第70話 文化祭について
愚妹――もとい、歩波が静蘭学園に転校してきてからすでに3日が経過した。
歩波の引き取り先である黒沢家もこちらへ引っ越してくるという話だが、その間は歩波はどこに住むのだろうか。
そんなの決まっている。
「インスタント味噌汁に、昨日炊いたご飯と海苔に卵焼き……また同じ朝食~」
「うるさいなぁ」
三日月荘の俺の部屋だ。
俺が用意した朝食に歩波が文句をつけるのは、夏休み中いつものことだ。もう慣れた。
「文句を言うのなら自分で用意しろ」と言ってやりたかったが、こいつを台所に立たせると朝から掃除の手間が増える、最悪のケースとして「家事」が「火事」になりかねないので言葉を飲み込んだ。さらに言えば俺の健康面の心配もある。
「お弁当は作らないの?」
「そもそも弁当箱がない」
黒沢家は準備してくれたんだろうが、朝からもう一つ手間を増やすのは正直に言えば避けたい。
歩波が来てから朝の洗濯物も増えたし、寝起きにシャワーだって浴びたい。こいつの朝風呂は異様に長いし。
「お弁当箱買ってこようか? もちろん、おにいの分も」
それで弁当を作るは俺だろ。
歩波は学園に通い始めてからはずっとコンビニ飯のようだ。そろそろ飽きてきたので違う料理が食べたいみたいだ。
「俺は学食でいいよ。結構うまいぞ、行列できるけど」
「へー、なら今日にでも行ってみようかな。あ、そういえば、観月が売店のパンも意外に美味しいって。うーむ、迷うなぁ」
「アレルギーには気をつけろよ」
「そんなのわかってるよ」
自分のことだからわかっているようだが、それでも心配なんだよ。エビの入っているパンなんてそうそうないと思うけれど食堂は別だ。
昼食は夕葵さんたちと一緒に摂ることが多いようだ。学園でも一緒にいるところをよく見かける。
「夕葵さんにあまり迷惑かけるなよ。大会だって控えているんだから」
「それもわかってるよ。けど、私もそろそろ部活も決めないといけないみたい」
「ふーん。候補はあるのか?」
「仕事優先したいし、幽霊部員になってもいい部活かな~」
だったら、文芸部とかの文化系部活あたりが妥当だろうな。家の手伝いのある涼香さんもそうだからな。
朝食を取り終え、何気なく時計を見ると、もう支度をしなければならない時間となっていた。歩波が来てからというもの朝の時間が経つのが早い気がする。
俺はスーツに着替えて、身だしなみを整える。
「準備はいいのか?」
「今日から観月が迎えに来てくれるって」
この数日の間に、学園生活の中でいくつかルールを設けておいた。
そうしないと家族と生徒という境界が曖昧になりかねない。
そのうちの一つとして、車での送迎はしないという取り決めがある。どうしてもっていうときは助けてはやるつもりではいる。
インターフォンの音がリビングルームに響いた。
「あ、来たみたい」
「気を付けてな」
「兄貴もねー、また事故んなよー」
生意気な一言を残して玄関から出ていく。
ドアの向こうからは楽しげな声が聞こえてくる。
所要を終えると、俺は部屋の戸締りの確認をして少し遅れて学園へと車を走らせた。
……
………
…………
学園についてから、クラス名簿を何気なく見ていると、クラスの一番下に歩波の名前が加わっている。
昨日のうちに俺が追加したのだ。静蘭は転校生は1組から順番に組み込んでいく仕様のようだ。テストの時、50音順に席を並べるときは歩波が一番最後の列に座ることになる。
朝のSHRを行うべく、教室を向かって歩いていると1組の教室の前で妙な人だかりができていることに気が付いた。
「あ、高城先生だ」
一人の女子生徒が俺に気が付くと、周囲の集団も一斉に俺のほうを振り向いた。なんだよ。
「もうすぐHRがはじまるぞ」
「えー、もうちょっとだけ」
「せっかく、先生の妹さん見に来たのにー」
この数日間で俺と歩波の関係はすでに知れ渡っていた。
ここにいる集団はみんな、歩波を見に来たらしい。すっかり客寄せパンダ状態だ。
「それでねー。兄さんったら……」
声優をやっているだけによく通る声が廊下にいる俺のところにまで聞こえてきた。
とりあえず、人ごみの隙間をかいくぐって教室内へと入った。なんか、ものすごく嫌な話題の前振りだったな。
「初恋の人が私の通っていた幼稚園の先生で、私の送り迎えを理由に会いに来てたんだよ」
「うわー、あざといなぁ」
「でしょー。昔っからそういうところあるんだよねぇ」
教室の中心で、人の過去を盛大に暴露している馬鹿を見つけた。
ちなみに歩波の言っていることは本当だったりする。
「ねー、黒沢さん。高城先生の昔の写真とかないかな?」
「あるよー。あんまり変わってないからさ、見てみる?」
スマホを操作して、写真を見せようとしたのを上からのぞき込み、歩波の手から素早く奪った。
「あっ! ちょっとなにすんの!?」
「HRの時間だ。それ以降の時間にスマホを触っていたら没収だ。何度も説明しただろ」
授業中はもちろんだが、授業間の休息でも携帯の使用は禁止されている。前の学校ではよかったのかもしれないが転校してきた以上校則は守ってもらう。
そもそも昼休みのスマホの使用は、俺たち教師が黙認しているのだ。中には口うるさい先生もいるが俺は昼休みぐらいはいいだろうとおもっている。だからこそ、このあたりは厳しくする。
「大切なメッセが来たらどうすんの!」
「俺が見て伝えてやろう」
「プライバシーの侵害!」
どの口がそれを言うか。
俺の昔の写真を見せようとしただろうが。
どのみち、俺の決定は覆らないので、スマホは没収した。
「むぅ~~~~~」
おうおう、不服そうな顔ならいくらでもするがいい。むしろ、小気味いいわ。ふははは!
「ほらほら。解散、解散。HRはじまるぞー」
生徒たちから不服の声が聞こえたが、どうせ、高校卒業するまでの付き合いになるんだからまだまだ時間はある。俺の苦労もまだまだ続くということだ。
「お兄ちゃんのいじわるー」
「先生と呼べ!」
「きゃー、お兄ちゃんが怒ったー」
キャッキャッと言いながら逃げていく女子生徒たち。
歩波が静蘭に転校してきてから、俺のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ生徒が増えてきた。今、女子生徒間でブームとなってきているらしい。まったく、頭の痛い。
それもこれも、歩波のバカが、学校の廊下で俺のことを「先生」と呼ばずに「お兄ちゃん」と呼んだからだ。もちろん、その場で鉄拳制裁を加えておいたがそれを聞いた生徒たちが面白おかしく触れ回った。
生徒たちが全員席に着いたのを確認すると、夕葵さんに始まりの挨拶をさせて、SHRをはじめたのだが……。
「お兄ちゃーん」
「皆口さん、その呼び方はやめるように」
「えー、歩波ちゃんはいいんですかー」
「不公平でーす」
クラスから不満の声が聞こえてくる。
なにが不公平だ。HR始めさせてくれ。
俺が嫌そうな顔をするのを知っているから、面白がっているだけだろ。
「そうですよ。お義兄さん」
「こんなのあだ名みたいなものじゃないですか、お義兄さん」
おい、斎藤、矢口。
今、お義兄さんって呼んだだろ。気持ち悪いからやめろ。
とりあえず、連絡事項を済ませよう。
「10月末に文化祭があるから、そろそろ何をやるか午後のLHRに決めよう。クラスでステージとかを使う場合は競争率が高いから、早めに申請するように」
文化祭の話をするとクラスにざわめきが広がる。
文化祭は高校生にとってのメインイベントの1つといってもいい。
静蘭はクラスで出し物をしたり、部活動で出し物をすることが認められている。特に料理部なんて、自分たちで店を出すから大盛況だと聞いている。
静蘭の文化祭は10月末の土日の休日を使用して行われる。
2日目は地域住民も参加可能ということもあり、結構な賑わいを見せるらしい。さらに他校とは少し違った趣もあるので地元の人たちからも結構な人気だと聞いている。
詳しく知らないのは、去年の文化祭は俺は出張に行っており参加していないからだ。実際の参加は今年が初めてということになる。
そんな俺を文化祭実行委員の顧問の1人にするのは正直、如何なものかと思う。
江上先生は「何事も経験です」とおっしゃるので引き受けはした。俺にできる限りのことをしようとは思っている。
大体のプランは夏休みの生徒会会議で決まってはいる。
すでに3年生を中心とした文化祭実行委員会によってあらかたの内容は決まっている。あとはクラスの出し物を出し合いまとめるだけだ。
「文化祭実行委員の人は、準備があるので頑張ってください」
1組の文化祭実行委員は涼香さんだったはずだ。
彼女ならほかの委員会メンバーともうまくやれるだろう。クラスの出し物の担当は学級委員である夕葵さんだ。こちらも問題ない。
そのあとにもいくつか連絡事項を伝えたが、生徒の耳に届いたかは怪しかった。
◆
カレン
5時間目のLHRの時間になりました。
クラスの黒板の前には夕葵さんが立ち、文化祭でのクラスの出し物を決めるためにクラスメイトから案を募っていました。
今はみんなで話し合う時間で、教室内は普段の授業とは違った賑わいがありました。
「文化祭かー。アタシは部活の方の出し物で忙しいかも」
「ああ、そういえば料理部の模擬店って人気だもんね」
去年の文化祭では、料理部の料理を食べようと長蛇の列を作っていたのを思い出します。私も文芸部の友達と食べましたが、すごくおいしかったです。
「うん、これからはメニューの試作とかで忙しくなるよ。」
「勉強会はどうする?」
「うーん、部活の予定が決まってから相談させてもらってもいい?」
「もちろん。私も実行委員会で忙しくなると思うから」
文化祭について話す2人はとても楽しそうでした。
「歩波さんの前の学校では何をしたんだ?」
他校の情報を聞こうと歩波さんに尋ねます。
私もほかの学校では、どんなことをするのかちょっと気になりました。
「ありきたりだけれど、喫茶店をしたかなー」
「やっぱり、みんなそういうのやりたがるよね」
「ああ、事前の調査でもやっぱり喫茶店はみんなの希望だった。喫茶店を主軸に少し考えてみよう」
ですけど、クラスメイト色々な案を私たちは出しましたが、これといったものはなく困り果てていました。
「やっぱりさ、このクラス唯一のものを使わないとダメな気がする」
1人の女の子の発言は何人かの女の子の耳に入ってきました。
まるで誰かがそれを言うのを待っていたかのように、クラスは盛り上がりました。
「あ、やっぱり? クラスの出し物なんだから、担任の先生も数に入れないとねー」
「去年はいなかったし」
「高城先生に執事服着てほしいよね」
「は? 白衣でしょ。眼鏡もかけてもらって」
「いやいや、静蘭の制服を着てもらおうよ! 絶対に似合うって!」
「じょ、女装もありじゃないかな……」
「10月だよ、ハロウィンの衣装は!?」
もはや、文化祭の話し合いではなく、センセにどんな服を着てほしいかでクラスは揉め始めました。
ですけど、私もセンセのコスプレを見てみたいです。
「……くっくっく、すべては計画通り」
「まだだ。これからが肝心なのだ」
「我らの計画の肝である、高城先生がやはり挙がったな」
「必ずはこうなると思っていた」
「午後のHRが楽しみだぜ」
◆
「ふう……」
LHRの時間に急遽組み込まれた職員会議が終わり教室へと向かっていた。
佐久間教頭も急に会議を開くから困ったものだ。
職員会議の途中でなんかだ寒気がしたが、風邪でも引いたのだろうか。
急な会議のこともあれば、歩波がこっちに転校してきたこともあって、少し疲れているのかもしれない。
教室へ続く廊下を歩いていると、どのクラスからも賑やかでそうでいて楽しそうな声が聞こえてくる。
――クラスの出し物は決まったかな。
教室に入ると黒板には文化祭の出し物案のタイトルがきれいな字で書かれてある。
問題はそのクラスの出し物だった。
・高城先生の執事喫茶
・高城先生の教師喫茶(白衣)
・高城先生のお兄ちゃん喫茶
・高城先生のオレ様喫茶
・高城先生のハロウィン喫茶
・コスプレ喫茶
「うん、ナニコレ?」
6個中5つはどう考えてもおかしい。
「あ、あの。どうしてもみんな喫茶店がやりたいと……」
夕葵さんが気まずそうに俺に報告する。
「いや、問題はそこじゃなくてだな」
コピペしたみたいに“高城先生の○○喫茶”って続くのをやめようよ。
「却下な」
俺が黒板に書かれている文字を消そうとするが、ブーイングが起こる。
「待ってください! 今、“高城喫茶”で盛り上がっているんですよ」
「そうですよ! 生徒の気持ちを考えて下さい!」
「生徒の自主性を重んじるのは教師の役割じゃないんですか!」
男子たちからは反対意見はないのかと思い視線を送るが、何も言わずおとなしくしている。
まあ、女子31人に対して、男10人じゃ勝てないか。多数決という数の暴力!
――あ、でもまてよ。
「とりあえず、20個ほどあったものから、5個ほどに候補を絞ってみたのですが」
まだあったんだ。
6つのうち5つは俺がかかわらなければならない。もっとマシな意見は出なかったのか。
夕葵さんの話を聞く限り、ここに来るまでに様々な論争が繰り広げられたようだった。もうすぐLHRも終わりの時間だ。このあたりでいいだろう。
――結果は決まったみたいなものだし。
「はい、もう時間が来てるからこのあたりで多数決だ。恨みっこなしだぞ」
「「「「えーー……」」」」
「えー」じゃない。
このままいくと、本当に俺が恥ずかしい格好をさせられかねない。
夕葵さんがメモ用紙をちぎりクラスのみんなに配布していく。
これに自分が何をやりたいかを記入する方式だ。これなら、人を視線を気にせず自分のやりたいことを書くことができる。多分、自分の意見が素直に言えない子に気を使って、この方法を考えたのは夕葵さんだろう。
……
………
…………
自分のやりたい出し物を記入し、紙を回収して集計が終わる。
「集計が終わった。……1組の出し物は“コスプレ喫茶”だ」
「「「「「「えぇぇええええええええーー!!」」」」」」
「「「「イエェェェェェイ!!」」」」
女子たちの驚きの声の中に男子たちの歓喜の声が混じる。
コスプレ喫茶――絶対男子たちだと思っていた。
そして、男子たちが今まで何も言わなかったのか。
男女比率により圧倒的に不利だった多数決。
男子らは女子票をそれぞれに分散させたかったんだ。
女子たちは確実に男子たちの投票数10票以上の票をとらなければならなかった。だが、31人がそれぞれ平均的に5つに分かれてしまえば平均は当然、10票を下回ってしまう。
だから、男子たちはあえて余計な案を出さす、ただ成り行きに身を任せているフリをしながら身を潜めていたようだった。こういうときだけ知恵が回る。
「これで、これで、俺たちの夢が叶う!」
「今まで数々の多数決で敗北をしてきた俺たち。だが!」
「すべてはこの瞬間のため!」
「「「“2年1組女子のコスプレ”!!!」」」
相沢、斎藤、相馬の3バカは感涙までしている。
まあ、確かにうちのクラスは俺から見てもかわいい子が多いけどさ。
「先生! 反対です! これどう考えてもおかしいじゃないですか!?」
「やり直しを要求します!」
女子たちから抗議の声が挙がる。
だろうな、こんな下心丸出しの計画。だが、
「もう決まったことだ」
俺としては願ったり叶ったりだから絶対、訂正なんてさせない。
「みんなだって、かわいい格好がしたいだろ?」
若干その誘惑に惹かれたのか、静かになる。
「うっ、それはそうですけど」
「あぁ、高城先生の給仕が」
「はいはい、みんなの可愛い姿を楽しみにしているから」
ショックを受けて机に突っ伏す。
だから俺にどんだけ労働させるつもりだよ。
「コスプレ喫茶でしょ。だったら歩ちゃんにもコスプレしてもらえばよくない?」
てめっ、観月! 余計なこと言ってんじゃねえ!
「「「それだ!」」」
観月の提案により女子たちはすぐに調子を取り戻した。
女子たちは期待のまなざしを俺に向けてくる。
これ以上、俺がごねるといよいよ収集が付かなくなりそうだ。
「……はぁ……できる限りは協力させてもらう。ただし、衣装は露出の多いのは禁止だからな」
「もちろん、わかってますよ! 先生にはちゃんとかっこいい服を着てほしいですから」
俺の露出のことじゃなくて、君らのことを言ってるからね。
かくして、1組の出し物はコスプレ喫茶にきまった。
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