第101話 教師の部屋での勉強会

 今日は景士さんと成恵さんが双方家を空けるということで歩波が俺の部屋へと泊まりに来ていた。


「ねえ、兄さん。今週の土日って部屋にいる?」


 夕食後、シンクに皿を持っていきながらそんなことを尋ねる。

 俺は自分の予定を思い出すと――


「……いや、土曜日は文化祭で世話になった商店街の人たちのところにあいさつ回りに行ってくる」


 静蘭学生は文化祭の振替休日ということで学校自体は休みだ。俺たちの学生時代とは違って土曜日にも授業があることもある。


「ならさ、部屋貸してくれない?」

「貸す?」

「うん。みんなで勉強会をしようって話になってさ」

「そっちの家は?」

「お父さんの友達が来るんだって、多分、お酒飲むから……」

「騒がしくなるな」


 景士さん、お世辞にも酒癖がいいとは言えないし。


「それに、私が勉強を教えてもらう立場なのでせめて場所くらいは、ね」


 ほう、先日テスト範囲を発表した時に机に突っ伏していたくせに一応は勉強は頑張ろうという気になっているのか。

 毎回、ファミレスやカフェを使うわけにもいかないし、財布の事情も気になる高校生なら資金がかからないところの方がいいか。


「……いいぞ。しっかり勉強見てもらえ。遊んだら冬休みはなくなると思えよ」

「サンキュ! さっそくみんなに連絡するね」


 すぐさまスマホでみんなに連絡をする。


「誰が来るんだ?」

「いつものメンバー」


 確認するまでもなくそんな気もしていたのだが、賑やかな勉強会になりそうだ。一応、金曜日あたりに掃除をしておこう。


 ◆


 土曜日の朝、商店街へ文化祭のお礼へ向かおうと支度をしていた俺の部屋に思わぬ来客があった。


「よう!」

「帰れ」


 玄関のドアを開けてまず視界に入ったのは暑苦しい大胸筋だった。

 顔を挙げれば身長2m越えのおっさん顔が口角を引き上げて笑っていたのだ。

 そりゃドアを閉めてチェーンをかけるだろう。


「いきなりそれはないだろ!」


 チェーンで扉が開く限界まで扉を開けて大桐が暑苦しい顔を近づける。


「なんのようだ。俺は所用があるんだよ」

「10分……いや! 5分で終わるから!」


 とりあえず、特に時間は決めていないので大桐を家の中へと招く。

 大桐はなにやら段ボールを俺の部屋へと持ち込んできた。


「お前に1つ頼みがあってだな」

「なんだ?」

「お前に預かってほしい物があるんだ。俺の青春と魂といってもいい」


 そう言ってもっていた段ボールを俺の机の上に置いた、結構な重量のようだ。いったい何が入っているのだろうか。


「どうか何も聞かずにこれを1週間ほど預かっていてほしいんだ。もちろん、礼はする」

「預かるって……物によるぞ」


 食べ物とかの生ものなら、職業柄自宅に大きな冷蔵庫を持っている百瀬の方がいいだろう。貴重品の類は透の方が俺より信頼度は高いだろう。


「その点は大丈夫だ。むしろ高城向きの物だ。みてくれ」


 そう言って大桐は俺に段ボールのふたを開けるように促す。

 中の物を確認するとすぐにふたを閉め大桐の顔を見る――


「死ね……」

「その生ごみにたかる蛆虫を見るような目で見るなよ」

「ああ、蛆に失礼だな」


 何が俺向きだ! 

 むしろ俺が持ってたら教師人生が終わるわ!!

 段ボールに入っていたのは大量のエロ本だった、しかも制服ものばかり。


「頼む!! 今リーグの成績不振を理由に風紀調査があるんだよ。こんなの持ってるのがばれたら没収されちまう」

「にしても数に限度があるだろう」

「安心しろ。あと2つの段ボールは氷室と百瀬に預けてきた」

「まだあったのか!」

「預かっている間は好きなように使ってもらって構わない」

「使うとかいうな気持ち悪い」

「礼といっては何だが、今度飯を奢らせてもらおう」

「お前、ウチには年頃の妹いること知ってんだろ」


 しかもその妹が今日俺の部屋で友達と勉強会を開くというんだ。もし、見つかったら……考えただけで怖い。


「先輩たちもそうしてんだよ!」

「煩悩をなくすためにチーム全体で寺に通った方がいいな」


 健全なスポーツマンが聞いてあきれる。煩悩まみれじゃねえか。


「頼む! 飯に仕事を手伝ってもいい!!」


 とうとう土下座までされる。プライドよりエロ本を取るか。

 これ以上、土下座されても気分がよろしくない。


「………はぁ……なら、置いておけ、何とか隠し場所は探しておくから。今度絶対に飯をおごれよ。仕事は邪魔にしかならないからしなくていい」

「お前は、神か……」


 エロ本を預かる神ってなんだ。どれだけ慈悲深い神でもそのお役目だけは御免だろう。

 涙目で俺に感謝を告げる大桐を見送る。

 多分、こんなんだから彼女ができないんだろうな。


「さて、どうしますか」


 俺は件の段ボールに目をやってため息をついた。


 ◆

 カレン


「お邪魔します」


 土曜日。

 今日は先生のお部屋で勉強会です。時間を合わせて涼香さんと夕葵さんと一緒にやってきました。

 お土産として前に好評だったバウムクーヘンをもって先生の部屋へと上がりました。


「いらっしゃい」


 歩波さんと観月が私たちも勉強ができるようにリビングの机を並べて、準備をしていてくれたようです。


「飲み物とかは好きに飲んでいいってさ」

「場所を貸していただくのにそんなに甘えるわけには」

「いいって、私たちが来るって知ってから買っておいてくれたみたいだから」


 私たちは持ってきた勉強道具をそれぞれ取り出すと勉強を始めます。


「それで、歩波さんは数学のどこが分からないのかな」

「んー、ここかな……公式がうまく使えなくって」


 涼香さんが歩波さんの家庭教師を任されるようです。私と観月は古文を夕葵さんに教えてもらう予定です。


「基礎はまあまあ程度出来ているから大丈夫ね。観月と同じように応用が難しいのかな」


 涼香さんは歩波さんのノートを見て思ったことを言います。

 観月は頭が悪いというより、使い方が分からないから問題が解けないようので、理解すればそれなりに点数は取れるというのが涼香さんの評価でした。


 そこからしばらく私たちは勉強に集中することになりました。


 ……

 ………

 …………


 時間もお昼となってきて私たちは昼食としてデリバリーピザを頼みそれを食べました。デリバリーなんて注文するのは初めてだったのでドキドキです。


「ふう、疲れた……」


 食事の後、歩波さんはカーペットの上にあおむけで横になります。


「食べた後すぐ横になると体に良くないぞ」

「ん、なんだろ。アレ……」


 夕葵さんに注意されても、そのままもぞもぞと動き出して、歩波さんはテレビ台の奥に手を伸ばしました。


「なにそれ?」


 観月が歩波さんの持っている段ボールについて尋ねます。歩波さんは首を振り知らないと答えますが何かハッとしたような顔をします。


「あ、もしかしたらエッチ系の物か」


 歩波さんのその言葉に私たちはそれぞれ反応します。


 涼香さんは納得するような顔を。

 夕葵さんは傍から見てもわかるほど顔を真っ赤に。

 観月はちょっとイラッとしたような顔をします。


「まあ、先生も男の人だし」


 涼香さんは実家が本屋ということもあってか、そういう本を求めてやってくる男性の事情にも納得しているのでしょう。私も仕方がないと思います。


「ま、まだそのようなものだとは決まっていないだろう。それに、先生がそのような低俗なものを持っているはずが……」

「20歳越えてる大人の男性よ。ほかの女の人と交際経験もあるんだから、こういうのは見なかったことにしておくのが優しさよ」


 そこに入っているものがエッチなものとは決まっていないのですが。涼香さんは何やら達観した様子があります。


「だね……でも、兄貴の色々な意味での好みはわかるかもしれないよ」


 歩波さんの言葉に私たちは反応します。

 みんなちらりと段ボールを窺うように見ます。


「だって、巨乳物とか、ロリとか、コスプレ系とか二次系とか……興味ない物は見ないし、買わない。自分の好みのものを買うでしょ。つまりそれは兄貴の趣味趣向といってもいいのよ!!」


 指差される段ボール。

 それを言われると、みんな段ボールの中身が気になってしまいます。


「………開けてみようか」


 誰が言ったのかはわかりませんが、その言葉にみんな頷きました。


「JK物だったら生徒のことをエロい目で見てる変態でぇ……妹物が1冊でもあったら絶縁する」


 歩波さんの声色から本気度合いが伝わってきます。

 けれども、その顔はイタズラめいたものです。シルビアさんが偶に私を見る目です。


 歩波さんは箱を中心に囲み段ボールに手をかけました。

 男性にとっての最大級の秘密がいよいよ明らかにされます。

 そこに出てきたのは――、


「ん? これって……」


 段ボールの中には本が入ってました。

 けれども、私たちが期待していたものではありませんでした。


「スポーツ雑誌?」

「あ、これって、昔よく読んでた雑誌だ」


 箱の中にあったのはサッカー中心のスポーツ誌でした。

 歩波さんはそのうちの一冊を手に取ると何度も読み返したのかページには癖がついていました。

 ほかにもユニフォームや高校の卒業アルバム、CDなどが入っていました。

 私たちは一目でそれらが思い出の品だということが分かりました。

 下手にいじることはできずにそのまま箱の中にしまいました。先生は、こういうの大事に取っておく人なのでしょう。


「やはりそんなものはなかった」


 夕葵さんはそれ見たことかと嬉しそうな顔をします。どことなく安堵が混じっているのは気のせいでしょうか。


「おかしいっ! 一人暮らしの成年男子の部屋に必ずあるものがないはずがない!!」


 歩波さんはそれを断固として否定します。


「探してやる!!」

「ちょ、そういうものって普通家族が見たら気まずくなるものじゃないの!?」

「何言ってんのよ! 陽太くんだってあと10年もすれば読むようになるんだからね!」

「やめてっ!」


 確かにあの可愛い陽太くんがこそこそとエッチな本を読むようになるのは想像したくないです。


「まずは仕事部屋からだね!」

「え、本当に探すの?」

「や、やめておきましょうよ」


 開かれたセンセの仕事部屋。

 一度も入ったことのないセンセのプライベートな空間に好奇心が疼くのが分かります。


「じゃあ、仮に、仮に兄さんと付き合うことになってH本持ってたら許せる?」

「ぶっ殺す……」

「観月……」


 なんででしょう。

 観月が先ほどからピリピリしています。


「私も参加しよう」

「夕葵!?」


 一番意外な人が参加を名乗り出て涼香さんが驚きます。


「私が先生の無実を証明して見せよう。先生は決して不埒な方ではない」


 些か、センセという人を過剰に評価している気がするのですが。センセだって男の人ですよ。


「なら、だれがどこを探すか決めようか。探すといってもこのリビングと仕事部屋と寝室くらいだけど」

「「「「寝室……」」」」


 他人ならば絶対に見るところのできない部屋に興味はあります。

 それに、さっきまでしていた話を組み合わせるとどうしてもイケナイ想像をしてしまいまして……。


「私は仕事部屋にさせてもらうわ」


 涼香さんは真っ先に私室を名乗り出ました。

 というより、さっきまで反対していた立場なのにいつの間に。


「あれ? いいの?」

「ええ……気になることもあるから」

「アタシ、寝室!」

「……私も寝室を探そう」


 観月と夕葵さんが真っ先に手を挙げると自然と別れました。


 観月と夕葵さんが寝室。

 歩波さん、涼香さん、私がセンセの仕事部屋です。


「うっふふふ、いつまでも教え子の前ですまし顔できると思うなよ~」

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