第93話 文化祭 2日目 ④
時は俺がミイラ男を連行して職員室に戻ってきたころまで遡る。
幸いにも職員室には誰もいない。
職員室に併設されている来客室のソファにミイラ男を座らせると透と歩波も腰を下ろした。
俺はミイラ男の正面に座ると目の前のミイラ男を見据える。
「それで、いつまでそんな重傷人の恰好のままでいるつもりだ?」
「……いい歳してそんな格好しているおにいに言われたくないと思うよ」
「歩波、ちょっと黙れ」
「ぶっくくく」
クラスの女子と一緒になって遊んでいた奴が言うな。
ミイラ男は気まずそうに俺から視線をそらしているがちらりと俺を見ると吹き出して笑うので睨むともう一度視線をそらした。
「……お前だとばれたら一体どんな風になるか想像しなかったわけじゃないだろ」
「……いや、それはわかってるけどさぁ」
「とりあえず、見てるだけで息苦しくなるその包帯は取れ」
そういうとミイラ男は顔に巻いている包帯をほどいていく。
目の前に現れたのは俺とそっくりな顔立ちの男性だ。
ただ今の仕事のためか髪の色をブラウンに染めているので、髪の色を落とせば俺との違いはそこくらいのものだろう。
俺の弟であり、俳優として様々な賞を総なめしてる実力派若手俳優の上代 渉――本名 “高城 渉”だ。
「やっぱ、渉くんだったかー」
歩波はこのミイラ男の正体に気が付いていたようだ。身内であれば声を聞けばすぐにわかるわな。
「俺だって、高校の文化祭にあこがれくらいあったし」
「俺やばあちゃんに相談せずにいつの間にか受けていた事務所オーディションに受かって、勝手に高校を自主退学したのはお前だろう。後悔してんのか?」
「後悔はないよ。本当に高校の文化祭に来てみたかっただけだって!」
変なところで好奇心旺盛だからな。
高校は途中退学だが、高等学校卒業程度認定試験を受けて、現在は俳優をしながら大学には通っている。というより、通わせた。
「それに、家族みんな来てるのに俺だけ仲間外れだ」
「子供か!」
子供じみた理由に思わず突っ込んでしまった。
「な、ちょっとくらいはいいだろ?」
さすがに今日はオフだろうし、他人の休日の過ごし方に口をはさむ気はない。
「いざというときは兄貴の演技するから大丈夫だ」
「やめろ」
マスクとかで顔を半分くらい隠せば間違える人がいるからシャレにならない。俺だって何度もこいつに間違えられることもある。
「でも、相変わらずよく似てるよね」
「あ、透さん。お久しぶりです」
「久しぶり。テレビでいつも見てるよ」
「ありがとうございます」
透は歩波と同じように小さいころから知っているので、互いに緊張することなく口調で渉に話しかける。
「しかし、よく盗撮に気が付いたな」
「見られるのが仕事みたいなものだから。下種な
「ハハハ」と笑う渉に俺はドン引きだ。
そして、それに気が付くうちの弟は諜報員か何かなのだろうか。
そんな役もやってた時があった。陽太が好きな特撮物の主人公でやたらとハイスペックだった。
「兄妹全員揃うのってお盆以来だよね」
「そうだな。歩波、ちょっと大きくなったか? 景士さんたちに迷惑かけてないだろうな」
「2か月ちょっとで変わるわけないでしょ。むしろお母さんたちが私を構いっぱなし」
グシグシと自分の頭をなでる渉を若干煩わしそうにするが、その手を払いのけるようなことはしない。
休憩がてらしばらく談笑していると職員室に「RRRR」と電話のコール音が鳴り響く。職員室には俺以外は誰もいないので必然的に俺が出ることになった。
「はい、静蘭学園です」
『お忙しいところ失礼します。私、芸能事務所“sWeet”の者ですが、そちらに小杉先生はいらっしゃいますでしょうか?』
芸能事務所?
それも小杉先生に取り次いでほしいと頼まれるが今日は病欠だ。普段であれば全く関係のないつながりかと思うが今日に限っては違う。
「あの! もしかして当校の文化祭についてのことでしょうか!?」
俺はやや食いつき気味に電話向こうの相手に尋ねる。
『は、はい。その通りですが……』
あ~、やっとゲストについての問題が解決するのか。
守衛さんに何度も尋ねてもそんな人は来ていないといわれる始末でどうしようかと思っていたところだったんだけれど、ちゃんと仕事してくれてたんですね、小杉先生。
しかも芸能事務所sWeetといえば、かなり有名なアイドルが多数所属している事務所だ。最近だと“GISELE”というアイドルグループが有名だ。小杉先生も意外なところに伝手があったものだ。
俺は嬉々として向こうの報告を聞こうとするが――、
『昨日も申し上げましたが、春日井はやはり都合がどうしてもつかず、申し訳ありません』
「は?」
………………えええ!? どういうこと!?
事情を尋ねれば、小杉先生は以前より芸能事務所に何度も文化祭のゲストとして招こうとしていたらしい。
何度も接待などを行っていたようだが、小杉先生の招きたかったゲストはトップアイドルといってもいい御仁だ。そんなの縁もゆかりもない高校の文化祭で呼べるわけないだろっ!
というより、さっきの電話で「昨日も申し上げた」って言ったよな。
――あの野郎っ! 昨日からこの情報を知っていたんじゃねえかっ!!
そうなると今日来なかった理由は病欠というよりも責任から「逃げた」ということじゃないだろうか。
『あの?』
「……っ……申し訳ありません。お忙しい中お電話ありがとうございました……。こちらの者には今後、無茶な要求はしないようにと通達しておきますので」
「……はい、よろしくお願いします」
この怒りを先方にぶつけるわけにはいかないので、あの人への怒りを噛み殺しながらなんとか受話器を電話に戻す。
向こうも苦労していたのだろう結びの会話だけで互いの苦労が分かったくらいだ。わざわざ連絡をくれたあたりきっと真面目な人なんだろうな。連絡があっただけでも十分すぎるくらいだ。
俺はとぼとぼと客員室にまで戻っていく。
「あー……ヤバい」
「何かあった?」
「ゲストが来れなくなった」
ゲストのトークショーみたいなものもあり、そのために講堂のステージの時間も開けてあるのだ。
文化祭のステージは競争率が高く、このゲストとの時間を空けるのにどれだけの生徒がステージ講演をあきらめたことか……。小杉先生はそのあたりの事情を分かっているのだろうか。いや、わかっていないからこうなったんだろうな。
「ゲストって誰か来る予定だったの?」
「GISELEの春日井」
「……そりゃ無理でしょ。小杉先生も何考えてんだか」
歩波も呆れたようだ。
芸能界をあまり詳しくない俺でも知ってるような有名人だ。一時期、渉の交際相手と噂された人でもあり、当の渉は特に気にも留めている様子はない。
「今更、頼むなんてできないし、ステージの予定を早めるしか……」
「事情は聴かせてもらった」
と、どこかのドラマのセリフのようなことを渉が言い出す。
「まさかとは思うが……」
「俺じゃダメか?」
ステージの予定は崩れてしまったのでむしろ大助かりだ。
GISELEの春日井よりむしろ女子率の高いうちの学園では女性アイドルよりも渉の方がウケがいいかもしれない。よく渉が出演のドラマの話題も耳にする。
「高校の文化祭みたいなものにお前が出ても大丈夫なのかよ」
「社長にちょっと確認だけとってみる」
渉はスマホを取り出すと事務所の社長に電話をかける。
事情を説明すると、電話の向こうできゃあきゃあと甲高い女性の声が聞こえてきた。
『あーなーたーは! 何を考えてるんですの!? ええ!?』
「まあまあ、落ち着いて」
『天下の上代渉がぁあああ!! そんな学校の文化祭で簡単に愛想振りまいていいわけないでしょぉぉぉぉぉ!! ブランド品は希少価値があるからブランドなのよ!!』
「ほら、この前勧めてくれた朝ドラで教師役があったじゃないですか。役を知るためにですよ。学校に恩を売っておけば、ね?」
渉はさほど気にした様子はなく社長を丸め込んでいく。
しばらくすると――、
「OKだってさ」
その言葉を聞くと俺は安堵か大きな息をついた。社長さんは相当ヒステリーを起こしてたみたいだけど。いいのか?
「とりあえず、全体的な流れを教えてくれない?」
俺は今日の段取りを渉に説明する。段取りは小杉先生が作っていた企画書をそのまま使わせてもらう。
最低限は文化祭実行委員会のメンバーには伝えておかないといけないので通達に行こう。ほかにも細かな変更点を伝えなければならない。
「んー、透くん。私たちここに居ても邪魔になるでしょうから、一緒に文化祭を回りませんか?」
「そうだね。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「透に迷惑かけるなよ」
あいつは透と一緒に文化祭を回れれば満足だろう。
職員室から出ていく2人を見送ったあと、放送で文化祭に携わっている先生方と実行委員会のメンバーに呼びかけを行った。
といっても、すべて人が集まったわけではない。
教員の中では学年主任の江上先生を含めたの数名、実行委員会にいたっては半分ほどが来ていない。涼香も来ていないのにはちょっと予想外だった。何かあったんだろうか
申し訳ないが彼女は俺のクラスの生徒であるので真っ先に頼りにさせてもらっている。手伝いも欲しいので後で探しに行こう。
「急な召集、申し訳ありません。どうしてもお伝えしなければならないことでしたので」
「それは構いませんが……」
呼びかけに集まってくれた向島先生はやや目が吊り上がっているので厳しい印象を受ける人だ。実際、生徒指導で生徒たちから反感を買うこともあるが、色眼鏡で人をみないので一定以上の信頼はある。
「あの、まだゲストの方がみえていないようで……」
ステージ担当の女子生徒はこの空気の中で申し訳なさそうに俺に尋ねる。
「ゲストのことは小杉先生が担当なはずですが……」
江上先生は文化祭での教師の分担をしっかりと覚えていたようで、何かしら問題があったのではないかと察している様子だ。
「そのゲストのことですが、小杉先生が頼んでいたゲストが急遽来れなくなってしまったのでその報告が1つです」
職員室内にわずかな動揺が広がる。
「そこで急遽、代わりのゲストに来ていただきました」
「だ、代役ですか……」
急な展開でステージ担当の生徒の顔が一気にこわばった。どうせなら、ステージをなかったことにしてほしかった様子だ。
「ええ、事前に紹介しておきたいのでお呼びしました。どうぞ」
俺は入室を促すと客員室控えていた渉が職員室に入ってきた。
「「「……………」」」
全員が何も言わず、渉の顔を見て俺の顔と比べる。
――あれ? 反応が薄い。
以前ショッピングモールでそっくりな俺が居るだけで身動きが取れなくなったくらいだったのに。もしや俺が渉のことを過剰に評価しているのではないだろうか。
「挨拶をお願いします。上代さん」
俺と渉の関係はもちろん秘密にしておくように念を押しておいた。だから普段とは呼び方を変え、敬語まで使う。
「今日の代役の上代渉です。役者不足でご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします」
軽く一礼して、軽く微笑むと正面にいた女子生徒たちの顔が一瞬で沸騰した。
だが、それはまだ石を池に放り投げただけで徐々に波紋が広がり始める。
「え、えええ!? 本物ですか!? そっくりさんじゃなくて!?」
「うそ、うそうそうそ!!??」
どうや状況が追い付いておらず、目の前にいる人物が本物なのか疑っていたようだった。普段はおとなしい女子生徒たちが少しでも近くに寄ろうとにじり寄り始める生徒や歓喜の悲鳴を挙げて泣き出している生徒までと反応は様々だ。見ていて面白い。
「皆さん。ちょっと落ち着きなさい!」
向島先生の一喝が生徒たちに響くと静まる。
防波堤の役割を見事にこなしてくれた。
「申し訳ありません。上代さん。私は静蘭学園で教師をしております向島と申します。今日はよろしくお願いします」
お手本のような挨拶をするが、うっとりとした目で渉の目を見つめる。「嗚呼、渉様が目の前に」と口が動いているのは気の所為じゃないだろう。
「ありがとうございます。向島先生」
「はうっ!!!」
名前を呼ばれ渉に手を握られると、頬を上気させ吊り上がっていた目やきつく結んでいた口ががだらしなく緩み、防波堤が見事に破られた。
「ああ!! ズルい!」
「私も! 私もお願いしてもいいですか!? いつもテレビで見させてもらってます!!」
「あのぅ、私はサインをいただければなと……」
防波堤が破られれば当然決壊し、普段おとなしい女子たちが鉄砲水のごとく渉に向かい始める。まあ、渉が来た段階でこうなることくらいは予想はしていた。
渉が一通り生徒や先生方と握手をするとようやく落ち着いた。
「……皆さん納得いただけたようなので、ゲストステージは上代さんに出演してもらいます」
全員、赤べこ人形のように首を縦に動かす。
よし、了承も得られたな。
この後、先生方や実行委員会の生徒たちに段取りを説明させてもらい渉のステージ出演が決まった。
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