第103話 引き出し

 カレン


 涼香さんは10分経ったころに戻ってきました。

 手には涼香さんが書いたであろう手紙が握られています。


「涼香さん、それって……」

「内緒……」


 涼香さんはそのまま手紙を引き出しの中にしまいました。涼香さんはこれからどうするのでしょうか。


「歩波さんは?」

「お手洗いに行っています。歩波さんが何か悪いことしてしまったのではないかと気にされてました」


 歩波さんが戻ってくると先ほどの事態を歩波さんに謝罪し、宝探しを再開します。


 私たちは不用意にものに触れることはせず歩波さんが出したものを順番に片付けていました。歩波さんは押入れを探っていると古い段ボールを私たちの前に持ってきました。


「これだけ、あまり埃が被ってないっ!」


 眼を鋭くして歩波さんは段ボールに貼ってあるガムテープを外します。

 段ボールの中にはもう読まなくなったのか古い漫画などが入っていました。


「昔のサッカー漫画ね」

「ちっちっち! ワトソン君。木を隠すなら森の中、本を隠すなら本の中よ………見て」


 のぞき込んでみると段ボールの奥底に色が異なる本を見つけました。

 歩波さんはようやく目的のものが見つけたと思ったのか、悪い顔をしながら漫画を取り出して奥へと手を伸ばしていきます。


「さーて、兄さんのお宝拝見……」

「なに? え?」

「ア……」


 歩波さんの手の中にあるのは2冊の薄い本でした……。


『ガチコイ!!! 3 ~~カケルとトオル 誰もいない更衣室で~~』 

『いやよいやよもスキなうち!!  試着室の淫らな紳士たち』


 BLの……。


「……………………ヤバい。思ってた以上の物が出てきて思考止まったわ」


 歩波さんは衝撃で手に持っていた本を床に落とします。

 その拍子に本が開きます。

 開かれたページには男性キャラが縛り付けられていました。


「……………………」

「せ、先生だって男の人だし?」

「男ならなおさら読まないでしょ!! ヤバい! 兄貴が腐男子だったという想定はしていなかったっ!!」

「歩波さんの誕生日プレゼントかも」

「妹にBL本を誕生日にプレゼントする兄ってなに!?」


 涼香さんは先生を庇う様に理由を探しますがどれも空振りに終わってます。でも、この本は……。


「どうしよう、女の影がないと思ったらいつの間にかこっちの道に!! 私なんかより透くんの方が危険かもしれない!!」

「さすがにそれは……」


 パニックになって冷静さを失っています。

 腐男子センセ……いいと思うのですが、口には出さないでおきましょう。


「もしかしたら、何かの拍子に間違って入ったのかもしれないじゃない」

「どんな拍子!!? 自分で買わないと部屋で見つかる状況なんてありえないでしょ!!」

「ウチでも買っていく男の人だっているし……」

「フォローになってない~」


 歩波さんはスマホを取り出してどこかへと電話を掛けます。いったい誰に電話をしているのでしょうか?


『……もしもし? どうしたの歩波ちゃん?』

「透くん! 今すぐ兄さんと距離を置いてください!! いろんな意味で狙われてます!!」

『え!? いきなり何?』

「兄さんの部屋でエッチな本を探していたら、BLの本を見つけてしまいまして! しかも透くんに似たキャラがいるんですよぉおおお!!」

『え、えっちな本? とりあえず、落ち着いて』

「しかも、そのキャラ監☆禁されてるんですよ!! 兄さんに似たキャラにいろんなところペロペロとかクリクリとかザクザクされてるんですよぉおおおお!!」


 兄の衝撃的な秘密に相当混乱したのか歩波さんが落ち着くのに時間がかかりました。話の内容からどうやらセンセの友達の透さんのようです。


『……とりあえず、それは歩の物じゃないからね』

「ホントですか?」

『それシルビアが書いた本だよ。この前のイベントの時に渡したって聞いてたから。多分、押し付けられたんじゃないかな』


 私はそのことを伝えようかと思ったのですが、混乱していた歩波には通じなさそうだったので何も言えませんでした。


「じゃあ、もう一冊は?」

『…………………………………』

「黙ってないで何か言ってくださいぃ~……」

『あ、ちょっと生徒に呼ばれたから! うん、今度のテストの事? すぐに行くから!!』

「あっ! 透くん! 今日は土曜で学校はお休みですよね!」

『大丈夫。僕は何があっても歩とは友達だから。あとでそれとなく聞いてみるよ、それじゃ』


 無情にも透さんの電話は切られたようです。

 スマホを置いて2冊の本に視線を落とします。


「一冊はシルビアさんから押し付けられたのだとしても、もう一冊は……」

「私知ってます」

「カレン?」

「この本は私たちのお師匠が書いた本です。多分、その時に渡されたのだと、前に文芸部の子がセンセに渡してたのをみたといってましたので」

「お師匠って?」


 ちらりと、涼香さんの顔を窺います。

 涼香さんは観念したように項垂れました。


「私の……お母さんです」

「ウソでしょ!?」

「事実です。あまり認めたくありませんが、その本の原稿を手伝ったので間違いないです。最後のきめ台詞は『お前を好きにしていいのは俺だけだ』です」

「…………」

「…………」


 お互い何も言えず、時間だけが過ぎていきまた。

 それからはどちらともなく後片付けをはじめました。

 宝探しの痕跡を消していかないといけません。




 先ほどから物音ひとつしない隣の寝室の状況がどうなっているのかと思い、様子を見ることにしました。

 人の気配が薄い寝室に入ると、観月と夕葵さんはセンセのベッドで気持ちよさそうに寝ていました。


「……本格的に寝ちゃったか」


 歩波さんは呆れたように溜め気を吐いていました。

 観月はともかく夕葵さんは意外でした。授業中だって寝ているところを見たことはありませんし、人前で寝顔をさらしてしまうような隙もありませんでしたのに。


「……気持ちいいのでしょうか?」

「今日は冬が近いって言っても天気もいいし、お昼寝には絶好よね」


 すやすやと寝息を立てている2人を見てそんなことを思いました。

 それ以上にセンセの布団でお昼寝という、いい夢を見ること確実な環境には抗いがたい魅力があります。


「私もちょっと眠くなってきたなー。ちょっと休憩にしない?」


 歩波さんは「私はリビングのソファーを使うから」と言い残し部屋から出ていきます。

 残された涼香さんと私は顔を合わせると――、


「私たちもちょっとだけお邪魔しようか?」

「……ハイ」


 少し大きめのベッドを横向きに使えばお昼寝に使うには十分なスペースを取ることができます。観月たちをおこなさないようにそっと横たわり、布団に顔をうずめます。


「……ふあ……」

「……きもちいいね」


 お日様の何とも言えない心地よさといい匂い。

 私たちはそっと目を閉じました。


 ◆


 午後3時。

 商店街のお礼は、涼香の実家である本屋“SAKURA”で最後となる。

 店側から入り、店員さんに声をかけ事情を説明すると奥にいる店長を呼んでくれた。


「失礼します。店長さん」

「あらあら。ウチにも来てくださったんですか?」

「もちろんです。文化祭では本当にありがとうございました。また来年もよろしくお願いします」


 商店街をも巻き込む静蘭の文化祭はまた来年もある。

 この言い方で間違いないはずだ。商店街の人たちも「また来年もたのむ」といわれた。

 どうやら、文化祭以降にこの商店街に足を運ぶ人が増えたようだった。期待しているところ申し訳ないが、さすがに来年は渉を呼ぶわけにもいかない。生徒からは喜ばしい感想ばかりだったが、予想以上の混乱にいろいろと苦情もあった。


「そういえば、今日はうちの子がそちらにお邪魔しているんですよね?」

「ええ、多分。俺の部屋でウチの妹の勉強を見てくれているはずです」


 まじめに勉強をしているのだろうから帰りに、百瀬のところでケーキでも買って行ってやろう。


「どうしたら、あんなふうに勉強を頑張れるんでしょうかね?」


 ウチの勉強をしない妹に爪の垢を煎じて飲ませてあげたい。

 参考までに聞いてみた。


「私は特にあの子に「勉強しなさい」といったことはないです。知りたいこと気になったことは自分で調べてましたし、好きなことをやってくれればそれでいいと思っています」

「それは羨ましいですね」

「現に私が好きなことしてますから」


 でも、ついつい言いたくなってしまうのは社会に出て勉強の大切さに気が付いたからだろうか。本当、高校の時とかもっとまじめに勉強しておけばよかったといつも思ってしまう。


 軽く世間話をした後、店を後にする。


 車のエンジンをかけようとした時、ポケットに入れていたスマホが振動する。メッセージアプリではなく、電話だったのに少し首をかしげる。


 電話の相手は透だ。

 ずっとポケットに入れっぱなしだったが何件か着信が入っていた。アプリではなく電話でかかってきたということは何か急を要することなのだろうか。


「どうした、電話だなんて珍しい」

『いやー、ちょっと聞きたいことがあってさ……』


 挨拶を抜きで会話ができるというのはそれだけ相手と親しいということだ。

 だが、透にしては歯切れの悪い感じだ。本当に何かあったのだろうか。


『…………歩ってさ、シルビアと同じ趣味に目覚めた?』

「は? そりゃ人並みに漫画とかくらい読むけど」


 シルビアのように観賞用、保存用、布教用と同じ本を何冊も買わない。

 あいつと同じ趣味といえばシルビアに「まだまだだね」とかキメ顔で言われそうだ。


『いや、漫画は漫画でもその……びー』

「んなわけねえだろ!!」


 透が何を言うかは分かったので声を大にして否定する。


『さっき、歩波ちゃんから電話があってさ』

「どんな電話だよ!!」

『歩の部屋でエロ本探してたら、その……見つけたらしい。1冊はシルビアが書いた本だってわかったんだけど、もう一冊は……』

「あー、それシルビアと同じ趣味の人から押し付けられたものだから」


 店長さんにあったことを思い浮かべながらそういえば、どうするかわからず結局しまい込んだことを思い出した。読んですらいないし、今の今まで存在すらすっかり忘れてたよ。


『あー、そっか……』

「………ところで透。さっき歩波が何をしていたって?」


 俺としては気になるワードがあった。

 何? エロ本探してたって? 勉強してんじゃないの?

 とりあえず、帰ったら詰めよう。


 ――俺の部屋にいる子たち全員、な。


 その場にいるのは歩波だけということはあるまい。


『一応聞くけど、そういった類のものは……』

「ねえよ、しばらくそういったものは買ってないし。大桐に預けられたものは車の中だ」


 荷台に積んである大桐のバカの荷物に視線が行く。

 さすがに女子が来る部屋にあんな危険物を置いておくわけにはいかない。見られて拙い物はしっかりと自分で持っておかなくては。

 なんだが、ドラマや小説で犯人が最後まで証拠を捨てられずにいる心境が分かる気がする。だって安全だものっ!


『あー、車か。僕は貸倉庫に置いてきたよ。熟女ものなんて親に見つかったらその年齢の人と縁談を勧められるから』


 さすが、国内有数の教育者一族の本家の一人息子。親が決めた縁談なんて俺には縁のない事だ。


「百瀬はどうしたんだろうな」

『さっきメッセに『たすけて』と打ちかけのメッセージが送られてきたから……』

「うわ………」


 それはキツイ。

 しかも相手は荒田先生だ。

 いったいどんな目に遭っているのだろうか。

 百瀬を溺愛している荒田先生が暴力的な対応をするとは思えないが、何かしらの制裁を受けているのは間違いない。あいつも分もせめて俺たちはうまくやろう。


「とりあえず、今から帰ってあいつらに説教するから」

『お手柔らかに』

「それはあいつらの反省次第だ。じゃあな」


 俺は電話を切ると、アクセルを踏み込み制限速度ギリギリのスピードで車を走らせた。




 アパート横の駐車場に車を停めると、階段を昇り部屋の前にまでたどり着く。

 別に調べられて困るようなものはない……はずだ。


 だが、なんとしてもあのBL本の誤解だけは解いておきたい。

 月曜日に学校が始まって生徒たちに“腐男子センセ”とか“同人先生”なんて呼ばれた日には部屋で膝を抱えてうずくまる自信が俺にはある。


 今もまだ宝さがしという名の“盗掘”は続いているのだろうか。

 そんなことを思いながらおれは玄関の扉を開けた。


 ――やけに静かだな。


 まず玄関に入って思ったことはそれだった。

 というより、他人がいる気配が薄い。


 なぜか自分の部屋なのに忍び足でリビングまで歩いていく。

 リビングルームのソファーには「くかー」っと口を開けて寝ている歩波を見つける。口を開けたまま寝ると喉が痛むだろうに。


 玄関にはまだ靴があり、あの子たちは帰ってはいないはずだ。

 だが、リビングには見当たらない。

 もしやと思い、寝室の扉を開けるとやはりいた。


「無防備すぎだろ……」


 俺のベッドで気持ちよさそうに寝ている4人の女の子。

 安心しきって寝ている様子はまるで猫だ。


 いくら家主不在でも男の部屋で男のベッドで眠るとか……。

 とりあえず、女の子の寝顔をじろじろと見ているわけにもいかないので、歩波と同じようにタオルケットをかけて俺は私室にいることにした。


 説教は全員が起きてからにしよう。それまでは眠るがいい。

 こちらはその間に説教のプランを考えておこう。

 さーて、どう責め立ててやろうか。




 彼女たちが起きるまで仕事でもしようかと机の上に置いてあるノートPCの電源を入れる。


 ――おっとUSBは……。


 データの入っているUSBは引き出しの中だ。

 USBを取り出そうと思って俺の手が止まる。そして、短時間の思考。


 俺はあるものを収めてある一番下の引き出しへと手を伸ばした。

 そこに入っていたのは涼香からもらった手紙だ。


 ――もしかして、見られたか?


 ……いや、もし見られていたらもっと騒がれててもいいはずだ。


 ここには俺に告白した3人も一緒にいるのだ。

 そんな子たちとあんなふうに仲良く眠ることができるものなのか?


 俺はそんな思考をしながら手紙の封筒を開く。


 そして、その手紙をもう一度読み直して………頭を押さえた。


 間違いなく、涼香は俺が恋手紙を読んだことを知ってしまったようだ。


『今でもあなたのことを想っています』


 俺の知らない一文が新たに書き加えられていた。

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