第55話 襲来
「…………ということで、夏休みが始まりますが」
長期の休みが始まる前に恒例となっている佐久間教頭の話を生徒たちは聞いていた。講堂には空調設備があるので熱中症や脱水症状になる心配はない。
生徒たちの様子を後方から見れば、先ほどから教頭の話は耳に入っていないだろう。明日から始まる夏休みに心躍らせているのが丸わかりだった。自分も似たような時期があったので生徒らの気持ちは分からなくもない。
だが生徒たちの心情を知らないのか佐久間教頭の話は変わらず長い。
終わったのはさらに30分が経過した時だった。
佐久間教頭の話が終わってから、解散した生徒たちは浮足立ちながら各教室へと戻っていく。
1学期最後のHR――これが終われば夏休みが始まる。
教室に入れば、夏休みにどこへ行くなど遊びの約束を取り付ける生徒らを見て、自分もそうであったことを思い出す。
俺や水沢先生が入ってきたことにも気が付いていないようでまだ談笑している。
「じゃあ、HRを始めようか」
俺の声とほぼ同時にチャイムの音が響いて、全員が着席したのを確認すると夏休みの課題を一覧にしたプリントや必要書類を配布していく。
「うわ、何この課題の量」
「せんせ~課題が多すぎま~す」
「そういうのは、人の宿題を写さず毎回提出する子が言うセリフだ」
俺が反目で文句を言った生徒を見ると、視線を逸らした。誰かの課題を写したことなんて教師からすればバレバレだからな。
「あと夏休みに追試・補講があるから、心当たりのある人は必ず指定日に登校するように。来なかったら、残りの夏休みすらなくなるぞ」
「うぇ~~」という声が少数だが上がる。
こればっかりは自業自得だから仕方がない。
そのために出勤しないといけない俺らの気持ちにもなってほしい。
………
…………
……………
「じゃあ、最後に通知表を渡しまーす」
俺が一生懸命書いた通知表を渡すと伝えると
「うーわ、いらねえ………」
「三者面談が終わって1週間、ようやく母さんが大人くなったのに、なんでここでまた燃料投下するかな」
生徒たちは文句を言いながら受け取りに来る。
心当たりのある子は恐る恐る通知表を開き、愕然とする子もいれば安心したように息をつく子がいた。
「………じゃあ、思いっきりこの夏休みを楽しんでください。勿論、宿題は忘れないように。2学期に元気なみんなに会えるのを楽しみにしてます。以上です」
必要な事柄をすべて伝え終わると1学期最後の挨拶が夕葵さんから告げられ、1学期が終了した。
「いよっしゃああああーーー!! 夏休みだー!!」
「ねえ、これからカラオケでも行かない?」
「行く行く!」
「今年はどこかいくの?」
「今年はちょっとバイト頑張ろうかと思って」
「みんなは何して遊ぶ?」
「彼氏が車買ったから海行くんだ~」
「年上彼氏良いなー」
夕葵さんの挨拶を皮切りに一斉に騒ぎ出す生徒たち。
高校生らしく遊びに行く話題ばかりだ。
楽しそうにこれからの予定を話す生徒たちを横目に見ながら、一学期が終わったことに実感すると同時にホッとしていた。特に大きなトラブルも…………ないことはなかったが。主に俺に対することなので触れないでおこう。
「高城先生」
そのトラブルの一因でもある涼香さんが俺を呼ぶ。
「どうかした?」
内心を悟られないように話を聞く。
あの手紙は家の引き出しにしまってある。
このまま覚えていないふりをしたほうが良いのか、返事をしたほうが良いのか、まだ答えは出ていない。
「あの、これ遅くなりました」
「!?」
涼香さんが差し出してくる1枚の紙に俺は動揺した。もしかして、また……
「オープンキャンパスの申込用紙です」
ですよねー。
こんな注目の浴びる場所で手紙を渡すわけない。自意識過剰すぎるな、俺もう少し落ち着こう。心の中でしっかりと教師と生徒という線引きを改めてする。
静蘭では生徒たちがどの大学のオープンキャンパスに参加するかを知っておくため、教師に報告をしてもらう。涼香さんは迷っていたのかみんなとは遅れて提出した。
「どこに行くか決めたの?」
「夕葵もいく律修館に行ってみようかと思います。まだ決定ではないですけれど……」
とりあえず友達に合わせるか。
確かカレンもオープンキャンパスに行ってみると言っていたのを思い出す。カレンはおそらくシルビア経由で決めたんだろう。
結局、いつものメンバーは同じ大学のオープンキャンパスに行くことになったようだ。
「わかった。じゃあ、預かっておく」
単なる報告用紙だが、生徒の個人情報が記されているので厳重に保管しておく。
職員室へと戻ろうと身体を入口の方へと向けると呼び止められる。
「高城先生は夏休み何すんのー?」
「っていうか先生の家ってどこ?」
「一緒に遊びませんか?」
クラスの子たちに囲まれた。
ちょっ、腕とか絡ませてくるな! 教師を遊びに誘うな!
家の住所なんか教えたら突撃されそうで怖い。実際、もう何度か観月らに突撃されてるくらいだしな。
「遊びません。あそこにいる男子を誘ってやってくれ」
俺が指さす方向ではどこかキメ顔で見ている男子たちがいる。
「「「「「………ないわー」」」」」
女子たちの声を聴いて四つん這いにうなだれる男子たち。
――憐れな………。
「先生と男子じゃあ、同じ生き物とは思えないし」
「「「「「ねー」」」」」
キミらも相当ひどいな!!
男子たちも悪いのはその言葉を発したこの子たちなのだから、俺を睨まないでほしい。
「うちの兄貴もこれだけ美形ならなー」
「あっははー。ムリムリ」
「っていうか先生たちってウチらが休みの時って先生らも休みなの?」
ふと思った疑問だろう。女子生徒がそんなことを口にする。
女子高生の会話って急に話題が変わるから付いて行くから大変だ。
「そんなわけない。仕事だよ仕事」
高校教師にとっては8月上旬~中旬は忙しい時期だ。
この時期に開催される教育機関主催の会議に出席したり、委員会の人の前で模擬授業を行って教師としてスキルアップが求められる。特に新人の俺なんかはそうだ。
実は夏休みをとても億劫だと思っている教師もいるくらいだ、俺も去年は新人ということでいろいろな所へ研修に連れて行かれた。
俺も今年は数は多くないが講習会へ参加しなければならない。
去年は俺の仕事や弟のスケジュールが合わなくて、婆ちゃんの墓参りも兄妹が揃わず、俺と弟は妹にめちゃくちゃ怒られた。
その埋め合わせをするために俺の財布が結構なダメージを受けたので、今年はちゃんと予定を確保してある。
夏休みは普段は授業があって休みづらい溜まった有休は比較的にこの時期にとりやすい。無論、有給は有効に使わせてもらうつもりだ。
「え~じゃあ、次会えるのって、夏休み明けてから?」
「どこかで会ったらアイスくらいは奢ってやる」
「え、ホントに?」
「約束だかんねー」
「はいはい」
おざなりに返事をすると俺を囲っていた女子生徒たちは離れていった。結局なんだったんだあの子らは……。
教室でクラスの子たちを分かれて職員室に来た俺は必要な書類をまとめて、江上先生に提出する。
「高城先生、一学期お疲れ様でした」
「ありがとうございます。これからも何卒、ご鞭撻を」
これから、江上先生や学園側の上位陣は会議があり、忙しくなるようだ。
俺から書類を受け取ると再び自分のデスクに身体を戻し書類に目を通し始めた。他の先生たちは部活動に顔を出している先生もいる。
弓道部は全国大会に出場が決まったので、顧問の柳先生は特に忙しいようだった。
「ふう……」
3年生を担当する先生方のデスクを見れば、柳先生は肩を押さえながら、首を左右に曲げほぐしていた。
「柳先生、お疲れ様です」
「ああ、高城先生。お疲れ様です。初担任もようやく一区切りついたようですね」
「はい、柳先生はこれからお忙しくなりそうですね」
「そうなんですよね。合宿の事もありますし大会のことも……まあ、嬉しい忙しさなんですけれど」
苦笑しながら、俺の話に合わせてくれる。
柳先生は弓道部の顧問を務めてみえる女性教諭だ。年齢は教師陣の中でも上の方だ。自身も弓道で全国クラスの腕前を持っており、柳先生が赴任して以降、静蘭学園は弓道部の名門とまで言われるようになった。
「夕葵さんの調子はどうですか?」
「元々、集中力はずば抜けていたのですが、弓道の腕にもますます磨きがかかってますよ」
「うちの学級委員も引き受けてくれているので、身体に支障が出ていなければいいのですが」
責任感が強い子なので、倒れてしまわないかと少しヒヤヒヤしている。
「大丈夫だと思いますよ。プレッシャーには強い子ですし、毎日が部活というわけではありませんから」
あの子が適度に休めているならそれでいい。
俺自身もあの子に頼っている部分がいくつかある。少しは負担を減らしてあげたい、もう少ししっかりしていかないと。
◆
夕葵
1学期の終了式が終わって最後のHRも終わってしまった。
みんなが喜んでいるが私の心は少し沈んでいた。
この夏休み、大会など色々な行事があるが一番の悩みは――、
――……1ヶ月も先生に会えない。
もちろんこの夏休み、部活で学園に来るのだが会えないということはないだろう。だが、会う機会は間違いなく減る。
「はぁ……」
1ヶ月も夏休みなんてなくてもいいのに
「………ずき、夕葵ってば!」
「っ!! な、何だ!?」
涼香が私の名前を呼んだことに驚いて私は慌てて涼香を見た。
私が話を聞いていなかったので、少し膨れる。
「もう、聞いてなかったの?」
「す、すまない。何の話だった?」
「……明日みんなで水着を買いに行こうかっていう話」
そういえば、さっきまで明後日に球技大会の招待券を使ってプールに行こうという話をしていたのだった。
「夕葵、明日部活は?」
「昼までだ。午後からなら時間は作れるし、明後日は休みだ」
「おっ、みんな予定が揃ったね」
主に私が部活関連で休日などは一緒に遊びに行けないことが多い。
「じゃあ、明日の午後にいつものモールに集合ね」
「楽しみです!」
「高城先生も一緒だったらいいんだけれど」
涼香がそう言うと全員が落ち込んだようにため息をこぼした。
結局、先生を誘ういい口実が見つからなかったのだ。正面から誘っても間違いなく断られるのは分かりきっている。
「………なんというか、このままじゃだめな気がするなぁ」
観月がぼそりとそんなことを言った。
「このままじゃダメって?」
「歩ちゃんがアタシ達の気持ちに気が付いてくれる、受け入れてくれるのを待っているだけじゃあダメだっていうこと」
それはみんな思っていることだ。
「今すぐどうこうしたいっていうわけじゃないけど」
「少しはレディとして見てほしいです……」
歩先生からすれば私たちはあくまで生徒だ。
女性として見てはいないだろう。
というより先生の立場からすれば見ては不味い。けれども、いつまでも子供のままは嫌だ。
どうしようもないジレンマが私たちの中であった。
「やはり、この夏休みを利用して先生と生徒という認識を僅かながらでも崩すことが必要か」
この後も色々と話をしたがやはり具体的な案は浮かぶことはなかった。
「……とりあえず、また明日にしようか」
「そうね。じゃあ、観月しっかりと課題を終わらせてね。先に課題を終わらせないと一緒に遊ばないから」
「う、一緒に勉強とかは……」
「宿題写すのはなし、夏の課題は1学期の総まとめだから、しっかりとやってね。じゃないと受験勉強なんてしても無駄だから」
「私も一緒にやりたいです」
「うん、もちろん」
明日も、明後日も一緒に遊ぶ約束をして、私たちはそれぞれ帰路に着いた。
◆
涼香
「ふふっ」
今日は家の手伝いで店頭に出ていた。
お店の手伝いではあるけれど、お母さんはバイトという扱いでちゃんとお給料をくれる。私にとって夏休みは懐を潤すのに恵まれた環境だ。それに自分のペースで生活できるのは心地がいい。
店頭に出る用に三つ編みに髪型を変えて黒縁メガネをかけ、地味な女の子を演出する。
鏡を改めて見て髪に乱れがないかを確認しているとお母さんに呼ばれる。
「涼香ー。この雑誌店頭に並べておいて」
「はーい」
お母さんが私を呼んで、包装された雑誌を渡す。
渡されたのはファッション雑誌でこの夏のトレンドがメインになっていた。
その中から一冊手に取って私用に残しておく、こういう時は本屋の娘という立場は得をした気分になる。もちろん後でお金は払う。
店内の忙しさはピークを過ぎていたからか一旦落ち着いていた。
けれど、明日から夏休みが始まるからか多くの学生の姿があった。みんな手に取っているのは夏休みの話題が乗った雑誌ばかりだ。
お母さんから受け取った雑誌をカートに乗せて本棚の元へと運んでいく。
やっぱり夏休みが始まるからなのかレジャー施設やファッション誌の売れ行きがいい。
品出しをしていると、手元に影が差す。お客さんが商品を手に取るのを邪魔になってはいけないと思い横によける。
「やあ、涼香」
「…………」
私の名前を呼ぶ声がしたけれど、空耳だよね。
「涼香!」
「………何かお探しでしょうか?」
私の名を呼び捨てたのは、会いたくない男ランキング第一位の古市君がいた。
学校帰りなのか秀逸学園の
「ははっ! なんでそんなに他人行儀なの? 店番中だからってべつにいつも通りの口調でいいんだよ」
――他人行儀って他人じゃない。
なんで私を自分の身内のように一括りにするんだろう。
「何かお探しでしょうか?」
さっき言った私の声が聞こえていないようだったのでもう一度問いかける。一応、お客様だから最低限の対応はする。
「いや、涼香の姿が見えたから声をかけただけだよ」
――仕事の邪魔なんだけど!
こんなのはカフェとかで悪戯に店員さんに声をかける迷惑な客と一緒だ。
「それでしたら、用がある時にお声をおかけください」
まだ店の奥には並べなくちゃいけない雑誌がたくさんある。
仕事に集中したくて目線すら合わせず私は本棚に雑誌を並べていく作業に戻る。
その作業を見ていた古市君は私が並べた雑誌を一冊手に取って表紙だけを眺めると露骨にため息をつく。
「夏休みだからってみんな浮かれすぎだよね。この表紙の女たちなんてみるからに頭が悪そうだ。夏休みっていうのは自分を高めるいい機会だっていうのに」
別に夏休みをどう過ごすだなんて人の勝手だ。それこそ多感な高校生は親に「勉強しろ!」なんて言われれば余計にやらなくなる。
「今が良くても、10年後はどうなるかはわからない。僕たちは10年後の勝者になるんだ。だから涼香、明日から一緒に勉強しないかい? もちろん、僕は部活があるから毎日とはいかないんだけれど」
勝者って何?
勉強ができれば勝者なの?
目標がないのにただ勉強するよりも夢のために一生懸命勉強しているほうが素敵だし格好よく見える。
だから私は観月の事を応援したいって思える。
「明日は友達と買い物に行きますので」
お客さんと店員という線引きはしておきたいので敬語はやめない。
「じゃあ、明後日は?」
「明後日は友達と遊びにいきます」
「遊んでばっかりじゃないか!!」
先約があることを伝えると古市君は見るからに不機嫌になる。
ポーカーフェイスができない、まるで子供みたいだ。勉強なら頭のいいお友達を誘えばいいじゃない。最悪一人でもできるし。
古市君が大きな声で私の生活を非難するから結構な人の注目を集めた。
「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので」
それとなく注意すると声のトーンを落とすけれど、彼の抗議は止まらなかった。
「まだあの連中と遊んでいるのか!?」
「また私の友達を悪く言う気ですか? やめてください」
「キミの品位が下がる。今すぐに縁を切るべきだ。夕葵の家だって実は……」
「元々そんなに品位なんてものはございませんし、「品位」か「友達」かなら私は友達を選びます」
「それで君に何の利益があるんだ!!」
ほんとに話が伝わらない。
交友関係で損得を考えないといけないなら、友達なんて一生できない。
それに、それをいうならあなたと一緒にいて私にいったい何の利益があるの?
古市君と私では価値観がまるで違う。友達の罵倒する。だから彼と一緒にいるのは楽しくない。
「店員さーん、すいませーん」
「……呼ばれていますので失礼します」
私はお客さんに呼ばれたのを幸いに思い、急いでそちらへ向かうために歩みを進める。まだ後ろで私を呼び止めようとする声が聞こえてくるけれど、全部無視した。
「おまたせしまし、た?」
「店員さん、この本の新刊ありませんか?」
私が声に詰まったのは少し驚いたからだ。
「高城先生……」
「なんだか、困ってそうだったから呼んだんだけれど……違った?」
「い、いえ、ありがとうございます」
仕事帰りにうちの店に寄ってくれたみたいだった。
困ったときに助けてくれた。少女マンガみたいな展開に少しドキドキしている自分がいる。オープンキャンパスのプリントを手渡した時に少し距離を置かれたような気がしていたからちょっと気がかりだった。
「ナンパだった?」
「ち、違います。ただの小中学の同級生です」
「知り合いなんだ」
「はい、
先生に変な誤解はされたくないから私はすこし、部分を強調して説明した。
「なら、この本の買うからこのままレジへ戻って」
「ありがとうございます」
その後は、先生と一緒にレジへと向かって、古市君の拘束から逃れることができた。
何というか本当に先生はタイミングがいい。
どうしていつも私が困ったときに助けてくれるんだろうか。
◆
「疲れた…………」
事務処理や手続き、一学期に終わりということでいろいろな仕事が一気に押し寄せてきた。
時間を見ればもう8時を回っていた。
夕飯を食べる暇もなかったからかなり腹が空いている。某チェーン店で購入した牛丼を早く食べたくて仕方がない。あと、買った新刊の漫画が読みたい。
今日は仕事の帰りに涼香さんの実家の本屋であるSAKURAへ行った。
――やっぱり、涼香さん人気があるんだなぁ
三つ編みに黒縁メガネで地味さを演出している。
だが、目立たないようにしている不自然な地味さだ。
よくよく彼女を見ればやはり気が付く人は気が付く。きっと今までもナンパされているんだろうな。
――そんな子がなんで俺なんかに……
考えを途中で打ち切る。
明日は土曜日ということでカレンダー通りに俺も休みだ。これを食べたらゆっくり寝よう。
「ん?」
車から降りると俺の部屋の電気が付いている。
朝出る時に消し忘れたかな。
電気代もったいないなーと思いながら、アパートの階段を上って、ポケットから鍵を取り出そうとすると玄関にも明かりがついていること、玄関の鍵が開いていることに気が付いた。
――…………もしかして。
部屋の扉を開けると、玄関には女物の靴が並べてあった。
「…………はぁ」
誰が来たのかはすぐに分かった。リビングに繋がる扉を開けると
「ぉ遅いぃ~~~~」
リビングにあるソファでぐでーっと身体を伸ばしている観月ではないJKがそこにいた。いくら観月でもここまでだらけることはない。昔は寝てることはあったけど。
「来るなら来るって連絡くらいしろ」
「さぷらいず~」
そんなやる気の無さそうなサプライズはないだろう。
どうやら俺が帰ってきた今の今まで寝ていたらしい。長いストレートヘアが若干乱れている。
「いつ来た? 鍵は?」
「うーん、終業式終わってからすぐにきたよ。鍵は実家にいた時の癖で植木鉢の所に隠すのいい加減辞めた方がいいよ。バレバレだから」
俺は鍵をなくしたときのために合鍵を敷地内の植木鉢に処に置いてある。このことを知っているのは大家さんと偶然見つけた陽太くらいだ。
「お前も寝るんなら鍵くらいしろ。一応、女なんだからな」
「一応とか余計。っていうか、私の夕飯は?」
「来るって聞いてないから買ってない」
「なにそれ! 可愛い妹が兄の帰りを健気に待っていたっていうのに!」
「だから来るって聞いていなかったからだよ!」
そう、ここにいるのは俺の妹である――
俺と苗字が違うのは、祖母が亡くなってから歩波は祖母と古くから親交があった黒沢家に養子として迎えられたからである。
俺は恩ある祖母の名字をなくしたくなかったので、俺は“高城”を名乗り続けている。歩波とも養子になったからと言って他人になったわけじゃない。黒沢夫婦も気のいい人だし、会いたいときに会わせてくれる。
「お腹すいたー」と親鳥に餌をねだる雛のようにうるさいので、冷凍物の食品をいくつか温めて目の前に置いてやった。
「
「うん、夏休みはこっちで過ごすからって」
「はあ!?」
嘘だろ……。
夏休み期間中こいつここに入り浸る気か?
「だってこっちの方が仕事場に近いし。おにい、またお墓参りに来ないといけないから」
「……ああ、そういえばオーディション受かったんだってな」
「そうだよ! もっと褒めて、私をもっと甘やかして!」
俺がオーディションの話をすると一気にテンションが上がり、はしゃぎだす。
歩波は高校生でありながら声優の仕事をしている。俺が担当しているクラスの生徒と同じ2年生だ。
つい最近になって来年に始まるアニメのメインキャラのオーディションに受かったと報告があったが……忘れてた。
「ちゃんとお盆は休日を取ったぞ」
「ならよし!」
俺の返答を聞くと上機嫌になる。
黒沢家では可愛がられてはいるはずだが、兄妹が離れて暮らしているのを寂しく思っているのだろう。
特別な日は家族と一緒にと言い出したのも歩波だった。それにわざわざ俺の所にまで来てくれたのは嬉しい。
夕飯を食べ終わり、満足気な表情を浮かべる。
「……明日は飯でも食いに行くか。オーディションの合格祝いってことで」
「やった!」
「今日は俺のベッドを使え、俺がソファで寝るから」
「うん、ありがと」
夏休み中いるのなら布団とかも置いておいた方がいいかもしれない。安いものであればショッピングモールに売っているだろう。
夏休みの初日は買い物で終わりそうだ。
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