第58話 イン ザ プール

 夏休み最初の土曜日。


 俺は重い瞼をこすりながら、バスに揺られていた。

 心地いいバスの揺れが眠気を誘う。

 駅から目的地である”ザブーンプール”までは直通のバスが出ているので全員でそれに乗って行こうということになっていた。車で行ける距離ではあるが交通状況や駐車状況を考えて今回はバスでの移動が一番楽だった。


 バスの中は親子や恋人、友人同士といろいろな人たちがいて、それぞれ楽しみにしているようだった。この中に静蘭の生徒がいないことにすこしほっとする。


 一番後ろの席では歩波たちがはしゃぐ声が聞こえてくる。


 俺はプールへ行けることにテンションが上がった妹に朝5時にたたき起こされた。集合時間は9時なので移動や準備時間を考えてもまだ2時間は寝ていられた。眠気もありあくびがこみあげてくる。


 30分もバスに揺られていたら目的地にたどり着いた。


「でかいなぁ」


 施設の規模を紙面でしか知らなかった俺はその大きさにやや驚く。当然、他の人たちのテンションも挙がっている。

 プール施設の周りには遊園地やホテルなどがあり、宿泊客からもプールへ向かい歩き出していた。


 入場受付で学園でもらった招待券を今日限り有効なパスへと交換する。パスはゴムで作られたブレスレット型になっており、簡単には外れないような作りになっていた。


 俺がパスをそれぞれに渡していき、最後にシルビアにパスを渡す。

 他の子と違って今日も無表情だ。だが、今日はまだ毒舌を聞いていない。こういう時はすこぶる機嫌がいい時なので今もそうなんだろう。


 そう、俺が誘ったのはシルビアだった。

 なぜシルビアを誘ったのかというと。カレンの身内ということで保護者という役割を果たしてくれるからだ。さすがに歩波がいるとはいえ、周りの女の子たちしかも未成年ばかりというのは俺の立場的にかなり危うい。


「本日はお誘い頂きありがとうございます。高城先輩」

「むしろ来てくれて助かった」

「しかし、私が高城先輩のハーレムのお邪魔してもよかったのでしょうか」

「冗談でもそんなこと言わないでくれないかなっ!?」


 ほら、周りの人の視線が痛い。

 対価として歩波のサインもくれてやる約束だろうっ! 

 何でもシルビアが今プレイしているスマホゲームのキャラの声を当てているのが歩波らしい。カレンから歩波の事を聞いたシルビアは直ぐに喰い付いた。


「では、私たちは着替えてきますので」


 シルビアは俺を残して逃げていく、歩波たちを引き連れて女性更衣室へと向かっていった。俺は1人で男性更衣室へと向かった。


 ……

 ………

 …………


 男性の着替えというのは脱いで履くだけなので、素早く着替えを済ませることができる。手早く着替えて、持ってきたシートを南国を思わせる観葉植物の下に敷き、場所を確保する。


 ドーム外には海を模した砂浜のある波の出る夏季限定の広大なプールがあり、海に来たような雰囲気になる。他にも岩山の近くにある数多くのウォータースライダーからは女性の楽しそうな甲高い声が響いている。他にも水着のまま入れる温泉まであるみたいだ。


 外より、ドームの中の方が涼しいし、日差しも遮れるだろう。周りを見れば似たような考えの人が多くいた。子供たちのはしゃぐ声、涼やかな水音が聞こえる。。


 まだ夏休みも始まったばかりだからか、そこまで人も多くはない。ニュースでよくやっているような大混雑の時期を外せたのは良かったかもしれない。


 シートに転がりガラス張りの天井を見上げると、眩しく強い日差しが視覚や肌を刺激する。今日はまさに絶好のプール日和だ。


「遅いな……」


 女性の着替えは買い物と同様に時間がかかる。

 ましてやスペースの限られた更衣室なら尚更かと思い、人数分の飲み物でも確保しておこうかと更衣室近くの自販機の前に着た時だった。


「ねえ、彼女ら1人~」


 何とも軽薄な男の声が聞こえてきた。

「ら」って言っている段階で1人じゃないだろ。


「よかったら俺たちと遊ばない?」


 ――ナンパか………


 男たちは4人で20歳くらいか。

 日焼けした肌に髪をブリーチした男らが軽薄な口調で女性らに声をかけている。


「すいませ~ん、彼氏ときてるんでー」


 残念、脈なしだったようだ。

 男たちを牽制するために女性たちは平然と嘘をついた。


 なぜ彼氏ときていないのが分かるかって?


 そんなの簡単だ。

 声をかけられているのが歩波たちだからだ。


「ならさー、証拠見せてよ証拠。その彼氏はどこにいるのかなぁ」

「絶対、俺たちといた方が楽しいって。俺ら自信あるよ~」

「最悪、彼氏も一緒でいーからさ」


 断られてもまだまだ諦める様子はないようだった。

 シルビアに対処を任せようかと思っていたが姿が見当たらない。


 仕方なしに俺が出ていく。


 ナンパ男の1人にドンとさりげなくぶつかる。二度と接触がないように多少、乱暴に行こう。


「いってぇ!」


 ぶつかったが大きく男はよろける、ぶつかったのはわざとだが随分と大げさだ。


「おまっ、え……」

「あぁ、ゴメンね。どいてくれる? その子ら俺の知り合いだから」


 とりあえずやや声を低めに、威嚇するように声をかける。そのかいがあったのか男は怯えて少したじろぐ。


「歩ちゃん!」

「お兄ちゃん!」


 その隙に観月、歩波が俺の方へと寄ってきてギュッと腕を握る。


 ちょ、観月、そんな露出度で俺に密着するな! 彼氏アピールだとしてもそれはやりすぎだ! 歩波も面白そうだから~みたいな感じでこっちに寄ってくるな! それと、カレンと涼香さん、そんな光の消えた目で俺を見ないで、夕葵さんも頬を引くつかせなくていいから。


 そんな動揺を表に出すわけにはいかずにそのまま相手を見据える。


「ちっ……ホントに男いんのかよ」

「いこうぜ」


 気張った功があったのか目の前の現実を知ってようやく男たちは去って行った。


「いやあ、やっぱりおにいが来てくれて正解だったね」


 全くだ。早速これとか先が思いやられる。


「っておい! なんでビキニ着てるんだよ!」


 禁止したよな俺!

 歩波が着ているのはシンプルな黄色のビキニだった。

 俺が了承した水着は結局選ばなかったんだな。どうりで昨日買った水着を今日、こそこそとバッグの中に入れたはずだ。


「兄やんがいいって言ったのと大して変わんないじゃん」


 あれならフリルがあって胸の形をさり気なく誤魔化してくれるからだ。

 言うことを聞かない妹に頭を抱えていると………。


「私より、後ろの子たちに何か言うことはないの?」


 誤魔化したな。

 話題をふられた観月たちの方を振り返ると艶やかな姿の4人の生徒たちが俺の視界に入ってきた。


「…………」


 正直に言えば一瞬この子たちに見とれてしまった。


「で、で、どう!? 歩ちゃん!」

「似合ってますか?」

「ちょっと夕葵なんで一人だけパーカー着てるの」

「ひ、日差しが強いからだ」

「シルビアさんに日焼け止め塗ってもらったでしょ」


 観月はネイビーのバンドゥタイプの水着でスカート部分が花柄デザインだ。華やかな印象を出して良く似合ってる。スク水じゃなくて本当によかったよ。いや本当に。


 カレンは腰の部分のスカートにレースのフリルが付いたカラフルな水着だ。派手な水着だがスカートのフリルがまた彼女の上品さを出していた。


 涼香さんは腰にパレオを巻いた白いワンピースがビキニになっていた。さらに言えば、パレオ透けて、水着のパンツ部分がみえる。それが色っぽい。


 夕葵さんは水着のパーカーを着ているのだが、長く綺麗な足がいつもより隠れずに外に出ている。


 観月が感想を求めているがほかの子達もどこか俺を窺うような視線を向ける。恥らいながらどこか期待するようなそんな視線。女性のファッションに感想を言うのは礼儀みたいなものか。


「……よく似合ってるよ」


 だから俺は正直に答えた。

 俺がそう言うとそれぞれが嬉しそうにはにかむ。なんかものすごくこっちが恥ずかしい。


「シルビアは?」


 とっさにシルビアについて尋ねて話題を逸らす。


「準備があるから遅れるそうです」


 ――準備? ああ、偽装パットとかかな。そうだよな、あのスタイル貧乳がここで晒されるのはかわいそ……


「ってぇ!!」


 そう思った瞬間に、500mlペットボトルが俺の後頭部を直撃した。ジュースの中身が入っている物だからめちゃくちゃ痛い。


 振り返るとなんとなく予想はしていたが投球モーションを終えたシルビアがいた。


「なにするんだっ!」

「今、不謹慎なことを考えていたようだったので」


 確かに考えたけれど。お前、エスパー?


 シルビアはミントグリーンを基調にヤシの葉の柄をあしらったビキニを着ている。

 恥ずかしがる様子は丸でなく実に堂々と歩いてこちらを向かってきた。シンプルだが、彼女の魅力を引き立てている。それに、やはり胸部は無理しすぎない程度に盛ってらっしゃる。


――言ったら殺されるから絶対言わないけど……多分、観月以下だ。つまりこの中で一番可哀そうだ。


「すいません、日焼け止めを塗っていたら遅くなってしまいまして」


 はいダウトー。おまわりさんコイツ盛ってます。


「ああ、それなら仕方がない」


 さっきの話から自分だけじゃなくてほかの子達のも塗ってあげていたのは事実だろう。そして、自分は日焼け止めと胸を盛ったと。


「それにしても、実に素晴らしい光景ですね」

「…………」


 俺とシルビアの目の前に広がるのは、水着を互いに見せ合い戯れる少女たち。素晴らしい光景というのは同意したいが、声に出して同意はできない。


「どうです? ムラッときませんか?」

「はいはい」

「襲ってはダメですよ」

「襲わねえよ!」


 だからそう言う冗談やめろ!

 大体、あの子たちは教え子。歩波と同い年だ。俺からすればまだまだ子供だから。


「子ども相手にそんな――」

「ほら、夕葵もそんなの脱いで!」

「ま、待ってくれっ!」


 夕葵さんの静止は残念ながら叶わなかった。

 観月と涼香さんにパーカーをむしりとられ露わになる隠された部分。


 何とも挑戦的な黒のビキニ。

 綺麗な足をほとんど晒し、ボリュームのあるヒップを包むローレグのパンツに、柔らかそうな胸を覆う三角の布地はとてもきわどい感じで、今にでもこぼれそうだった。


 ――な、なんつー恰好を………。


 水着なのだから目を逸らさなくてもいい、ここプールではそれが当たり前のファッションだ。だが、まじまじと見てしまえば色々とマズイ気がしてしまう。


「~~~っ~~~」


 恥ずかしそうに胸と下半身を手で覆い隠そうとするが全く隠せていない。真っ赤になって恥じ入る様子がまた可愛らしかった。


「「チッ……」」


 露骨に悔しがる貧乳ペアシルビアと観月

 君らの気持ちはわかる。ここまでの差を見せつけられれば………


「痛ッ!」


 カレン、涼香さんに思いっきり脇腹をつねられる。

 やめろ! 直に腹筋を摘まむなっ! 爪を立てるなっ!


「「見すぎです!」」


 仕方なくない? 

 だって存在感がありすぎるもの。


「あ、ああああの、お目汚しならやっぱり」


 夕葵さんが真っ赤になってタオルをを羽織り身体を隠した。


「いや、そんなことはない。本当に綺麗だから」

「~~っ~~は、はい」


 そう言うと、タオルを取る。

 ただ、被ったタオルの前を開いて身体を見せつけるように見せるのはやめてくれ。

 多分、無自覚なんだろうけれど、恥らってうっすらと赤くなる顔や肢体がすごくエロい。この水着は本当に彼女が選んだんだろうか。

 視線が彼女の顔をより下に落ちないように教師としての理性を総動員で働かせる。


「いいね~夕葵、ビーチの視線独り占めだよ!」

「選んだ甲斐あったわー」


 うん、やっぱり選んだのお前ら観月と歩波だよな。あと、ここはビーチじゃないぞ。


 ……

 ………

 …………


「最初は流れるプールから行こう!」


 準備を終えた観月は、みんなを誘ってドーム内を一周する大きな流れるプールに向かおうとする。観月の手にはパスで無料で貸してもらった大きな浮き輪があった。

 確かに浮き輪に乗って水流の流れに身を任せるのは気持ちよさそうだ。

 パンフレットを見ると途中、激流コースと渓流コースに枝分かれしているようだ。


「私、いっちばーん!」


 歩波がプールサイドを小走りに流水プールに飛び込む。

 監視員は特に注意することもない。どうやら一定の区間は飛び込みもいいようだ。


 ほかの子達も続いて飛び込み、水しぶきがきらめく。


 そんな彼女――カレンを見てふと疑問に思ったことがあったのでシルビアに尋ねる。


「なあ、シルビア」

「なんですか」

「……カレンって泳げたか?」


 今でも逆上がりができないと嘆いていた運動オンチな彼女だ。球技大会でも悲惨だったし。浮き輪もなしで飛び込んだりしたら……。


「あ……」


 シルビアが思い出しかのように呟いた。


「きゃーーー! カレンが流されてる!」


 俺は涼香さんの悲鳴を聞いて、流水プールに飛び込んだ。

 足は着く深さだが、水の流れによって上手く立つことができないみたいだ。素早く、カレンの手を引きこちらへと引き寄せる。激流コースに行く前に捕まえられて本当によかった。


「ぷはっ! センセ!」


 手を引いたのが俺だと分かると力を振り絞って捕まる。

 水から顔を上げようとして俺の首に手を回す。

 そうすると当然、俺の体幹にカレンの柔らかい身体が押し付けられる形になった。


 ――軟らかっ!!


 俺の胸辺りに当たり形をふにふにと変える柔らかい物に動揺する。

 そして、俺の耳元に聞こえてくるカレンの吐息とか、女性特有の甘い匂いにくらりとする。


「……平気か」

「ハイ……」


 戻る間に息が整ったみたいだ。

 そのまま、浅いところに連れて行くがカレンが俺から身体を離そうとしない。そっと体に触れて離そうとすると


「ア………」


 と少し名残惜しそうな声を出して、カレンは離れたくないかのように少し腕の力を込めた。


「あ、あの。ありがとうございます」

「気にしなくていい。泳げないなら絶対浮き輪を離すな」


 俺がそう言うと、カレンはちょっと悔しがるように口元でへの字を作った。


「お、泳げないことはないです」

「いや、さっき溺れてただろ」

「と、時と場所によります。家のお風呂だったら溺れません」

「当たり前だろ」


 どこの世界に自宅の風呂で溺れる高校生がいるんだ。


「ムゥ……普通のプールなら25mは泳げます」

「はいはい、でも浮き輪は離すなよ」


 少し待っていると歩波たちが水の流れに乗って歩波たちが追いついてきた。


「………大丈夫だったみたいだねー」

「そうみたいだな」


 確かにカレンは無事なのだが、なぜそんなに機嫌が悪そうなんだ。


「高城先生、ここは流れも緩やかですからもう離しても大丈夫ですよ」


 涼香さんが口元が笑みを浮かべている、けれど目は笑ってないからすごく怖い。

 そして、言われたことに気が付き俺は慌ててカレンから距離を取った。確かに抱きかかえはしたけれど、あくまで救助活動だ。


 ――下心なんて…………。


 途中まで考えて、カレンの軟らく吸い付くような肌が俺に密着したのを思い出す。

そんな俺を見て歩波がーー


「あ、エッチな事考えている時の顔だ」


 やめろ、お前が言ったら本当みたいだろう。

 身内の前でそんな顔見せた記憶もない。

 だから、みんなはそんな周囲の温度を下げるような冷めた目で俺を見ないでください。


 シルビアがカレンの浮き輪をもってきた。

 まずはこのプールの流れに乗ってドーム内を一周することにした。


 ゆったりとした速度で浮き輪に捕まりながら流れに身を任せていた。流水プールなドーム内を一周しているので全体を見渡すにはちょうどいい。

 俺は歩波の浮き輪に捕まり漂っていた。


「うわ、外のウォータースライダー長ーい」

「ドーム内にもあるけど、やっぱり外の方が迫力あるわね」

「お嬢様、絶対に浮き輪を離さないで下さいね」

「ムゥ……わかってます」

「あ、この水遊び場おもしろそう。大きなバケツからたくさんの水が落ちてくるんだって」


 みんなはいろいろな所に視線を移してどこに行こうか迷っているが。


「うわ、何だよあのメンツ、レベルたけー」

「清楚系からギャル、和風美人、西洋美人まで幅広く揃えてやがる」

「っていうか、なんであの集団に男が混じってるんだ?」

「え、なに? あいつ1人であの子ら独占してんの?」

「死ねよ」

「オネエサー……ガッボ、た、助けて! 誰かが俺の足を!」


 まあ、当然注目集めるよな。

 この子たちに声をかけようかと窺っているのか、俺たちのペースに合わせて泳いでいる連中もいる。下心のある連中はシルビアが水中で対処しているのか、水中に沈められて監視員に救助されている男らが数人いた。


 俺に対する視線はほとんど殺意に満ちていた。

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