第44話 大学の同期
テスト範囲が発表されてから初めての休日。
俺は1人のショッピングモールで買い物に来ていた。
季節ももう夏が近いので夏の服をそろえたい。
夏服に衣替えをしているともう古くなったものが結構あり、処分していると今度はかなりの数の服のストックが減ってしまったので、いくつか新調するつもりだ。
アパレルショップに寄り自分の服を選ぶ。
あまりこういうのは得意じゃないんだけど。身だしなみくらいはきちんとしたい。
「あっれー高城じゃん! 久しぶりー!!」
「……お前、東雲か?」
少々ハスキーな声で俺の名を呼ばれたので振り返ると、そこには大学の同期である
疑問形だったのは大学時代ショートだった髪がロングになっていたからだ。女性というのは髪型ひとつで随分と印象が変わるものだ。
「うっわー! 大学卒業してからだから2年ぶり?」
「それくらいか」
こいつとの関係は近くに居たら話をする程度の友人だ。
透や大桐ほど親しいわけでもないし、一緒に遊びに行ったりするわけでもない。
大学で会ったら話をしてそこで終わりという何とも淡白な関係だ。連絡先も知ってはいるが、卒業式以来連絡もしていなかった。
「懐かしなー。服買に来たの?」
「新しい夏物の服が欲しくなってな」
「ふーん」
そう言って俺の買い物かごの中に放り込まれている服を覗きこみ、一言――。
「なんか子供っぽくない?」
地味に心に突き刺さる一言だった。
「そんなことは……」
「派手な柄はとにかく子供っぽいし、背の高い高城には合わないよ」
職場は基本的に単色が多いから私服くらいは柄物を持っていたいと思ってたんだけどな。東雲的には却下らしい。
「なら、どんなものがいいと思う?」
「そだねー、今みたいなフォーマルな服装も長身ならそれだけでオシャレだし、例えば……ほらこれなんかどう?」
そう言って東雲は俺の身体に服を当て、俺はそれを姿見鏡にで確認する。
渡されたホワイトカットソーとグレーショールカラーカーディガンの組み合わせは、今はいている黒のスキニージーンズによく合っていた。
「……わるくないな」
「そうそう、シャツ一枚じゃあ物足りなかったら上になにか羽織るだけでも十分いけてるし。あ、あとこれとかウチの編集部のお勧めで」
「編集部?」
「あれ、言ってなかった? 私、今年からファッション誌の編集部所属になったんだー」
「へー…そうだったのか」
東雲は趣味がファッションと言い切るだけあってセンスはいい。趣味が活かせる職場に回されれば嬉しいだろう。東雲からは活気がみなぎってる。
「あ、そういえば私も高城の職場知らないや。教師にはなったんだよね?」
「ああ、近くの静蘭学園に勤めてる」
「おおー元女子校の……さぞかしオモテになるんでしょうなー。手出すなよー」
「茶化すな」
「冗談だって」
ははは……笑えねー。
内心動揺しながら答えた。正しくは手を出したというか、出されたが正解だけど。
「でも教職ってことはいつもスーツ?」
「春とかはスーツ、もしくはジャージ。今はクール・ビズっていうこともあって、ある程度なら容認されてる」
ジャージは確かに楽だが、急な来客などの対応に追われると面倒だ。
なぜか俺はよく接待役として来客の相手をさせられる。
立場上、断ることもできないんだけど。接客の時は毎回、気を使うんだよな。
「ふむ。ならそっちも選んであげようか?」
確かに東雲の意見は参考になる。
俺としても毎日、似たような服を着て過ごすのにも抵抗がある。少しくらいは仕事にも彩が欲しい。
「なら、頼んでもいいか?」
「まかせて」
それからしばらく東雲には俺の買い物に付き合ってもらっていた。これが終わったら昼飯くらいは奢らせてもらおう。
「これは……少しハデかな?」
「そうだな、注意されるかもしれないし、ちょっと目立ちすぎる」
「モデルみたいなやつが何言ってんだか。じゃあこれ」
「これくらいなら―――ッ――」
俺は何やら背筋に氷を入れられたような感覚に思わず振り返る。
だがそこには何もない。
いるのは同じように服を選んでいる客や勧めている店員くらいだ。
なんだ、あの殺気みたいな感覚。
「どうしたの?」
「いや、なんか寒気が………」
「エアコンの効き過ぎかな?」
いや、絶対そうじゃない。
なぜかそれは断言できた。
――誰かに見られてる?
その後もその寒気は続いた。
それどころか寒気は変わるどころか時折、鋭さを増した。
特に、東雲と話している時とか服を当てられている時に多い。
とにかく会計を済ませて、アパレルショップから立ち去る。
これで少しは大丈夫だろう。
「サンキュな東雲」
「いやいや、私も楽しかったし」
「礼に飯くらい驕るがどうする?」
「お、ならゴチになります」
少し遅いが、昼食はまだだった。
東雲が希望する低コストなイタリアンファミリーレストランチェーン店へ向かうことになった。
「ここでいいのか?」
「うん、さっきカフェで軽く食べたし、ほら2階にある」
「ああ、あそこか」
あそのカフェは飲み物1つでしばらくいられるから俺もけっこう利用したな。
特に今はどの学校も期末考査の準備期間だから、今でも学生が多く利用しているんだろうな。ここでもテキスト開いている学生も数人いるみたいだし。
「じゃあ、私はこのジャガイモのオーブン焼きで」
「ハンバーグセットで」
店員はメニューを聞き終えると立ち去る。
頼んだ品が来るまでの間、自然と大学時代の思い出話になった。
◆
観月
涼香がアパレルショップであの男をみつけたときにはもう女の人は隣にいた。あろうことか、その女の人は私たちをカフェで注意した女の人だった。
しばらく2人の様子を見させてもらったけど……少ーし距離が近すぎないかなー?
途中で何度かイラッとしたときがあって、「離れろー」という念を込めて視線をぶつけてみた。
――あの野郎……アタシ達がテストで苦しんでる時に……。
「……あれってやっぱりデートなのかな」
涼香が少し声のトーンを落としながらそんなことを言う。
あの女の人は結構歩ちゃんと親しいみたいだし、そんな推測はすぐに思い浮かぶことだった。しかもなんか今日、少しオシャレしてない?
「センセ……恋人はいないって」
「……もしかしたら追及を逃れるための嘘だったのかもしれないな」
うん、アタシもそれは一瞬よぎったことだった。
「あ、もう店を出るみたい」
「どうする付いて行くか?」
「もちろんです!」
「うん、せめて先生の恋人なのかは知りたいよね」
そのまま、アタシ達は追跡を続行した。
歩ちゃんたちは食事をするのかモール内にあるファミレスに入った。
店員に頼んでできるだけ近い、反対側の席に座って2人の話を耳を澄ませる。
2人の話は大学時代の話で知らない名前の人がたくさん出てきた。
当たり前だけど2人にはわかるみたいで、その分アタシ達は取り残された気にさせられた。
「へ~私たちと同年齢で自分の店持つ子がいるんだ」
「ああ、フランスで2年間修行してこの町で店持つんだって」
「すごいなー。自分の夢かなえちゃうなんて」
「東雲だって自分の好きな仕事に就けただろ」
「まあね、5回目の就活でようやく採用だけど」
「すごいって思うけどな」
「高城だって、教師になれたじゃん。どう? 楽しい?」
その質問はアタシ達も気になる。
「まだまだ、分からんことだらけだけど」
「ほうほう」
そうなんだ。
結構そう言う所で悩んだりしてるんだ。
当たり前だけど大人には大人の悩みがある、けれどそれは子ども、それも生徒であるアタシたちに話すわけにもいかないから何も言わないだけで……なんというか、そんなことに今更気が付いた。
――これが大人と子供の差なんだよね……ちぇ…。
「けどな、あの子らが楽しそうな顔をしてると俺も楽しいんだよ、つい最近もさ学校で球技大会があったんだよ。ちょっとトラブルもあったけど、みんな楽しそうでさー」
そこからは担任しているクラスの事――アタシ達の事をを話し始めた。
聞いてるこっちがこそばゆくなってくる。
恥ずかしいなぁ。親馬鹿みたいだよ歩ちゃん。
アタシ達の知らないクラスの出来事や授業での失敗談の話を聞くと笑ってしまいそうになった。
涼香もカレンも夕葵まで笑みを隠そうとして手で必死に口元を押さえている。歩ちゃんの生徒でよかったなーって改めて思う。
「随分楽しそうだねー。この分だと浮いた話はなさそう?」
「「「「――ッ―――!!」」」」
そう、そう、そうだよ。それが聞きたかったんですよアタシ達はっ!
歩ちゃんの親バカ――もとい、教師バカののろけ話ですっかり忘れてましたよ。
「……俺にそんなもの期待するなよ」
「大学でもかなり言い寄られたたじゃん、氷室と一緒に」
「ほとんど断ってただろ」
「そんなんだから、歩×透って噂されるんだよ」
「「ブフッ!!」」
涼香とカレンが噴き出しそうになってそれを堪える。
2人はなんでそんな反応しているの? ってかそんな過剰に反応したらバレるって!
「まて、それは初耳だ」
「ごめんごめん嘘だって」
「ったく。焦らせるな」
「透×歩だったかな?」
「変わらねえだろうが!」
歩ちゃんの反応を見て東雲さんは爆笑している。
カレンが鼻から紅い液体を垂らし始めた。それを隣に座っている夕葵が慌てて止血する。
「でもマジな話、ほんとにないの?」
今度は茶化すようなことはなく真剣に尋ねる。
東雲さんなんでそんなこと聞くのかな? もしかして……歩ちゃんの事……。
「ねえよ。今は仕事で手いっぱいだ」
「ふーん」
今度は何か考え込むようなしぐさを一瞬するけど、すぐに表情を変えてあっけからんと話す。
「まっ、私も似たようなもんだけどね」
「お前も色気ないなー」
「いいんだよ。それで」
「俺もだよ。しばらく彼女はいらないな」
「やっぱり、仁科さん前の彼女さんのことがまだ……」
歩ちゃんの元カノ?
その単語にアタシ達は反応する。
けれど、音は立てないようにより静かに耳を澄ませる。その仁科さんって、何年か前に歩ちゃんが部屋に招いていたあの女の人のこと?
「ありえねえよ」
「ッ……」
歩ちゃんの小さいけれどはっきりと聞こえた声に東雲さんが息を飲むことが分かった。前の恋人と何かあったの?
「まあ、その影響もあってかしばらく彼女はいらないな」
「そっか……」
「すまん、そろそろ時間だ。まだ店にいるか?」
「ううん、私ももう出るから」
そのまま2人は立ち上がってレジの方へと進んでいった。
「なら、私はここで。また、会えたら」
「会えるだろ。この町に住んでるんだ。また、連絡させてもらっていいか?」
「オーケーオーケーメッセのIDは変わってない?」
「変わってないよ」
「なら、またねー」
店の前で二人は分かれて別々の方向へと進んでいく。
アタシ達はそれをこっそり店の影から見ていた。
店員には少し怪しげな眼で見られたけどもうそれは今は置いておこう。
「とりあえず、東雲さんは歩先生の恋人じゃないみたいだな」
「うん、けど、前の恋人の話をした時の高城先生なんか怒ってるみたいだったね」
歩ちゃんのことがわかったようなわからなかったような1日だった。
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