第53話 三者面談 カレン

 涼香


「それで2人は昨日どうだった?」


 三者面談が始まって2日目の今日、私の面談がある。

 昨日と同じく午前中に授業は終わって、食堂の片隅で昼食を食べながら昨日、高城先生に何を言われたのかを聞いていた。


「んーと、志望校を聞かれて夏休みの過ごし方と生活態度の話があったくらいかな」


 心なしか観月の顔は晴れやかにみえる。

 まあ、今学期の憂いが無くなればそうなるよね。


「へー観月、志望校決めたんだ」


 期末テストの時に志望校を聞いたけど、その時は決めていないって言ってたのに何か心境の変化があったのかな。


「うん……ちょっとどころか、かなり頑張らないといけないけど」

「どこですか?」

「………律修館の栄養学科」


 少し間の空いたのは恥ずかしかったからかな。


「なんだ観月も律修館を受けるのか」

「“も”って事は夕葵も?」

「ああ、スポーツ推薦がもらえそうなんだ」


 夕葵なら成績でも、部活でもどちらでも合格することができる。問題は観月かな。


「相当頑張らないとキツイよ」


 こればっかりは無責任な嘘は吐くわけにはいかないから、私は正直に思ったことを言った。


「うん。けど、歩ちゃんも合格できるように協力してくれるってー」



 上から目線で気分を悪くするかと思ったけれど、逆に観月は嬉しそうだった。


「「「へー……」」」


 観月が嬉しそうに話をするのを私たちはジト目で聞いていた。

 教師に勉強を教わるためって、断りにくいいい口実だよね。私たちも先生の家に上がり込む時はその言葉を多用してるし。迷惑そうにしているけれど、最近は何も言わなくなってきた。


「そう言えば、歩先生に着いて新しい情報を手に入れたぞ」

「なんですか?」


 夕葵がどこか得意気な顔をする。

 カレンが問いかけると夕葵は口を開いた。


「……歩先生も律修館大学出身らしい」


 夕葵が少し勿体付けてから高城先生の出身校をドヤ顔で語る。

 ……そういえば観月から夕葵は先生の出身大学を聞いた時にはいなかったから、知らないのも無理ないか。


「ゴメン、夕葵。私たちそれ知ってる」

「なに!?」

「観月から聞いてました」

「観月! なぜ私にも教えてくれなかった!?」


 カレンが答えると目の端を鋭くして観月に身を乗り出して問い詰める。


「聞かれなかったもーん」

「ほ、他には!? 私が知らないことはないのか!?」

「ちょっと夕葵、声大きいから!」


 あまり周囲には人がいないけど、夕葵の声に反応してこちらを見ている生徒だっている。夕葵が大きな声で怒鳴るとか珍しい。


「じゃあ、何を聞きたいの?」

「む、それは……」


 とたんになって夕葵は言葉に詰まる。

 何か言いかけたと思ったらまた口を閉じて、口元をもにょもにょさせる。そんなことを幾度となく繰り返して……。


「……いや、やっぱりいい」


 一息ついてから椅子に腰かけた。


「いいの?」

「ああ、私は私で歩先生の事を知っていきたい」


 確かにこれから相手を知っていくっていう楽しみもあるよね。

 もしかしたら、もっと好きになることもあれば嫌いになってしまう部分もあるかもしれない。好きな人を知るということはそういうこと。


 だからこそ、怖くもある。

 今のこの気持ちが無くなってしまうんじゃないかって。


「アタシだってなんでも知ってるわけじゃないしね。つい最近まで歩ちゃんに弟妹が居ただなんてしらなかったし」


 そうなんだ。

 てっきり観月とは家族ぐるみみたいな付き合いがあるものだと思っていた。

 でも、観月とは大学生になってから知り合ったからそれが普通なのかな。


「詳しい人っていったら……」

「お嬢さま、お待たせしました」


 気配もなく、いつの間にか私たちのテーブルに近寄ってきた女の人に私たちの心臓が跳ね上がった。ただ一人を除いて


「シルビアさん!」


 カレンの家でメイドをしているというシルビアさんがいた。

 カレンは気配なく忍び寄られていることに慣れているのか全く驚いた様子がなかった。

 今日はさすがにメイド服じゃなくて、レディーススーツを着ている。さらにメガネも合わせてできる女性感が漂っていた。


「今日は、旦那様と奥様がお忙しいので代わりに参加させてもらいます」


 淀みのない日本語で今日来た事情を説明する。


「どなただ?」


 私の耳元で夕葵は小声で尋ねる。

 そういえば私たちは車の中で見たことがあるけれど、夕葵は初対面か。でも私たちも一方的に知っているだから紹介はカレンに任せることにした。


「私の家で住み込みのお父様の仕事の手伝いと私のお世話をしてくれているシルビアさんです。センセの大学時代の後輩なのですよ」

「歩先生の……」


 カレンの説明に当然、夕葵は驚いてシルビアさんを注視している。


「どうかなさいましたか?」


 私たちの視線に気が付いて、シルビアさんは首をかしげて尋ねる。

 ちょっと見すぎてたかな。


「ごめんなさい。以前は車の中でお会いしただけで挨拶もしていなかったので」

「ああ、カレンお嬢様の御友人に対して申し訳ありません。カレンお嬢様の家で「メイド」をさせていただいております。シルビア=アールストレームと申します。以後お見知りおきを」


 メイドの部分を強調して自己紹介するシルビアさん。

 何かそこに拘りでもあるのかな?


「桜咲 涼香です」

「沢詩 観月でーす」

「夏野 夕葵です。よろしくお願いします」


 向こうが軽く会釈したので、私たちも立ち上がって頭を下げる。


「はい、お嬢様からよく伺っております。なんでも、高城先輩スキスキ同盟だとか」

「「「――ッ――カレン!!!」」」


 ちょっと、こんなところでとんでもないこと言わないでよ。

 周りの人に聞かれてないよね。というよりカレンは家で何を話してるのかな!? もしかして私たちの恋愛事情全部この人に筒抜け?


「冗談です」


 だったらもっと表情豊かに言ってください。表情変わらないから本気か冗談か分からないです。


「アハハ」


 唯一この人に慣れているカレンは動じずにいる。


 まだ面談には時間があるということでシルビアさんにはテーブルに座ってもらって、いろいろ話を聞かせてもらうことにした。

 話を聞きたがったのは観月と夕葵だ。

 高城先生の後輩ということは律修館大学のOGということだ。律修館に進学を希望する2人はシルビアさんの話に耳を傾けていた。


 ――……私はどうしたいんだろう。


 進学はとりあえずする。

 あくまでもとりあえず、どこに進学するかは決めていない。

 勉強することも嫌いじゃあないし、けれど私が社会人になって働くということはまだ想像ができない。


 そんなことを考えているといつの間にか周囲に人が集まっていることに気が付いた。


「誰? あの美人さん」

「スレンダーでモデルみたい」

「誰かの知り合い?」

「もしかして、新しいALTの先生かも」


 改めて見る必要もないくらいシルビアさんは美人だ。そんな人が学園の食堂にいるから一気に食堂は賑わしくなってきた。


「おまえら、うるさいぞ!」


 小杉先生が騒ぎを聞きつけて食堂にいる生徒に怒鳴りつける。ただ普段大きな声を出して話さないから若干声が裏返ってる。

 今は昼休みの時間だからちょっとくらい騒いでも別にいいと思うのだけれど。


 生徒の輪をかき分けて……かき分けるというより、みんなが小杉先生に触れないように避けているのだけれど。一部では悲鳴まで挙がってる。


 基本的にこの学園の生徒指導に携わる先生は生徒から好かれていない。何というか規律にやたらとうるさいし、生徒は問題を起こすものだと決めつけている節がある。観月の時がいい例だ。


 そうして私たちの元へとやってくると――


「また、おまえは……」


 私たち――具体的には観月を見て文句を言おうとしたけれど、次の言葉は続かない。

 目の前にいたシルビアさんの容姿に呆気にとられていた。ごくりとつばを飲み込むのが喉の動きで分かった。


「ほ、保護者の方ですかな?」


 整った外国人の顔を直視することができないのか、顔から視線を落として彷徨わせる。

 さっきの夕葵のようにもにょもにょと言葉を発しようとするけど、言葉が出ない。何とも落ち着きのない様子だった。でも、小杉先生ってイギリスに留学していたはずだから英語は大丈夫なんじゃないのかな?


「……×××。××××××××××××」

「え、あ、はい?」


 前にカレンがやっていたナンパの撃退法を小杉先生に向かってしている。シルビアさん、さっきまで日本語ペラペラだったのに。明らかに悪意を込めてる。

 英語でもない言語に小杉先生は、聞き返すこともできずに一方的に話をされている。


「「ごめんなさい。日本の学校が珍しくてついはしゃいでしまった」……みたいです」

「え、ああ、そ、そうか」


 カレンの通訳でようやく意思の疎通が図れると思ったのか小杉先生はほっとする。

 けれども、そのまま注意もせずに、そそくさと逃げ出すようにこの場から離れていった。それと同時に周囲の野次馬も離れていく。


「……さて、お嬢様。そろそろお時間です」

「ハイ」


 時計を見れば確かにもう面談が始まる時間だ。


「では、ごきげんよう」

「また明日です!」


 面談へ向かう2人を私たちは背中で見送る。


「あ、私。お母さん迎えに行かないと」


 私の面談はカレンの次だ。


「私もそろそろ部活に向かおう」

「なら、アタシは今日は帰るわ。今日ママが遅いみたいだし、買い物にも行かないと」


 そのまま今日の集まりは解散になった。


 ◆


 2日目の三者面談。

 最初はカレンの面談からだ。


 カレンの両親とは初めて会う。

 カレンは幼いころの両親を亡くしているから現在の両親は養夫妻ということになる。あまり家庭事情に深入りするわけにもいかないので、尋ねない方がいいだろう。


 ――……しかし、カレンか……ちょっとやりにくいかも。


 理由は言わずもがな、合宿中のキスだ。


 それに、入院中のキスの件のことはカレンに観月にさらに、夕葵さんも加わった。

 でも、夕葵さんが俺にキスするわけがない。それに百瀬が言うにはお婆さんも一緒に来ていたという。いくらなんでも人前ましてや身内の前でキスすることなんてないだろう。


 あの時の感触を思い出さないようにするために、資料に目を通していると教室の扉をノックする音が聞こえてくる。


「どうぞ」

「失礼します」


 さて、カレンの親に挨拶をするために立ち上がり扉を見た瞬間に俺はよく知っている人物がいるので凍りついた。


「なんで、お前が……?」


 俺の後輩であるシルビアだった。


「御両親はどうしても都合がつかないので私が代理を務めさせていただきます」


 余計にやりにくくなった。

 昨日の観月と大家さんの面談以上にやりにくさがある。


「どうぞ、こちらの席へお座りください」


 正直、頬が引きつっているのは自分でも分かる。

 ぎこちない動きでカレンとシルビアを着席するように促した。


「では、面談を始めさせていただきます」

「「お願いします」」


 俺はカレンの学園生活の事や成績の事に着いてまくしたてるように話していく。シルビアに何か言われるかと思ったが、シルビアは何も言わずに聞いている。


「……以上がカレンさんについてです。何かお聞きしたいことはありますか?」

「では、女子高生にムラッと来たことはありますか」

「……ありません」


 何という質問をするんだ。

 俺を困らせようとするコイツの性格は何も変わってない。


「そうですか、残念です」


 なぜ残念なのかはわからんぞ。俺のクビでも取りに来たの?


「そういえば、もう夏ですね」

「……そうですね」


 今度は全く関係のない話に切り替わった。


「祭りの季節がやってきましたよ」


 この瞬間、俺はシルビアが何を言いたいのかを察した。


「絶対っ嫌だぞ!!!」


 こいつ、俺をあの祭に誘いにきやがった!!

 俺は席を立ちあがり、シルビアから距離を取る。

 こいつの祭りはただの祭りじゃない。サブカルチャーよりの祭りという名の戦場コミケだ。


「大学の時はあんなにノリノリだったじゃないですか」

「ノリノリじゃない! お前に騙されただけだから!」


 忘れもしない大学時代。

 俺と透はシルビアにいいバイトがあると騙されて、コスプレをさせられたのだ。黒歴史があるのなら、これは“闇歴史”と言ってもいい。

 その時は金髪のウィッグを被らされ、バーテンダーの恰好をさせられた。手には道路標識の代わりにサークルの看板を持った。ちなみの透は悪魔で執事的なアレ。


 いろんな人に囲まれて写真を撮られるわ、笑っていたりすると「キャラを汚すな」などというアンチに嫌味を言われて心に傷を負ったのはまだ記憶に新しい。。


「氷室先輩はすでに了承してくれましたよ」

「嘘だろ……」


 透よ。いったいどんな弱みを握られた。


「大切な親友1人で辱められるおつもりですか?」

「今、辱めるって言ったな」


 恥ずかしいことだと認めてるじゃん。


「大丈夫です。ただ立っているだけでいいですから、ポーズはこちらが指示を出しますので」

「……勘弁してくれ」


 ◆

 カレン


 ――ムゥ……私の面談の時間ですのに。


 2人のやり取りを見て私はそんなことを思っていました。

 メジャーを取り出して採寸をしようとしているシルビアさんとそれから逃げようとしているセンセ。

 センセも嫌がってはいるけど、突き放すような強い拒否じゃなくてシルビアさんもそのことをわかっているみたいです。


 要は楽しそうな雰囲気が伝わってきました。


「大体な、俺がそんな格好しても似合わんだろう」

「先輩は私好みではありませんが、傍から見れば十分美形です。後はメイク次第です」

「あーあ、ありがとうなぁ! 全く嬉しくない褒め方だけど」


 ――ムムム……


「……ニヤリ」


 あ、シルビアさんが楽しそうにこちらを見ています。うぅ~……意地の悪い笑みを浮かべて、また私をからかって楽しんでいるんですね。

 来日したばかりの頃に私によく日本の嘘の常識を教えられました。


「まぁ、冗談はここまでにして」


 そう言うとシルビアさんは折り目正しく礼をしました。


「高城先生、これからもお嬢様をよろしくお願いします」

「……はい」


 一瞬、呆気にとられたセンセでしたが、シルビアさんの態度から冗談ではないと思い同じようにして礼をしました。


「では、これで失礼します」

「センセ、また明日」

「ああ」


 ……

 ………

 ……………


「シルビアさん、意地悪です」

「お嬢様、頬を膨らませながら、ぷいっとそっぽを向かないでください。私を萌え死にさせるつもりですか」


 帰り道、車の中でシルビアさんとは視線を合わさずに文句を言いました。ぜんぜん応えていないようですけど。

 私の面談なのにずっとセンセと楽しそうに話して、私は蚊帳の外でした。


「……センセとよく出かけたんですか?」

「なんだかんだいって、いろいろ付き合ってくれますからね。けれど、前も言いましたが色気のある関係ではありません」


 本人たちはそう見えても、傍から見ればそう言う関係にしか見えません。


「……それに私には好きな人がいます」

「え!?」


 意外でした。

 いやでも、シルビアさんだって大人の女性ですし、それくらいは――


「どんな人ですか?」


 お父様の会社の人でしょうか、それとも大学で知り合った人とか故郷の人でしょうか。


「まだ私の一方通行なのですし、あまり詳しくは……でもこれから知っていきたいと思っています」


 シルビアさんはどこか憂いを帯びた瞳で愛おしそうにスマホに視線を落とします。


『さあ、今日も一緒に行きましょうお姉さま!』


 可愛らしい声がスマホから聞こえてきました。たしかシルビアさんが最近推している声優の”忍田しのだ 歩波ほなみ”の声です。

 さっきの声は今人気のゲームアプリのキャラがしゃべっていたみたいです。


「ホント可愛い……」


 どうやらシルビアさんの想い人は画面の向こうにいるようです。


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