第39話 球技大会 ④
観月
決勝戦というだけあって観客も結構大勢いる。
もともとの男女比があるから体育館内は女子の声が良く響いていた。
決勝戦は両チームともに2年生で、1組と8組の試合となっていた。
夕葵が味方に上げられたトスに合わせて高く飛びそのままスパイクを決める。
勢いよくコートにたたきつけられるかと思ったボールは、1人の女性によって阻まれる。
「らぁあああああああああ!!」
8組の副担任である荒田先生――もとい、
基本的にスポーツは万能な嵐ちゃんはバレーでも大いに活躍していた。
嵐ちゃんがレシーブしたボールを8組の子がトスを上げる。素早く姿勢を整えた嵐ちゃんは助走と膝のバネを活かして高く飛び上がり、スパイクを決めた。
「よっしゃぁああ!!」
心底嬉しそうな大声を挙げ、8組の女子と嬉しそうにハイタッチを交わす。
体育の時間の時も一緒に運動するくらいだもんね。
この球技大会を最も楽しみにしていたのは嵐ちゃんかもしれない。他の先生たちも参加はしていたけれど、中には「義務で参加してます」という先生が大半だったた。
「うわぁ……やっぱり荒田先生すごいね」
「あんなボール取れないよ」
1組のBチームが嵐ちゃんの放ったボールに戦々恐々としている。
あれが迫ってくるとなると確かに怖い。
クラスメイトの1人がカレンにドリンクを頼んだのは一緒にいたからアタシも知っている。一緒に応援するつもりでいたから、アタシと涼香は2人ならんで応援していた。
「~♪~ガンバレー、夕葵~」
隣で涼香がにやけまくっていた。
その笑顔を見た男子が数人見惚れているのが遠目から見ても分かる。自分に好意を向けられていると勘違いした犠牲者が増えなければいいけれど。
「……何かいいことあったの?」
「ちょっとね~」
歩ちゃんがらみで何かあったとアタシは半ば確信めいたものがあった。
今日みたいな学校行事は好きな人と距離を縮めるのには絶好の日だ。
いろんなところで男女2人で行動する人を見る。
これが終わったら歩ちゃんのフットサルか……ちょっと楽しみだったりする。サッカーはあまり詳しくないけれど、楽しそうにしているあの人を見るのは大好き。
「そういえば、まだカレン来てないね」
クラスメイトの1人がそう呟く、体育館には1組の生徒が揃っている。その中でカレンだけが姿を見せない。
「……ちょっと遅いね。アタシ迎えに行ってくるわ」
そう言ってアタシは立ち上がって体育館を出てカレンを迎えに行くことにした。
体育館を出ればすぐにカレンは見つけることができた。
なんだ、もうここまで来てたんだ。声を掛けようとしたときだった。
いきなりサッカーボールが飛んできてカレンに当たった。
「カレンッ!!」
大きな声を出してカレンの傍に駆け寄る。
カレンはその場に倒れ動かない。
「やっべえ!」
「逃げろ!」
男の声が聞こえたけれど、アタシは誰がカレンにボールをぶつけたかは分からない。なんでこんなところでボール蹴ってるの!
「カレン! カレン! しっかりしてっ!!」
カレンから返答はない。
「観月!」
アタシを名前を呼ぶ男の人の声、アタシを名前で呼ぶ男の人はこの学園では1人しかいない。
けれど、学園では普段は名前で呼ぶことなんてことはない。
だから歩ちゃんの必死さが伝わってきた。
「歩ちゃん! カレンがっ!」
「ちっ! あいつらっ」
歩ちゃんは犯人に心当たりがあるみたいだった。
けれども、追いかけるなんてことをするより、まずはカレンの事を優先して行動する。
「カレン! カレン! 聞こえてるか!」
顔を持ち上げて意識を確認すると少し反応が見られ、瞼がゆっくりと開かれた。
「ん、センセ……」
突然、歩ちゃんの顔が目の前にあって驚くカレン。起き上がろうとするけど、それを歩ちゃんが止める。
「頭を打ってるかもしれないから動くな」
「ア……」
「…ッ……」
スッとカレンの方と膝を抱えて持ち上げる。
身体の小さいカレンは一瞬、驚いた声を挙げるけれど、歩ちゃんの腕の中に抵抗することなく納まる。
「観月、このままカレンを保健室に連れて行く。水沢先生にこの事を伝えておいてくれ」
「うん。わかった……」
アタシに背を向けて、歩ちゃんはカレンを抱きかかえたまま保健室へと向かっていく。
――ああ、アタシ嫌な子だ……。
怪我をしたカレンのこと羨ましいなんて思ってる。
◆
「……気分悪くないか?」
「ハイ」
「めまいは?」
「大丈夫です」
「頭痛は?」
「……平気です」
受け答えはできているようなので大丈夫だと思うが、心配なことは心配だ。
脳震盪が起きると後遺症が残る場合もあり、慎重に対応する必要があるという。脳震盪かは俺は診断できないので、声をかけてやることしかできない。
途中数人の生徒とすれ違うたびに驚いたような顔をされるが、そんなことを気にはしていられない、早く保健室に連れて行ってやりたい。
細く小さな、守ってあげたいと思わせる華奢な身体を俺は落とさないようにしっかりと抱える。
「失礼します」
「はい……あら、高城先生どうしたの?」
養護教諭である小田原先生が、俺の腕の中にいるカレンを見てすぐに事情を察してくれた。
「ベッドは空いてるから、そこに寝かせて」
「はい。カレン降ろすぞ」
「……はい」
俺から華奢な体が離れる。
そこから簡単な診察がおこなわれた。
どうやら、医療機関の受診の必要性はないようで俺はほっと一息を付いた。
「あとはこれで打ったところを冷やしておきなさい」
カレンは渡された氷水をボールのぶつかった部分に当てる。
「なら、私は家の方にも連絡入れておくわね」
「あ、それは俺がやりますよ」
「いいから、その子の傍にいてやりなさい」
小田原先生はそう言い残して保健室から出ていく。
この方が都合が良かったかもしれない。言いたいこともあったし。
「……カレン……ゴメンな」
「なぜ、センセが謝るんですか……私が飛び出したのが悪いです」
「いや、俺はあいつらが通路でボールを蹴っていたのを知っていたのに、注意すらしなかった」
それどころか、ただ傍観していただけだ。怠慢もいいところだ。
「本当にセンセは悪くありません」
「いや、悪い」
「悪くありません」
「悪い」
互いに譲り合わず意見は平行線のままだ。
「ムゥ……センセ、子どもみたいに意固地です」
「カレンもな」
「お姫様抱っこはうれしかったですけど」
「……怪我してよかった~とか思うなよ」
「…………てへ」
誤魔化すような可愛らしい笑みを浮かべるが、軽くデコピンをカレンの額に食らわせる。これくらいならいいだろう。
「ゆっくり休め」
「でも、センセの応援に行きたいです」
――あんまりかわいいこと言ってくれるな。
健気な言葉に一瞬ぐらっと来た。
そんなやり取りをしていると、ちょうど小田原先生が戻ってきたので俺は体育館へと戻って行った。
◆
カレン
私は怪我をしていた時のことを思い出していました。
サッカーボールがぶつかったとき、少しの間だけですけど意識がなかったみたいです。
誰かに呼ばれた気がして、目を覚ました時にセンセの顔が近くにあったときはびっくりしました。
そしてそのまま……。
――……お姫様抱っこ……~~っ~~~!
ベッドの中で悶えます。
いつもは私から抱き着いていたので、センセから抱きかかえられるとなると心臓が爆発しそうでした。
嬉しいのやら、恥ずかしいのか、申し訳ないのか色々な感情がぐるぐるしています。
一応自分の中に整理を付けてベッドから起き上がり、時計を見るともうバレーの試合は終わっているでしょう。……フットサル間に合うでしょうか。
「もう、大丈夫?」
「ハイ」
小田原先生にお礼を言って保健室を出ようとしたときでした。廊下が少し騒がしいきがしました。
なんだろうと首をかしげていると次の瞬間にはその答えが分かりました。
「カレン、大丈夫!?」
「観月から聞いたよ、どっかの馬鹿男子がサッカーボールぶつけたって!」
「謝罪もなし!?」
「ありえないんだけど!」
クラスの女の子たちが私の元へと来てくれました。中にはバレーに参加していた子や他クラスの文芸部の子もいました。
うれしくて笑みが自然にこぼれてしまいそうです。
中学校ではこんなことは絶対にありませんでしたから。
「はい、大丈夫です」
「よかった。あ、バレー……残念だけど負けちゃった」
「……そうですか、応援に行けなくてごめんなさい」
話を聞けば接戦だったようですけど、8組に負けてしまったようです。
「ホント惜しかった! まさかあそこで荒田先生が重りを外すなんて」
「すごかったよねー」
「でもそれをさせた夏野さんもすごい!」
あの先生はどこかの戦闘民族なのでしょうか。
霊長類最強の女性と親友というのは噂は聞いたことがありましたけど、信憑性が増してきました。
「これから外でフットサルの応援に行くけどどうする?」
「プログラムを少し変更して、男子の3位決定戦の後に決勝戦だって」
あ、そうですフットサル!
「行きます。もう大丈夫です!」
「う、うん。そうみたいだね」
◆
「……で、お前ら、何か謝ることがないか?」
俺は体育館裏でたむろしている1年生男子をみつけた。
その生徒らに対して圧をかける。他の先生に見つかったら大目玉だろう。
相手は、カレンにボールをぶつけた相手――1年サッカー部の連中に対してだ。
俺が今どんな表情をしているかは知らない。
だが、俺の声を聴いて怯えた表情をした奴が居た奴が数人いた。
高校生と言っても1年、ましてやまだ今は5月だ。中学生に毛が生えた程度では、大の大人に詰め寄られれば怯えても不思議ではない。
最も長井はそんな俺を鼻で笑う。
年若い教員だからといって舐めているのだろう。
「何をですか? 何を謝ればいいんですか?」
余裕そうな笑みを浮かべて惚ける長井。
「分からないのか?」
「すいません、先生が何を言っているの…「先生じゃなくて高城って呼んでいいぞ」
全て言い切る前に俺は会話を聞いていたことを仄めかせる言葉を言う。
それでようやく長井の笑みが消え、僅かにイラついたような顔に表情が変わったがすぐに取り繕った笑みを浮かべる。
「……ああ、呼び捨てで呼んだことを気にされてたんですか? それはスイマセンデシタ」
「そんなことはもうどうでもいい。俺はお前らの担任教師じゃねえし、隠れて教員のことを呼び捨てなんて高校生ならよくあることだ。……べつのことに心当たりはないのか」
「やだなぁ、誘導尋問ですか?」
「女子生徒にボールぶつけただろ、そっちについて聞いてんだよ」
「証拠はあるんですかね」
「あるぞ」
そういって俺は手に持っているサッカーボールを見せつける。
カレンの倒れた傍で見つけたのだ。
このサッカーボール以前の国際大会で使用された記念品として作られた記念ボールだ。そんなの持っている奴は限られてるし、ましてやこの学園のサッカー部の備品のボールとして何度か見かけたことがある。
「サッカー部のボールですね。これが証拠ですか?」
「お前ら通路で蹴ってたろ、見てたぞ」
長井は視線を逸らす。
動揺しているのがバレバレだ。もう少し押せば認めそうだな。
といっても、ぶつけられた被害者がいるのだから、すぐに分かる事なんだけど。
「お前ら……「何をしている。決勝戦が始まるぞ!」
今度は俺の言葉が遮られる。
誰が遮ったかと思ったのだが、剛田先生だった。
「監督ぅ!」
「なんだ、高城。うちの部員に何した」
「……ちょっと聞きたいことがありまして」
「俺たちが女子にサッカーボールをぶつけたって言うんです、違うっていっても信じてくれなくて」
今度は俺を悪者にする気か。
「それは本当か?」
剛田先生が俺を侮蔑するような目で見る。
うわ、めんどくさそうな感じがしてきた。妙な所で熱血……いや、暑苦しいからな。
「このサッカーボールが証拠なんですけど」
「それが証拠だと。いまはフットサルで誰でもボールに触れるんだ。他の誰かかもしれないだろう」
はんっと鼻で笑い俺の意見を否定する。
「これってサッカー部の備品ですよね」
「それがどうした」
「以前、サッカー部の部員ではない子が備品のサッカーボールで遊んでいたら、剛田先生は怒鳴り散らしてましたよね。それ以降は誰もサッカー部の備品には触れなくなりました」
あんたに叱られるのが嫌だからな。時間の無駄以外の何物でもないから。
遊んでいた生徒に反省文まで書かさせていたので印象には十分残っている。それは生徒たちにも印象的な出来事だった。
「それに俺は通路でその子らがボールを蹴っているのを見ました」
「ちがいます。俺たちじゃありません!」
「俺が証人です」
「違うと言っているぞ」
なんだろうなこの阿呆みたいなやり取り。
剛田先生は「俺は生徒を信じる!」と自分に酔っているのか、自分が受け持っている部員たちから不祥事が出てほしくないのか。
長井らはそれを利用している。
というより、自分をスカウトした先生だ。自分の味方になると信じてるんだろう。慕っているというのとはまるで違う信頼関係だけど。
どのみちカレンが犯人を見ているのだから言い逃れはできないと言うのに。
いい訳などせずにすぐに謝罪すれば、何事もなく終わったのに。
「高城……お前、俺が気に入らないから、俺の生徒に八つ当たりしているだけだろう!」
それは貴方ではないですかね?
剛田先生が、なにかと俺を毛嫌いしているのは知っている。
そんな彼に俺は“同僚”だから、“仕方なく”、付き合わなければ“ならない”から、必要“最低限”の会話しかしてこなかった。
「はあ……言っても無駄みたいですね」
これ以上の会話は無駄だろう。
俺は踵を返してグラウンドへと向かうことにした。
彼らが謝罪すればよしだったのだが、事の裁定を下す権利は被害者のカレンにある。
――……いや、ただムカついただけか。感情で動いたんだ俺は
保護者への連絡は……あいつでいいか。
事情をメッセージアプリで送っておいた。
とりあえず、今日の行事をとっとと終わらせよう。
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