第38話 球技大会 ③

 食堂のテレビで上代 渉の最新映画の出演が決まったことに女子たちが騒いでいた。


「映画はたのしみだよね」

「今度のは実写映画化かぁ。うーん、原作ファンとしては少し悩む……」

「渉なら大丈夫だって、高校中退してまで演技の道を選んだくらいだよ」

「あれ? 高校は卒業したんじゃないの?」


 知名度の割には、プロフィールをあまり明かしていないことでも有名だ。そのため様々な憶測がネットの中に混在しており、どれが真実か分からない。

 現在は大学生だが、どこ大学に通ってことを世間は知らない。


 俺と上代 渉はよく似ている。

 それは自他ともに認めている事実だ。

 外出先で今までも結構な確率で間違えられることもある。正直、勘弁してほしい。


 昼食を終えると午後の部となる。

 午後からは俺も参加できるくらいの余裕もできるので、浮足立っているのは自分でも分かる。こういう所は大人になっても変わらない、よく透にもからかわれる。


 だが、まずはバレーの応援からだ。

 なんでも対戦相手のチームにはバレー部のレギュラーがいるらしい。


 第一体育館に入ると既に試合は始まっていた。

 クラスの子たちがいる場所へとむかい試合を観戦させてもらう。


「高城先生! バレー部のレギュラーのいるチームに勝てそうだよ!」

「ウチにだってバレー部の子いるけど、夏野さんがやっぱりすごい!」


 クラスの女子が嬉しそうに俺に報告する。


「夏野さーん! がんばれー!!」

「いっけえーーー!!」

「お姉さまぁあああああああああ!!」


 スコアボードを見れば試合は結構な接戦であり、周囲の応援にも気合が入っていた。応援に後押しされるように、彼女の動きもよくなる。


「夕葵さん頑張れー」


 この歓声の中、俺の声は彼女に届きはしないだろうが、懸命に頑張る彼女には応援くらいはしたくなる。


「……夕葵の事、名前で呼ぶようになったんですね」


 静かだが何かを秘めたような声色に思わず飛び上がりそうになる。

 振り返ればいつの間にか、桜咲さんがそこにいた。


「何かあったんですか高城先生?」


 にっこりと笑っているが目が笑ってないし、少し機嫌が悪そうだ。

 何か嫌な事でもあったのか? もしかして親友を名前呼びというのは不味かったか。


「いや、1年に夏野 美雪って子がいて、ややこしくなるから名前で呼んでほしいって言われたんだよ」

「ふぅん。そういえば夕葵もそんなことを言っていました。同じ苗字の子がいるって」


 一応、納得はしてくれるみたいだ。


「高城先生」

「ん?」

「私、涼香です」

「……? 知ってるけど?」


 いきなり何を言い出すんだろうか。

 少なくとも担任クラスの子の名前くらいは把握している。


夕葵ゆずきは名前で呼ぶのに、私はダメなんですか?」

「いや、別にダメじゃないですけど」

「それに私の事を名前で呼ぶといろいろ誤魔化しもできると思いますよ?」

「誤魔化し?」


 特に誤魔化すようなことなんて……。


「高城先生。気が付いていないみたいですけど、たまに観月のこと名前で呼んでる時ありますよ」

「……それ本当?」


 聞けば、休み時間や何気ない会話の中で呼んでいたのを桜咲さんは聞いていたという。

 もしかしたらという予感が自分の中にはあった。

 知らず知らずのうちに呼んでいたかもしれない。


「ほら、誤魔化しが多ければなんてことないでしょうし。だから、私の事も名前でどうぞ」

「でもなぁ……」

「ほかの子はどうかはわかりませんが、私は大丈夫です」


 ここまで言うのであれば大丈夫か。


「………涼香さん」

「……はい」


 俺が名前を呼ぶと少し嬉しそうに返事をする涼香・・さんを正直、可愛らしく思った。


 ◆

 涼香


「………涼香さん」


 ~~っ~~……やった!!

 ちょっと強引な運びだったけれど、名前で呼んでもらえた。高城先生が観月の事を名前で呼んでいたなんてことは私は知らないけれど。心当たりがあったみたいですんなりと事は進んだ。


 ――ウソついてごめんなさい。


 少し、高城先生に嘘をついたことに罪悪感があった。


「……大丈夫か?」

「え?」

「なんだか一瞬、暗い顔したからさ」

「あ、ごめんなさい」

「謝る事じゃないよ。……何かあった?」

「ちょっと、疲れちゃったのと負けっちゃったからかもしれません」


 また、私はウソをついた。


「そっか。何かあったら言ってくれ。俺じゃなくても同じ女性の水沢先生の方が話やすいとは思うけど」

「ありがとうございます……」


 表情に出ちゃってたかな。


「ほら、今も変な顔してる」

「ふえ!」


 むにぃっと頬を摘ままれて変な声が出た。


「どうしてもっていう時は、本当に頼ってくれよ? 勉強を教えるだけが俺の仕事じゃないんだから」

「ふぁい……」


 高城先生……不意打ちです。

 本当に甘えたくなるくらいの優しさ。それは教師としての優しさだけれど。


 それでもうれしい。


ふぇんふぇい先生いつふぁでいつまでこうしているふもりつもりですか」

「っと、ごめんごめん」

「ほかの人だったら、セクハラ扱いされてたかもしれませんよ」


 私は赤くなっている顔を見られたくなくて、顔を逸らす。


「わかった、わかった。もうしないから」


 高城先生は両手を挙げて触れないことをアピールする。

 ……それはそれで嫌だ。

 あなたに触れられて私が拒むわけないのに。


「いえ、冗談です。ただ私の頭、撫でるのはいつでも大丈夫です」

「そっか」


 そう言って、高城先生の大きな掌が私の頭に置かれた。


 ◆


 時間は進み、フットサルの進行は準決勝まで滞りなく進んでいった。


 準決勝の試合は、なんと”1組”対”フットサル同好会”という組み合わせになった。

 決勝トーナメントの割り振りはくじ引きとなっていたので運としか言いようがないのだが、彼らはシード権を獲得してここまで駒を進めてきた。


 担任クラスと顧問の部ということで、この試合に俺が参加するわけにはいかない。バレーの応援もあるので、俺は決勝までお預けになりそうだ。


 それになにより――


「お前ら、そんなになってまで……」


 1組男子を見れば、すでに満身創痍と言ってもいいくらいだった。

 膝に擦り傷なんて序の口、至る所に包帯を巻いている。


 一応、全ての試合見てきているからどうしてそうなったかの経緯は知っている。ボールを奪う際にかなり無茶なプレーをしていたからだ。


「名誉の負傷を女神に癒していただきました」

「馬鹿だわ、お前ら本当に馬鹿だ」


 彼らは水沢先生の治療を受けたいがために、ここまで頑張ってきたらしい。


「けっ、敵に何言われようが響かねえよ」

「俺たちは、今日までクラスの男子全員で練習してきたんだ」


 だが、彼らの眼は本気だった。

 いったいどんな練習をしてきたのかというのか。


「今日までサッカー漫画を読みつくしてきた。俺たちに死角はない!」


 それで、ここまで勝ち進んできたお前らがすごいよ。

 ホント、素直に感嘆する。元々の運動神経いいんだろうな、この子ら……。間違った方向にその体力を向けているだけで。


「これもすべて、先生あなたを倒すためだ」

「水沢先生の治療を受けるためじゃない、本当の目的は今、ここなある!」


 ……俺を倒すためというが、俺は試合には出ないんだけど。


「あれを見ろ……」


 すっと相沢が指さす方向には。


「神林くん、頑張ってー」

「きゃあー遥くーん! 今日もちっちゃかわいいー」


 神林に向かって黄色い声を放つ女子たちがいた。


 神林のモテっぷりが半端なかった。

 女子なんだけれど、一番モテているのは間違いなく神林だった。


 同好会のユニフォーム着て、遠目から見れば確かに可愛らしい男の子に見えるもんな。俺だって初めて会った時スカートじゃなかったら男子として接していただろう。透もフットサルの時に間違えてたし。


「敵はフットサル同好会にあり!」

「「「うぉおおおおおおおお!!」」」


 多分、こいつらも神林が男だと勘違いしている。

 声援があるのは神林だけではない。他のメンバーも大なり小なり人気があるようだし。


「神林ー。とりあえず今回は下がれ。あいつら絶対、ラフプレーしてくるから」

「はい……」

「みんなも、できるだけボールは持つな、すぐにパスでつなぐように」

「「「はい」」」


 そうして、フットサル同好会 対 1組男子の試合が始まった。


 ………

 …………

 ………………


 結果からいえばフットサル同好会の大勝だった。


 ボールが転がれば、餌の放たれたピラニアのように全員でボールを奪いに、ボールに向かって走るわ走るわ。けれど、反対側に大きな隙ができる。

 さらにフットサルにはオフサイドルールはないので、大きなパスも十分につながった。


「お疲れー」


 俺は1組男子の元へと労いの言葉をかけにいった。


「うぃーっす」

「やっぱうまいですね。フットサル同好会」


 ぐったりとしながら1組男子は俺の言葉に応える。

 邪気もどうやら晴れたみたいだ。

 本当に今日はやりきった感が出ているのだけれど、3位決定戦もあるんだぞ。早く体力を回復してほしい。


「いや、みんなも正直ここまで来るとは思ってなかった」

「お疲れー男子たちー」


 クラスの女子たちも途中で男子の応援に駆け付け、クラスがさらに仲良くなるきっかけになったのではないだろうか。


「レモンのはちみつ漬け食べる?」


 観月がタッパーを男子たちへと勧める。


「くれー……お、美味い」

「さすが料理部」


 美味しそうに男子たちは観月の作ったものを口に運んでいく。

 観月は人にものを食べさせるのが好きだ。なんでもおいしそうな顔を見ると幸せになるらしい。


「バレーの方はどうだった?」


 時間の関係で男子と女子の時間が少し被ってしまったので結果はまだ知らされていない。だが、女子たちの嬉しそうな顔を見るに聞かずとも結果はわかった。


「勝ちましたよ! とうとう決勝戦!」

「お、すごいな」


 決勝トーナメントを勝ち進めば行くほど対戦相手はやはりバレー部が主体のチームとなっていくが、それでもうちのクラスは勝ち進んできた。




 時間を確認すればもう直ぐバレーの決勝戦が始まる。藤堂たちにバレーの応援に行くことを伝えて、バレーの決勝戦が行われる第一体育館へと向かう途中だった。


 体育館へと続く道でボールを蹴る音が聞こえてくる。ここは通行人が多いにもかかわらず何をやっているんだか。今は通行人はいない、どうやら既に体育館にはいっているようだ。

 だが、いつ通行人は来るか分からないので注意はしたほうがいいだろう。


「ってもよ、決勝の相手ってフットサル同好会だったよな」


 ん? フットサル同好会の話題が出たので思わず立ち止まり、聞き耳を立ててしまう。

 どうやら声からして剛田先生が指揮していた1年チームのようだ。


「元サッカー部にいた人もいるからちょっとは強いかもな」

「ようやくサッカーが楽しめるな」

「つーか、キャプテンとかの2、3年チーム弱すぎ! なんだよ、本当にサッカー部いるのかよ。なあ長井」

「はっ、弱いから俺たちがスカウトされたんだろ。弱いくせに俺らに指図するなよな」


 そこから笑い声が響き渡る。

 どうやら本当に、スカウトされて天狗になっているようだった。


「神林も神林だよな。サッカー部に入部できなかったからって、仕方ないだろうが、女は女らしくバレーでもやってろ」

「フィジカルで男に勝てるわけがないんだから。マネージャーでもしてればよかったのによ」

「お前、あれにドリンクとかもらいたかったの?」

「いらねーよ、あんな男女」


 今度は神林の愚痴か……。

 別にお前らには何も関係ないだろうに。


「フットサル同好会の顧問て高城だろ。あれもムカつくよな」


 おい、どういう意味だコラ! 

 教師を呼び捨てにしておいて、“あれ”扱いにムカつくだと? 俺の方がムカついてきたわ。


 そこから俺の愚痴へと話しは転換し俺はおとなしくそれを聞いていた。

 腹は立つが生徒たちのリアルな声を聞くことができるというのは貴重な機会だ。


 ここで、彼らを叱るのは簡単だろう。

 けれど、俺はまだ教師になって日も浅い。

 愚痴が出るということは何かしら俺に不満があるということだ。不満の無い人間などいないわけがない、だから俺に至らない所があるというなら聞いてみたい。


「ちょっと顔がいいからって女子に色目使いやがってよぉ」

「どいつもこいつも高城、高城って気持ちわりぃ」

「顔が良ければ、人生楽だよなー」


 何というか、僻みのような愚痴だった。

 これ以上は聞いても無駄かと思い、体育館に向かうことにしたが、聞いたことのある声が彼らの方から聞こえてきた。


 ◆


 カレン


 遅れてしまいました。

 決勝戦に出場するクラスの子がドリンクを忘れてきたということで教室から持ってきたのです。私は球技全般が少し……いえ、かなり苦手です。

 しかも、今日はセンセにもかっこ悪いところを見られてしまいました。けれど――。


 私は先生が触れてくれた頭を自分で触ります。


 ――えへへ……心配してもらえちゃいました。


 ボールは痛かったですけど、センセに心配してもらえたというのは嬉しいです。

 大きいけど優しい手は今はいない本当のお父様を思い出します。もしかしたら、私はセンセにお父様を重ねているところがあるのかもしれません。


 ドン!


 何かをぶつけるような大きな音が私の耳に入ってきます。

 音のした方を覗いてみれば、どうやら誰かがサッカーボールを蹴っているようでした。よくよく体操服を見れば一年生のものでした。

 ここは体育館に繋がる廊下で、少なくともボールを蹴る場所ではありません。さっきの音はサッカーボールが体育館の窓に当たった音だったようです。


 何か話しているようですけれど。少し遠く聞き取れはしませんでした。


 ――……迂回していきましょう。


 そう思って踵を返します。


「フットサル同好会の顧問て高城だろ。あれもムカつくよな」


 ――ムッ!


 その一言ははっきりと聞こえてきました。


「ちょっと顔がいいからって色目使いやがって」

「どいつもこいつも高城、高城って気持ちわり」

「顔が良ければ人生楽だよなー」


 センセの悪口です。

 それはもう、はっきりと聞こえてきました。


 ただの妬みではありませんか。

 確かにセンセはかっこいいでしょう。

 けれど、それだけで女の子は騒ぎません。センセはTVのアイドルではないのですから。


 好きな人の悪口を言われれば怒りたくもなります。

 彼らは自分たち以外には誰にも聞かれていないと思って話しているのでしょう。少しこの空気を壊したくなって私は動きました。


 廊下の角から姿を出した瞬間に、サッカーボールが私の目の前にありました。

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