第66話 とあるイベント会場

イベント当日――。


 俺はその会場にまでむかう電車に乗っていた。


「先生、体力勝負です。脱水には気を付けてください。汗をかいたらスポーツドリンクは絶対に飲んでください」

「ああ……」

「財布は持ちましたか? お金の確認も。いくら使ったかわからなくなるので気を付けてください」

「ああ……」

「絶対にこのルートを通ってくださいね! 間違えると人海に流されます! その日に会えなくなる可能性もありますから!」

「ああ……」


 引率……ではない、俺が用事があるのはその会場なのだ。

 イベントが始まってすらいないのに俺は疲れ果てていた。

 夜遅くまでこの子たちの作業を手伝っていたこともある。


 祭りの日の朝は早い。

 俺は始発の電車に乗せられ、文芸部、美術部、被服部の子たちと一緒に行動することになった。周りの乗客もそれらしき人でいっぱいだ。


 この数日で俺の中のこの子たちの部活動の位置づけはだいぶ変わってきた。


 文芸部 → BL同好会

 美術部 → 漫研

 被服部 → コスプレ研究会


 こんな具合に。


 そして、この子たちはいわば先兵――買う側だ。


 なぜこの子たちと一緒なのかと思うと、あの“同人誌切り裂き事件”をたまちゃんに許してもらう条件として、たまちゃんに買い物パシリを頼まれたのだ


 ――BL同人誌をな……。


 しかもR18(たまちゃんは3年生)。高校生の間はNGだと思うんだけど。


 ――というより、教師にそんなもの買わせるなっ!! 


「先生! 本当に大丈夫ですか!?」

「ああ、大学んとき友人に頼まれて付き合ったことがあるから」


 その時を思い出しただけでも憂鬱になる。あの時は透と大桐も付き合わされた。

 でも、今回はコスプレさせられないだけまだマシだ。うん、ポジティブに考えよう。


「ほほう、それはそれは」

「お手並み拝見と行きましょうか。ククク」


 テンション高いねキミら。まあ、お祭りだからか。

 かつて会場を尋ねたことがあると話すとならば安心だと、イベントのカタログを開いてサークルの最終チェックを始める。


「センセ! 今日もよろしくお願いします!」


 やる気に満ちた顔でカレンが胸の前でグッとこぶしを作る。


 ……

 ………

 …………


 会場が開くまで列に並ぶことになったが、開場後では早い段階で会場に入ることが出来た。そこからは各班に分かれて行動することになった。 


 まず、優先度のサークルで買い物をする。行列が長くて買えなかったサークルはメモするようにと頼まれているので、後で渡そう。


「センセ! こっちです!」


 嬉しそうに手を振りながら俺を呼ぶカレン。

 俺たちが今いる場所は圧倒的に女性が多い。

 なので男の俺は非常に目立つ。本を買うために並んでいた時も横目で俺をみてくる視線がとても辛かった。辛かったんだよ。


『やばっ、あのルックスで腐男子って……』『いいなー、語り合えるのって』『え、もしかしてガチの……』『攻め』『受けでしょ』


 などと俺自身の立場がとんでもない方向に独り歩きしていた。


 昼に活動しているサークル前に集合となっているので俺は文芸部が開いているサークルに向っているところだ。カレンがお目当ての本が買えたからか少しはしゃいでいる。人も多いので小さいカレンはすぐに見失ってしまう。


 なんというか、目が離せない。小さい子を持つ親の気持ちが少しわかった気がした。


「きゃっ」


 案の定、人にぶつかって危うく転倒しかける。

 それを背中からやんわりと受け止める。危ないなー。


「気をつけろ。はしゃぐのはいいけれど、迷子になるぞ」

「ムゥ、子供じゃないです」


 そうやって反論するとますます子供だぞ。

 ぶつかった人に頭を下げて、再び歩き出す。

 だが、歩き出そうとした瞬間にぎゅっと俺の服がつかまれた。


「なら、はぐれるとダメなので手を握ってください」


 カレンはそんなことを言う。


 カレンを見れば白い肌がわずかに上気して赤くなっている。

 いや、さっき子供じゃないって言ったじゃないか、言ってること思いっきり子供だぞ。


「ダメですか?」


 彼女の気持ちは知っている。

 彼女の発言はただの建前であることは俺にも分かった。すなわち――


 ――俺と手をつなぎたい、か……。


 強制はしないとのことだろうか、簡単に解かれるほどの力で服をつかんでいる。俺は彼女の指をゆっくりと服から離させ――


「あ……」


 その手を握った。

 彼女たちの気持ちに応える気はないが、期待を持たせるようなことをする。

 いっそ突き放した方が彼女たちのためになるのではないだろうか。


 だが、俺の中でブレーキがかかる。

 自分の行動や感情がコントロールできない。


「はぐれるといけないからな」

「ハイッ!」


 文芸部のサークルが見えるまで俺は彼女の手をつないでエスコートした。


 ◆


「先生! マジ神っ!!!!!」


 文芸部のサークルの前に来ると俺はたまちゃんに手を合わせられ祈られていた。やめて、本当にやめてっ!


 先兵たちの慰労を兼ねて今は小休止をしている。

 私服姿の彼女たちは学園で見る時とは違い、なんだか生き生きとしている。まるで水を得た魚だ。


「いやー、本当は今までも買ってたんですけれどね。こう、先生に買ってもらうという背徳感がたまらなくて」

「あ、わかります。なんていうか、そそりますよね!」


 君らおとなしめの外見している割に結構Sだよね。もう二度とやらないから。


「じゃあ、俺はこれで帰る」

「え!? もう帰られるんですか!?」


 いや、だってほかにすることないし。


「もっと祭りを楽しみましょうよ!」

「俺はもう十分楽しんだ」


 だから、早く家に帰らせてください。

 クーラーのある涼しい部屋でのんびりしたいんです。こんな人の汗で雲ができるような場所に居たくない。


「何か用事でもあるんですか?」

「いや、特にない」

「なら暇ってことですよね!」


 あ、俺は返答を間違えたみたいだ。


「1時間っ! 1時間だけ! ここで店番を!」


 どうやら、お目当てのレイヤーが広場に来るという情報が手に入った。だから、生で見に行きたいのだという。

 被服部の子たちもそちらに参加しているようだった。

 ここにいないと思っていたら彼女らはそっちにいたのか。慰労もかねて顔を出しに行きたいみたいだ。


 彼女らの手にはおそらく、大人でもなかなか手に入れることができないどでかな一眼レフがあった。彼女らも本気ということか……。


 ―――だが断る!!


 俺にも都合というものがある。ここは断らせてもらおう!


「あのな「「「「「「じゃあ! 行ってきます!!」」」」」」聞いてよっ!!」


 俺の断りの途中で彼女らは行ってしまった。

 そして、運が悪いことにお客さんもちょうど来たのだ。

 ここにいるのはもう一人の当番の子だ。初めての参加らしく右も左もわかっていなさそうだ。俺だってこのイベントについて詳しく知らないが、一人にしておくことはあまりにもかわいそうだった。

 くそ、こんなのここにいるしかないじゃないか。


 俺は用意された席に座り客の対応に追われることになった。


 ……

 ………

 …………


 なぜか本を買っていくたびに俺の手を握ってくる女性たち。そして、『応援します!』などの応援の言葉をどろどろと濁った瞳でいわれた。

 どんどん行列も増えていく。用意しておいた本もだいぶ底が見えてきた。よし、完売すれば俺は解放される! 


 はずだった。


「あら、やっぱり先生じゃありませんか」


 ここで知り合いと遭遇するとか、ないわー。

 おそるおそる顔を挙げればそこには、涼香さんの母親であり、本屋SAKURAの店長がいつもの笑顔でそこにいるではないか。


「お、お師匠様! お疲れ様です!」


 隣の文芸部の子が立ち上がり、最敬礼をとる。

 ああ、そうですよね。あなたは文芸部の開祖なのですからここにいてもなんら不思議じゃありませんよね。


「うふふ、懐かしいわー。私も学生の時に参加したんですー」

「でしょうね」

「先生が売っているということなら1冊、いただけるかしら?」

「800円です」


 お金を受け取り、本を渡す。いつもとは逆の立場だ。


「なんだが、いつもとは逆ですね」


 向こうも同じことを思ったのか、むこうはおかしそうだが俺はちゃんと笑えてるのかな。


 店長は何かを思い出したかのようにかばんを開ける。


「よろしかったら。私たちのサークル本をどうぞ」


 店長から手渡されたのは、表紙からすでに腐のオーラが漂っているものだった。

 隣の文芸部女子がうらやましそうにこちらを見ている。

 でも残念。R18と書いてあるので1年生の君に見せるわけにはいかないんです。


 たまちゃんにあげようか。いや、倫理的にもセクハラととられかねない。俺がセクハラされている状態に近いけれど。


「あ、ありがとうございます」

「先生は引率ですか?」

「まあ、似たようなものです」

「それでは、私はまだ寄らないといけないところがあるので」


 そう言って、手に持っているカタログに視線を落とす。

 店長、カタログを見ている目がガチです。獲物を狙うハンターの目をしてますよ。


 そんな眼をしながら上機嫌に鼻歌を歌いながら店長は優雅に去っていった。


 ……

 ………

 …………



「お疲れー」

「売り子変わるねー」


 約束(一方的な)を守ってきっかり1時間が経ってから帰ってきたのだがもうやることはない。


「完売したぞ」

「え? 完売?」

「うそ!」


 文芸部の子たちが驚いて、空になった段ボールを見る。

 そして、みんなでハイタッチをして喜び合う。

 そんなにすごいことなのだろうか。俺にはよくわからない世界だった。まあ、自分の作ったものが多くの人の手に渡るのはうれしいことか。


「先生、才能ありますよ! このまま顧問になっちゃいませんか!?」

「お断りしまーす」


 たまちゃんが俺を再び顧問に誘う。

 別に漫画くらいは俺だって読む。だが、そちらの世界に行く気はない。


「何でそんなにBLを拒むんですか!?」

「男だから」

「ふぅ~~~。わかってないな~」


 ため息をつきながら、やれやれという顔してくるたまちゃんにちょっとイラっとした。


「BLにはBLでしか描けない関係や物語があるんですよ! わかります!? タツヤでBL本ガン見するような人が誕生してしまうくらいの魔力が、BLにはあるんです!!! そしてそんな魔力に抗えない男だっています! だから腐男子くらい今どき普通なんですよ!」

「俺はそういう男じゃない」


 熱弁してくるたまちゃんを若干煩わしく感じたので、別の子に話を振ることにする。

 視界に入ったのはアニメのコスプレをしている女子だった。


 確かこの子は被服部の子だったな。確か名前は”静野 弓”って言ったか。おさげのかんじから某国民的アニメからとって“しずかちゃん”と呼ぶことにしよう。ちなみにたまちゃんの名前は”玉井 真理”というらしい。本当にたまちゃんだった。


「それで、お目当ての人とは会えたのか?」

「そうですよ! 会えたんですよ! すごくないですか!?」


 興奮しながら一眼レフで撮った写真を俺に見せてくる。

 写真には、お目当てのレイヤーが映っている。どうやら2人組のようだ。


 片方は男性というには綺麗すぎるので女性だろう。がっちりのコスプレメイクと金髪がとても鮮やかな美少年だった。顔立ちからしても外国人だろう。


 相方のとなりの人は……なんていうか、死にそうな顔をしているな。メイクの影響とかじゃない。本当に魂的なものが口から出てしまいそうな雰囲気だった。


「この2人が目当てだったのか?」

「正確にはこの男装女子のほうですよ! 伝説のレイヤーさんなんです! 写真集だって出してるんです! それに本だって! 去年は一時期、帰国してたんですけれど! 今年は参加してくれて!!」


 熱を帯びた顔で語り続けるが、俺はどんどん冷めていく。


「なんと、カレンの知り合いだったんですよ。だからツーショットだってオーケーしてもらえました!」

「アリガトー、カレン!」


 ――ほう、カレンの知り合いね。


 そのカレンは今この場にはいないみたいだけれどな。多分、この美男子のところにいるんだろう。


 この美男子レイヤーはシルビアだ。

 いくら化粧をしていてもわかるものはわかる。そうだよ、あいつがこの祭りの会場にいないわけがないんだ。やだなー会いたくないなー。


「やばくないっすか、隣の男性もその人がメイクしたんです。素材もいいんですけど、その人もキャラをうまく再現できているんです! この執事は死人っていう設定で真に迫るっていうか」


 その隣の死にそうな顔をしている男性はもはや普段の面影すらないが、付き合いの長さゆえに分かった。


 この執事は俺の友人である透だ。そういえばシルビアが誘ったって言っていた。


 結局、逃げ切れなかったんだろうな。

 まあ、ここは触らぬ神に祟りなしということでかえりましょうか、関係もまだばれてないし。


「それに、この人たち先生とお知り合いだっていうじゃないですか!!」

「何で黙っていたんですかー」


 俺の希望は呆気なく潰える。


「うん、でも忙しそうだから。俺はこれで」

「待って下さいまし」


 ガシッ!!


 しずちゃんが俺の肩をとつかむ。


「今度は何だ」

「先ほどツーショットを撮らせてもらう代わりに条件を出されたんです」

「へぇ」


 いったいどんな条件だろうな。俺には関係ないけれど。


「先生を連れてきてほしいってことなんですけれど」


 その言葉を聞くと同時に走りだすが被服部の子たちに回り込まれる。

 さらに言えば、俺の肩をつかんでいるしずかちゃんは背後霊のごとく離れない。


 だが、ここで諦めてなるものか。俺は一歩ずつ確実に前へと進んでいく。


 ――インドア女子の非力な腕で俺を止められるわけがない。荒田先生でもあるまいに。


「すいませーん、お願いしまーす」


 たまちゃんが援軍を呼ぶがもう遅い。あと少しでこの呪縛は解かれる!


 そう思っていた。


 グワシッ!!!!


 誰かが俺の肩をリンゴを握りつぶさんが如くつかむ。

 その場から俺は一歩も動けなくなった。なんだこの馬鹿力! 明らかに女子のものじゃない!


「行くぞ、高城。シルビアがお呼びだ」


 その声を聴いてありえないと思いつつ振り返ると、2mはあるであろう長身、筋骨隆々とした体に、いるだけで空気が暑苦しいものに変わる存在感。割れ顎と立派なもみあげを持つ厳つい男。


「大桐……」

「よお、相変わらず女に囲まれてるな」

「なんで……」

「CA、ナースとの合コンのためだ」


 俺の肩を握っている手にさらに力を加える。おい、お前の力はシャレにならんぞ。


 大桐は絶対に俺から手を離さない。純粋な力勝負は分が悪すぎる。

 逃げ出そうものなら、背後から現役ラグビー選手の殺人タックルが俺を襲う。どうみても詰んだ。


 なす術もなくそのまま、俺は大桐に連行される。


「先生ー。あとで詳しく聞かせてくださーい」


 そう言ってドナドナされる俺を見送る女生徒たち。


 彼女たちが期待することは誓って言えるが何もない。こういう時にシルビアが俺に頼むことといえばいつもきまって


「どうせ、パシリだろ」


 シルビアに頼まれたものを買ってくる簡単だが時間のかかるお仕事だ。

 っていうか先輩をパシリに使うな。

 ごった返す人ごみの中を俺と大桐は歩いていく。大桐が歩くだけで周囲の人は押しのけられるから歩くのは随分と楽だ。


「手が足らん。氷室は憔悴しきっているからな、今は休憩中だ」

「お前はともかく、透はなんで断らなかったんだ」

「年が変わってから、サッカーの特別試合があるだろ、それの招待券だとさ」


 そういえば前にチケットが手に入らなかったと嘆いていたな。海外のプロ選手も招いての試合だということで俺も応募してみたが外れた。

 ていうかあいつも買収かよ。


――ん、待てよ?


「……なら俺は完全にタダ働きじゃないか」

「お前は自主的にこの会場に来てただろ。それに、前料金は払ったって言ってたぞ」

「いや、もらってないぞ」

「シルビアとプールに行ったんだろ? 拝観料だと」


 割に合わないとはこのことだ。

 働きにはそれに見合った報酬が必要だ。パット入れても周りと比較してかわいそうとすら思えてきたくらいだったのに。


 げんなりしながらコスプレ広場まで歩いていくとそこには人だかりができていた。

 しかも女性カメラマンが多い。大桐の話ではあそこの中心に2人はいるらしい。


「痴漢じゃありませんよー」とアピールのつもりで手を挙げながら、迷惑そうにしている女性カメラマンたちの間を潜り抜けようやく中心に出た。


 その中でシャッターを浴び、ポーズを決めている人が目に入った。

 さっき写真で見せてもらった通りの美少年――シルビアがいる。


 シルビアが俺を見つけるとカウントをとる。

 だが0になると同時に周囲を囲んでいた人たちははけてはいかなかった。 


 きゃあきゃあと女性たちに声をかけられながらシルビアが俺のところまで歩いてくる。近くで見ると本当にすごいな。二次元から出てきた美少年が目の前にいるみたいだ。


「お疲れ様です。では手伝いをお願いします」

「展開が早い!」


 着いたとたんにすぐに次の仕事を押し付ける後輩に俺は頭を抱えた。


「透は?」

「あそこでお嬢様と話してます」


 シルビアが指さす方向を見れば確かに休憩している透とカレンが視界に入った。会場の隅で何やら楽しそうに執事服の透とカレンは話をしているみたいだった。


「ゴリ、大桐先輩はとっとと買い物に行って下さい」

「え、今帰ってきたばっかりで飯もまだ……」


 反論するがシルビアに逆らうことはできず結局、再度パシリに向かわされた。この力関係は一生変わらないんだろうな。今、ゴリラって言いかけたし。

 シルビアは一度、カレンのほうを向いてからか再度、俺の方を向いて尋ねる。


「……二人の関係が気になりますか?」

「どんな話をしているかは気になるな」


 透の話はサッカーの話が多いし、サッカー漫画以外の漫画とかもあまり読まなかったはずだ。

 あの二人の話が合う内容とはいったい何だろうか。

 シルビアは片付けがあるということでこの場から離れる。その間に俺は透たちのもとへ向かう。


「歩は意外に抜けてるところがあってさ。修学旅行の時も」


 何の話をしているかと思えばよりによって俺の話題か。

 カレンも楽しそうに話を聞いている。


「あ、センセ」


 俺の存在に気が付き満面の笑みで俺を迎える。いったいどんな話を聞かされていたのか。


「変なこと話してないだろうな」

「僕たちのありふれた高校生活の話だよ」

「例えば?」

「歩の名言集とか失敗談を」

「おい」


 やっぱりロクな話じゃなかった。しかも一番恥ずかしいパターンだ。


「でも、彼女の高校の話を聞いていると僕たちのころとは時代が違うね」

「それは感じるな」


 なにせ教師が執事のコスプレしてたりする時代ですからね。


 お互い教師をやっているからか生徒たちとの間にカルチャーギャップを感じることも少なくないので、この辺の苦労は共通認識だ。


「そういえばなんで歩はここにいるの?」

「シルビアの手伝い」

「やれやれ、後輩にパシリに使われるとか恥ずしいなぁ」

「透、ブーメランって知ってる?」


 後輩にコスプレ強要される先輩よりかはマシだろう。

 話をしているとコスプレを終えたシルビアが戻ってきた。


「おまたせしました。私のブースへ向かいます。お嬢様はどうされますか?」


 すでにカレンには完売し、みんな集合時間まで自由行動をしていることを伝えてある。みんなはグループ行動をしているが、カレンの体格だとこの広い会場の中で見つけることは難しいだろう。そのことを見越してシルビアは尋ねた。


「一緒に行きます!」


 ということで一緒にシルビアのブースへと向かうことになった。


 シルビアのブースに行くとかなりの長蛇の列ができていたことに驚いた。

 ほかのサークルの前にも行列ができそうになっている。これ全部、シルビアの描いた本が目当ての人たちなのか。


 シルビアがブースに座ると握手を求める人などが多数いた。


 だが、それ以上に何人かが俺と透をみて、はっと何かに気が付いたような顔をするのだ。

 コスプレしている透ならいざ知らず、俺は普段着で別に変に思われるような恰好はしていないのはずだ。一体なぜだろうか。


「先輩、ぼーっとしてないでそのダンボールをこちらに運んできてください」

「ああ。すまんすまん」


 惚けていたのをシルビアに咎められ、重量のある段ボールを机の上にまで運ぶ。

 取り出しやすいようにカッターでテープを切り、中身を取り出す。やはりシルビアの本は店長と同じ類のものだった。


 ―――…………ん?


 テーブルの上に並べられている同人誌の表紙を見て思わず手に取り眺めてしまう。

 決して、たまちゃんが言っていたようなタツヤでガン見するような男子になったわけではない。


 表紙には裸Yシャツの男たちが濃密に絡まりあう絵が描かれていた。


 普段なら目を背けて知らないふりをするのだが、この表紙の男二人にどことなく既視感を覚えたのだ。

 本のタイトルに注目すると――





 ガチコイ!!! ~~カケルとトオルの秘密のフットサルサークル~~




 ……………一冊を手に取り恐る恐るページを捲っていくと、俺は恐るべき可能性が脳裏に浮かんでしまった。


「し、シルビア……ちょっといいか」


 シルビアを見据える。

 声が震えるのを抑えられない。

 逃げちゃダメだ、これは確かめなくてはならないことだ。そうすればさっきまで感じている視線の正体も理解できる。


「……なんですか」

「この本のキャラの名前って……「偶然とはよくあることです」」


 全部言い切る前に答えを言いやがった!! もう確信犯だ!!


「おい! これって俺と透がモデルだろ!!!」

「ええっ!?」


 俺の発言に驚いた透が慌てて俺の手の中にある本をのぞき込む。

 俺と透の物理的な距離が縮まったことに周囲から黄色い悲鳴が聞こえてきた。俺に向けられていた視線の正体はこれか!! トオルにいたっては名前そのまんまだし。


 内容を改めるべく透は肌色の多いページをめくっていく。俺も横目でそれを見る。


 絵はうまいがそんなことより――


「おい、大桐らしきキャラに×××されてるぞ!」

「ああ! トオルがカケルに拘束されて×××されてる!」

「この女装男子って百瀬じゃないか!? うわ、大桐に襲われた!」

「このキャラだって、どっかで見たことが……こっちには社会人編なんてものもある!」

「俺が男子生徒に迫ってる! この日焼けサッカー少年ってもしかして藤堂のことか!?」


 そのあともページをめくれば俺たちの痴態がもう出るわ出るわ。

 しかも、俺の既視感にある人物ばかりだった。


「「シルビアあぁぁあああああ!!!!!!」」


 恐るべきことにこの話はシリーズ化されている。

 ナンバリングを確認してみると今回で発売されるのが驚愕すべきことに8冊目!!


「なんだこれ!?」 


 カケルがトオルに×××しているシーンを突き付けてやる。


「やめて下さい。セクハラですよ」

「現状どころか、紙面でもセクハラされてるのは俺なんだけど!」


 頬を赤らめてページから目をそらす。

 何その反応! お前そんな純情キャラじゃないだろ! つか、お前が描いた作品だし!


「これはfictionです」

「発音よく言ってもだめだ。この中には身に覚えのある話もあるんだが!?」


 身に覚えのある話とは断じて、×××しているところではない。

 何気ない日常会話とか風景とかどこかで見たことのある光景なんだよ。

 行列を作っているシルビアのファンそっちのけで俺と透はシルビアに詰め寄る。そしてとうとう観念したかのように大きなため息をついた。


「普段からそんな妄想はかどるような距離感なのがいけないんですよ」

「認めたな! 認めたぞこいつ!」

「うるさい先輩たちですね。本当はもっとひどいことをしてもいいんですよ」

「それは、紙面上でっていうことだよね!?」


 俺たちが横でギャーギャー言っていてもシルビアはどこ吹く風、柳のごとく受け流す。


「というよりカレン! このこと知っていただろ!」

「し、知りません!」


 嘘つけ! こんなのが身近にいて知らないわけがないだろ! 

 それに藤堂のこととかカレンから情報が流れた可能性が高い。


 だが、それ以上追及する事は叶わなかった。

 しびれを切らしたシルビアのファンたちの声によって営業は再開された。


 途中に「写真いいですか?」「二人の仲を応援しています!」などといわれた。 その中にうちの生徒が数人紛れていたことも冗談だと思いたい。

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