第48話 疑い

 観月


 ――ばーか……


 歩ちゃんの授業中アタシは歩ちゃんの噂が頭から離れなかった。

 彼女がいるかいないとかそういう問題じゃあない。

 ただの嫉妬だ。


 我ながら独占欲が強いと思う。

 学生である自分が本当に悔しい。

 「もう少し早く生まれていたら」なんて何度も考えたことだ。


 ――はぁ~……歩ちゃんの生徒になるっていうのもいいけれど。こういう時は何とも言えないなぁ。


 テストの点数に目を向けると87点と、今まで見たことがない数字がテストの片隅に書かれている。

 元々、社会科科目は苦手って言うほどじゃないけど。ここまでの点数は取れたことがなかった。歩ちゃん驚いただろうなー。


 点数の近くに書かれている『よくできました!!』

 こんなメッセージにも頬が緩みそうになる。

 アタシだけなんてことは思わないけど、歩ちゃんに特別な何かをしてもらえるだけでこんなにも嬉しい。


 ――チョロイな、アタシ


 うん、ホント単純だ。

 まあ、ミズちゃんとのデートの件については、また改めて聞かせてもらうけどね。


 ……

 ………

 …………


 授業が終わると歩ちゃんはそそくさと教室から出て行った。ちっ、逃げやがったかあの野郎……。


 次に会えるとなるとやっぱり昼休みか放課後かなー。

 もうテスト期間も終わったから職員室や教科教員室にも出入りは自由だ。そんなところに行く物好きな生徒なんてそんなにいない。だからこそ話がしやすい。テストの採点ミス見つけたーとかそんな言い訳でいけばいい。


「ねえ、涼香。アタシ採点ミス見つけたから昼休みちょっと一緒に社会科教員室に行かない?」

「そうね。それなら私も聞きたいことがあるから行くわ」

「私も同行しよう」

「私も行きます!」


 3人の眼もどこか仄暗い。

 考えることはみんな同じか。

 歩ちゃんよ、昼休みに休めるなんて思うなよ。


「ところで話は変わるけど、テストどうだった?」

「自己採点と同じ点数だったよ。これはもしかしたらいけるかも……」


 全く涼香さまさまだ。

 でもこれからは頼りっぱなしっていうわけにはいかないし、自分でも頑張らないと。


「うーん社会科は文章問題少なかったし、英語とか国語は先生の解釈の違いもあって確実な点数とは言えないから……ね?」

「ここでそんなこと言わないでよ~」


 アタシは机に突っ伏して情けない声を挙げる。


「次返ってくるテストって確か……」

「英語だったな」


 うわ、苦手な科目だ。それに担当教員にも問題がある。


「小杉先生か……ひねくれた問題とかクセのある字だと減点にしやすいからな」

「ハイ、和訳の時に漢字を使わなかったからと減点されたことがあります」


 あぁー、それはいかにもやりそう。

 ほかにもわからない問題が合って質問したら、迷惑そうな顔で受け答えするし、それで成績が悪いとねちねち嫌味を言ってくるどうしたらいいんだが。


 周りを見れば難しそうな顔で休み時間を過ごしている人が多い。

 10分という短い休み時間が終わって次の授業開始のチャイムが校舎内に鳴り響いた。


 チャイムと同時に小杉が教室に入ってきた。


「はぁ……」


 小杉はこれ見よがしに息を吐く。

 なんで早速アタシ達をみてため息つくかなぁ。


「起立」


 夕葵の声で全員が起立し、挨拶をして授業が始まる。


「今からテストを返却する。順番に取りに来い」


 ぼそぼそと聞き取りにくい声でテストの返却を伝える。

 いつも通りに出席番号順で名前を呼ばれてテストが返却される。

 アタシはテストの答案用紙を目を閉じて受け取る。自分の席にまでテストを抱えるように戻って点数を見てみると


「62点……」


 おお、自己採点とあまり点数は変わりない。

 自分の中ではここまで英語の点数を取れたことはない点数がとれて内心嬉しかった。そりゃあ、歩ちゃんが見たら「喜ぶな」みたいなことを言われるかもしれないけど、十分に嬉しい。


 みんなの手元にテストが返ってくると悲鳴やほっと安堵の息を吐く人もいて反応はまちまちだ。そのまま、みんなでテストの見せ合いが始まる。


「涼香、ありがとー」

「やったね。じゃあ、お・・のこともよろしく」

「うっ……」


 まあでも今回いい点数がとれたのは涼香のおかげだし……けどなぁ。


「こ、今度、アイス驕ってあげるから。それで」

「え? なんですって?」


 聞こえない振りするのやめて。


「はぁ……まったく、なら今度ご飯でも驕って」

「えっ、それでいいの!?」

「そんなに喜んだ顔しないで、こういうのは自分でやらないと意味ないし、ズルいと思うから……」


 そう言う涼香の横顔は、本当に覚悟を決めたみたいな顔をしていた。


 ――やっぱり、歩ちゃんの事が本当に好きなんだな……。


 けれど、負けたくない。アタシだって、ずっと本気なんだから。


「今回、平均は68点だ」

 

 げっ、平均以下……涼香がニコリとアタシを見て笑う。うん、後で謝ろう。

 

 小杉の話が始まって教室内は一気に静かになる。小杉の不機嫌そうな声がアタシ達の耳にまで届いてくる。


「何、この平均点。僕が今まで教えてきた時間を返してほしいよ。君ら僕が担当しているクラスの中で最低の平均点だよ。こんな点数で大学に進学できるって思ってるのかい? 桜咲、夏野という学年トップクラスの生徒がいるはずなのに、その他大勢が足を引っ張らないように頼むよ」


 うわ、早速始まったよ。


「なら、イチから説明してあげるから今度はちゃんと聞いているように」


 そう言って、アタシ達に背を向けて黒板に英文を書いていく。しかも字が小さから見えにくい。


「あいかわらずだな」

「そんな態度だから、勉強する気失せるんですよー」

「英語の教科書開くと小杉の顔がちらつくもん」

「アンタのために勉強してるんじゃないつーの」


 クラスのみんなはひそひそと小杉の悪態をつく。

 小杉は勉強のできる生徒とそうじゃない生徒の扱いにはかなり差がある。小杉が嫌われている原因の1つだ。


「先生。もう一度お願いします」


 お、勇気ある生徒が質問する。

 けれど小杉は迷惑そうな顔をしてこちらを向く。


「はぁ? なんで一回で理解できないかな」


 そりゃ、アンタが黒板の方ばかり向いていて話すから声が聞こえにくいからだよ。嫌味を言う時だけこっち向くの勘弁してくれないかな。

 結局、その問題は後で質問しに来いと言うことで生徒の発言は流された。


 精神的にむちゃくちゃ疲れる授業がようやく終わった。


 アタシは自販機でジュースでも買おうかと思って財布を取り出して、涼香たちと教室を出ようとしたときだ。


「……沢詩、少し話がある。すぐに職員室に来い」

「え……」


 小杉に呼び止められて、アタシに職員室に来るように命令してくる。

 それに、なんだが少し苛立った様子だ。


 ――なんでアタシ? しかも今すぐって……


 涼香たちにチラリと先に行っててと視線を送る。涼香たちも頷いて教室を出ようとすると。


「来いと言っているだろうっ!」


 アタシの動きが遅かったからか、いきなり怒鳴られて賑やかな教室が一気に静まり返った。

 アタシも驚いて肩を震わせてた。一瞬、本気で小杉にビビった。


「行くぞ」


 いきなり、アタシの腕を掴んで強引に教室から連れ出していく。


 痣が残るのではないかと思うほどに強く掴まれる手首、小柄な小杉の手でも女性の手とは明らかに違う筋肉質な手に、べとっと肌に染み込むようにつく手汗……。

 

 それを感じた瞬間にアタシは中学の時の出来事を思い出した。


「いやっっ!!!」


 手を振り払って小杉を思いっきり突き飛ばしてしまった。

 小杉は盛大に吹っ飛び、教室の机にぶつかり尻餅をついた。


 思った以上に大きな音が響き、他クラスの生徒たちも騒音を聞きつけてクラスの様子を見に来る。


「沢詩……お前、教師に乱暴するとは」

「あ、ごめんなさい」


 アタシは掴まれた手に視線を落とすと小杉の爪が引っ掛かったのか2本の筋がから血がにじみ出てて少し痛んだ。


「お前は本当にどうしようもない奴だな」

「……スイマセン」

「生徒指導室に来い」


 そのまま、アタシは小杉に連れられて行かれることになった。

 反射的にとはいえ、これはアタシが悪い。


 ◆


 俺は社会科教員室で三者面談のための資料を作っていた。

 日頃の授業態度や日常生活などそういうことも親御さんに話す必要だってある。生徒たちは家では家、学校では学校とそれぞれ見せる姿は違う。


 観月がいい例だろう。

 学校では派手な外見で過ごしているが、家に帰れば弟の面倒をみて、家事もして、めっちゃくちゃお母さんしている。


 ――まあ、このこと知っている人なんて俺くらいか。


 だから、学園の先生方にはあまりいい目を向けられていない。

 先生方は学校にいる観月しか知らない、だからステレオタイプの見方しかされない。いや、ステレオタイプというよりかは偏見か。


 だけど、今期のテストは本当に頑張ったと思う。

 去年は、赤点で補習に来ては机の上で唸っていたのに何か思う所があったのだろうか。もしかしたら、行きたい大学もできたのかもしれない。


 なら、今度の三者面談の時には何を話そうか。 

 今更、大家さんと観月に担任として話すなんて妙に照れくさい気もするんだけど。


 ……

 ………

 ……………


 三者面談の資料を作成してるとあっという間に午前中の授業が終わって、昼休みになった。

 ちょうど、ひと段落ついたところなので、俺はいつも通りに食堂へ向かう。

 午後からも授業があるので食べないと持たない。


 教員室に鍵を掛けて廊下を歩いていたその時だ。


「センセ!」

「ん?」


 カレンが小走りでこちらへとやってきた。

 いつものようにハグが来るかと身構えるがそんな様子はない。本当に切羽詰っているみたいだった。


「どうした?」

「み、観月が小杉先生に連れて行かれて帰ってこないです!」


 確か、俺の授業の後が小杉先生の授業だったはずだ。

 俺の授業は1時間目にあったからつまり午前中の授業は半分も出ていないということだ。


「どうしてだ?」

「あ、あの、観月が小杉先生を突き飛ばして、暴力を振ったからって!」


 その言葉を聞いて、いまいち状況が理解できなかった。

 無暗に暴力をふるう子ではないことは分かりきっている。


「何処に連れて行かれたか分かるか?」

「生徒指導室です。涼香さんや夕葵さんが行ったみたいですけど、誰も入れてもらえなくて……」


 小杉先生以外の先生も?

 とにかく、生徒指導室に行ってみよう。

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