第41話 球技大会後
俺の放ったシュートが決定打になったようで何も変わらないまま試合終了となった。
長井が途中で折れたことも理由だろう。
スカウトされた1年チームが勝つと思われていた試合はまさかの同好会の勝利に終わったことで例年にない盛り上がりを見せた。
挨拶のために整列すれば忌々しそうな長井と剛田先生の顔が実に爽快だった。
まあ彼らには更なる仕打ちが迫ってきているのだが、例えばどこぞの家の毒舌ハウスメイドとかが何をやらかすか。
コートを出ると俺たちは直ぐに生徒たちに囲まれた。
けれど、俺は汗をかいたので着替えたいという理由でこの場から離れさせてもらう。
ふと気を緩めた瞬間だった。
「~~ッ……」
シュートを放った瞬間に僅かに膝に違和感があった。
案の定、今になって痛みが出てきた。途中から完全に足の事を失念していた。
やっぱり全力のプレーは難しいな。今日の事を透に知られたら怒鳴られそうだ。
手で膝を押さえる。
本当に情けない。膝ががくがく震えている。
たった1本シュートを放っただけなのに……これでプロなどと笑わせる。
今でもジョギングを続けているのはリハビリという目的のためだ。
いまさら現役復帰などとは考えてはいないが、今でもあのボールを蹴る感触が忘れられない。女々しくも今まで続けているのだ。
「歩ちゃん!」「センセ」「歩先生」「高城先生」
俺が足を抑えて座っているのを見つけると、それぞれが違う呼び方で俺の名前を呼ぶ、見られたくない所を見られたな。
「高城先生、足は大丈夫ですか?」
「少し痛むだけだ。ちょっと保健室で冷やしてくる」
「なら肩を貸します」
「いや、ほんと大丈夫だから」
自業自得で足を痛め、生徒に方を貸してもらうというのは教師としてはちょっとそれは情けない。
だが、夕葵さんに強制的に肩を担がれる。
それに抵抗ができるほど足に力は入らなかった。夕葵さんも俺の身体を支えきれず、そのままたたら踏み、夕葵さんの方へと倒れ込む。
このままだと倒れ込んでしまうがその前に観月が俺を支える。
「ほら、無理しない。暴れたらもっと危ないから」
「……本当にそこまで大げさじゃないから。というよりなんでこっちに来たんだ?」
グラウンドでは俺のクラスでは優勝こそはできなかったが、女子バレーでは準優勝、男子フットサルでは3位という好成績をおさめ、総合優勝となり盛り上がっていたはずだ。
「担任の先生がいないのに、何言ってるの?」
「……ごもっともで」
………
……………
………………
球技大会のその後の話をしよう。
1組は競技優勝こそは逃したが総合結果から優勝した。それにより、特別賞が授与された。
授与された商品はこの夏にオープンするという”ザ・ブーンプール”と呼ばれるウォーターパークの招待券だった。以前から騒がれていた日本有数のプールの招待券ということでクラスでは大きな賑わいを見せた。
サッカー部では剛田先生は部員達からの不満や横暴さが学園上層部に知られることになりサッカー部の顧問から外れることになった。元々強引なスカウトや指導者としての姿勢も問われていたこともある。
長井らはカレンにケガを負わせたということで1週間の学校謹慎という処分が下されることになった。
なんでも長井ら仲間の一人が自供したそうだ。その彼は、しばらく女性を見ると怯えるようになっていたという。
おそらくカレンの家でメイドをしているあいつが何かしらやらかしたに違いない。
シルビアは独自の情報網であらゆる人の秘密や弱みを手に入れてくる。
おそらく脅迫でもされたのだろう。刑法に触れる事とかしてないだろうな。まあ、連絡した俺も同罪か。
長井らは推薦で入学しているためサッカー部をやめることはできない。
これからは学校に束縛される立場だ。剛田先生の権威をかさに着ていた彼らにはいい薬だろう。それで腐るかは本人たち次第だ。
そしてサッカー部の監督だが、以前の監督がボランティアで戻ってきてくれることになった。これで部内の空気も改善されるだろう。
藤堂らも元サッカー部も戻ってきてはどうかという提案があった。
また、女子部員たちも試合には出ることはできないが、練習への参加してもいいということで、俺はサッカー部へと彼らを送り出すことにした。だが、時折練習を見てほしいと言うサッカー部員の懇願により俺は副顧問という立場に納まることになった。
「で? 足を痛めた言い訳はもういいかな?」
「…………はい」
今日は透が俺の部屋に遊びに来て一杯やる予定だった。
しかし、神林が事の顛末を透に話したらしく俺は現在、透に説教を受けていた。
「どうするんだよ来週のフットサルの試合! 俺、常々言ってるよな!? 本気でプレーするなって」
「ほんと申し訳ない」
来週にはフットサルの試合があったのだが、とてもではないが参加することはできない。選手兼、監督をしている透からすれば頭の痛い問題だろう。
一通り説教を終えて俺の部屋で飲み会が始まった。
「ふーん。何だ監督にはならなかったのか」
「当たり前だ。俺に戦術とかは組めないからな、副顧問っていう形に納まったよ。これから勉強させてもらうつもりだ」
「でもこの時期に監督交代して大丈夫なのか?」
「元々の監督がボランティアに戻ってきてくれて選手たちも嬉しそうだ」
むしろ、現状の方が伸びるかもしれない。
前監督の保科先生は長く監督をやっていたため、他校のサッカー部にも顔が利く。サッカーの知識も相当なものだろう。
「そっか、なら練習試合がしたいならうちも引き受けることを伝えておいてくれ」
「レベルが違うだろ。けど、珍しいな今まで断ってきたっていうのに」
よく職員室で他校に練習試合の申し込み電話をしている剛田先生を見ている。以前、透の学校に連絡して断られたと腹を立てていた。
「顧問の剛田先生に問題があったんだよ。アポなしでいきなり練習試合しようとしていきなり来たり、相手チームの監督や審判の判定に喰ってかかったりとかさ」
本当に問題しか起こしてないな。
今回の事で少しは自重してくれれば助かる。
「それにしても珍しいね。歩の部屋で宅飲みだなんていつも隣人の迷惑になるって断ってたのに」
同じ教職である透にはいろいろ相談しやすい。
外ではできないような話もあるのでいつもは透の部屋や個室の居酒屋でやっていた。
「今日は誰もこのアパートにいないからいいんだよ」
観月はクラスの球技大会の打ち上げに参加して、大家さんと陽太は外に食事に出ているそうだ。駐車場にも他の住人の車は見当たらない。
普段、俺の部屋で飲まないのは大桐が原因なんだけど。今日はあいつは遠征試合でいないし、時間の空いていた透と飲んでいた。それにそこまで遅くなることもない。俺も透も明日には仕事を控えている身だ。
互いの仕事の話を肴に夜は過ぎて行った。
◆
涼香
「ふ~ん、同じ名前の後輩ね」
観月がジトッとした目を夕葵とカレンに向けている。
球技大会以降、高城先生が2人の事を名前で呼ぶようになったことに気が付いてその理由を尋ねた。
昼間は球技大会の打ち上げでカラオケが終わって、近所のファミレスでいつものメンバーで集まることになった。
最近は、観月たちと行動することが増えてきた。気が付いたらこのメンバーで一緒にいることが多い。
「し、仕方がないだろう。同じ名前がいると不便なんだ。歩先生もそうおっしゃっていたからな」
そう言ってるけど、夕葵……表情が嬉しさを隠せていないよ。
「それに涼香もちゃっかり名前で呼んでもらってるみたいだし」
観月は視線を私に向ける。
私の理由としては観月の事を理由に高城先生に名前を呼んでもらっているから。自分の事をダシに使われたのが面白くないんだろう。だって、私だけ名字呼びだなんて嫌だもん。
「……まっ、いいんだけどね。涼香
「ハイ!」
「むっ」
「うぐっ」
観月とカレンはニコリと笑みを浮かべながらさりげなく自分との違いを指摘してくる。
「これから距離詰めていくからいいもん」
「そうだ。まだこれから時間もある」
まだ、今年は始まったばかりだ。
話もひと段落したところでちょうど、頼んでいたメニューがそれぞれに配られる。
「でも、踏ん張ったよねー他のクラスのみんな羨ましそうにしてたし」
そう言って観月が鞄から取り出すのはザ・ブーンプールの招待券だ。
今回の球技大会で手に入れたプールの招待券……これを使わない手はない。もちろん、一緒に行きたいのは高城先生だ。
――水着を見せるのは恥ずかしいけれど……ううん、それよりこれからダイエットが先だよね。
さりげなくお腹に触れる。今もカロリー計算をしているからそれほど多くは食べない。
オープンは6月の末。
6月も始まったばかりだし……うん、まだ十分に時間はある。
それに夏休みには学校外のイベントだってあるんだから、少しでも先生との一緒にいる時間を増やしたい。
◆
カレン
「えへへ……」
私は球技大会でのセンセとの出来事を思い出します。
お姫様抱っこはもちろんですけど、センセが私のために怒ってくれたのは何よりもうれしかったです。
「お嬢様、嬉しそうですね」
「ハイ!」
みんなと別れた後シルビアさんが私を迎えに来てくれました。
バックミラー越しに私を見るシルビアさんには私の表情はとても分かりやすかったみたいです。
「今度、みんなでプールに行く約束もしたんです!」
「左様ですか」
どうしましょう、今からどんな水着を着ていこうか迷ってしまいます。
「お嬢様がけがをしたと聞いた時にはゾッとしました」
「すいません」
「謝っていただくことではありませんよ……あの1年どもにはそれなりの制裁は与えましたけど」
……どおりで、1年生たちが真っ青な顔で私に謝罪したと思いました。
「お嬢様も、先輩を馬鹿にされたからって食ってかかってはいけませんよ」
「ですけど……」
「それでお嬢様が傷ついたら誰よりも先輩は自分を責めてしまいます。それに、あの人は多少のことで動じるほど繊細ではありません」
「……私が納得できなかったんです」
センセためというわけではありません。ただ、私が我慢できなかったんです。
センセがすぐに私を助けてくれたということはきっとセンセもあの場にいたのでしょう。
「先輩は自分のことならいくらでも耐えられる人です。けど、他人の不幸はなにより耐え難い人ですので」
「……そうなのですか?」
「めんどくさい人ですよ。教師としては理想ですけど、背負いすぎて潰れてしまいそうな気がします」
呆れたようにシルビアさんは話します。
シルビアさんは私のしらないセンセを知っています。
もっと、センセのことが知りたい。
もっともっと好きになりたいです。
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