第45話 居残り

 期末テストまで残り一週間、生徒たちの中では休み時間も教科書やテキストにかじりつき勉強している姿が見られるようになった。

 そんな校内を横目に見ながら、俺と水沢先生は廊下を歩いていた。


「やっぱり、この時期は校内がピリピリしますね」

「そうですね」


 1組の教室を見ると休み時間にも拘らず、勉強している生徒がうちのクラスにも結構見られた。

 その勉強している生徒の中に観月と涼香さんの姿があった。


 ――珍しいな。


 どうやら観月は涼香さんに勉強を教えてもらっているみたいだ。観月は苦悶の表情をしながら教科書とにらめっこをしている。


 ――頑張ってるんだな。


 観月はこれと決めたらなかなか譲らない所がある。

 それが勉強面で発揮されるのであればそれは喜ばしいことだ。

 心の中で生徒たちにエールを送り、その場を離れていく。今回のテストはちょっと期待をしてみよう。


 職員室に入ろうとドアを開けると――、


「うお!」

「っと、すいません。小杉先生」

「ちっ、高城か……ったく気を付けろ」


 後半の部分は小さな声で俺に聞こえないように呟いたみたいですけど、舌打ちと一緒にばっちり聞こえてました。小杉先生は2年の英語を担当している小柄で小太りの眼鏡をかけた男性教師だ。


 名門大学を出ていることや留学経験があるという言動が鼻につく。生徒たちからもあまりいい噂を聞かない。

 これは観月から聞かされたことだが、英語の授業が苦手な生徒をしつこく当て続けて、嫌味をたっぷり生徒に投げかけたりするらしい。


 俺を一瞥したあと小杉先生は小太りな体を揺すりながら俺をよけて職員室から出ていこうとするのだが


「小杉先生、これから授業ですか?」

「み、みみみ、みじゅさわ先生! ええ、ええ! 授業ですとも!」


 俺の後ろにいた水沢先生に気が付くと、わかりやすいくらい動揺して小杉先生はそそくさと足早にこの場を離れていく。

 真っ赤になった顔を見る限りそういうことなんだろう。


「あ、いけない。私も次授業でした。では失礼します」


 水沢先生は次の授業が自分の担当だということを思い出し、急いできた道を戻って行った。


 ◆

 観月


 テストまで残り1週間を切った。

 テスト一週間前は基本的に職員室や教科教員室は入室禁止になる。

 その間、大会を控えている部活以外は休みになるからテスト勉強に集中しろっていうことだよね。料理部は大会とかもないから休みだし。


 いつもだったら、テスト準備期間と同時に友達と遊びに行っているんだけど、ここ最近は涼香に勉強を教えてもらうことが続いてる。

 「付き合い悪いぞー」と友達に言われるけど、アタシが勉強していることを説明すると納得はしてくれた。むしろ、友達も勉強を始めたらしい。


 もちろん、涼香に教わる以外にも家で宿題や涼香にやってくるように言われた範囲を頑張ってやってる。


 おかげで最近寝不足だった、それに今の授業は英語の授業でもう本当に眠い。


「なら、この問題を~……峰岸やってみろ」

「え、あ……すいません、わかりません」

「前に出てやってみろ」


 まーた小杉が英語が苦手な生徒を当ててる。

 いちいち前に立たせて問題を解かせようとするから余計にたちが悪い。

 しかも「わからない」って言った時、少し笑ったよね。


 苦手な生徒を名指しする、このパターンにほかの生徒たちからも溜息が聞こえてくる。嫌味を言う生徒はアタシを同じように授業についていけていない子やクラスの中で暗い子や目立たない子が多い。


「またやってる」

「担任は高城先生でアタリだったけど、英語が小杉とか」

「ないわ~」


 溜息に続いて、みんなから小杉に対してグチがこぼれ出た。


「なんだ、解けないのか? はぁ……ボクがこれまで教えてきたのはなんだったのか……時間を返してほしいね」


 だから、わからないって言ってたじゃん。

 なんでそんなに恥かかせようとするかなー。


「なら、沢詩やってみろ」


 げっ……ここでアタシを指名する!?


 ここで「分かりませーん」って言っても小杉はアタシを前に立たせて問題を解かせようとする。


 小杉の思い通りになるのは癪に障る。

 だから、アタシは黒板の前に立ってチョークを持ち問題と向き合う。


「君に、ここの文法が分かるかな~」


 ウッゼー……。

 自分がイギリスに留学していたからと言ってよく自慢げに英語を披露するけど、全くこっちは伝わってませんからね?

 他の先生の前では絶対にこんなこと言わないのに授業中は生徒の前だと態度が大きくなる。


「……え~っと」


 今目の前に書かれている問題には既視感があった。

 多分、涼香がテスト範囲で出てくると予想してくれたところだ。文法はなんとなく覚えてるんだけど、単語まではまだ追いついていなかった。


 英文を書いている途中で手が止まってしまった。


「……ここまでか……仕方ないなー」


 アタシは悔しい思いをしながらもチョークを置いた。

 心の中で涼香に後で謝ろうと思った。


「沢詩。お前、こんな問題も解けなくてどうするんだ。テスト大丈夫かぁー?」


 嬉しそうにアタシが問題を解けなかったことを指摘する。

 アタシは何も言い返せずに自分の席へと戻っていく。


「ここはな……」


 小杉が説明し出すけど、アタシはほとんど耳に入ってこなかった。

 涼香にこっそりと小声で話しかける。

 まずは勉強を教えてくれた涼香に謝りたかった。


「涼香。せっかく教えてくれたのにゴメン」

「ううん。文法はしっかり使えてたよ。後は単語しっかり覚えよう。観月は単語覚えるの早いからきっと大丈夫」

「ん、ありがと」


 めっちゃいい子だなー。ほんと泣けてくるよ。


「あ、それと今日は勉強会はお休みでもいいかな? ちょっと家の用事があって」

「アタシの方が頼んでるんだし、涼香の都合に合わせるよ」


 今日の勉強はアタシ1人か……。

 せっかくだし今日分からなかった英語を重点的にやってみようかな。


「沢詩! 聞いてるのか!」


 うわ、涼香と話しているのを聞かれたみたい。

 でもこれはアタシが悪いか。涼香も立ち上がろうとするけどそれより先にアタシは声を出した。


「すいませーん。聞いてませんでした!」

「お前、分からなかったくせに先生の話を聞かないとはどういう了見だ。わざわざお前のために説明してやってるんだぞ?」


 “くせに”って言い方やめてくれないかなー。

 すごく見下されている感じがして気分が悪い。それにアタシのためっていうのも嘘、ただミスを指摘したかっただけでしょ。


「あとでプリント取りに来い。それが終わるまで今日は帰るな」


 げっ……余計な課題が追加された。

 でも、最近はママも帰ってくる時間が早いし、夕飯の準備もしなくていいから大丈夫かな。


 その後は、小杉が不機嫌そうに授業をして今日の英語の授業が終わった。

 あー……課題めんどくさいなー。


 ◆


 いつもなら授業のプリントを取りに来てくれる夕葵さんもしばらく教員室に姿をみせていない。


 テストは既に作成を終えて学年主任である江上先生に渡してある。

 その間、教師たちは休み……などということはなく、授業の準備や夏休み前にある進路相談の準備に追われる。教員が定時に変えられる日なんて本当に限られている。


「あー、終わった……」


 今日も授業を終え、雑務をこなすと時間は既に19時を回っていた。

 ぐっと身体を伸ばし身体のコリをほぐす。

 部活の顧問を持っている先生もすでに帰宅しており、職員室には俺しか残っていない。


 そして、ようやく明日の準備も終えて帰ろうかと思い駐車場まで行くと1組の教室に明かりがついているのが分かった。


「誰か残ってるのか?」


 消し忘れということなら翌朝にでも色々と言われる。

 朝から注意を受けるというのは気分が悪い。だから、もう一度校舎へと戻り、1組の教室へと入る。


「……観月?」


 意外な子が残っていた。

 机の上にはシャーペンとか辞書が置いてあることから勉強していたみたいだ。


「あ、歩ちゃん」


 俺の声に観月ははっと顔を上げる。


「こんな遅くまで勉強しているのか?」

「ううん。これ小杉に出された課題」


 小杉先生を呼び捨てなのはこの際、置いておく。


「観月だけか?」

「あはは、ちょっと授業中に注意受けちゃって、終わったら持って来いって」

「……先生方は俺以外帰ったぞ」

「……やっぱり?」


 特に小杉先生なんて顧問の部活もないからいつも最初に帰る。

 だけど今回は自分で課題を出しておきながら面倒を見ないのは明らかな怠慢だ。


「いいよいいよ、いつもの事だし。明日、渡せばいいかなー」

「まったくあの先生は……どれくらい終わったんだ?」


 観月のプリントを覗きこむとだいぶ終わっている。

 後半は長文問題でどうやらそこで手間取っているみたいだった。

 テストまでもう時間がないというのに何を思ってこんな問題を渡したのやら。俺にはただの嫌がらせにしか思えなかった。


「ちょっとずつやってるんだけど、時間かかちゃって」

「長文問題は全部は訳さなくていい」

「え?」


 これくらいのアドバイスくらいはいいだろう。


「先に問題を見るんだ。本文を読む前に、問題を見ておくとどんな内容の英文なのか予想がつく、長い文章の中で重要な文章があるから、そこを見落とさないように」

「う、うん!」


 そこからは観月の隣に座り、一緒に問題を解いていくことになった。


「歩ちゃんって勉強好きだった?」

「そんなわけがないだろ。けど、やらなきゃいけない家庭環境だったからな。透に……高校の同級生に頼んで勉強を教えてもらってたよ」

「アタシと一緒かー」

「だから、観月も頑張れば俺くらいにはなれるよ」


 観月の人生はこれから始めっていくのだから。

 

 これから進学するにしても就職をするにしてもいろいろ出会いもある。

 高校での生活はあくまで人生の通過点だ。卒業したら、きっとそこには俺はいないんだから。


 ◆

 観月


 ――終わるまで待っててくれるんだ。


 アタシの隣に座る歩ちゃんは昔みたいに勉強を見ていてくれている。その時は歩ちゃんの部屋だったけど。

 

 ちょっとミスがあったら指摘もしてくれて間違えてもすぐ直せる。


「よっし! おわったー!!」

「お疲れ……じゃあ帰るぞ」


 アタシが荷物を片付けて、教室の入り口まで来るのを確認すると歩ちゃんは教室の電気を消す。


 一気に廊下が真っ暗になってアタシ達しかいないことを改めて実感させられた。夜の学校ってやっぱり結構怖い。


「足元、気を付けろ」

「う、うん」


 あんまりこういうホラー的な雰囲気は好きじゃない。

 懐中電灯代わりにも使えそうなスマホは……ダメだ。スマホで単語を調べてたからバッテリーがもうほとんどない。 


 そっと歩ちゃんの後ろを付いて行く。


 ――大っきい背中だなー……。


 ガタッ


「ひゃあ!」


 こういう物音も普段は気にならないんだけどやたらと大きく聞こえてくる。反射的に歩ちゃんの腕に捕まった。


「相変わらずこういうのダメだな」


 歩ちゃんが意地悪く、くすくすと笑う。


「アタシがこういうのダメなの知ってるでしょ」

「水沢先生、驚かそうとしたくせに」

「あれはみんないるから平気だったんだよ」


 みんな一緒じゃなかったら無理。


「歩ちゃんはホラー平気だよね」

「まあ、よくDVD借りてきて家でみてるし」


 それはアタシからすればお金を捨てているみたいなものなんだけど。


「……ところでいつまで捕まってるつもりだ?」


 歩ちゃんはアタシが捕まっている腕を軽く動かす。


「……できれば昇降口まで」


 うん、これは抜け駆けじゃない。本当に怖いから、仕方ないことだから! 

 せめて帰り道、一人で帰れるだけの勇気をください!


「靴持って職員玄関までいくぞ、送ってく」

「いいの!?」


 え、マジで!? やった!!


「こんな時間だし、何かあったら俺も困る」

「うん!」


 ――こういう優しいところ、大好き!


 職員用の昇降口で歩ちゃんの車に乗り込む。学園には誰にもいないはずだけど、一応、見つからないように後方座席にさっと体を隠して乗り込んだ。

 なんか、いけないことしてるみたいで変に緊張するなー。実際、生徒を二人っきりで車に乗るなんてダメなんだろうけど。


 そのまま、他愛のない話をしてアタシ達は家にまでたどり着いた。


「あら、歩ちゃん。観月を送ってきてくれたの?」


 ママが駐車場の様子を見て玄関から出てきた。


「さすがに、こんな遅くに1人で帰すわけにはいきませんから」

「ありがとね。あ、よかったら夕飯食べていく?」

「さすがにそれは……」


 歩ちゃんは断ろうとするけど、教師になる前にはよく一緒に夕飯食べていたし、それは今更っていう気がする。


「別に、娘の成績上げてーとか言わないし、アタシからすれば息子にご飯食べさせるみたいなものよ」

「アハハ……」


 ママの強引さに負けた歩ちゃんは家でご飯を食べていくことになった。

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