第63話 勉強合宿 二日目
学力強化合宿 2日目――
今日も丸一日、生徒たちは勉強を頑張ってもらわなければならない。
昨日は夜遅くまでホテルで騒いでいる生徒もいれば、部屋の窓の外からは夜中に星の見える高原へと足を運ぶ生徒もいた。男女二人で行くということはこの合宿中に仲が深まった生徒もいるのだろう。
恋人と普段とは違う環境で過ごしたいという気持ちもわからなくもない。しかし、昨日は残念なことに雨が降った。なんともかわいそうなことだ。
雨は降ったが今日のBBQには支障をきたさない程度らしく、場所は変更せず河原で行うそうだ。一般客もいるので呼びかけも必要だろう。
生徒たちは喜び、昼食を心待ちにしてくれているようだ。
俺は午前中の授業は受け持つことはなく、これから準備へと駆り出される。
今日は肉体労働が主となってくるので仕事着ではなく、動きやすさ重視なジーンズにTシャツという格好だ。ほかの先生方もジャージを着ている。
生徒数も多いので多くの機材を準備する必要がある。
食材の準備はホテルの人たちが毎年引き受けてくれているので後で取りに行く手筈になっている。
「ごちそうさまでした」
食後のあいさつを終えて、会場を離れた。
外に出ると昨日の湿気が残っておりいつもと違った蒸し暑さがあった。それでも、街にいるより幾分か涼しい。
「……なんで僕がこんなことを」
みんなが額に汗を流しながら準備をしている中で、不貞腐れているのは小杉先生だ。見るからに肉体労働とか苦手そうですものね。でも仕方ないです、BBQの準備に立候補したのあなたですよ。残念なことに水沢先生も今回の合宿は不参加ですしね。なんでも、友達と旅行にいくのだとか。その日に有給が取れたと夏休み前に嬉しそうに話していた。彼女が合宿の来ないと小杉先生が知ったのは合宿当日ですしね。
「よし、さっさと準備してうまいビールでも飲もうか」
「え、ビールあるんですか?」
「ノンアルコールならな」
「なんだぁ……」
「当たり前だ」
談笑しながら肉体労働の先生方に付き添い、BBQ会場のある河原へと歩いて行った。
昨日、雨が降ったからか多少流れは急だが、水位はそこまでない。もともと遊泳は禁止となっている。生徒たちには川に遊びに行かないように注意しておかなかければならない。
BBQの準備へと移る。
機材を運んだり、組み立てなどを行っていく。
「おお! 高城先生、随分と手際がいいですな」
「大学の時にはよくサークル仲間と来てたんですよ」
もう2年以上前になるけど、意外に覚えているもんだな。しばらくアウトドアから離れていたけれど、またみんなと行ってもいいかもな。
「ははは、若いといいですなぁ」
「あ、その機材はこちらにお願いします」
大学時代の経験が役に立てるのならお安い御用だ。
だが、いつの間にか俺が指示を出すことになっていた。指示を出すといっても尋ねられたことにこたえるだけだ。
「ひゃあ! む、虫が!」
「ちょっと小杉先生! 手を離したら……」
この仕事は本来は小杉先生がやるはずだった。
小杉先生は虫に驚いて機材の手を放してしまうと機材は大きな音を立てて崩れる。
「……小さな虫くらいで騒がないでください。河原ですよ、それくらいいます」
「ぼ、僕がこんなことするなんて聞いてない! こんなこと人生にも必要ありませんから!」
失敗した恥ずかしさをごまかそうとしているのか大きな声が俺たちのもとにまで届いてくる。授業もそれくらい声張ればいいのに。それに勉強する必要性を訴えるダメ学生みたいなこと言わないで下さいよ。現に今、困ってるじゃないですか。
「あー……ならいいです。ホテルのほうへ戻って下さい」
あきれたように相方の先生はつぶやき、ホテルへと小杉先生を追い返した。
多分、相手をするのが疲れたんだろうな。小杉先生ずっと文句言っていたし。小声だろうがすぐ隣にいれば聞こえる。
ホテルに戻ってもいいと聞くと、言外に役立たずといわれたのかと思い顔を赤くしながら小杉先生はホテルへと戻っていった。あ、河原の石につまずいてこけた。
「すいませんが高城先生、こちらもお願いしていいですか?」
「ええ、すぐに行きます!」
BBQってこういう準備作業を楽しむのも一つの醍醐味なんだけれどな。それは小杉先生にはわからないようだ。
……
………
…………
昼食までには準備を終えて後は火を起こすだけとなった。食材も届き、後は生徒たちを待つだけだ。その間の小休止だ。
「高城先生。お疲れ様です。よろしかったら、飲み物いかがですか?」
「ありがとうございます」
俺と同じく2年生の授業を受け持っている先生が飲み物を差し出してくれる。
袋の中からよく冷えた炭酸飲料を取り出して、のどへと流し込む。汗もかいたからか、無茶苦茶うまい。
「あー、うまいです」
「高城先生がいて助かりましたよ。何とか準備が間に合いました」
「いえ、遊んでいた時の知識が役に立つといわれると、恥ずかしいです」
「いいんですよ。ここだけの話、勉強合宿って生徒に夏休みの思い出を作ってほしいからということで企画されたものですから、せっかくの夏休み、引きこもって勉強しているだけの子もいるでしょう?」
あーだから昨日、夜間外出や消灯時間が過ぎても誰も注意しなかったわけだ。
聞けば保護者の同意も得ているらしい。ホテル自体もフロア貸切っているから一般客にも迷惑も掛からない。
「あ、でもこれは生徒には内緒でお願いします」
「勉強は頑張っている生徒も多くいますし、いい企画だと思います」
「そうですね。あ、そういえば沢詩なんてものすごく勉強頑張っているみたいですね。合宿でも勉強している姿を見かけましたよ。1年前なんて下から数えたほうが早いくらいの成績だったのに」
「行きたい大学が見つかって頑張ってるんですよ。応援してあげてください」
観月の頑張りを認めてくれている先生が増えてきている。観月に対する印象も徐々に変わりつつあるらしい。
そのまま残りのジュースを一気に流し込み、立ち上がる。
「もうそろそろ、火をおこしましょう。数が多いので大変です」
もうひと踏ん張りだと、自分を奮起させ残りの作業を再開する。
◆
観月
あー、疲れた……。
ぐっと背伸びをすると体の筋肉がピーンと伸びて少しずつほぐれているのがわかる。うん、またちょっと勉強が進んだ。
進んだノートを見ると自分の成果が見れるようでちょっと気分がいい。あーもしかしたら勉強が少し好きになってきかもー……って、ないな。
勉強がわかるようになってきたことはうれしいけれど、やっぱり楽しいまではいかないな。そんなに都合よくなるわけがない。
涼香はちょっと物足りないっていうくらいがその日のやめ時だっていうけれど。まだまだ足りないと思えてくるところばかりだ。多分、それが今のアタシの原動力にもなっている。授業が分かるようになれば面白いって感じられるようになるかな。
今日の昼食はBBQだっていうことだし、そういうイベントがあるなら合宿が始まる前に行ってくれてばいいのに。
「なら、移動しましょうか。男性の先生方が準備をしてくれて待ってくれています。一般の方も見えるので迷惑にならないように」
向島先生がそう言うと、全員がうれしそうにBBQが行われる河原へと歩みを進めた。
河原の開けた場所にでると、そこには屋根付きのBBQ会場には、たくさんのコンロや飲み物。やっぱり人数が多いだけあって今までにアタシが経験したことがないくらいの規模だ。
「お疲れ様。今日は好きなだけ食べていいぞ」
先生がそう言うと、それぞれ仲のいい友達と一緒に座りBBQを始める。その中に先生たちも交じる。
アタシたちの席には歩ちゃんが座る。
とことん、アタシたちとは縁があるみたいだ。
◆
「はい、これ焼けたよ」
「お、さんきゅ」
俺たちのコンロを仕切っているのは観月だ。
席に着くなり、ごく当たり前に自然にトング持った。家庭スキルは高いし、もともと面倒見のいいことがあってか、持っているトングを手放そうとすらしない。
適度に焦げ目のついたアツアツの肉をタレで冷ますと同時に味をつけ、一口で食べる。肉の脂と甘辛いタレが絶妙にマッチして口の中に広がっていく。
いやー、やっぱり肉はいいわ。
自分で肉をとろうかと網に手を伸ばすと
――バシン!!
「野菜も食べなさい!」
肉をとろうとした俺の手がはたかれる。
おい、こいつ教師を叩いたぞ。
俺の意思に関係なく、皿の上に置かれる野菜。そして、その光景を見ている生徒たち。
「せ、センセの手をはたきました!」
「つ、付け入るスキがないね」
「でも、おいしいよね」
「肉が焦げないように全面的な配慮もしてくれてるし。さすが料理部、手際がいい」
「…………」
同じテーブルに座っている子たちが仕切る観月をみて驚く。
だよなー。俺だってこんな仕切り屋の一面があるなんて初めて知った。鍋とかうるさそうだ。
でも、料理とかする時は楽しそうに生き生きとしてるんだよな。
楽しそうなだけじゃなくて真剣でまっすぐだ。料理人という夢を追い続けるために今も頑張っているんだ。応援しないわけにはいかない。
「はい、これ焼けたよ! あ、飲み物も空だけど何か飲む?」
「なら、コーラ」
「ほかに欲しい人いる?」
給仕してくれるのはありがたいし、特に迷惑ではないので観月の好きなようにさせる。楽しそうにしている観月を見ていると――。
「……なんか、先生ばっか贔屓してね?」
仏田が機嫌悪そうに観月を見て言う。
そういえば彼もここにいたんだったな。BBQが始まってもずっと黙っていたからわからなかった。
だが、楽しい雰囲気に水を差すような口調はここにいる全員に聞こえた。
「……別に、そんなことないし」
観月もケンカを売るような仏田の口調に対して少しムッとしたように答える。
別に贔屓などしてないと思うが、ほかの子たちも俺と似たようなことを思ったのか首をかしげている。
みんなが訳が分からないという風に仏田を見ると、仏田も焦ったのかすこしどもりながら話を続ける。
「じゃ、じゃあ、この肉のサイズは何だよ。明らかに先生のほうが大きいじゃねえか!」
「はぁ? 食べたかったら自分で取りなよ。大体、一番離れているあんたの分もなんでアタシが毎回よそわなきゃいけないわけ?」
「先生に対して特別扱いしてるほうが問題があるって言ってるんだよ!」
「一応、目上の人なんだから気を配るのは当然だと思うけれど」
一応ね。一応教師ですからね。
ほかのテーブルを見ると似たように先生にお茶を注いだりしている生徒が見られる。別に強制しているわけじゃない。ただ気の利く子はそうしているだけということ。小杉先生のところなんて見てみろ、誰も相手にしてないぞ。
観月はあきれたように仏田を見る。仏田……ジェラシーはわかるがムキになりすぎだ。
観月はもう相手にしないという風で食事を再開する。
観月は本気で怒ると途端に何もしゃべらなくなり無視をしだす。
相手にされなくなるというのは人間、結構きつい。徹底的に無視されるということは、そこにいないのと同義なのだから。陽太もこれによく泣かされ困ったときよく俺に泣きついてくる。姉弟げんかの場合はたいてい年上である観月から折れるのだが、今回はそんな気配はない。
観月を見て自分の存在が無視される錯覚を抱いたんだろう、関心を引くために仏田はさらに煽る。
「はっ、そんなに担任に媚び売って成績上げたいのかよ」
その言葉を聞くと観月の顔が手に持っていた箸を落とした。ほかの子たちもその言葉を聞いて驚いている。
仏田は軽口でそんな言葉を口にした様子だが、一度発してしまった言葉はどんな場面であっても絶対になかったことにはならない。言葉というものは一生心に残る。いい意味でも悪い意味でも。
観月は仏田の言葉を聞くや否や席を立って駆け出して行ってしまう。ホテルのほうじゃない。川の上流にある林へとだ。
観月にとっては成績のことはカンニングの冤罪の件もあって触れてほしくない点だ。それも努力を否定するような発言を聞いて冷静でいられるわけがない。
「観月っ!」
涼香さんが呼び止めるが聞こえないのか、聞かないようにしているのか止まる様子はなかった。
「なんだよ、いつもこれくらいの軽口……」
仏田はあれが軽口で済む範疇だと思っているようだ。
「どこが軽口だっ! お前は少し物事を考えてから言葉にしろ!」
俺の中の苛立ちを半ば八つ当たりのように口にして、俺はすぐに観月の後を追った。
俺についてきたほかの先生方や数人の男子生徒も探してくれるということで林の中へ入った。
すぐに林の中に入ったが樹木が邪魔で観月の姿はすぐには見つからなかった。
どこにいるんだ。
林から抜けて俺は川沿いを歩いていた。スマホを取り出し、観月に連絡を取ろうとする。
観月の番号を知っているのはいろいろな事情があるからだ。
もちろん、不必要な要件は送らないようにと伝えてある。使っていたのは中学時代の家庭教師の日程を伝える時くらいだった。こうやって俺から連絡を取るのは久しぶりだ。
林の中でも電波は届いているからかつながるみたいだ。あとは観月が電波の届く範囲にいてくれることを願うだけだ。
◆
観月
『そんなに担任に媚び売って成績上げたいのかよっ!!』
「……サイッテー」
アタシはちょっと高めの岩場から下に流れる川を見ていた。水面に映る自分の顔を見る。
まさかそんな風にみられているとは思わなかった。アタシのすること全部、点数稼ぎに思われちゃうのかな。
勢いあまってこんなところにまで来ちゃったけど、川をたどっていけば元の場所に戻れる。
――絶対、空気悪くしちゃった。仏田のバカのせいだ!
せっかく楽しい時間だったのに、どうやって戻ろうか。
そんなことを考えていると、そこから動き気にもなれなかった。
――戻らないと心配するよね。
立ち上がろうと思ったその時だった。
アタシのスマホがポケットの中で振動する。画面を見てみると歩ちゃんからの着信だった。中学の時は歩ちゃんからの連絡があるたびに一喜一憂してたくらいだ。高校生になった今でもそれは変わらない。
――探してくれてたんだ。
ごめんと思いつつも探してくれてることをうれしく思う。電話に出ようとした時だった。
「観月!」
アタシの名前を呼ぶ声が聞こえた。
けれど、それはアタシが望んだ人の声じゃなかった。
アタシは慌ててスマホを手で隠した。
◆
「おーい、観月。変だな……」
電話はつながったみたいだが向こうからの返事は一切聞こえない。どうやら着信ボタンだけ押したみたいだ。
『なによ、仏田』
『お前を探しに来たんだよ』
――げ、仏田。お前も探しに来てたのかよ。
よりにもよって観月を見つけたのは事の発端である仏田だった。
電話越しでもわかるが観月の声は不機嫌さを隠そうともしていない。
先ほどと同じようなことが起きないようにと願いたい。盗聴のようであまりいい気分はしないが、探しながら電話越しに話を聞いてみることにした。
『やっと見つけたぜ』
『別にあんたに見つけてほしくはなかったし』
『いや、俺のせいでいなくなったんだから俺が見つけないとって思ってさ』
この場合、下手をしたら余計に話がこじれる気がすると思うのは俺だけだろうか。
『みんな待ってるから戻ろうぜ』
『どの口がそんなこと言うの? さっきのことなかったことにしろって言ってるの?』
おい、まずは謝罪からだろうが仏田のやつ自分が原因だってこと忘れてないか。
『あんなの冗談に決まってるじゃんか。な、許してくれよ』
謝罪の念が全く感じられない。いくら友人でもそれはやっちゃいけないことだ。
『言っていい冗談と悪い冗談があるよ。アタシが歩ちゃんに媚び売ってるって?』
『し、仕方ないだろ! お前が高城ばかりに構うんだから!』
『だから、あれくらいはただの気配りの範疇だって!』
『俺にはそう見えなかったんだよ!』
うわ、また喧嘩みたいになってきた。早く見つけないと。
『それでも、アンタには関係ないじゃん!』
『か、関係あるよ!』
『何でよ!』
『お前のことが好きだからだよ! 好きな人がほかの男に構っていて面白いわけないだろ!』
電話越しに聞こえる仏田の告白。
このタイミングで告白するのか。
仏田の声色からは本気な様子がうかがえた。
一瞬の静寂の後、どう応えるのかと観月を返事に耳を傾ける。
『バチンッ!!』
耳元で衝撃音が聞こえてくる。どうやらスマホを持った手が何かにぶつかったみたいだ。
おいおい、何やってるんだよ。
俺の中で警鐘が鳴り響く、一刻も早く見つけないと。
『な、に……』
『ふざけないでよ!!』
『俺はふざけてなんて! 俺は本当にお前が』
『あんた球技大会の時にアタシに告ったよね!』
『あ、あの時はダチとの約束で』
『罰ゲームで告ったんでしょ! 知ってるわよ! バッカみたい!』
『なら……あの時のは冗談みたいなものだってわかるだろ!!』
『そうよね!! お試し告白だもんね! アタシだったら運が良ければ付き合えると思った? ありえないから!! そんな奴、絶対お断り!』
そういうとそのあとにもう一度衝撃音が聞こえてきた。
もしかしてこれって、仏田を叩く音か?
『アタシは絶対に冗談で恋愛したりしない!! 今まで付き合って人もいないし、ずっと好きな人がいるの! その人以外に好きになったことなんてない! ましてやあんなふざけた事をしたあんたなんかともう会話だってしたくない!!』
決定的だな。
観月と仏田は以前の関係どころか、修復不可能なほどに関係が破綻したといってもいい。それ以前に仏田は最初から相手にすらされていなかったんだ。
――ていうか、観月……好きな人がいるのか。
それも、「ずっと」ということは結構長い片思いなのか。
その事実に俺はわずかながら驚く。
『ほかのやつにも、もう二度とアタシにふざけたこと口にしないでって言っておいて! こっちから全部お断りだって!』
その言葉を最後に観月は何も言わなくなる。
仏田は観月の言葉を聞いている間何も言わなかった。言えなかったというほうが正しいか。
『……ざけるなよ』
だが、唸るような仏田の声が聞こえてきた。
やばいぞ、この感じ。
『……』
『ふざけんなよっ! 俺はお前が中学ンときに遊び歩いてたって知ってんだよ。付き合っていなくても今でも何人もオトモダチがいるんだろ!? ヤッてんだろ!?』
『……』
『それでも、俺はお前を好きになったんだ! なってやったんだ! それを、ずっと好きな人がいる? なんだよそれ! 今更だろ! 純情ぶってんじゃねえよ!』
逆ギレし詰め寄ってくる観月は何も言わない。
だが、謂れのないことで観月が傷ついているのは明白だ。
――どこだ、どこにいる!?
『なんとか言えよ!』
「……ぇよ!!」
今一瞬だけだが、仏田の声が聞こえた。この近くにいるのか?
声のする方へ向かうと――いた。俺のいる位置より上流の岩場の上に観月と仏田の姿を少し見上げる形で見つけた。
仏田は乱暴に観月の肩につかみかかり振り向かせようにするが、観月はそれに抵抗する。仏田の手を振り払うがもう一度つかみかかる、それを観月がよけようとする。だが、
「観月!!」
だが、俺が叫ぶと同時に観月の身体が大きく傾いた。
あそこは岩場、その下のあるのは当然――川だ。
川へと転落する観月。
昨日の雨の影響で結構な水位も流れもある。
そんな川に落ちたらどうなるか。
大きなものが水に落ちる音が聞こえた。落ちる瞬間を見てしまったのだ。
考えるまでもなく、俺は観月の落ちた川へと飛び込んだ。
飛び込んだ川は昨日の雨のせいか結構な深さがあった。流れも速い。先に落ちた観月は下流側にいた俺をあっという間に追い越していった。
川の中で必死に顔を上げて息をしようとしている観月。
観月は泳げないことはない。
だが、俺のように意図的に飛び込んだのではないから、水中に落ちた時パニック状態に陥ったことでうまく動かすことができないようだ。なんとか空気を吸おうと必死にもがき動く。
観月が沈みかけるぎりぎりの瞬間に何とか観月を捕まえ顔を挙げさせる。
手をつかみ引き寄せるが、観月の反応は弱々しいものだった。
――とにかく浅瀬へ!
このまま流されれば観月の命が危ない。
視線の先に目の前に大きな岩が見えてきた。
俺は観月を抱えながら足を前に伸ばし、衝突を避け左側によける。
さらに、運がいいことに岩場にぶつかったおかげか流される方向が変わり、徐々に流れの緩やかな浅瀬へと流されている。俺たちがBBQしていた場所とは反対側の側だ。
足がつく場所にまで来ると観月を抱えながら岸へと向かう。
服が水を吸って信じられないほど重くなっている。いつもより、薄着でよかった。仕事着だったら俺もやばかった。
岸に上がると観月を横たわらせ声をかける。
「おい! 観月、しっかりしろ!」
冷たくなっている観月の肩を揺らした。だが返事は返ってこなかった。
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