第54話 二者面談 涼香

「え? お母さんが来れなくなった?」

「すいません……また明日でも大丈夫ですか?」


 どうやら涼香さんのお母さん――店長は仕事内で急用が入ったとのことで今日面談に来ることが難しいそうだ。


 涼香さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

 また日を改めていただきたいが、明日は既にスケジュールが詰まっていて難しい。どうしたものかと悩んでいると。


「……あの、今回は私だけではだめでしょうか?」


 涼香さんからそんな提案をされる。

 確かに三者面談は期限内に終わらせなければならない。

 防犯の面から保護者の方の出入りを最小限にするためという理由もある。保護者の方を疑うと言うよりも、ほとんど顔の知られていない保護者の方に紛れて不審者が学園内に入ってくる可能性があるからだ。


「俺としては助かるんだが……」

「大丈夫です。お母さんが居たって何も変わりないと思いますし。私の好きにしなさいといつも言ってくれますから」


 俺はしばらく考え込む。


「……よし、なら始めようか。今日のことは後日、連絡させてもらうから」

「はい」

「飲み物あるけど何か飲む? 珈琲と紅茶、お茶くらいしかないけど」

「では、紅茶をいただきます」


 俺は紅茶をクーラーボックスから取り出して涼香さんの前に渡す。

 俺も珈琲を取り出してプルタブを開けて一口飲んでから、成績表と進路希望用紙を取り出す。


「うん、成績は全く問題ないね。このまま頑張って」

「ありがとうございます」


 改めて見るまでもなく、涼香さんの成績は十分すぎるくらいだった。こんな成績の持ち主って透くらいしか知らない。


「けど、進路がまだ決まってないのかな?」


 白紙で提出された進路希望調査票を涼香に見せる。


「実は……そうなんです」


 涼香さんが困ったように笑う。


「行きたい大学とかはない?」

「……私、これといった夢もなくて……」

「うん……」

「だから観月の事がすごく羨ましいです。調理師になるって夢があって」


 あいつからすれば逆だろう、成績が足りないことを嘆いているくらいだ。


「進学はします。けど、どういった大学に行けばいいのか……」


 ちょっと自分の進みたい進路が見つからなくて落ち込んでいるみたいだ。別に夢を持っていなくても進学することくらいはある。涼香さんからすればちょっと悩ましい事みたいだ。


「あの、失礼かもしれませんが、高城先生はどうして教職を目指したのですか?」

「俺?」


 そんなことを聞かれるとは思わなかった。


「うーん……」

「……」

 

 これを話すとなると、ちょっと自分の昔話をすることになる。それがちょっと恥ずかしい。けれども、涼香はジッと俺の返事を待っている。


「生徒の話を聞ける教師になりたかったからかな……」

「生徒の……」

「高3のときの教師がさ、俺が律修館を受験するって言った最初は鼻で笑ってさ。冗談だと思われたんだろうな。次の面談でも律修館を目指すって言ったら本気で怒られた。「お前が受かるわけがないだろ」ってね」

「それは……酷いですね」

「見返したくて必死に勉強したな」


 透のおかげもあって成績も段々と合格ラインに迫ってきたが、あの担任は俺を認めようとしなかった。

「もっと堅実に、絶対に受かる大学を受験しろ」といい、しつこいぐらいに俺の進路を見直させようとした。

 透も透で色々と説得されたらしい。

 透の成績ではさらに上の大学を目指せるからということで俺と同じように進路の変更をさせようとしたのだ。俺は受験勉強の嫌がらせもされたし。


 そして、あろうことかその担任は志望校の願書を勝手に書き換えて提出しようとしたのだ。


 幸いにも書類不備に気が付いた別の先生が、俺の元へ願書を持ってきてもらったのでそのことに気が付いたのだ。もしやと思った透も確認すると透の願書が勝手に書き換えられていたのだ。

 そのことが学校のうわさで広まると瞬く間に学校内はパニックになった。


 その担任が行った理由としては、「安全な完璧な人生を進んでほしかった」などとほざいていたな。

 実際は、その教師はただ自分のクラスから浪人生を出したくなかっただけだ。それが自分の教師としての評価につながると思っていたのだろう。いつも頭の中には現役での大学進学率しかないみたいだったし。


 その教師の処分としてはたった1ヶ月の停職という処分だけで済まされた。軽すぎる処分に俺と透は憤慨した。


 だが、教員としての信頼は死んだようなものになった。

 卒業式では誰も教師の話を誰も聞いてなかったし、生徒は口を聞こうとはしなかった。今でもあいつが教師をしているのかは心底どうでもいい。


 こんなこと涼香さんに行っても仕方のないことだから、口には出さないけど。


 だからこそ、「生徒の話を聞ける教師」とは俺が目指している形の1つでもある。


「あとは、いつまでも若い気分でいたかったからかな」

「あははっ」


 面談が始まってからずっと難しそうな顔をしていたがようやく笑ってくれた。


「今すぐ進路を決めろって訳じゃないし、今の学力だと光悦大学とかの難関校も目指せるよ」


 俺はこのあたりでの難関校を例として挙げると途端に嫌そうな顔をする。


「…………そこだけは嫌です」


 本当に嫌そうだな。何か嫌な理由でもあるのだろうか。


「まだ2年生だし、涼香さんなら間に合わないってこともないだろうからゆっくり決めるといいさ」

「ありがとうございます」


 進路の話はここまでにしておこうか。

 進路を急がせて、行きたい大学に進ませても意味がないし。


「何かほかに相談事とか困っていることとかってないか? 友達と相談しにくい話でもいいし、俺に言いたくない事なら、改めて水沢先生に相談してくれてもいいし」


 特に思春期の女子の気持ちなんて俺には分からない。

 水沢先生の方が適任かと思うのだが一応聞いておこう。


「……実は、私……好きな人がいるんです」

「……え?」


 かなり驚いた。

 まさか恋愛相談なんてされるとは思っていなかったから。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、涼香さんは言葉を続ける。


 文化祭で行われたミスコンで1位に輝いたことのある涼香さんの好きな人。

 気にならないと言ったらウソになる。

 涼香さんが告白された場面も見たことはあるし、他校の生徒にも告白されたと聞いたことがある。


 ――誰だ。クラスメイトか? ………うん、ないわ。


 自分で予測したことを真っ先に否定した。だってあいつらだし。


「好きですってラブレターも書いたんです。けど、上手に伝わらなかったみたいで」

「…………」

「でも、諦めたくもないんです。迷惑だと思われるかもしれませんが」


 ――本当に誰だ? 想像もできん。


 本気でその人の事が好きだということが伝わってくる。

 こんなに一途に思われている人に羨ましさすら覚えるな。


「もしかしたら、その人にもう他に好きな人がいたら、思ってしまうんです」

「…………」

「私のしていることは無駄なのかなって」

「……無駄ってことはないんじゃないかな」


 俺が言えるのはただの慰めみたいなものだった。

 なんていえばいいのか言葉が見つからなかった。


「………今はまだ無理ですけど、ぜったい気持ちは伝えるつもりです。すいません、相談なのに一方的に答えだしちゃって」

「いや、正直驚いたけど……うまくいくといいね」

「……………はい。これからどんどんアプローチしていきますから」


 涼香さんのどこか切なそうに肯定する顔ががやけに印象に残った。


 ◆

 涼香


 私は面談が終わってからすぐに家にまで帰ってきた。

 バスから降りてから今までで一番早く歩いて帰ってきたと思う。

 家の中に入って、部屋の中に閉じこもった。


「~~~~っ~~バカバカ! 私のバカ!!」


 なんで高城先生に恋愛相談なんてしたの!

 好きな人に恋愛相談ってバカなんじゃないの! しかも「うまくいくといいね」って完全に意識されていないじゃない!


 何とも言えない感情がこみあげてきて、ベッドや枕にその鬱憤をぶつけた。


「……少しは思い出してくれたかもって思ったけど」


 私はバレンタインデーに告白した。

 けれども先生は事故でその日の記憶をなくしている。何か思い出してくれるかもしれないって本当に僅かだけど期待した。


 もし、あの日の記憶が戻って先生を困らせてしまうかもしれないと思ったけれど。急ぐ気持ちが焦って出てきてしまった。


 ――あれ? そう言えば私の書いたラブレターってどこにいったんだろ。


 今更ながらそんな疑問が浮かび上がった。

 もしかしたら、捨てちゃっているかもしれない。そんなことを思うとますます、私の気分は暗くなっていった。


 ◆


 俺は今日の分のすべての面談を終えて自室にまで帰ってきた。


「はあ……疲れた」


 そんなことをぼやくが返答があるわけでもない。まだ明日も面談はあるのだ。

 食事は冷蔵庫にある野菜を炒めて、スープの素と卵と絡める。ご飯は今朝炊いた余りがあるのでそれを食べる。


 簡単な食事を終えて、休憩がてら何かテレビがやっていないかと適当にチャンネルを切り替えた。


「お、夕華が映画化するのか」


 以前、涼香さんに勧められた小説がどうやら映画になるらしい。

 もう読んだけれど読み直してみようか。前にあの子たちが遊びに来た時は涼香さんと感想の伝えあいだけで終わって開くこともなかったし。


 記憶で涼香さんが連想されると、今日の面談を思い出してしまう。


 『……私……好きな人がいるんです』


 本当に驚いた。

 生徒から恋愛相談をされた事自体が初めてだし、ましてやそれが涼香さんだったことにもだ。


 ――なんで俺に相談したんだ? 


 ほかに相談できそうな人ならいくらでもいるだろうに。

 それでこそ、同じ女性である水沢先生が適任かと思うのだが。


 というより、あの最後に見せた涼香さんの切なそうな顔を前に見たことがあるような気がする。


 ――ズキっ


 軽い頭痛がした。

 夏風邪でも引いたか?

 ま、一晩寝れば治るだろう。


 俺は本棚から夕華を取り出し、本を開こうとしたときだ。


 「ん? なんか挟まってるな?」


 新刊で本を買った時に入っている広告かと思い、取り出してみるが違った。


 手紙だ。

 桜色の可愛らしい封筒には『高城先生へ』と綺麗な字で俺の名前が書いてあった。


 俺宛ての手紙だ。こんなラブレターみたいなものを貰った記憶はない。


 ――ラブレター……?


 「俺宛かこれ!?」


 何度見直しても、封筒に書かれているのは俺の名前だ。

 開けてもいいのかこれ? いや、でも俺宛だしな。


 そして、手紙をひっくり返すと可愛らしいシールで留められている。触れてみると簡単に便箋は開いた。一度、開いたことがあるような感触だった。


 そして中には便箋と同じ桜色の便箋が入っている。


 少し緊張しながら、書かれている文章を読んでいく。



 ◆


 高城 歩 さま


 突然のお手紙、びっくりさせてしまったと思います。

 先生はもう何度かもらったことがあるかもしれませんが、私はこんな手紙を書くような機会がなかったのでとても緊張しています。


 私は本が好きです。

 先生は私の勧めた本の感想を言ってくれます。

 私はその時間がなによりも一番好きです。


 その時は先生は私だけを見て話してくれるから。


 本当は伝えるべき事柄ではないのかもしれません。

 私の自己満足にすぎないのかもしれないけれど、この手紙を書こうと決意しました。


 ご迷惑かと思いますがどうしても伝えたくて、この気持ちが止まらなくて、こんな手紙を書いてしまいました。


 高城先生、貴方の事が好きです。大好きです。


 私と付き合って下さい。



 桜咲 涼香


 ◆


「…………」


 手紙に書かれたすべての文章を読み終えた時に俺は頭の中が真っ白になっていた。いや真っ白というわけではない。


 忘れていた記憶が光の波のように襲ってきて鮮明に思い出された。


 あの2月14日――俺が事故にあった日の記憶の一部を。


『高城先生、貴方の事が好きです。大好きです』

『私と付き合って下さい』


「思い出した………」


 あの時に見たんだ、あの時の涼香さんの顔を……。


 ――お返事待っています。


 その言葉と一緒に俺は涼香さんからこの手紙とチョコレートを受け取っていた。そのチョコレートは結局食べることはできなかったけれど、俺はこの手紙ラブレターを読んでいた。


「忘れていたとか……アホか俺は……」


 対面式の日のあの返事っていうのは間違いなくこのことだ。

 告白をなかったことにされたのなら泣くのも当然だ。


 ――なら、今日の面談で言っていた好きな人って………………。


 自然に答えが出ると、自分でも分かるくらい顔が熱くなった。

 鏡を見れば俺の顔は真っ赤になっているだろう。だから、鏡を見る気にはなれなかった。


『でも、諦めたくもないんです。迷惑だと思われるかもしれませんが』 


 ――わかってるんだろうな。俺が自分の気持ちに応える気がないって。


 それでも俺に手紙を書いた。

 そんな彼女をとても可愛らしく思ってしまった。

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