第43話 テスト勉強
観月
アタシは勉強という物が苦手だ。
小学生の頃はかけ算で授業が付いて行くことが難しくなったし、漢字テストでもあまりいい点数を取れた記憶がない。
学年が変わる度に勉強を頑張ろうと思うのだけれど、基礎知識がついていないと上級生の授業が分かるわけがない。
そして、中学生の頃にはパパが病気で亡くなってますます距離を置くようになった。
パパも教師をしていたから思い出すようなことは極力避けたかった。
しばらく学校には行かなかったところをあの人に捕まった。
自宅でやっているアパートの住人で……アタシの初恋の人。
◆
「勉強きらーい……」
「それを言ったら何もできないからね」
「しかし、こんなところで勉強してもいいのか?」
「店員さんは大丈夫だっていってました」
アタシ達4人は駅前のショッピングモール内にあるカフェで期末テストに向けて勉強していた。
今日は休日ということでショッピングモール内には平日にはない活気がある。
けれど、店内が静かなのと、人目があるのもあって、じっくり勉強することができそうだ。
普通の店舗なら勉強禁止などのところもあるかもしれないけど、ここでは特に勉強を咎められることもなくて、店内を見渡せばアタシ達と同じようにテキストを開いて勉強している学生や若いビジネスマンが静かにパソコンで作業したりしている。
静かな店内で過ごしやすいのだけれど、窓際の席だから人の視線が気になる。
店の人は窓際で行ってくれればということでこの場所を貸してくれた。
涼香が勧めてくれた問題集を手にアタシは今回の期末テストを平均点以上取るために努力している。
人からすればなんてことのない努力かもしれないけれど、二度と来ない高2の夏休みを十分に満喫するためを思えば頑張ることができた。
アタシは頼んでいたレモンティーを飲みのどを潤す。
数百円でこの場所を確保できるなら安い出費だ。
「はい、観月……こことここ違うよ。やり直しね」
アタシは涼香がチェック入れた所をに視線を落とす。
うへぇ……訂正でノートが真っ赤だ。
アタシは涼香が作ってくれた勉強スケジュールに合わせて勉強している。教えてもらっている身だから文句は言えないし、言う気もない。
アタシの勉強をしながら、涼香は自分の勉強をしている。涼香はわざわざ自分の時間を削ってまで勉強を見てくれているんだから。
綺麗な髪が勉強の邪魔にならないように耳に引っ掛ける。
ノートに視線を落としている涼香はそれだけでも十分綺麗だった。さては店員……客寄せパンダに涼香を使ったな?
その宣伝の効果があってか何人かが涼香を見て店内に入ってくる。
「観月、手を動かしなさい」
アタシの集中力が切れたのを察した涼香が咎める。
「う、スイマセン……」
このメンツの中ではアタシは一番成績が悪い、それもダントツに。
夕葵は文武両道を地で行く人だし、カレンは、苦手なのは国語や古典の日本語が稀に読めないだけで、理数系の点数は何の問題もない。
間違いなく、補習は回避できる。みんなで遊びに行く予定を立てても、アタシが行けないからという理由で約束をなくしてしまうのが嫌だ。
「観月は暗記系は本当にいいと思う。だから、公式とかを覚えて、問題に解きなれよ。問題を解くときには目的意識を常に持つようにすることで勉強効果が高くなるから」
「うん……よしガンバロ」
もう一度集中して、勉強に取り組む。
…………
………………
……………………
「あー……よく勉強した~」
「お疲れ様。でも、帰ってからもしっかり復習してね」
さすがに、飲み物1つで丸1日カフェに居座るのも気が引けた。
今日の勉強会はとりあえずここで終了することになった。毎日、涼香に付き合ってもらうわけにもいかないからアタシ自身の努力が何よりも大切だ。
けれども、自分一人で行うよりはるかに充実した時間を過ごせたのは間違いなかった。
教科書をしまうとカフェにある簡単な食べ物を昼食の代わりにして、勉強で消費した分のエネルギーを補給することにした。みんなの食べ物をシェアしたりしてアタシ達は女子トークに夢中になっているときだった。
「やあ! やっぱり涼香だ」
突然、アタシ達の会話に割り込んでくる存在があった。
どうやら名前を呼ぶ限り涼香の知り合いみたいだけれど。
「古市君……」
涼香の反応はあまり芳しくない。
苦手意識のようなものを持っているような感じだった。
古市という涼香の知り合いは、イケメンだった。
眼鏡が良く似合うインテリ男子みたいな感じだ。だからと言って線が細いというわけじゃない何かスポーツをやってるのかな。
「今日は用事があるって聞いたんだけれど? もしかして僕の誘いを断ったのはこのため?」
グイッと涼香に顔を近づけるがその分涼香が距離を置く。
何か引っかかる言い方をするなぁ。
「古市、私たちは食事中なんだが」
「ああ、夕葵か……相変わらず仲がいいね」
「幼馴染だからな」
夕葵が涼香を助けるために2人の間に割って入った。
「僕だってそうさ、それに食事ももう終わりみたいだし少し話くらいいいだろう?」
そう言ってアタシ達が座っている椅子に何の断りもなく腰を下ろした。
手に持ったマグカップのコーヒーを当たり前のようにテーブルに置く。
えぇ~あの流れでふつう座るかな……。
カレンも夕葵も彼の強引な素早い行動に何もできなかった。
遠まわしに遠慮してくれという夕葵の言葉はどうやら届かなかったみたい。空気の読めない人みたい。
アタシは勉強の都合上、涼香の隣に座っているから、彼と涼香の間に挟まれることになった。
「で? 今日は何をしてたんだい?」
アタシの存在を無視したように涼香に話しかける古市という人間にアタシも苦手意識を覚えた。
――というより嫌いだなーコイツ……。
「期末考査の勉強」
「そうか! 僕も勉強しに来たんだ!」
涼香の答えに嬉しそうに反応する。
「私たちはもう終わったんだ」
すかさず、夕葵がこれ以上の会話を打ち切ろうとする。
「涼香の勉強はまだだろう。大方、勉強を教えていて何もしていないはずだ。いい点を取りたいなら、もう少しやった方がいい」
「勉強を教えていて」という部分でアタシの方を見る。
このやろー、偏見でアタシがこの中で一番馬鹿だって思いやがったな。
――……あってるけど。
「私たちは、もうここで切り上げるつもりだから」
涼香も断りを入れて、荷物を片付け始める。
アタシ達も同じように荷物をまとめて店を出ようとする。
涼香がコイツを苦手なのはよくわかった。
「いいじゃないか。帰っても勉強するんだろう。僕と一緒にやった方が効率が良いに決まってる」
立ち去ろうにも古市が席が座っているから立ち去ることもできない。
「アタシ達はもう終わったから、そこどいてくれない?」
「君は?」
「涼香の友達」
ようやくアタシの存在を認めた古市はそう答えると古市は、はっと笑った。
「……やっぱり、涼香は僕と秀逸学園に来るべきだったんだ……」
「は?」
「見るからに遊んでそうなキミみたいのと一緒にいたら涼香に悪影響がでる」
初対面の人間にここまで罵倒されたのは初めてだよ。
「古市君っ!」
「涼香。これは涼香のためを思って言ってるんだ」
聞き分けの悪い子に言い聞かせるように涼香に伝える。
振り返り、もう一度アタシの方を見る。
「涼香は奥手だから素直に言えないみたいだけど、キミの所為で成績が落ちたらどうするんだ? 光鋭大学にだって行けなくなってしまうかもしれない」
「………」
「君は君と同レベルの遊んでそうな男と一緒にいればいい」
涼香に負担をかけているのは事実だ。だから何も言い返すことができない。
「私は、私がやりたいからやっているだけ! 古市君には何も関係ないでしょ!」
涼香が大きな声で否定してくれる。
「なっ! 君の事だ、僕にだって十分に関係ある! 全部君のことを思っていってあげているんだぞ!」
けれど、古市は自分の意見が間違っているとは思っていなさそうだ。
それどころか、自分の主張を否定されてムキになっている。自分の意見を通そうと必然的に声が大きくなる。
このまま、言い合いが続くかと思ったけれど。
「ちょっと貴方たちうるさいよ」
1人のハスキーな女性の声でその言い合いは止められた。
身長は160cmくらいだろう。けれども、綺麗な長い髪にデニムシャツでクールで格好良い女性風の格好だ。
「ここはあなたたちだけの場所じゃないの。これ以上騒ぐなら出ていきなさい」
確かに店内からは迷惑そうな視線がいくつも向けられている。これは完全にアタシ達が悪い。
「別に言い争っているわけでは「ハイ! すぐに出ていきます!」
古市の否定をカレンが被せる。
アタシ達も同じようにすぐに立ち上がり、伝票をもって席を立つ。
古市はというと買ったばかりのコーヒーを持って外に出るわけにはいかないのでここに残される形になった。
◆
涼香
あの女性に一喝されて店外に出た私たちは、古市君に追いつかれないように足早に移動して、ホールの一角で一息ついていた。
「……ごめんね観月」
「え? 何が?」
「あの人……古市君が観月に酷いこと」
観月に勉強を教えるのは決して苦なんかじゃないし、むしろ教えるということは、覚えているのではなく理解していないとできない。勉強を教えることで私の復習にもなっているくらいだ。
「アハハ、言ってることは事実だったし……あ、でも遊んでるってほど遊んでないからね。男なんてもってのほかだからっ!」
「……それは分かってるよ」
同じ人を好きなんだし。
「でも、涼香が怒ってくれたのは嬉しかったよ」
「当たり前だよ」
あそこで怒らなかったら逆にいつ怒るのよ。
「けど凄かったね、あの女の人……ふつうあんな状況で声かけられないよ」
「ああ、だが怒られてしまったな」
夕葵はあそこでの出来事を恥じている。
確かに店を出る時の集められて視線は恥ずかしかったよね。しばらくあの店には行かない方がいいかな。
「でもあの人、私たちを助けてくれました」
「「「え?」」」
カレンの言葉を聞いて私たちはカレンの方を見る。
「私、あの時何もできなくてて、店の人に助けを求めようとそちらを向いたら、あの女の人と目があって、ニコリと笑って来てくれました」
そっか……私たちを助けてくれたんだ。
…………
………………
……………………
このまま、帰るのもなんだかもったいない気がして私たちはウィンドウトッピングを楽しんだ。
この提案をしたのは観月だ、最初から勉強に意気込み続けていても効率は悪いし、気分転換にはちょうどいいかな。
「涼香っていつもどんな勉強の仕方してるの? やっぱり問題集解きまくってるわけ?」
買い物をしていると観月が私の勉強の仕方について質問してきた。
「私? うーん私はノートの整理くらいかな」
「それだけ? 私でも出来そう」
「観月、騙されるな。涼香ノートは自習用、予習用、復習用、学校用に分けられていて、それらすべてをテスト用ノートにまとめ直すから、莫大な量になるぞ。やめておいた方がいい」
「うへえ……」
観月が私を信じられないものを見るような目で見る。別にそんなに苦じゃないんだけどな。元々、なにか1つの作業に集中することは嫌いじゃないし。
「夕葵は?」
「ノートを見直して、少し集中するくらいだ」
「夕葵は集中力が別物だからね。参考にしちゃダメだよ」
夕葵は何事にもないように言うけれど、この子の集中力を侮ってはいけない。弓道で培われた集中力はほかの人とは比べ物にならない。
「カレンは?」
「エッと……一定の時間を決めて勉強するようにしてまス。それを一応毎日、それ以上はあまり」
「やっぱり積み重ねかぁ……歩ちゃんもそう言ってたし」
「そういえば、観月は高城先生にどんな勉強法で教わってたの?」
観月の家庭教師をしていたころの高城先生はどんな教え方をしていたのか、正直観月には悪いけど、中学の頃の観月の成績を聞くと静蘭に合格するものとは思えなかった。観月の成績をあげるいいヒントになるかもしれない。
「ノートでビシビシ叩かれたかな」
暴力!? まさかの解答だった。
「……ええっと…それだけ?」
「あ、でも、受験が終わったらご褒美だって言ってくれて……」
私たちから視線を逸らしてもじもじと両指を絡めて手遊びをする。
ちょっと……何その反応?
「何をしてもらった!」
「教えてください!」
同じように思った夕葵とカレンが観月の肩を掴んで振り向かせる。
何のご褒美をもらったかは私も気になる。
「その……ね。デートに連れて行ってもらったんだ」
その答えに私たちは雷を打たれたような衝撃を受ける。
え、なに、え? デート何それ?
「向こうからすればただの合格祝いなんだろうけど。アタシにすれば十分ご褒美になったし、頑張ろうって気になったしぃ……あ、でも本当に遊びに連れて行ってもらっただけだから」
私たちからすれば十分に羨ましいんですけど!
やっぱり、観月の家庭教師だったというアドバンテージは大きい。
デート……デートかぁ……一度でいいからしてみたいな。
例えば先生の服を選んだりとかして、私が選んだ服を先生が着てくれれば……。
そう思って、近くのアパレルショップに視線を送ると
「え……」
「どうした涼香? なっ……」
私の視線の先を追った夕葵も驚いて言葉が続かなくなる。
「アアッ!」
カレンも私が見た光景に気がついて驚いた声を挙げる。
「……ほほう。あのやろー……」
そして、観月が低く唸るような声で悪態をつく。
私たちが見た光景は、メンズファッションショップで女性に服を合わせてもらっている高城先生の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます