第57話 水着選び

「……お前ら俺に何か言うことはないか?」


「「「「ご、ごめんなさい………」」」」


 俺は頬を無理矢理引き上げて笑顔を作る。

 人って怒ると笑ってしまう時がある。今まさに俺はそうだ、先ほどの理不尽な扱いに納得はしていなかった。


 俺たちは、水着売り場を離れて1階のカフェに足を運んでいた。

 結局水着は買わずにいる、というよりあんな騒ぎを起こした直後に店の中にいることに耐えられなかった。時間を置いてからまた行けばいい。


「ま、まあ、兄さま。これでも飲んで落ち着いてくださいな」

「……眼球潰れるかとおもった」


「あ、あんなところにいた歩ちゃんが悪いよ」

「殴られた腹がいたいなー」


「「すいませんでした」」

「首もげるかと思ったな」


 謝罪する彼女らにチクリチクリと嫌味を言ってやる。その度に気まずそうな反応するのでちょっと楽しい。


「センセ、そんな意地悪言ってはいけません」


 めっ、と俺を叱るカレン。


「いじわるじゃない。これは説教だ」

「本当はそんなに怒って無いですよね?」

「…………」


 まあ、そうなんだけど。

 いちいちこんなことで本気で怒るわけがない。

 カレンには内心を悟られているようで少し気恥ずかしい。この中で唯一、加害者ではない、どちらかといえば被害者だ。


 下着姿を直視してしまったので、カレンに見せに入るまでに謝罪をしたら耳元で「センセならいいです」なんていうものだから、こっちが恥ずかしくなった。


「そ、そんな事より歩ちゃん、その子って妹さん?」


 そんなことって加害者が言っていい言葉じゃないからな? 観月の誤魔化しに歩波も便乗する。


「は、はい! 黒沢 歩波 17歳です」

「ん?」

「黒沢?」


 まあ名字が違うのは気になるところだろうな。


「歩波は養子に出しているんだよ。黒沢っていうのは養父母の名字だ」


 家庭の事情という物は聞きにくいことだろうから、俺の方から説明してやる。


「別に私は“高城”のままでも良かったんだけどねー、未成年だから面倒見るってお義父さんたちが」

「かわいがってもらってるだろ」

「うん、めちゃくちゃ」


 黒沢の家には子どもがいない。

 小さいころから知っている歩波を自分の娘のように溺愛している。多分、心配して今日あたりに連絡がくるだろう。


「ここにいる子達は俺の担当しているクラスの生徒だ。観月はアパートの大家さんの子どもだ」

「あ、そうなんだ。私、夏休みからはこっちで過ごすんだ。よろしくねー」

「うん、よろしく」


 初対面の人と仲良くなることが上手い観月は、さっそく歩波と仲が良くなったみたいだ。


「でも、どうして今年は?」

「ある程度自由がきく年齢になったし、仕事場もこっちの方が全然近いから」

「仕事?」

「え、学生ですよね?」

「そうだよ、みんなと同じ高校2年生」


 高校生で仕事っていうのが上手くかみ合わないんだろうな。


「こいつ、声優の仕事やってるんだよ」

「ホントですか!!??」


 予想はしてがこの中でオタク趣味を持っているカレンが喰い付く。他の子達も少し驚いているみたいだった。


「あんまり売れてないけど」


 歩波のは照れて謙遜しているのではなくて事実。


 最近、アニメで役を掴んだがまだまだ無名と言ってもいい。最近までスマホアプリやゲームの仕事しかなかったと言っていた。


「でも、すごいです! かっこいいです!」


 やっぱり声優という職業はその趣味の人からしたら憧れなんだろうか。

 カレンの怒涛の質問に歩波が逐一答えていた。この分だとカレンもすぐに仲良くなれそうだ。


「高城先生は今日は歩波さんの日用品の買い物だったんですか?」

「まあ、1か月近くいるなら必要なものを揃えないといけないから、それとプールに行きたいって言いだして水着を」


 水着が欲しいと言わなかったらあんな目には合わなかったんだろうな。


「……もしかして球技大会の招待券でですか?」

「そうだよ。明日行く予定だ」

「私たちもです」


 どこか期待に満ちた目で涼香さんが俺を見る。

 そう見えるのは、彼女の気持ちを知っている俺が自意識過剰なだけかもしれないけれど。


「もしかしたら向こうで会うこともあるかもしれないな」

「えー、どうせなら一緒に行けばいいじゃん。ねえ?」


 歩波がそんなことを言い、他の子たちの顔をみる。


「そうだね。そっちの方が楽しいし」

「ああ」

「行きたいです!」


 ほかの子達からも特に反対の意見はない。


「なら、俺はいかない方がいいか? 女子たちだけの方が気が楽だろう」


 生徒たちだけの楽しい空間に教員という存在は無粋だろう。

 それに、俺にとってはカレンと涼香さんという存在は大きい。俺に好意を寄せてくれている生徒二人と外出するのは少し如何なものか。


「「「「え……」」」」


 だが、俺の言葉が意外だったのか、俺の生徒たちは呆然と俺を見る。


「で、でもあれじゃない? アタシ達がハメ外しすぎないように引率が必要じゃないかな?」

「引率ってお前な」


 観月よ、自分で引率が必要と言うか? 

 それに今は夏休みだ。多少のことくらいは大目に見る。勿論、度が過ぎたら注意はしなくちゃいけないけれど。


「いやいや、兄さんには来てもらわないと困るよ」

「なんでだよ」

「ナンパ防止」


 …………ナンパ、ナンパかぁ。

 並みの女性が言えば自意識過剰と言ってもいい発言だが、ここにいる子達を見れば、全員が魅力的な子達だ。その可能性も十分にある。


「いいの? 可愛い教え子や妹がどこかの知らない男たちの餌食になっても」

「………」

「きっと、じろじろとエッチな目で見られるんだろうなー、でも男の人がいれば違うんじゃないかなー」

「………」


 歩波と観月が交互に俺を責め立てる。

 多分、俺が同行すると言うまで言い続けるんだろうな。

 けれど、心配な事には変わりない。なので……


「わかったよ。同行します“保護者”として」


 保護者というならあいつにも声をかけてみるか。

 さすがに未成年の中に教師1人は世間的にまずい。


「よっし!」

「今度こそ水着買わないといけません」

「うん、早くいこう!」

「そうだな!」

「あ、にいやんは来なくていいから」

「はいはい」


 言われんでも行くつもりはない。

 女物の水着売り場という男にとってアウェイな場に1日に2回も行く気にはなれなかった。金だけを渡して俺はどこかで時間をつぶしていよう。


 立ち上がると、みんなは張り切って水着コーナーへと向かっていった。


 あの子たちを見送りながら


「………ここの支払い俺か?」


 そんなことを呟いた。


 ◆

 夕葵


 もう一度私たちは水着売り場にいた。

 歩先生と一緒に行けるとなると先ほどとは気合が違った。そんな中、私だけがどこか取り残されたかのように狼狽えていた。


 ――ど、どうすればいいんだ。


 思わぬ幸運に恵まれて歩先生とプールに行けることになった。

 小躍りするどころか、諸手を挙げて喜びたいくらいの気持ちだ。だが、それと同じくらい私には羞恥心があった。


 男性と遊泳施設に行くなんて初めての経験だ、お父様とも行ったことはない。


 ――……こんなことならもう少しファッションについて勉強しておくべきだった。


 先生とよく会うスーパーに着ていく服は“日和”の祭さんに選んでもらったものであって私が選んだものじゃない。


 露出が多いものは恥ずかしい。

 そっと布面積の多い水着に手を伸ばす。


「夕葵! ストップ!」


 観月に手に取ろうとした水着をひったくられる。


「これはダメ!」

「な、なぜだ!」

「こんなの着たら、それこそ一緒にいる歩ちゃんが犯罪者扱いされかねないから!」

「なっ、学校でも使われている水着のどこがいけないんだ!」


 そう、私が手にとろうとしていたのは中学などでも使用していたスクール水着だ。機能性、丈夫さ、安全性に優れ、尚且つ布面積も広くて防御力も完ぺきだ。観月にも良かれと思って選んだのだが、猛抗議を喰らった。まったく、どこに問題があると言うんだ!


「全部!」

「二人ともお店の中だから落ち着こう」


 どうやら知らずの間に大きな声になっていたようだ。涼香に諌められる。


「話は聞いていたけれど、今回は観月が正しいと思うよ」

「こんなふうに露出の激しい水着の方が危ないだろう」


 私はきわどいラインの水着を指さしながら講義する。


「う~ん、そうなんだろうけど……なんて言ったらいいかな」


 涼香は説明が難しいのか何と言っていいか分からない様子だ。


「夕葵さんってマンガとか読まないのかな」

「説明が難しいです」


 歩波さんとカレンもどこか苦笑いだ。


「とにかく、これはダメ!」

「そんなっ! なら……この水着はどうだろうか」


 私が手に取ったのは紺色のスポーティな水着。

 これなら、体幹もしっかりと隠すことができる。それに、スポーツ用だから破廉恥さのかけらもないはず!


「「「「………エロい(です)」」」」

「どこがだぁ……」


 訳が分からなくなってきた。


「肌にぴっちり張り付くタイプの水着ってスタイル目立たせるから。下手に露出のある水着より誤魔化しがきかないよ」


「う゛」


「むしろ、隠れることによって想像力が掻き立てられるといいますか」


「うぅ」


「歩くポルノ?」


「なっ」


「とりあえず、別の水着にしよう。ね?」


 私に水着の決定権はなかった。


 ◆


 観月


「……よっし! 夕葵の買い物終わり!」

「うん、完璧ね」

「いい仕事したわー」

「綺麗です!」


「うう、こんな破廉恥なものを」


 夕葵の水着を買い終わった。

 スク水なんて夕葵が着たらセクシーさとエロスが同居し始めるのは目に見えているから断じてダメ。


 新しく水着を選んだアタシ達が言うのもなんだけれど、かなり良いと思ってる。トドメの一言として、「歩ちゃんに見せて恥ずかしくない姿」と耳打ちすれば夕葵は買う気になってくれた。

 けれども、いざ買うことに中々踏ん切りがつかなくなったみたいで、先に会計を済ませて後戻りを指せなくした。


「じゃ、改めて私たちの水着を選ぼうか!」

「う~ん、やっぱり最初に選んだのがいいかなぁ」


 水着を手に取って見ている。

 正面から見ても少し似てるって思ったけれど、彼女の横顔の方がちょっと歩ちゃんに似ている気がした。


「ん? どうかした?」

「なんていうか、歩ちゃんにそっくりだなぁって思っただけで」


 身長は女の人だからかそこまで高くはないけれど、白絹みたいな綺麗な肌、歩ちゃんと似た瞳、綺麗なストレートヘア。歩ちゃんの妹と聞いたらすぐに納得ができた。


「あ、それは私も思いました」

「雰囲気もちょっと似てるよね」

「えー……あんまり似てないと思うけど」


 そう言うけれど心なしか嬉しそうに反応する。


「私より、2番目の兄貴の方がよく似てるよ」

「そうなの?」

「うん、よく間違える人もいるし」


 男と女じゃ確かに違うけれど、あんな俳優みたいな人にそっくりな弟がいるなら見てみたいかも。


 その後は、歩ちゃんの昔の話を聞きながら、アタシ達の水着を買うのに時間を費やした。買い物が終わったときには2時間くらいは経過していた。


 でも、それくらいの価値はあると思う。


 まずは、歩ちゃんに少しでも女性として意識してもらうように頑張ろう!

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