第47話 噂
金曜日の食事の後は何事もなく、水沢先生を最寄りの駅まで送り届けた。
家まで送り届けようかと思ったのだが、依然送り届けた時にご両親からいろいろ問い詰められたということで今回は遠慮された。
駅まで送り届けた後に百瀬から連絡があり、少しだけの飲みに行った。
その時に百瀬から聞きたいことがあったので聞くこともできた。
観月、カレン以外にも俺の見舞いに来てくれた生徒がいたということが分かった。
そして、その生徒が誰かということも百瀬との話で分かった。
……
………
…………
テストの採点で土曜日も出勤ということになったが採点は何とか終わった。休日出勤も手当てが付くからいいんだけれど。毎回は応えるな。
日曜日は透たちとフットサルをして鬱屈した気分も十分リフレッシュできた。
そして月曜日の今日、1時間目から俺のクラスの社会科の授業があるので、期末テストを返却する。
職員室のデスクにつきテストの点数の集計を行っていた。
「高城先生、テストデータです」
「ありがとうございます」
職員室で1組の教科担任の先生たちから学級担任の俺に採点を記されたデータが送られてくる。これらのデータは夏休み前にある三者面談や進路相談で使用させてもらう。
俺がデータを受け取ってノートパソコンにそれらのデータを移している途中で、4水沢先生が出勤してきた。
「高城先生、おはようございます。金曜日はありがとうございました」
「俺の方もありがとうございました。おかげで美味い物が食べれました」
「そ、そうですか……家に帰って甘い物とか男の人はあまり好きではないのかと思ったのですけど」
「いえ、俺は甘い物は好きですから、よかったらまた誘ってください。1人だとどうしてもそういう類いの店には入りづらいので」
男一人で甘い物を食べにその手の店に入るのは少し俺には抵抗があった。
辛いものより甘い物が好きな俺は家や学園に甘い物のストックしてある。
「は、はいう!」
水沢先生が少し噛みながらも了承してくれる。
水沢先生は自分のデスクに向かおうとしていた所で、荒田先生と結崎先生に捕まりどこかへと連れて行かれた。
帰ってきたときには水沢先生と荒田先生がどこかぐったりとしていた中、なぜか結崎先生だけが満足そうに帰ってきた。一体、何があったのだろうか。
水沢先生と一緒に廊下を歩いて教室へ向かう。
予鈴は既に鳴っているので廊下にはそれぞれの教室へ向かう担任と副担任の教師しかいない。
1組の教室の前に立つと何やら教室の中がいつも以上に騒がしい。
扉を開け教室に入ると一瞬でこちらに注目が集まった。
全員が一斉にこちらを向くものだから少し驚いた。テストの結果でも気になっているのか?
SHRで今日の連絡事項を伝える。
その時にも視線が俺たちに集まっているような気がした。
いや、俺の言葉に耳を傾けてくれるのはありがたいことだけど。
――なんだ、この違和感。
なんだか、むず痒い物を覚えていた。
「では、高城先生。私は1時間目に授業がありますので」
「はい」
水沢先生は1時間目に授業があることを俺に伝えると先に教室から出ていった。水沢先生は特にその視線に気が付いた様子はない。
生徒たちの視線はテストの結果が気になっているのかと思っていたのだが少し違う。
俺を見てなぜかニヤニヤしているのだ。
寝癖でもついているのかと思い、確認したがそんなこともない。
それだけならいい、問題があるとすれば……
「「「「………」」」」
観月、涼香さん、カレン、夕葵さんの視線がどことなく痛いのだ。
それは男子たちの視線も同様だった。
見ているというか、睨みつけられている。悪い言い方をすればガンを飛ばしてる。
クラスの違和感の正体を掴めないまま授業の開始時間となった。
さっそくテストを返却することにしよう。
「はい、今からテストを返却するから」
「「「はーい」」」
いつもこんな時に、「えー」「いやー」などの悲壮の声が響き渡るはずなのだが、そんなリアクションもない。本当に何なんだろうか。
1人ずつ名前を呼びながらテストを返却していく。
「相沢ー」
「チッ……はい」
おい、なんで今舌打ちした。
テストが終了してから席はいつも通りに戻してあるので出席番号順にテストを取りに来る。途中から名前は呼ばずとも生徒たちが自負的に取りに来た。
テストデータを見させてもらったが、涼香さんは相変わらず学年トップであった。夕葵さんも学年10位に入っており、カレンは古文などの国語科目で点数を落としていたが、追試を受けるほどではない。
一番心配だった観月だが全科目平均点ギリギリではあるが1年の時と比較しても点数が伸びていた。
本当によく頑張ったと思う、今回は全て追試を回避してみせた。後で労ってあげよう。
「じゃあ、今からテストの解答を説明していくから、分からない箇所があったら質問すること」
ミスはミスのまま終わらせたくはない。そのままわからないところを引きずり続けてしまえば何も得るものがない。
「じゃあ、最初の問題だけど……」
「先生ー質問でーす」
……まだ問題すら言ってないぞ。それ絶対、テストに関係ある事じゃないよね。
「……採点ミスでもあった?」
「質問でーす」
「「「水沢先生とデートしていたって本当ですか?」」」
俺はその質問に呆気にとられた。
「いきなりどんな質問かなぁ……」
全く授業に関係のない質問に俺は呆れた声で返した。
「私たち、テストが終わった後、カラオケに行ったんですけど、その帰りに駅で2人を見たっていう子がいるんですよ」
「……ああ。金曜日か」
水沢先生と一緒にいたと言った時にはそのときくらいしかない。
土曜日は俺はずっと社会科教員室にいたから水沢先生と顔を合わせることはなかった。というよりそれくらいしか心当たりがない。
「やっぱり! デートだったんですか!?」
一部の女子が色めき立つ。
君らの年頃ってこういう話題好きだよね。
今朝から君らの様子がおかしかったのってこのことが原因か。
「違います。仕事帰りに食事に行っただけです」
水沢先生の名誉のためにもここは否定しておかなければ。変な虫がついていると思われたら水沢先生が大変だ。
「それ、十分デートじゃないですか?」
あれ、そうなのか?
食事に行っただけで別にどこかに寄ったわけでもないし、何かしたわけでもない。いまいちそのあたりの線引きが分かりにくい。
「ちなみに何食べたんですか?」
「最近できたフレンチレストラン」
「「「「「「デートじゃん!!!」」」」」」
俺が質問に答えると嬉々として生徒たちが質問しだした。
「どこ、どこのフレンチ!?」
「最近できたラ・パルフェって店」
「「「「おぉーーー」」」」
俺の答えにクラスの女子たちは一気に色めきたった。そして、男子は射殺すような視線を俺に送ってくる。
このままでは収拾がつかなくなりそうだ。そう思い始めていると……。
トン――――。
夕葵さんが机を叩いた。
大きな音ではないが、まるで静かな水面に小石を投じたかのような波紋が生じるようだった。
その一石はみんなの注目を集めるには十分だった。
「……歩先生、授業を進めてもらってもよろしいでしょうか?」
「は、はい……」
夕葵さんの一言でクラスは一気に静かになる。なんだろう、怖い。
「……なんか夏野さん怖くない?」
「口は笑ってるけど、目が全く笑ってないよぉ……」
口元には笑みが描かれているが、見ている人の心を凍てつかせるような笑みを浮かべてる。
夕葵さん、授業を妨害されて怒るのは分かるけど、光の無い目でこちらを見るのはやめて頂けませんかね。
◆
夕葵
時間は朝のSHR前にさかのぼる。
「ねえねえ!! 聞いてよ!」
いつもの4人で朝のSHR前に話をしていると、クラスの女子の1人の大きな声が教室中に響き渡った。
何やら興奮して騒ぎ出すので自然とクラスメイトの視線を集めた。
「なによ……今日テストが返ってくるから正直アンタのテンションに付いて行くの大変なんだけど」
「金曜日は楽しかったのになぁ……」
「なにとぞ補習だけはっ!」
「その金曜日にある事件が起きてました!」
そのグループの子たちは首を横に揃えて傾ける。
それが何かを尋ねる前にその子は口を開いて語りだした。
「高城先生と水沢先生がデートしてたんだよ!」
「マジ!?」
「えー……うそ~……」
驚きや悲しみの声がクラス中に響き渡る。
そして教室の中の関心を独占するのに十分な話題だった。
「くっそ高城先生の野郎~! うまいことやりやがって!」
「あの人はいつも財を独り占めしやがる!」
そこに男子の妬みの声が加わり、自然と外部のクラスにまでこの噂が飛び越えていくまでに時間はかからなかった。
教室の外もにわかに騒がしくなっていく。
「水沢先生か……」
涼香がポツリとそんな言葉をこぼした。
「ムゥ……」
「……うわぁ」
それに続くようにカレンも観月も分かりやすく落ち込んだ。
歩先生の周囲には東雲さんといい、水沢先生といい大人の女性が周囲にいることに気が付かされた。
2人とも歩先生の年齢を考えればお似合いと言ってもいいくらいの女性だ。年齢だけじゃなくても、同じ女性から見ても十分魅力的人たちばかりだ。
――高城先生はあれくらい年齢の女性が好みなのだろうか。
でも、それは普通の事だ。
むしろ、7つも年上の先生を好きな私たちの方が変わっているのかもしれない。
『しばらく彼女はいらないな』
以前、ショッピングモールで歩先生が言っていたことを信じるのであれば2人はまだ交際はしていないはずだ。
だからと言って安心はできるわけない。
「えーでも、お似合いじゃない?」
「なら……なら! 藤堂君はどうなるの!?」
「そっち?」
ガラリ――
教室でいろいろな噂で盛り上がっていると歩先生と水沢先生が教室へと入ってきた。2人ならんで教壇に立つ。
毎朝のいつもの光景だが、今日は少し違って見えた。
改めて二人を見れば一緒に立っているだけでも十分絵になる。なにより
――……自然だな……。
何の違和感もないのだ。
私たちが傍にいても教師と生徒なのに対して、あの2人は対等だ。
教師と教師、大人の男女だ。
当然なのだろうけどそれで納得なんてしたくない。
あの人の釣り合うような女性になりたい。
けど、嫉妬くらいはしてもいいはずだ。
――そうですよね、歩先生?
◆
カレン
テストの結果はいつもより勉強できたおかげでいい点数が取れました。けれど私の頭の中では――、
――センセとデート……。
その単語が私の脳裏をよぎってセンセの言葉が全く耳に入ってきませんでした。
観月もセンセとデートしたことがあると聞きました。
――ズルいです! 私も一度くらいデートを……
今度のプールでは、涼香さんに先生と二人っきりになれる時間が与えられるます。けれどセンセがまだプールに来るとは決まったわけではありません。
もう少しセンセと一緒にいられる時間を増やすにはどうすればいいでしょうか。
センセは水沢先生が誘ったら行くのでしょうか……。
――というより、センセは私の気持ちを知っていながら水沢先生とデートしていたんですねっ!
たしかにまだ返事は聞いていませんが……ちょっとくらい私を意識してくれてもいいのではないでしょうか。
ちょっと嫉妬を混ぜながら私はセンセの声に改めて耳を傾けます。
◆
さっきまで俺をおもちゃにしてからかおうとしていた空気が一変した。
――寒い……
教室の温度計を横目に見れば28℃を超えているにもかかわらず。
暑いと言ってもいいくらいの気温なのに、俺は二の腕をさすっていた。うわ、鳥肌立ってる。
「次の答えは……」
心なしか声も少し震えている気がする。
生徒たちもどこか現実から目を背けるようにペンを走らせていた。ここまで静かな教室は初めてかもしれない。
「高城先生……1つ問題を飛ばしています」
「あ、ゴメン」
涼香さんの声で俺はテスト問題を1つ飛ばしていることに気が付いた。この絶対零度の空気の中、涼香さんはいつもと同じ様子だ。
そして、授業を終えるチャイムが聞こえた。
ようやくこの空気から解放されると思い教室から出ていく。
なんだか一時間目からものすごく疲れた。
幸いにも次の授業はないので少し休憩させてもらおう。
職員室に入り、自分のデスクに着くと少し遅れて水沢先生が入ってきた。
「あ、高城先生……」
俺に気が付くと、顔を真っ赤に染めてすぐに職員室から出て行った。
きっとあれだな、俺と同じように生徒に金曜日のことを言われたんだろう。これは当分、話しかけてもらえないかもしれない。
「まったく、あの子ったら」
結崎先生はしょうがないと言わんばかりにため息をついている。
「で、実際の所デートじゃなかったの?」
結崎先生、貴方もそれを聞きますか。
「違いますよ。水沢先生が俺を食事に誘ってくれただけです」
「うわ……」
なぜ結崎先生は俺を信じられないようなものを見るような目で見るんでしょうか。
「まあいいわ。それより、百瀬って言う店員さんの事を聞かせてもらえる?」
「? ええ、構いませんが」
なぜ、結崎先生が百瀬の事を聞きたがるのかは知らないが、当たり障りのない程度で百瀬の事を話した。
「あ、写真ありますけど見ますか?」
「見せてくれる?」
「はい、どうぞ」
「あら、本当に可愛らしい子ね。嵐の好みにぴったり」
あー……結崎先生も百瀬と荒田先生の事を知っているのか。
開店記念パーティーに呼ばれたときにそこに荒田先生がいたのだ。
俺はその時に、俺と水沢先生も百瀬と荒田先生の関係を知った。百瀬の彼女が荒田先生だったとは予想していなかったけど。
荒田先生に半ば脅されたけど、知られてるのなら隠せるものではないし。詳細に二人の事を語らさせていただく。
「やっぱりあの子、そっちの趣味あるのかしら」
「いやぁ、あいつ男らしくなりたいってよく言ってますよ? 女の子イメージは勘弁してあげて下さい」
「無理ね」
即答ですか。
「まず職業からして可愛らしいイメージをもたれるし、この子は本当に男の子かどうか疑いたくなるくらいの可愛い子だもの。なんなの子の肌のきめ細かさに綺麗な髪。身体も華奢だし何を食べたらこんなふうになるのよ」
百瀬すまん。俺も何も言い返せない
その後、俺と水沢先生の事を聞きつけた年配の先生方が俺を尋問しはじめ、百瀬の事を話したことを知った荒田先生が俺を本気で襲いに来たのであっという間に午前は終わった。
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