくさい。さすがに百瀬相手に暴力的にはなれないだろうな。


「ま、男なんて女の裸が目の前にあれば見ちゃうものだし、ね。座間先生、高城先生?」


 やめてください、俺にその手の話を振らないでください。

 結崎先生は「私は理解ありますよ」という顔をしているが、俺は何も言わずジョッキと傾ける。


「すいません、生1つ」


 俺は話題から逃れるための店員のオーダーを伝える。


「だってさ~いつもするときはアタシからだし~……」

「す、するって……」


 水沢先生は酒が飲めないのでウーロン茶を飲んでいた、意味を察したのか酒も入ってないのに顔を赤くする。


「男からすればエロ本と彼女は別物だぁ」

「ああん!? 女からすれば浮気されたみたいなもんだっ!!」


 座間先生の言った言葉に逆上して、つかみかかろうとするがそれを躱す。普段の荒田先生なら間違いなく捕まえられていただろうが、酔っているせいでうまく逃げられた。


「なぁ高城ぃ」

「た、高城先生!?」


 だから俺に話を振らないでくださいよ。水沢先生も俺を見ないでください。


「……人によるんじゃないですか?」

「ああ!? はっきりしねえなっ!! このムッツリがっ!!」


 うわ、めんどくさい。なんで荒田先生が俺に突っかかってくるんですか。


「座間先生は彼女さんにそういう本を探されたりされないんですか?」


 さり気なく結崎先生にも視線を送る。


「さすがにその辺はぁ、プライベートだしなぁ。見て見ぬフリをするのが仲もこじれないだろぉ……ただし、見つかったら即シュレッダー行きだぁ」


 ああ、結崎先生は見ていないふりはしてくれないんだ。


「いいですね。この前ウチの妹なんてわざわざ俺の部屋に来て半日かけて探してましたよ」

「バレたのかぁ?」

「いいえ。そもそもそんな本を家に置いてませんでしたし、勝手に部屋を散策されたので、2時間くらい正座させて説教しておきました」


 あの後のみんなが目を覚ましてからリビングで2時間ほど正座をさせた。

「エッチなことに興味がある年頃なのはわかるが、さすがに家捜しは……」などと、さも「エッチなことに興味津々な女子高生」に向かって説教するような口調に5人は顔を赤くしながら必死に否定していたのを思い出すと今でも面白い。

 勿論、そんなことはないのだとわかっているのだが、他人の家を家捜ししたんだこれくらいの仕返しはいいだろう。


「波風立てないのが一番だと思いますけどね」

「同感だぁ」

「はっ、スケベ男子どもが!」


 うんうんと同じ男同士共感しあうが、それを荒田先生が鼻で笑う。

 とりあえず、この不機嫌な酔っ払いについては百瀬に連絡を入れておこう。


「お、お話が変わりますけど、皆さんは休日をどのように過ごされてますか?」


 スマホを操作していると、下ネタが多くなってきた空間に耐えきれなくなった水沢先生は顔を赤らめて別の話題に話をそらした。


「私は、そうねぇ……ミュージカルも見に行きたいけれど、やっぱり買い物が多いかしら」


 結崎先生は少し考えて答える。


「う~……ちーちゃん~」


 答えにはなっていないが、百瀬と一緒に過ごしているんだろうな。


「俺はぁゲームだなぁ」


 座間先生は想像通りだ。渉と同レベルでやっていそうだ。具体的には土日返上して2徹くらい。


「俺は友人と遊んだりとか買い物ですね。一人暮らしだと自分で物を揃えないといけないので」

「やっぱり、一人暮らしって大変なのでしょうか?」


 水沢先生は俺に尋ねる。

 一人暮らしに興味でもあるのだろうか。


「家事は慣れですね。小学校の時から祖母に仕込まれて最低限の家事はできますから。特別面倒と思ったことはないです」

「すごいですね……私なんてずっとお母さん任せで」

「水沢先生ならすぐに……できると………思いますよ?」

「何で途中から自信なさげになるんですか!?」


 いや、だって水沢先生って結構ドジなところあるから。

 包丁で指を切ったり、フライパンで火傷したり、洗濯機の使い方が分からなくて泡まみれになったりとか、そんな想像が浮かんでしまう。


「た、たしかに料理とかはあまり得意とは言えないですけれど……」

「私も一人暮らしだけど。一番困るのはあれね」

「アレって?」

「台所の妖精、角のないカブトムシ………ゴ「嫌っ!!」」


 水沢先生は反射的に反応する。俺も考えただけでゾワッとした。


「私は知り合いに助けてもらうけど」

「そのたびに呼ばれる俺の身にもなれよなぁ……(ぼそっ)」


 それなら俺は観月の家に言ってやりたい。

 アレが出るたびに俺を呼ぶのだ。最近は景士さんが不在時の黒沢家も加わったので余計に忙しくなった。


「嵐はどうしてる?」

「ん~……出てきたらちーちゃんが嫌がるからな~……紙の上からグシャっと」

「「ひっ……」」


 水沢先生と結崎先生は悲鳴を挙げる。

 あれを紙越しといえど触れるなんて考えられないんだろうな。

 荒田先生はなんとも漢らしい……いや、熟練の主婦みたいな方法だからある意味女らしいのか。

 百瀬は職業柄か怖がらず見つけ次第、徹底的に殲滅する。店に現れるようなら信用にもかかわる重大なことだから笑い話にできない。その時の百瀬の目からは光彩が消えているのも笑えない。


 ちなみに俺は手の中であれが蠢いているのを感じたくないので殺虫剤一択だ。でも、部屋を綺麗にしておけば出てこない。だからこそ、掃除や生ごみの処分は怠りたくない。


「やめましょう! 食事時にする話じゃないです!」


 水沢先生の話題からこの話になったのだが、俺もこの話は背筋がかゆくなるので打ち切りたかったので助かった。


「そ、そういえば、高城先生は文化祭、本当にお疲れ様でした」

「いえ、先生方や生徒がサポートしてくれましたから」


 今日の飲み会は文化祭の慰労会も含んでいるのを思い出す。

 俺一人の力ではないので俺だけこんなふうに労われてもちょっと困る。


「高城先生がほとんど頑張られていたじゃないですか。みんな楽しそうにしてましたし」

「渉が来てくれたというのもありますよ」

「でも、驚いたわ。あの上代渉が高城先生の弟だったなんて」


 一部の教員には渉との関係を説明してある。ここにいる全員はすでに知っている人たちだ。


「生徒たちには内緒でお願いします。打ち明けるタイミングは歩波に任せているので」

「もちろんよ。でも納得です。本当にそっくりだもの」

「あと、1組の黒沢さんもね。2人も役者の仕事をしているんだから、すごいわ」

「ご両親が役者でもされていたりしたんですか?」

「……………いえ」


 水沢先生に両親の話をされて一瞬言葉に詰まった。

 その気まずさをビールと一緒に飲み込む。


「………両親というより祖母ですね。ずっとドラマとかで出てくる女優をしていましたので」

「え!? 有名な方なんですか?」

「はい。下条忍です」

「「「…………………」」」


 俺の答えに3人は言葉が出なくなる。

 絶句という表現がぴったりだった。


「あの、“下条忍”ってあの“下条忍”ですか? ずっと時代劇や映画で活躍していた……」

「ええ。知っててくれてありがとうございます」

「知らねえ奴の方がいないだろぉ。亡くなった時なんて、かなりニュースで取り上げられて追悼特番が組まれたくらいだしなぁ」

「今でもテレビでも取り上げられるじゃない……となれば、上代さんって下条忍の孫ってことで……高城先生も」


 結崎先生は少し状況についていけないのか、頭を押さえる。

 確かにリスペクトする映画人が後を絶たない大映時代劇の名女優とまで呼ばれている。


「あいつらは……祖母に憧れて役者になったみたいなものですからねぇ。よく祖母の仕事を見に行ってましたから」


 兄妹全員でついていくとスタッフさんに色々構ってもらえて楽しかったなぁ。

 特に、渉は初めて祖母の仕事を見たときからあの世界に憧れていたんだろう。


「すいませーん! 生、大ジョッキで」


 自分のグラスが空になったのを気が付き、新しい物を注文する。

 友人たちとの見に行くとそいつらがハメを外し過ぎないように見張るためいつもは押さえているが、今日はそんな心配もないので好きなだけ飲める。ちなみに先ほどから荒田先生が静かなのはもうすでに寝ているからだ。百瀬には飲み会終了時間を伝えてあり、迎えに来てくれるそうだ。


「……高城先生、もしかして酔ってます?」

「ほろ酔いですよー」


 結崎先生、何を言っているんですか。まだまだ全然いけますよ。


『……もうちょっとつついてみましょう』

『だなぁ』 

『い、いいのでしょうか?』

『高城先生は酔うと口が軽くなるタイプみたいね』

『さっきから荒田につられて馬鹿みたいに飲んでいたからなぁ。あれでビール何杯目だぁ?』


 なにやら、こそこそと俺抜きで話をしてる。周りの喧騒もあってうまく話を聞き取れない。


『なら海優、聞いてみなさいよ』

『え、私ですか?』

『聞きたいことたくさんあるでしょー。例えば気になっている人か好きな人とか』

『ゆ、結崎先生!』

『ここで聞かないでいつ聞くのよ。高城先生のガードが緩みまくっている今しかないわよ。いつも接待に気を使ってそんなに飲まないし、ほかの先生たちの前でこんなふうにお酒飲むこともないし』

『う……けど……』


 先ほどから水沢先生がちらちらと窺うようにこちらを見ている。

 どうかしたのだろうか。

 結崎先生に背中を押されると俺の方へ迫ってくる。


「えっと……高城先生は……その」

「はい?」

「あ、ああああのぉ……」


 何か言いにくいことなのだろうか?


「水沢先生」

「は、はい!」

「ちゃんと聞きますから。いつもの綺麗な声でおちついて話してください」


 酒も飲んでいないのに赤くなっている。

 熱はないだろうかと思い、そのまま手を額へと移動させる。うん、大丈夫だ。

 けれどもなんだか手を放すのが惜しくて、そのまま手を彼女の頬に添わせる。


「ずっと聞いていたいくらいです」

「…………はう」


『高城先生って酔うとあんな感じになるのね』

『……今後、女の前で飲ませねえ方がいいなぁ。犠牲者がふえる』


 座間先生と結崎先生は顔を近くに寄せて話をしている。仲がよくていいことだ。


「それで、俺に聞きたいことってなんですか?」

「はっ! そ、そうでした。た、高城先生!」

「はい」

「………高城先生は今何か気になっていることはないですかっ!?」

「はい?」

「は、初めての担任ですし? た、担任を持ったことのない私にそんなことを聞かれるのは嫌かと思いますけど!!」


 『ヘタレ』という結崎先生の声が聞こえてきた。


「……心配してくださってありがとうございます」


 こんな先輩がいる職場だから俺もやりやすい。


 その後、どんなことを話したかは覚えていない。

 百瀬が荒田先生を迎えに来た時に一緒に家にまで送ってもらった。


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