第42話 学生にとっては避けられない例のあれ
球技大会が終わり、いつも通りの日常が再びやってきた。
球技大会が終われば今度は夏休みが待っている。
特に俺のクラスである1組は球技大会の優勝商品である招待券を貰ってどこか浮き足立っている。
ちなみに担任の俺や副担任である水沢先生も招待券をもらえた。
さて、俺はこれをどうしようか。特に興味があるわけでもないし、こういうレジャー施設に男だけで行っても切なくなるだけだ。悲しいことに一緒に行ける女性も特にいない。
今日から6月ということで衣替えの時期となった。
5月半ばから暑くなり始め、6月となった今では朝から28度という気温を記録していた。午前から昼にかけてこれからどんどん気温が上昇していくだろう。雨も嫌だが、この熱気にも耐えがたいものがある。
朝、登校してくる生徒を見渡せば、学生はブレザーを脱ぎ半袖の涼しげなワイシャツで過ごしている。
俺たち男性教員もネクタイの外して過ごしてもいいことになり、ポロシャツや半袖のワイシャツで過ごすことが認められる。
俺は白色のポロシャツに薄手のパンツをはいて涼しげな服装をしている。ネクタイがないだけ結構楽だ。一応、来客に備えてジャケットは教員室に常備してはある。
「おはようございます。水沢先生」
「おはようございます。高城先生」
教員玄関口で水沢先生と一緒になる。
水沢先生も涼しげな青のストライプのワンピースを着用している。
「お似合いですね。そのワンピース」
「えへへ、そうですか。ちょっと子供っぽいかなって思ったんですけど」
ひらりとスカートを翻してみたりする。
下手をしたら高校生に間違えられるのではないかと思うが、似合っている物は似合っているので無粋なことは口には出さない。
「最近になって暑くなりましたね」
「高城先生も熱中症に気を付けてくださいね。教室にはエアコンもありませんし」
静蘭学園の教室はエアコンは備え付けられていない。備え付けられているのは食堂、職員室やパソコンなどの精密機械が置いてある部屋、そして、各教科教員室だ。生徒たちは基本エアコンの効いてない部屋で過ごさなければならない。こればっかりは得した気分になる。
水沢先生と職員室に入るとやはり涼しげな恰好をしている。
ネクタイを着用しているのは教頭などの少数だ。ほかにも剛田先生などはジャージを着用(年中)している。
「おはようございます。江上先生」
「おはようございます。高城先生、そろそろあの時期です。今日のLHRの準備の方はよろしいですか?」
「ええ、昨日仕上げてきました」
そういって、昨日作ったプリントを江上先生に提出し、江上先生がざっと見渡し最終確認を行う。
「……よろしい。ではこのプリントを今日の昼休みに印刷室で、2年生の人数分コピーをお願いします」
「はい」
今度は江上先生からプリントを預かるとファイルの中に納める。
このプリントが配られると生徒と教員、双方多忙となるだろう。
教室でのHRが始まる前に職員たちの朝のミーティングが行われる。
生徒に言わなければならない事柄、渡すプリントなどを整理する。
「生徒の体調にはくれぐれも気を使ってあげてください。では、今日から急がしくなるとおもいますが、今日もよろしくお願います」
「「「「「よろしくお願います」」」」」
◆
夕葵
――暑い…………。
衣替えで少しは涼しくなったが、暑いものは暑いのだ。まだ6月これからまだ暑くなると思うと億劫になってくる。
今日は朝練も休みなためいつもより遅めの登校だ。
朝練のない生徒と一緒のバスに乗るのでいつもより大勢の生徒が乗り合わせ、蒸し暑くいつも通りに家を出ればよかったと後悔した。
「おはようございます、お姉さま!」
ガシッと後ろから抱き着いてくるのは振り返るまでもなく、弓道部の後輩の美雪だろう。涼しげな名前とは違って暑苦しい。
「おはよう。暑いから抱きしめるのはやめてくれ、汗もかいてる……」
今はバスから降りたばかりで汗もかいているから余計にだ。
それにハグは今後も拒否したい。
「スンスン。大丈夫です。お姉さまの匂いならいつでもフローラルな香りです」
「やめて」
いくらなんでも匂いなんて嗅いでほしくない。
「そ・れ・に、薄いシャツから透けるブラがまた……たまらないですー」
そう言われて、視線を自分の胸元へと落とす。
決してそんなことはない、静蘭制服のシャツは様々なカラーがあるが私は涼しげな白色のシャツを着用している。白色だがつくりは透けないようになっているし、私のように女子の多くはその上にベストを着用している。少し暑いがこれも視線から身を守るためだ。
美雪とは昇降口で別れる。
教室に入ればすでに何人かのクラスメイトが登校していて、皆、衣替えで涼しげな恰好をしていた。
「おはよう。夕葵」
私が席に着いたのを見ると涼香がこちらへとやってくる。
涼香はさわやかな青のカラーシャツにベストを着用している。いつもながら涼香が着ると並みの学生が着ているよりはるかに可愛くみえる。
「おはよう、涼香。今日は早いけどどうしたの?」
「……ちょっと色々あってね。早めに出てきたの」
どこか困ったように笑う涼香。
この涼香の顔には見覚えがあった。
「また古市がらみ?」
中学の時にはよくこんな顔をしていた。
彼は幼いころから涼香に好意を抱いているが、涼香は彼を苦手としている。
彼の好意を涼香に伝えるのはどうかと思うし、仮に彼が涼香に告白したからと言っても結果は見えている。
けれども向こうから告白してくることなんて、ありえないといってもいい。
彼はプライドの高さゆえか、涼香の方から告白するのを待っている節がある。
「アハハ……昨日、会っちゃって。学校に途中まで一緒に行こうって誘われたから、日直だからって断ったの。嘘だとバレると嫌だから早く来ちゃった」
けれど、段々と行動が涼香に迫ってきているのを感じる。
「おっはよー、涼香
“さん”という部分を強調して話しかけてくる観月に若干イラッとしながら振り返り挨拶を返す。涼香もすこし青筋を額に浮かべて、笑みを作っている。
これは、歩先生と私たちの距離間を言い表している。観月からは「アタシは呼び捨てだけどー」という心の声が聞こえてきそうだ。
「ワザと? ワザとだよね? 観月?」
「えー。何のことー挨拶しただけじゃーん?」
ニマニマといやらしい笑みを浮かべている段階で確信犯だろう。
淡いピンク色のベストを掴みながら涼香が観月に詰め寄る。
「あまりそんなことを言わない方がいいと思うぞ、観月。絶っ対後悔するから。間違いなく今日中に」
それは今日のLHRに分かる事だ。今日の午後にはLHRがある。
観月はまだ気が付いていないようだけれど、私と涼香は今日のLHRの内容に、ある程度察しがついている。
「はいはい。今日の1時間目ってなんだっけ?」
「数学だよ。順番だと今日は観月からだけど」
「謝りますので範囲を教えてください! お願いします!」
LHRを待つまでもなかった。
「おはようございます」
最後にカレンがやってきた。白いワイシャツの上に黄色のベストを上に着ている。
彼女はいつも自家用車で通学してくるので学校に来る時間は一定ではない。
「おっはよーカレンー。んー…今日も可愛いー」
「観月、くすぐったいです」
観月はカレンを抱きしめて頬ずりする。
なんだろう、美雪と同じことをしているのになんというか、ねちっこくない。見ていて微笑ましいくらいだ。
「でさー、この前貰った招待券っていつごろに行く?」
招待券といえばこの前の球技大会でもらった遊泳施設しかない。私たちは時期を見計らって一緒に遊びに行こうと話していた。
セミオープンは7月の末の数日間だ。
屋内・屋外のプールがあるので最悪雨でも遊ぶことができる。
6.7月にはまた色々な行事があるが、全て消費すればあとは夏休みを待つだけとなる。
「楽しみね」
「ホント早くオープンの日が来ないかなっ」
「ハイ」
これからの予定に私たちだけではくクラスメイト達も心躍らせていた。
◆
「じゃあ、期末考査の範囲と予定を発表しまーす」
「なんでこのタイミングなんだよ!」と言う生徒の心の声が聞こえてくる。天国から地獄に叩き落されたとはまさにこのことだろう。
静蘭学園は前期後期3学期制をとっており、6月の中旬に期末考査が行われる。
球技大会後、すぐに中間考査に入るとなれば中々詰まったスケジュールだ。残り2週間で範囲を終えられるかと言えば今からやってもギリギリだろう。
朝の職員ミーティングでコピーするように渡された書類は各教科のテスト範囲を記したプリントだったのである。ちなみにまだテストは作っていない。各教科担任が話し合い問題を作成するシステムだ。
「普段からしっかり勉強していればテストなんか大丈夫だ!」
「笑顔で言わないで下さーい」
おっと、頬が緩んでたか。
「高城先生ってテストの話題になるといっつも笑顔になるよねー」
女子は間延びした声で反応する。
「そんなに苦しむ俺らを見て楽しいですか!?」
「汚い!! 大人って汚い!!!!」
男子たちからは心の底から叫びが聞こえてくる。
いいわーテストで苦しむ生徒の姿、本当に……ぞくぞくするね。
涼香さんや夕葵さんはいつも通りに変わらないが、カレンは古典や現代文が苦手なため少し不安そうな顔をしている。
一番顕著なのは観月だろう。
「……………」
机に突っ伏したまま返事がない。まるで屍のようだ。
「わかってると思うけど、赤点の奴は補習だからな」
俺の発言に一部の女子が色めきたつ。
「え、もしかして放課後、先生と2人のアブナイ放課後補習授業!?」
「ちょ、私もそれがいい~」
そんなわけあるか。
なんで俺との補習がそんなに嬉しいんだか。
「俺だって補習はしたくない。時間がもったいなから、それに君らには貴重な高校生の放課後や休みは大事にしてほしい」
そこからプリントに記されたテスト範囲を知らせる。
「……で、日本史の方は教科書138P~202Pと資料集105P~187P……」
「ええ~多い~」「間に合わねー」「補習決定~」
生徒たちから不満の声が挙がるが俺もこればっかりは譲るわけにはいかない。
テストと言っても俺たち教員は生徒がとる点数にばらつきが出るように作成しなければならない。
平均点を調整するために、かんたんな問題と難しい問題を必ず出すようにしている。こうすることで、平均点が高すぎたり、低すぎたりするのを防ぐ。
まあ生徒には教えられない事情だけど。
昔、作ったテストを江上先生に見せた時に何のためのテストか分からないなど色々と指摘を受けた。ただいい点数を取らせる目的で行ってはならないのだ。
「とりあえず、テスト範囲はここまで、勉強していて分からない所があったら気軽に聞いてください」
さて、俺たち教員も今日から忙しくなるな。
◆
観月
「お願いします! 涼香様! 勉強を教えてください!」
本日2度目の懇願だ。
数学は涼香の教えてくれた範囲が見事に的中して事なきを得た。けれど、今回ばっかりは手を貸してほしい。
今回の期末考査が赤点となれば放課後の補修に強制参加。
そして、夏休み中に追試が行われる。なんで、追試も放課後にやらないのかなっ!
去年はせっかくの夏休みだと言うのに追試に追われる日が続いた。
「どうしよっか
「観月さんなら教えなくても大丈夫だろ、涼香さん」
ここにきて朝のおふざけのツケが回ってきた。
「ホントごめんなさい! どうか、何卒、何卒……」
拝むように涼香に頼むと涼香はクスリと笑う。
「わかったわよ。いつから始める?」
「メシアっ!」
本当に救世主に思えてきた。
いや、天使かこの方は! そんな天使にアタシは思いきり抱き着いた。
「できれば、明日から放課後を私に下さいませ!」
「よかろう。なら学校の図書館でね。休日は?」
「え、いいの?」
「いいわよ」
休日の勉強は週末に考えることにして、アタシは夕葵とカレンも勉強会に誘い明日の放課後から勉強会が開かれることになった。
「高城先生からは教わらないの?」
「歩ちゃんに勉強を教わるわけにもいかないよ。テスト期間中にプライベートで教師に教わるのはズルいし、何より歩ちゃんはそう言うのを容認しないと思うし」
そう言う所は意外に真面目だ。
「勉強を教えてくれるのは学校の中くらいかな。だから歩ちゃんの部屋にも行けませんっ!」
「べ、別にそんなこと期待してないわよ」
うっそだー。めちゃめちゃ動揺してんじゃん。
涼香の思考は簡単にトレースできる。夕葵もカレンも視線を逸らす。
けれど、涼香を味方に付いてくれたのは嬉しい。
――よしよし、これで赤点科目が1つでも減ってくれれば……充実した夏休みが…。
「でも、観月」
「ん? 何?」
「私が教えるからには赤点なんて1教科も許さないから、ね?」
「え、1教科も?」
一筋の汗がアタシの額から垂れる。
「当たり前でしょ? 全教科平均点以上目指すから♡」
目がマジだった。
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