第40話 球技大会 ⑤
俺が一年生を問い詰めている間にフットサルの3位決定戦が終わっていた。
どうやら1組男子は勝ったらしく、男子フットサル3位という好成績を修めた。
そして、すぐに決勝戦の時間となった。
「高城先生がピヴォ(フォワード)で、俺と神林がアラ(ミッドフィルダー)、三条がフィクソ(ディフェンダー)、桐生がゴレイロ(ゴールキーパー)の1-2-1で行きたいと思います」
藤堂が作戦ボードにそれぞれ名前の書かれたマグネットを張り付けてポジションを最終確認する。
藤堂が示したフォーメーションはバランスの取れたダイヤモンド型だ。ビギナーのフットサル経験者やフットサル経験者が混合したチームがよく利用するフォーメーションだ。
「俺がピヴォでいいのか」
ピヴォはサッカーでいえばフォワードだ。
攻撃における最前列に位置する点取り屋である。いわば花形と言っていいポジションだ。
「むしろ、高城先生しかいないと思ってるんですけどね」
「ですよね」
藤堂の言いきった言葉に、神林が同意する。
「もちろん、先生の足のこともあるので適時にメンバーを入れ替えます。みんなも点が取れると思ったら自分の利益をすかさず優先してくれ」
試合開始時間となり、ハーフウェーラインに集合する。
観客も今日のプログラムはこれで最後なのでギャラリーも大勢いる。
目の前にはサッカー部の1年のスカウト組がずらりと並んでいる。
傲岸不遜というべきか、うちのメンバーを見て余裕そうな笑みを浮かべている。実力が下の者には見下した態度を取っている。まるで自分たちの方が上だというような言い方だ。
どうせ、部から逃げた先輩とか女のくせにとか思ってんだろうな。
「いやー。先輩らが居なくなって寂しいですよぉ」
「やめていった先輩たちは俺らと練習できるレベルでしたし」
「あ、もしかして、俺らとの実力の差がわかってやめちゃいました」
「ちょ、おまっwww ほんとのこと言っちゃダメだって!」
「ようやくサッカーらしいサッカーができます」
現役サッカー部とサッカー部をやめた部員らの仲は決していいものとは言えないだろう。
俺がなにより驚いたのは剛田先生がなぜか向こう側の選手として出場していることだった。担任でもないのに、しかも
向こうの1年はスパイク履いてるし。いいのかそれ?
「ふんっ」
審判の先生も少し困ったような顔をしているが、剛田先生よりも年下であるためか言いだすことができない。
「あー……それでは、決勝戦、フットサル同好会 対 1年3組の試合を行います。お互いに、礼!」
一斉に「お願いします!」と言い、俺たちがキックオフの権利を得たのでボールを受け取る。
「あ、そういえばミーティングでひとついい忘れてたわ」
「なんですか?」
「3点取ったら下がるから」
「「「「あ?」」」」
俺のこの言葉に相手チームが苛立ったのが分かる。
何しろこの試合で3点取ることを宣言したのに等しいのだから。プライドの高い奴等なので俺の挑発に簡単に引っ掛かった。
「良いんですか?」
「去年みたいになったら、さすがにかわいそうだろ」
藤堂が俺の意図を察したらしく、確認し俺はさらに煽る。
これは去年、指揮していた剛田先生に向けての挑発だ。すぐに顔が赤くなったので挑発の効果は十分にあったな。
それぞれポジションに着くと短いホイッスルで藤堂が軽くボールにタッチする。
神林がボールを持つと前にボールを蹴りだした。
「バッカ! 誰もいねえだろ!」
馬鹿にした長井の言葉は次の瞬間には絶句に変わる。
「ナイスパス」
俺はパスを受け取ると一気に敵陣に攻め込んだ。
「速っ!」
誰の言葉かはわからないが、あっという間に俺はゴール前までたどり着く。
とりあえずあいつらの認識から変えてやろう。
2人のディフェンダーを余裕をもって躱し、
焦った剛田先生指示を出すこともできなかったようだ。
剛田先生が一歩、前に飛び出した。
フットサルのゴールはサッカーゴールより小さいのでシュートコースをふさいだのだろう。
だが――。
「なっ!?」
俺は両足でボールを挟んだ状態からボールを浮かせて踵で打ち上げる。
ボールは俺の背面から剛田先生の頭上を越えるればボールはゴールネットを揺らして、一旦試合は止まる。
ゴールが決まったのを確認すると俺は踵を返して自陣へと戻っていく。
途中で藤堂らとハイタッチを交わしてゴールが決まったのを喜び合う。
審判をしていた先生が少し呆けて、はっと気が付くとようやくゴールを認めるホイッスルがグラウンドに大きく響いた。
「うおおおおお! すっげぇ!」
「速すぎでしょ! まだ30秒も経ってねえぞ!」
「高城先生かっこいい!」
ホイッスルの音に追随するように観客からは大きな歓声が聞こえてくる。
うん、膝の調子も悪くない。
「何してる! 次だ! 次!」
剛田先生が怒鳴りながら、ゴールにあるボールをハーフウェーラインに向かって放り投げる。
「ちっ……たった1点だろうが……」
フットサルはピッチが狭い。
その分、ゲーム展開が実際のサッカーより速い。彼らがすぐに追いつけると思っているのだろう。
相手のキックオフからゲームが再開する。
ゲームが始まってからすぐに俺に2人のマークがついた。
「マークなんか無駄だぞ」
「相手にならないって意味ですか?」
俺はボールを持った相手に距離を詰める。
1年は俺が迫ってきているのを確認すると、慌ててパスを出した。相手が反対側にいるような大きなパス。
「よっと!」
「あぁっ!」
だがそのパスは走り込んだ神林にカットされる。
そのままボールを奪った神林はドリブルで敵陣まで運ぶ。
俺からマークを外し神林へと向かって走って行く。
神林はフリーの状態からサイドからゴールへと向かい走って行く。
大方、女子だからなんて認識でフリーにしておいたのだろう。
剛田先生らしいというか、今のサッカー部らしいというか。おかげでゲームメイクは容易だ。
ようやく追いついた時には神林はパスを出していた。
反対サイドには藤堂が走り込んでおり、剛田先生の裏をかくようにゴールを決めた。
神林のキックの精度は同好会の中で最も正確だ。
「神林! ナイスパス!」
「いぇ~い!」
すぐに自陣へともどり、
「もう2点目!」
「相手スカウトチームなんだろ!? フットサル同好会って落ちこぼれ集団じゃなかったのか!?」
サッカー部の実力を疑うような発言が観客から聞こえ始めてきた。
それにサッカー部は顔を赤くして恥じ入る。
サッカー部の幾人かの目が変わった。
それでも全員ではない。
「まぐれに決まっているだろう。本気でやれ!」
声が相手ゴールから聞こえてくる。
そんな発言をするあたり、剛田先生が本気ではない証拠だろう。
まだ、こちらを舐めきっているのだ。あなたが裏をかかれた所為でそちらが負けているんですけどね。
ようやく本気になった彼らからは笑みが消えた。
2点取られてようやく本気になったようだ。
「……おっせぇんだよ」
「まあまあ、まだ2点差だろ? これからやりゃいいだろ」
「……これだから雑魚とサッカーやるのは嫌なんだ(ぼそっ)」
それは味方に聞こえないような小さな声だ。
舌打ちをかましていると長井は俺から離れる。プレーの中で長井の元へとボールが渡ってきた。
ボールが相手の足元に止まればそれだけで相手の実力がわかる。
神林がマークに付くがそれを躱し、こちらへと走り込んでくる。
藤堂が長井に向かいマッチアップをはかるがそれを意に介さず、長井は藤堂を抜き去っていく。
「くっ!」
「まずは1点」
その宣言通りに長井の足からシュートが放たれる。ボールに手は触れられず、ゴールへと入ってしまう。
こちらの弱点と言えば、まだGKが圧倒的に未熟という点だろう。状況判断が追いついていない。加えてサッカーにおいて手を扱うということはまだ慣れず難しいようだ。俺たちのフットサルのチームでGKをやっている大桐も最初はもたついていたし。
「すいません」
「気にするな。……というよりホントみたいだな」
長井のプレーを見ていて、藤堂が話したことに俺は確信を持った。
「はい。どうですか?」
「あれくらいなら何とかなる」
パスで回してゴールを目指すが、長井にカットされた。
そのまま俺と向き合って1対1の形となる。
――抜いてやるよ。
そんな呟きが聞こえた気がした。
「……」
俺は長井の動きに備える。
こいつのプライドの高さからして他人へのパスはない。
ワンマンプレーに走るとは思ていたが、ここまで闘争心を剝き出しにしてくれるとは思わなかった。
長井は視線、体幹の動き、足さばきでフェイントを混ぜ込ませる。
だが、それらに惑わされずに俺はボールを奪い取りクリアする。
人から見れば容易に奪い去ったように思えるだろう。
「なっ……! クソが!」
長井からすれば盗られたことが信じられないと言わんばかりに声を発した。
何度も俺に挑みかかり、その度にボールを奪われる。
「んでだよっ!!」
長井は特にドリブルのセンスが高い。
抜群のドリブルセンスの持ち主だ。
だが、ドリブルに癖がある。
長井はフェイントで抜き去る前にボールに数回触れてリズムを創り出そうとする。
フットサルのコートは狭いのでそのリズムが作り出される前に俺は長井をつぶしている。長井の癖は藤堂から教えてもらった。
俺に向かって突っ込んできた長井のボールをまた奪う。
「くっそ……」
そして、そのまま両者得点の無いまま、拮抗したやりとりが続き前半が終了した。
◆
夕葵
「すごい……」
サッカーやフットサルの事は正直あまり詳しくない。
それでも歩先生のプレーがみんなの視線を集めていることは分かった。一挙一動みんなが先生を見る。
「高城先生すごいよねー」
「遥が言ってたことホントだったんだ」
1年生の女子たちが声を挙げて歩先生を称賛する。
2,3年生は去年の球技大会での活躍を知っているからこそ、1年ほどの驚きはない。個人的な感情もあるかもしれないが、あの人のプレーは目を離せない。
「あ~、ほんと高城先生っていいよね~」
「若いし背高いし清潔感あるし何より顔面モデル並み! この学園来てよかった~」
――むっ……。
一部の女子が先生を見てはしゃいでいる。
観月が以前にほかにも歩先生の事が好きな子がいるかもしれないと話していた。もしかしたら、あの人を好きになる人が今以上に増える可能性だってある。
「彼女とかいるのかなっ!?」
「独身で、彼女もいないんだって」
「え、アンタ本気!?」
特に一目ぼれなんて相手の外見しか見ていない。
顔だけで好きな人を選ぶ人の事を正直愚かだと思っている。
そんな一時の感情であの人に近寄ってほしくない。
この感情は嫉妬なのか。
あの人以外に誰も想ったことのない私には分からない。涼香たちに歩先生の事が好きだと宣言された時と感じた感情とはまた異なる。
あの子たちと涼香たちへの違いは一体何なのだろうか。
◆
長井
「んだよ、アレ……高城ってあんなにできんのか」
肩で息をしながらぼそりと呟く。
最初は遊び感覚だったが、何度も挑んではその度にボールをかすめ取られる。
「なんであんなのが教師やってんだ。部活レベルじゃねえ……」
他の奴らが喰ってかかる。
今まで年上だろうが実力で黙らせてきた。
その実力を買われて俺たちはここにいる。
「くっそ!」
どうすればいい……どうすればあれに勝てる。
「やっぱり高城先生っていいよねー」
「遥が言ってたことホントだったんだ」
どいつもこいつも高城、高城うるせぇ……。
今日も俺だけが活躍して注目を集めるはずだったんだ。それをあいつが……。
「おい、後半も俺にボール集めろ」
「はあ?」
「いいからよこせ。お前らじゃあ話にならねえよ、それともサッカー部から俺が居なくなってもいいっていうのか」
先輩に怪我をさせたのは悪いとは思ってんだよ。
けれどな余計な小石につまずいている暇はないんだよ。俺が負ければサッカー部にも影響する。俺はエースなんだからな。それは監督が認めている事実だ。
「もう挑むな。分かってんだろあの人と実力差くらい」
「うるせーな! そもそもお前らが油断したから2点取られてんだろうが!」
「お前はディフェンスに関ってないだろ!」
格下と思っていた相手に点を取られたことが面白くない。
自分の思い通りに行かない奴等がめんどくさい。
結局この後、監督の指示によって結局は俺の提案が通ることになった。
エースである俺を信用してくれているということだろう。他の奴等もしぶしぶそれに納得する。初めからそうしておけよ。もう一切容赦しねぇ、あいつらぜってー泣かせてやる。
◆
後半、相手のキックオフから始まる。2対1で長井は俺のマークから外れていた。
そこから、長井へとボールが集中し出す。
一人でこちらへ攻めてくるがスピードはあるが、動きが単調で直ぐに捉えることができる。パスをするためにチームメイトが動き出そうとする素振りもない。
――とってくれと言わんばかりだな。
案の定、ドリブルにもキレがないので馬鹿にしていた神林にもボールを奪い取られる。
そして、ボールがとられたのにも拘らず、相手チームは誰一人カバーに入ろうとしない。
もう誰もやる気がないように見える。
先ほど敵陣から口論の様なものが聞こえたが、決定的にチーム内で亀裂が生じたようだ。
とりあえず3点取るという宣言をしたので有言実行をしよう。
藤堂がゴール前までにボールを持っていくが、このままではゴールを決めることができない。
キープしているが2対1では分が悪い。
俺は藤堂にパスを要求するとゴール前からハーフウェアライン付近にまでボールを下げさせた。
――少し距離はあるけど……。
俺は助走をつけて下がってきたボールを直接ゴールを狙い打った。
俺の足の振り上げとボールのタイミングはジャストであり、勢いよくボールはゴールに向かって放たれる。
ボールは左方向に鋭くカーブして、ゴールポストをかすめ入った。
剛田先生は動くこともできなかったようだ。
結局このシュートが決まったことにより3得点目となり俺は下がることになった。俺は交代ゾーンまで下がり同好会のメンバーと交代することになった。
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