第65話 焦りは禁物

 夕葵


 今日は私の大会での結果を聞いて祝勝会を涼香と観月が催してくれた。

 夏休みにも大会があるから明日からも練習がある。

 今日はつかの間の休息だ。

 場所はいつものファミレスじゃなく、歩先生と以前一緒に来た甘味処“日和”だ。人気のないところにあるからか、昔から住んでいる2人もここの存在を知らなかったようだった。


「へー、こんなところに和菓子屋さんがあったんだ」

「和菓子の専門店だから学生が来る機会はないと思うが、私は昔からよく来ているんだ」


 高校生で個室のある外食先に来る機会なんてない。

 さらに言えば、私くらいの年齢の女子はケーキとかそっちの方を選ぶ。来るとしたら祖父母に連れてこられた小さな子供くらいだ。


 若者向けの店じゃないと思いはしたが、美味しくもあり私の友人を連れてきたかったということもあった。

 友達をここに連れてくることは初めてだ。今まで誰も誘ったことはなかったので今回、思い切って誘ってみた。

 観月も涼香も珍しそうに店の外観を見ている。


「いらっしゃいませ」


 店内に入ると、日和の看板娘である祭さんがいつもの笑顔で私たちを迎えてくれる。店の中にいるお客さんも昔なじみの人が多い。


「あら、夕葵ちゃん。今日はお友達と来たの?」

「はい。奥の席使わせてもらってもいい?」

「もちろんよ。でも、今日はあの人とデートじゃないの?」


 あの人――もちろん、歩先生のことだ。

 祭さんや常連客の人はここ最近いつも歩先生が一緒じゃないかということを尋ねてくる。


「へえ、夕葵。高城先生と来たことあるんだ」

「ち、違うぞ、デートではなくてだな。お礼にと誘ったんだ」


 暗い笑顔で涼香が私を問い詰めるが何も後ろめたいことはない。本当にお礼に誘っただけなんだから。


 店の奥の座敷は襖で空間は区切られるようになっている。

 女三人寄れば姦しいということで、ほかのお客さんの迷惑にならないようにこの部屋を使わせてもらう。

 畳に座布団、どこかの旅館の一室のような部屋で窓を開けると小さな庭園が見える。夏場だが、エアコンを使わなくても十分に涼しく、部屋に一輪だけ飾られた朝顔の花がとても奇麗だ。


 そんな場の雰囲気にのまれたからか、涼香たちはどう座っていいかわからないようで私が座るのを待っていた。


「そんなに堅苦しい店じゃないから、楽にするといい。普通の甘味処だ」


 2人は静かに座布団の上に座った。

 私はいつもどおりの抹茶とぜんざいセットを注文する。2人は夏物であるあんみつを注文した。注文の時に祭さんにも2人の緊張が伝わったのか、クスリと笑って楽にするようにと促されると2人はようやく緊張がとれたみたいだった。


「こういう店ってカレンが来たら喜びそう」

「なら、また今度誘ってみよう。それより観月は体は大丈夫なんだろうな」

「うん! この通り」

「涼香から聞いてびっくりしたぞ」

「私だって、向島先生から無事だっていう連絡が来るまで何も手につかなかったんだから」

「ごめん、ごめん」


 本当に無事で何よりだ。

 観月のことは涼香から大会が終わってからそのことを伝えられた。観月が意識不明だったという話を聞いた時には最初は信じられなかった。今では何事もなかったみたいに生活が送れているようだ。


 話を聞いているとどうやら歩先生に助けられたようだった。観月には申し訳ないがうらやましく感じてしまった。


「それでね、アタシ……」


 観月の話の途中で襖が開かれて、祭さんが注文した品を持ってきてくれた。


「はい、お待ちどうさま。これは、夕葵ちゃんのお祝いだからみんなで食べてね」


 祭さんは豆大福を私たちにサービスでくれた。

 昔から、私におめでたいことがあるとサービスをしてくれる。

 以前、歩先生と一緒に来てから後日尋ねると、この店で一番高いお菓子が差し出されたこともあった。


「ありがとうございます」

「いいのよ。また、あの人とのお話を聞かせて頂戴ね」

「祭さん!」


 私が羞恥でたまらず大きな声を出すが、祭さんは余裕で受け流してウィンクをして部屋から出ていく。まったくあの人は……。


「それで、観月はさっき何を言おうとしたんだ」


 祭さんの登場で話が途切れてしまったが、観月の話の続きが気になった。


「あー、なんていうか、その……驚かないで聞いてほしんだけれど」

「……」


 なんだろうか。

 胸騒ぎにも似たような感覚は、その続きを聞くことが私は途端に怖くなった。


「アタシ、歩ちゃんに告りました!」

「!?」

「え!?」


 涼香も初めて知ったようで声に出して驚いていた。

 観月のその言葉を聞いて、その胸騒ぎは急激な不安へと変わった。


 のどが渇く。

 抹茶を一口飲んで唇と喉を潤す。けれど、次の言葉が出てこない。詳細を尋ねようとするのだけれど、声にできない。


 耳の中で心臓の音がドクンドクンと警報のように脈を打つのだけが聞こえる。


「ど、どうだったの!?」


 声の出ない私に代わって涼香が尋ねる。

 そうだ、返事は一体どうだったのだろうか。


「……カレンと同じ、まだもらってない。というよりアタシの気持ちを知ってほしかっただけだからさ。今、返事をもらってもお互いが困るだけだし」

「……そっか」


 観月の言葉を聞いて、私は観月のもどかしい気持ちも理解できた。

 だが、それよりも先生が何も言わなくてよかったという気持ちのほうが大きかった。告白をしたという宣言から、激しく鳴っていた警報のような心臓の高鳴りは静かになっていった。


 けれども、私の中には焦りがあった。


「なんていうかな。今までの関係が壊れちゃうんじゃないかっていう気持ちがあったけれど、してよかったかな。ちょっとは意識してもらえると思うし」

「あれから、高城先生とは会ったの?」

「ううん、あれからなかなかタイミングが合わなくてさ、合宿以来会ってない」

「……それって、避けられてない?」

「違うよ! タイミングが合わないだけだって!」

「……」

「ほんとだから! 今日も朝早くから仕事に行っちゃっただけだから! ほんとに、本当にそうなんだからね!」


 そうだ、2人は先生に告白したんだ。

 ここにいないカレンだってオリエンテーション合宿の時に告白をしている。


 ――私だけ、何もしていない。バレンタインデーの時だって、結局渡せなかった。


 3人と私の間には大きな隔たりがある。

 けれど、そこに肩を並べるような勇気は私にはまだなかった。




 そこからは何を話したのかはあまり覚えていない。

 涼香たちの話にただうなずいたり、適当な相槌を打つだけだった。


「あ、そろそろお母さんの手伝いに行かないといけないから」

「アタシも。友達と遊びに行く予定があるんだ」

「……わかった。私はもう少しゆっくりしていく」


 2人は用事があるということで、私一人だけでこの場に残ることにした。

 私の中でいろんなものが渦巻いて、それでも何もできなくて、何もできない自分がもっと嫌になる。


 ――どうすればいいんだろうか。


 何をするでもなく、考えるでもない。

 机にうなだれることしかできなかった。


 私と先生はまだそこまで親しい関係でもない。

 そんな人にいきなり気持ちを伝えられて気味悪がられないだろうか。


 ――いや、そんなのはただの逃げだ。私はただ、歩先生に拒まれるのを恐れているだけなんだ。


 けれど、みんなはどうなんだ。

 告白をして恐れないわけがない、ましてやあの人が受け入れる可能性だってほとんどないはずだ。


「夕葵ちゃん? どうしたのよ。お友達と帰ったと思ったわ」


 食器を片付けに来た祭さんが私が残っていたことについて尋ねる。


「祭さん……」

「あらあら、こんなに弱っている夕葵ちゃんは久しぶりに見たわね」


 祭さんが休憩をとるということで一緒にお茶をさせてもらうことになった。

 今日で2個目になる豆大福……食べすぎはよくないけれど、甘いものが食べたかった。


「……できればここだけの話にしてほしいです」

「もちろんよ」

「あのね……」


 そこから、ぽつぽつと私のこと、友達のこと、歩先生のことを話していく。

 祭さんは私が話をしている間は何も言わずに話を聞いてくれた


 ……

 ………

 …………


「なるほどね。ほかの友達に後れを取ったって思っちゃったかぁ」


 すべて話し終えると、祭さんは口を開いた。


「そういうことじゃなくて、私だけ取り残されたというか」

「あってるじゃない。でも、みんなで話をしたときに好意を否定しなかったのはいいと思うわよ。下手したら、みんなと同じ立場ですらなくなっていただろうから」

「やっぱり?」

「ええ、そうね。ここで遠慮すれば、間違いなくみんなの応援係に回されていたわ!」


 それは……いやだ。

 だったら、私も告白した方がいいのだろうか。


 そんな私の内心を察したのか、祭さんは言葉を続ける。


「でもね、私は焦って気持ちを伝える必要はないと思うのよ」

「え?」

「今、告白したら間違いなく振られるわよ! 向こうにも立場っていうものがあるし、それを理由に断られるのが明白ね!」

「だったら……」


 ――どうすればいいのだろうか。


「先生が夕葵ちゃんの気持ちに気が付いてくれるのが今はベストね。そうすればきっと意識はしてもらえるわよ。今はアピールよ! アピール!!」

「それができれば苦労しないです」

「こんな立派なものぶら下げているのに! 使わない手はないでしょ!」


 そう言って祭さんは私の胸を後ろから持ち上げる! 何するんですかっ!?


「高校になって私より大きいんだから! 色仕掛けよ、色仕掛け! おっぱいが嫌いな男なんていないから!」

「なっ! 歩先生はそんないやらしい人じゃありません!」

「夕葵ちゃんってば相変わらずピュアねー。男っていうのをわかってないわ。どんな紳士も一皮めくれば野獣よ! 盛りのついたサルよ! 変態紳士よ!」

「違います!」

「それに、先生だって今までお付き合いされたこともあると思うから好意には鈍感じゃないと思うのよねぇ。あ、教師だからっていう感情が否定しちゃうか」

「……」

「でも、夕葵ちゃんの胸に反応しないなら……もしかして、女の人に興味がないんじゃあ……」

「それ以上言うと怒りますよ?」


 そんなやり取りをしていくうちに私の中にあるもやもやが少し晴れていた……後半の色仕掛けは冗談だと思いたい。


 私は私のペースで先生を好きでいようと改めて思った。

 観月たちにもそうやって伝えたじゃないか。もうちょっと、アプローチを頑張ってみよう。


 ◆


 お盆休みも近づいてきた夏の半ば。

 教師である俺は今日も今日とて仕事だ。学生は休みでも教員が休みというわけではない。

 今は印刷室で個人情報の記された書類をシュレッダーにかける作業をしている。書類の数は1学期分の量があるのでかなりの数になる。


 職員室で呆けていると暇そうだからと剛田先生に任されたのだ。

 剛田先生は合宿の際に事件を起こした仏田の担任でもあるため、その対応に追われている。


 仏田は夏休み中は学校謹慎という処分が下されることになった。

 彼の夏休みは友人にも会うことも許されず、ひたすら剛田先生と顔を合わせる日々が続くことになるのだろう。仏田は観月に謝罪がしたいということだったが観月がそれを拒否した。もう関わりたいとすら思っていないのだろう。もちろん仏田の親御さんは学園まで足を運び大家さんと観月に懸命に謝罪をし、勉強合宿の件は終わった。


 外は日差しは強いが、精密機械があるこの部屋にはエアコンがあるので快適な気温で仕事ができている。

 それに、こうやって頭を使わずに一つの単純作業に没頭できるのはある意味よかったかもしれない。印刷室で一人というのもいい。


 ――観月が俺のことをねぇ……。


 確かにほかの生徒よりは親しい間柄だ。

 けれど、恋愛感情を持つに至ったことはない。

 観月のことは中学生の時から知っている。むしろ、近すぎるが故にそんな風に思ったことすらない。歩波と同じように妹のような感覚と思っていた。


 そう、思っていた。

 入院の時のキス疑惑から、どうにも俺はあいつのことを意識してしまっている節がある。それは観月だけじゃない。カレンや涼香さんにも言えることだ。



 3人のことは嫌いではない。嫌いか好きかで尋ねられれば間違いなく好きだと断言できる。

 

 だが断じて恋愛感情ではない。


 俺は若気の至りのような恋愛一直線の道を突き進む気は毛頭ない。

それにあの子たちを茨の道を進ませるわけにはいかない。俺自身もそんな気はない。

 

 傷つくのは子供で、責任を負うのは大人だ。周囲に決して認められることはない。


 断るべきなのだとはわかっている。

 だが、全員告白の返事を聞くことを拒む。


――どうすりゃいいんだよ……。


 幸いにも、ここ数日彼女らと会う機会はない。

 だが、早ければお盆明休み明けのオープンキャンパスのときには顔を合わせる。


 なんで俺、律修館の引率を引き受けたんだろうか。

 そんなの決まっているOBだからだ。最初から逃げ場なんてなかった。


「はあ……」


 シュレッダーに不要書類を次々に投入していく。

 書類がずるずると飲み込まれていく様を見ていると何だか気がまぎれる。ここ数日は現実逃避で仕事に打ち込んで仕事も随分とはかどった気がする。


ピー、ピー、ピ――


 途中でシュレッダーから甲高い警告音が鳴り響いた。


 どうやら、紙の大きさが違うようで紙詰まりが起きたらしい。一度シュレッダーの中を開いて詰まっている紙を引き出す。

 すでに半分ほどシュレッダーにかけられている紙はほかの紙と材質からして異なった。シュレッダーにかけられない以上はハサミで紙を切るしかない。


 めんどくさいと思いながらも、下半分を乱暴に引っ張り出すと紙が破け、シュレッダーを再開させる。取り除いた紙はハサミを取り出し乱雑に切り裂いていく。


 ――っていうかこれって、本当に書類か?


 ……まぁいいか。切っちゃえ。

 ここにあるのなんてごみ認定されたものなんだし。もうどのみち手の施しようがない。


 わずかに疑問に思ったがそのまま切り、ほかの書類と同じようにごみ袋に捨てた。


 ◆

 涼香


「はい! これお願いね!」

「はいはい……」


 日の光を完全に遮光した一室でカリカリと響くタッチペンの音。

 せめて音楽くらいはかけれないものかと思って提案したけれど、集中できなくなるからダメみたいだ。机の上には大量の栄養ドリンクの空き瓶が転がっている。


 私は今お母さんの手伝いをしている。

 手伝いといってもそれは店の手伝いじゃない。お母さんの趣味の手伝いだ。毎年のことだからもう何も言わない。


 ――また、こんなエッチなの描いて!


 これも毎年のことだからもう何も言わない。私はお母さんが指示を出したところを塗りつぶしたりトーンを張り付けるだけだ。


「よし、ぎりぎり間に合うかしら! ほんと落ちるかと思ってたけれど、持つべきものは娘ね」

「お母さん、今日寝てないでしょ、少し寝てくれば?」


 目の下に隈ができているお母さんをみて、無駄だとわかっているけれど睡眠を進めた。


「寝てる間に小人さんが原稿描いてくれるわけじゃないのよ! なんでもいいから私と話をして! 寝ないように付き合って!」

「だからもっと早めに準備しなさいって言ったのに!」

「してたわよ。……けれどね、急な信託があったのよ」

「何よ、信託って。ハイ終わったよ」

「多少の料金の割り増しなんていいのよ。待っててくれるファンがいるから!」


 あー、そういえばカレンがそのファンだったよね。

 カレンに初めて話しかけられたときにはBL本の話だったのには驚いたよ。


「印刷所の皆さんだって休日出勤してくれるんだし!」

「わざわざ休日返上で来てもらってるんでしょ! それ迷惑だからやめてって言ってるじゃない!」


 知り合いの印刷所の人に本当に申し訳ない。

 本屋の方は従業員の人に任せっきりになっている状態なのに! まあ、こんな状態の人を連れて行っても仕事にはならないだろうけれど。


 お母さんは寝てないからテンションが妙にハイになってる。

 とりあえず話していないと眠くなってしまうみたいなのでお母さんの話に付き合う。


 そのあとも、ペンを走らせるとどうにか日が暮れるころには作業は終わった。


 結果から言えばどうにか原稿は間に合った。

 お母さんはなんだかんだ言いつつも手伝ってくれる私の頭をなでる。まあ、お小遣いがもらえるのなら頑張る。


「ありがとー。今の時代っていいわねー。デジタルって最初は慣れないけれど、今はタッチでポンだもの」

「はいはい、私は仮眠取ってから何か作るね。食べたいものはある?」

「作ってくれるのなら何でもいいわよぉ」


 お母さんが眠そうだけれど、まだ仕事は残っている。


「寝る前に机の上の原稿とかは片づけといてね。じゃないとまたお父さんが帰ってきたときに間違えて捨てられちゃうよ」


 あの時の喧嘩はすごかったなー。

 喧嘩といってもお母さんの一方的なものだったけれど。

 それ以降お父さんは原稿に触れるどころか、この部屋にすら入らなくなった。この時期なんて帰宅前にメールでお母さんの機嫌をうかがってくるくらいだ。帰ってくるものわざわざ遅くしてるくらい。


 今はデジタルで保存ができるけれど、昔は紙とペンの時はやり直しがきかかなかった。ましてや破り捨て去られればもう手の施しようがない。


 昔、お父さんにぐしゃぐしゃにされた原稿を見たときお母さんが発狂したかのような奇声を挙げたのは今でも鮮明に思い出せる。


 そんな不吉なことにはもうならないだろうと思って、私は少し仮眠をとらせてもらうことにした。


 ◆



「くかきけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこきかかかかきか――――――!!」


 俺は、図書館にある文芸部の部室にいる。正確には連行された。

 ここにいるのはいつもの文芸部の部員だけではなく。

 美術部、被服部の生徒もいる。なんでも、この3つの部活が共同して毎年のイベントに参加しているようだ。


 そして、俺の目の前で奇声を挙げているのは文芸部の部長だ。

 俺はこの子のことを「たまちゃん」と呼んでいる。某アニメのキャラと同じように眼鏡をかけていて、髪型は三つ編みのおさげだから。


 そのたまちゃんが、なぜこのような醜態をさらしているかというと、原因は俺にあった。


 俺がシュレッダーにかけた書類の中にこの子たちの原稿が紛れ込んでいたというのだ。


 それは俺には身に覚えがあった。あの材質の違う紙だ。絶対そうだ。

 そして、その事を伝え謝罪するとたまちゃんはこのようになったのだ。正直、その辺のホラー映画より怖い。


「せ、センセ早く謝ってください!」


 カレンがそんなことを言うが、謝った結果がこれだからなっ! 


 文芸部員たちになだめられ、何とかたまちゃんは静まってくれた。

 けれどもその落ち込み具合は半端ない、これは本当に悪いことをしてしまった。


 俺の後ろでは悩ましそうに、これからのことを話している部員たちがいた。


「これから仕上げればなんとか、いけそう?」

「本当にぎりぎりね」

「印刷代の割り増しは避けられないわ」

「やっぱりまずいのか?」


 俺が尋ねると少し顔を見合わせて、わずかにうなずく。


「まぁ、正直……」

「俺の所為だし、何かできることはないか? お金かかるんならその分、俺が負担させてもらう」

「え、でもそんなの」

「いいから、それくらいはさせてくれ」


 もとはといえば俺のミスだ。

 とりあえず、今回のことで余計な経費分は俺が支払わさせてもらうことになった。これくらいしないと申し訳が立たない。


「あ、でしたら……泊まり込みで作業がしたいので引率と宿泊許可をもらってほしいです」

「わかった」


 後で宿泊許可をもらってくることにする。

 引率についてはこれは引き受けるしかない。

 歩波のことはこっちに来ている両親に任せよう。あいつも硬い布団よりホテルの柔らかいベッドのほうがいいだろうし。


「ほかには?」

「も、もう十分ですよ! お金のことも、夜中も作業ができるなんて思っていなかったんで、それだけでお得というか」

「できれば、たまちゃんが元気になる方法を教えてくれると助かる」


 まだ落ち込んでいるんだから。


「ぶ、部長、元気出して下さい」

「ほら、高城先生が”なんでも”言うこと聞いてくれるって言ってますよ!」


 おい、「なんでも」とまでは言ってないぞ。

 だが、その単語に反応したのか、たまちゃんはうつろな瞳で俺を見て――


「…………腐へ……」


 背筋が凍るような笑みを浮かべた。そして、俺はこの時の出来事を数日後に後悔することになる。


 この学校の文芸部には問題しかない。

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