第102話 教師の寝室と私室

 夕葵


 歩先生の寝室はきれいに掃除されていた。

 ベッドのシーツにもしわ一つない。

 最近寒くなってきたこともあってかかけ布団が2枚ある。

 着替えが入っているタンスにクローゼットがある。

 先生がいつもここで眠っていることを考えていると夏休みに2人でホテルに泊まったことを思い出す。


「まずは「エロ本サイズのものが隠せるスペースかどうか」をまず意識することが大事ね。まずは定番のベッドの下は?」

「ない!」


「クローゼットの中の使用率の少なそうな鞄とかは?」

「……ない」


「タンスの中にもない! あの野郎、どこに隠してる……」


 先生の寝室からは不埒な本の類は一切見つからなかった。


「そもそも、そんなものを見つけてどうするんだ?」


 私は先生の無実を証明しようと参加したが、この2人の目的はいったい何だろうか?


「え? 当分は玩具にできるじゃん。あと妹系があったらマジでキモイなって、自分の身を守るため距離を取ろうかと」


 歩波さんは屈託なくそんなことを言う。この人は兄を一体何だと思っているんだろうか。


「観月は?」

「とりあえず、巨乳系は全部燃やそうかと思って」

「……観月……」


 グラビアアイドルなどというものは抜群のプロポーションを持つ女性が表紙を飾ることが多い。私はそっと観月の身体に視線を移してから視線を外した。


「あ! 雑誌棚の中に1年以上昔のFR●DAYが!」


 有名な写真週刊誌をみつけるとタイトルの上の見出しには『袋とじ!! グラビア巨乳四天王がついに!!』などと書かれている。


「やはり巨乳好きだったか。ほかにもないかな~」

「あの野郎……」


 観月が唸るような声で呟くと同時に持っていた雑誌を強く握りしめる。


 ――胸の大きな女性……。


 ふと自分の胸元に視線を送る。

 いつも男性の視線を勝手に集めてしまう胸だが、先生が好きなら……持てる武器はすべて使いたい。


「何、勝った気になってんだーー!!」

「きゃあ!」


 観月が勢いよく私につかみかかってくる。その目から一つの雫がこぼれたのは気のせいではないはずだ。

 とっさだったので私は受け身をとることができずに観月とともにベッドへと倒れこんでしまう。


「これか! この乳か!! やわらけーな! ちくしょー!」

「ひきゃん!」


 いきなり乳房をつかんだせいで変な声が出た。


「あ、私も混ざる!」


 そこに歩波さんも加わり、私の身体弄り始める。


「うわ、ほんとすごい……雑誌のグラビアアイドル顔負けじゃない?」

「ほ、歩波さん! やめっ……」

「…………………(わしわしわしわし)」

「観月は無言で揉みしだくな!」


 そう言っても観月は手を緩めることはない。

 親の仇を見るような目で私の胸を揉み続ける。


「足もやっぱ綺麗だわ……なにこれ、ムチっとしてるのに太った感じがない」

「足を持ち上げるな。す、スカートが」

「なにこれ? 普段何食べてんの? 何食べたらこんなになるの? ねえ、ねえねえねえねねえ、ねえねえねえねえねえねえねえ!!」

「と、特に特別なものは何も……」


 2人細い指がわき腹を擽り、顎を撫でる。

 衣服の中に入ってくる手にちょっとゾクっとして、抵抗するがすぐに弾かれる。

 そこから私は二人に弄ばれた。


 ……

 ………

 …………


 10分もすると2人とも気が済んだのか、私の胸や足から手を放した。

 動き回ったりくすぐったさもあり、呼吸が乱れる。

 先生のベッドの上でちょっと汗もかいてしまったかもしれない。ベッドの上でくたくたな私を2人が気まずそうに見降ろす。


「ゴメン、夢中になりすぎた」

「でもさ、これ……」

「うん」

「「エロいわぁ~~~」」

「な、なにをいって……ん……あ」


 好き勝手言い始める2人に何か言ってやろうと思ったが、ダメだ、まだ息が……。


「ベッドの上で乱れた髪、開けた上着から見える胸にスカートから覗く白い足、滴る汗に色っぽい吐息……こんなの「食べてください」って言ってるもんじゃん」

「な、何を……」


 息を整えるために大きく吸うと布団から先生の匂いが感じられる。ダメだ、疲れもあってか変な気分になってくる。


「私が男ならこのままモノにしてるね」

「馬鹿なことを……」


 なかなかベッドから起き上がることができずにいると、観月が私の横にごろんと横になる。もちっとした柔らかな布団は暴力的な抗いがたい魅惑があった。


「あ~気持ちい~、布団干したのかな。いい匂いがする~」

「ああ……」


 他人のベッドだから匂いはする。だが嫌な臭いではなくいい匂いだ。


 ――このまま眠ってしまいたい。


「私、別のところ探してくるねー」

「ああ……」


 歩波さんはこのまま宝探しを続けるようだ。


「すぅ……」


 観月はあのやり取りの間で眠ってしまったようだ。


 ――少しくらいなら。


 私もそっと目を閉じる。

 大丈夫。みんなだっているんだすぐに目を覚ます……。


 私は温かくやわらかい泥の中にずぶずぶと入っていくような感覚を感じた。


 ◆

 カレン


 先生の私室に入ったはいいのですが、どうしましょう。

 隣の寝室からは物を動かす音やクローゼットを開ける音が聞こえてきます。

 センセの私室は仕事用のデスクにノートPC、教科書の入った本棚があり特に代わり映えのない普通の部屋でした。きちんと番号順に並べてある本棚、PCの埃はきちっとふいてあります、男の人の部屋って思っていたより散らかってないのですね。


 勢いでここまで来たまではいいのですが、勝手に持ち物を漁るわけにもいかず、私と涼香さんは立ちすくんで動くことができませんでした。


「どうしかようか?」

「どうしましょう……」


 そう言って私は何気なくセンセの私室の本棚を見ます。


「あ、この漫画、センセも読むんですね」

「うん。漫画とかウチの本屋で買っていってくれるよ」


 涼香さんの家の本屋さんにはセンセは常連のようですからどんな本を買っているのかも詳しいのでしょう。


「なら、その……センセがエッチな本を買ったりは……」

「……私は知らないわ。それに、教え子の働いている店でそういう本は買わないでしょ。色々なリスクありすぎだし」

「それもそうですね」

「たまに、私が接客しているときにワザとそういう本、買ってく人もいるけど。仕事と割り切っているから何とも思わないし」


 セクハラもいいところです。

 もちろんセンセはそんなことはしないでしょうけど。なにより、今後の付き合いもありますから。


「……やっぱり、センセも興味があるのでしょうか」

「興味無い方が怖くない?」

「それもそうですね」


 健全な男の子人なら女の人に興味を持っている方が普通です。


「それに、エッチな本と好きな人はまったく別だと思うから」

「そうなのですか?」

「断言はできないけど」


 男の人のことは女である私にはわかりません。


「あ、コラ! 何サボってんのっ!」


 隣の部屋から歩波さんがやってきて、私たちを咎めます。

 おかしいです。何もしないことの方がいい事のはずなのに、怒られました。


「はぁ……向こうはどうだったの?」

「1冊だけ」

「ホントですか!?」


 見つかるわけがないと思っていたものがまさか見つかるとは。

 歩波さんが見せたのは写真週刊誌でした。

 その見出しである『袋とじ!! グラビア巨乳四天王がついに!!』に思わず注目してしまいました。はわわ……巨乳ですか、私の脳裏には夕葵さんが浮かんできます。その夕葵さんがいるはずの寝室からは物音すら聞こえてきません。


「……エッチな記事もあるけど、これって未成年でも買えるわよ?」


 涼香さんの淡々とした声に歩波さんが振り返ります。


「……え? そうなの?」

「うん。未成年が購入できない雑誌は、「成人指定誌」で、雑誌は表紙に「成人指定マーク」を入れることを義務づけられてるの。そのマークのない雑誌については、購入することに何にも支障はないはずよ」


 さすが本屋さんの娘さんです。詳しいです。


「けれど、これがエロ本であることは事実でしょ!」

「週刊誌だし、別の記事が気になったんじゃないかな」


 そう言って、涼香さんは何気なく雑誌を開くと癖がついていたのかそのページはすんなりと開きました。


「『上代渉 熱愛発覚!? お相手は人気アイドルグループの……』」

「多分、この記事を見たかったんじゃないかな。結構注目を集めた話題だったし」


 この記事の話題は私も知っています。実際は役作りの過程で一緒にいることが多かったからだと結論付けられたはずです。


「いやいや、そうと決めつけるには……」

「この袋とじ、開けられてすらいないんだけど」


 涼香さんの言う通り、グラビアアイドルのあられもない姿が映っているはずの袋とじは開けられた気配すらありません。

 つまり、本当に記事が読みたかったからこの雑誌を購入したのでしょう。


 なんだか、ほっとしてしまいました。

 やっぱり、センセには写真でも他の女の人の裸なんて見てほしくないです。


「……そういえば、先生と上代さんって親戚か何かなの?」

「え? ナニガ!?」


 思いがけない涼香さんの追及に歩波さんの声が固くなります。


「文化祭の時、結構親しそうだったし、上代さんのことを気にしていないならこんな雑誌を買わないでしょ?」

「う……」

「ああ、別に言いにくいことなら、無理にとは言わないわ。ちょっと気になっただけ、別に他の人ほど上代さんのファンでもないし」


 涼香さんはなんとなく気になったからという風に尋ねます。

 センセたちがどのような関係でも、私たちの関係が変わることはありませんから。


 歩波さんはやや考えこむような顔をします。


「……うーん。別に涼香さんたちならいっかぁ。私の好きにしていいって言われてるし、兄さんが帰ってきたときに説明させてもらうね」

「わかったわ」

「ハイ」


「……なら、宝探しを続けようか」


 このままこの件が流れるかと思ったのですが、歩波さんはまだ続けるようです。


「さすがに私たちが引き出しの中を見るのは……」

「なら、その辺は私が見るね」


 そう言いながらガバッと大胆に仕事用のデスクの引き出しを開けます。


「うーん。二重底になってる感じはないなぁ」

「そんな殺人ノートを隠すようなことするわけないでしょ」


 涼香さんの停止も聞かずに、引き出しを開けていきます。

 しかし、思ったものがなかなか見つかりません。そして、一番下の引き出しに手をかけました。


「あ、なんか兄貴らしからぬものが……」


 そう言って、歩波さんが手に持っているのは桜色の可愛らしい封筒でした。


「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!」


 突然、涼香さんが大きな声を挙げて歩波さんが持っていた封筒を奪い取りました。

 涼香さんは封筒を胸に抱きしめます。


「な、なに!?」

「これは……これは! いいから!!」

「え、でもそれ、兄さんの……」


 歩波さんの言葉も聞かずに、涼香さんは封筒をもって部屋から出ていってしまいました。もしかしたらあれは……。


 私は涼香さんの持って行った封筒の中身に気が付きました。書いてある内容は私たちには知る権利はありません。あってはならないのです。


 けれども、私は心の中にもやっとしたものを感じました。

 センセは涼香さんの想いにも気が付いているのでしょう。

 私たちの全員の想いを知ってセンセが苦しい思いをしなければいいのですけど。


 ◆

 涼香


 私は前に私が書いた恋手紙をもって外にまで出ていた。


 私が先生の私室に入りたかった理由はこの手紙を探したかったからだ。

 けれども、他人の引き出しを勝手に開けるのは抵抗があった。それを歩波さんが解決してくれた。


 封筒は抵抗もなく簡単に開いた。

 つまり先生は、この手紙を一度は読んでいるということだった。

 先生に手紙を渡した日は先生が事故に遭ってそのまま入院になった、学校で渡した手紙が先生の机の中にあるというのは先生がそこへ移したからということが分かる。中身を確認するとそこには間違いなく私が書いた手紙があった。


 紙面に透明な雫がポタリと落ちる。それが私の涙だと遅れて気が付く。


「届いてた……私の気持ち……ちゃんと届いてたんだ」


 自分の想いが報われたわけじゃない。

 それでも、今できる精一杯が届いていた。


 涙をぬぐうと、もう一度手紙を封筒の中にも戻す。

 正直、迷惑だと思われて捨てられたりしている覚悟もあった。

 想いはかなっていないけれど、私の気持ちの一部を先生がまだ持っていてくれたことが何よりもうれしい。


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