第37話 球技大会 ②

 夕葵


「じゃあ、夕葵ゆずきさん。行こうか」

「~~っ~~はい!」


 歩先生に名前を呼ばれるだけで耳が幸せになる。

 顔に出てはいないだろうか。


 ――ズルいな、観月はいつもこんな幸せを独り占めしていたのか。


 後輩の美幸にはこれからも手を焼かされることにはなるだろうけれど。

 これだけを考えれば感謝だ。


「お、勝ってるみたいだな」

「そうみたいですね」


 歩先生に付いて第二体育館に入ると、既に試合は終盤で涼香たちのチームが接戦ではあるがマッチポイントで優勢となっている。


 がんばれーっと涼香たちのチームを応援する声と相手チームを応援する声が体育館に響き渡っている。


 相手チームが打ったサーブがB組のコートへと入る。


「それ!」


 涼香がそれをレシーブしてサーブの勢いを殺す。

 宙に舞ったボールが今度はカレンの元へと飛んでいくが


「ふぐっ」


 それを顔面で受け止めてしまう。

 あまり運動は得意じゃないと聞いていたけれど、その通りだったようだ。


 けれども、ボールはふわりとネット際へと上がる。


「うりゃ!」


 ネットの高さは通常のバレーとは違って低めにしてあるが、それを飛び越えて、観月が見事にスパイクを決めた。


 決めたその瞬間に歓声が上がる。


「やったーって、それどころじゃない!」

「カレン、大丈夫?」

「うくぅ……」


 鼻を押さえながら涙目でチームの子達から心配されている。

 妖精のような小柄な容姿はどこか放っておけない気にさせられる。性格も一生懸命に頑張ろうとする姿には同性の私ですら愛らしさを感じる。


「大丈夫か、カレン?」

「あ、センセ。うぅ……かっこ悪いところ見られてしまいました」

「まあ、頑張っていたのは伝わったよ。ナイストス」


 どこか意地の悪い笑みを浮かべてカレンをからかう。


「ムゥ。そんな顔で言われても、嬉しくありません!」


 唇を尖らせながら拗ねてぷいっとそっぽを向く。

 好きな人にかっこ悪いところを見られれば当然の反応だろう。


「水沢先生。一応、診てあげてください」

「はい。美雪さん、大丈夫?」


 体育館の隅に場所を移して治療に当たる。

 水沢先生に任せているけれど、歩先生はカレンの傍を離れない。

 心配と言っていたことは嘘ではないのだろう。


「うん、軽く打っただけみたいね」

「ありがとうございます」

「ならいい。次からは気を付けてな」


 ポンと先生はカレンの頭の上に手を置き撫でる。

 大きな手で髪を撫でられるとカレンの髪は僅かに乱れるが、どこか彼女は嬉しそうだ。


「夕葵、お疲れー」

「勝ったみたいね」


 観月と涼香が私の傍へとやってきた。

 彼女たちは私の視線を追うと私を同じ光景を見る。


「む、カレン自らの運動オンチを見事に使いおった」

「わざとじゃないと思うけど……」

「羨ましいな、あんなふうに歩先生に心配してもらえるなんて」


 ああ、羨ましいのだ。

 なんでもいい、先生から声をかけられるだけでも、見てくれるだけでもそれだけで私は幸せだ。


 ◆


「2対0でフットサル同好会の勝利です」


 俺はグラウンドに戻り部員の様子を見ていた。

 部員たちはハイタッチをして勝利を喜ぶ。

 適度に息も切れているようだが、十分に楽しめているようだ。


「へ~、サッカー部辞めた子たちばかりって聞いたけど。上手じゃん」

「やめたっていうより辞めさせられただけみたいだよ。ゴリ田の方針で」

「あ、それ聞いたことがある。なんでも彼女持ちは退部だって」

「なにそれ、彼女いないゴリ田の妬みみたいなもん?」

「だからじゃない。今のサッカー部ってロクなのが残ってないみたいだし」


 フットサル同好会の試合を見ていた女子たちがサッカー部の事をディスってる。

 主にサッカー部の顔面偏差値の事で容赦のない言葉を告げる。そういうのあまり聞きたくないなー。


「お疲れ。みんなよく走れてたぞ。次の試合はメンバーはもう決めてるのか?」


 フットサルはいつでも主審の許可なしで、何度でも選手交代ができるのだが、スターティングメンバーは序盤を勢いづけるので重要視される。


「あ、先生。次の試合からでてみませんか?」


 藤堂が試合に出ないかと誘ってくれる。

 他チームの試合を見ていれば教員たちも出場していたが俺は今の所、控えていた。

 確かにゲームを見ていると試合に参加したくなるのだけれど。


「……いや、まだやめておくよ。午後から参加させてもらってもいいか?」


 クラスの子たちの応援に向かいたい。

 1組男子は素人ながらも善戦し決勝トーナメントへの出場を決めている。

 午後なら、試合の数も制限されるので少し時間にゆとりができる。フットサル同好会も決勝トーナメントへの出場は既に決まっている。


 ……

 ………

 …………


 試合も進み前半の部も終了時間が迫ってきた。

 Aチームは勝ち進んだが、Bチームは残念ながら決勝トーナメントへの出場は逃したので午後から応援に回ることになった。


「夕葵ーアタシ達の仇をとってー」

「応援してるから」

「ガンバってくださイ」


 観月たちが夕葵さんにエールを送り、夕葵さんはそれを笑顔で受け止める。


 グラウンドに戻るとフットサルの試合はまだ続いているようだった。


「お前もサッカー部だろうが! もう少し粘れ!」


 フットサル同好会の試合を見ていると隣のコートで、剛田先生の怒声が聞こえてきた。

 スコアボードを見ればどうやら1年と3年の試合らしい。試合は3-0で1年が優勢だ。


 なぜ、あの人が1年のチームを仕切ってるんだろうか。

 1年生のチームはサッカー部に在籍している男子が多いようで、パスもドリブルもやはり、素人とは比較にならないほど上手い。ここ数年男子の数も増えてきているので2年よりも男子の数は多い。


 相手チームにはサッカー部がいるらしく、必死にボールに喰い付いている。

 その男子は、良く見れば俺によく話しかけてくるサッカー部の3年の男子だった。


「ちっ、へたくそが、練習にもならん……長井! 午後からのアップ変わりだ!」


 そう言い、1人を無理矢理下がらせ、長井と呼ばれた選手が試合に参加することになった。どうやらさっきの怒声は3年の男子に向けられたもののようだった。


 長井という名前は藤堂から聞いたことがある。

 1年でサッカー部10番エースとなった生徒らしい。

 今年度入部してきたサッカー部の1年は、剛田先生がスカウトしてきた選手だといことで、先生は大層可愛がっているようだ。


 実際、ボールが長井の元へと渡ると実力は十分に分かった。

 ドリブルすればボールがまるで足に吸い付いているように離れずドリブルで抜かれる。マークしてもスピードで千切られ、3年の男子は転倒してしまい、そのままゴールを決められる。


 長いホイッスルが響き渡り、試合終了の合図を告げる。

 結果は6対0で1年チームの勝利だった。長井は試合に出てからの残りの5分で3点を決めた。


 1年の彼らはこの結果が当然のように受け止めて嬉しがる様子もない。


 試合が終了し、互いのチームは引き上げていく。

 3年の男子たちは悔しそうに唇を噛みしめている。

 去り際に1年は対戦相手の3年を嘲るような笑みを一瞬だけだが向けた。それだけであいつらの本性が見て取れた。どうやらスカウトされたことを鼻にかけている雰囲気だ。


 ◆

 観月


 私たちが行う午前の部がすべて終わった。

 あとは他チームの試合が残っているけれど、アタシたちは一足早い昼休みになった。

 残念だけれど、決勝トーナメントに進むことはできなかった。一生懸命頑張ったのだけに少しショックだ。


「はあ……負けちゃったね」

「うう……すいません」


 あの後、カレンは何度も顔面にボールをぶつけた。


「カレンの所為じゃないよ。むしろけっこうチャンス作ってたと思うけど」


 絶妙な顔面トスを上げて、味方に貢献できたんじゃないかな。


「対戦相手がバレー部ばっかりのチームだったから仕方ないよ」


 チームメイト同士で慰め合い、夕葵のいるAチームを応援しようと切り替える。


「ちょっと飲み物買ってくるから先に行ってて!」


 飲み物を買うためにアタシは少し場を離れて1人で行動することにした。弓道部の近くにある自動販売機で飲み物を買っていると――、


「よお、観月」

「あ、仏田 どうしたの?」

「今、時間いいか?」


 同じ2年の同級生だ。1年の時クラスは一緒で何度か一緒に遊びに言ったりもした。もちろん、二人っきりじゃなくてほかの女子もいた。


 ――けど、仏田ってなんかボディタッチが多いから苦手。


 場所を替えたいということで校舎裏にまで連れて行かれる。

 人気のないところに男と2人っきりなんて気が引けた。

 なんとく仏田のみたいな男子の雰囲気は今まで何度も経験してきたから。


 校舎裏で男女2人となれば大体の言葉は予想がつく。

 それにここは校内で有名な告白スポットだったりするから。


「一目見た時から好きでした! 付き合ってください!」


 最敬礼でアタシに頭下げて私に告白する。


 ――ああ、やっぱり。


 はっきり言おう。


 アタシはこの告白に胸がときめいたり、微塵もうれしさを感じられない。


 この告白が仏田の本心でないことを知っているから。

 その証拠に校舎の影から何人かがアタシたちの様子を窺っている。

 これはいつもの“お試し告白”というものだ。遊んでいそうなアタシならハードルが低いって思われてるみたいでよくこんなことに付き合わされる。ふざけんなよ?


 内容はいたってシンプル。何かの罰ゲームで、何か賭けをして負けたらアタシに告白するというふざけたものだ。

 これは中学のころからあった。


 初めは、クラスの地味で陰キャラな男子が怯えながらアタシに告白してきた。

 好意を持たれるきっかけなんてなかったし、断った後、つけて見れば案の定、男子の中心ではやし立てられていて、あの告白が罰ゲームだと言うことが分かった。


 今日は球技大会……大方、負けたチームの誰かが私に告白するという内容みたいなものかな?


 アタシにはみんなのする告白は全て色あせて聞こえている。

 本当にいい加減にしてほしい。

 人の気持ちをもてあそぶのはそんなに楽しいことかな。


「ごめんなさい」


 アタシは彼と違って頭も下げずにきっぱりと断る。

 もしかしたら声に、苛立ちが混じっていたかもしれない。


「そっか! わりいな」


 軽いなー。

 彼は踵を返して校舎の影にいる仲間の元へと戻った。

 仏田が仲間と話している声が聞こえてくる。

 

「ふられてやんのー」

「まあしょうがねえよ。沢詩だぞ、オトモダチが何人いると思ってんだ」

「気にしてねえよ、最初から分かってたことだし」

「相当遊んでんだろ?」

「……断り方も相当慣れてるぜ。やっぱビッチ?」

「あー俺もあやかりてえなー。頼んだらヤラしてくんねえかな」


 そんな会話と笑い声が聞こえてくるのでアタシの考えが正しかったことが証明される。


 ――何がそんなに楽しいの?


 アタシについての噂は全部尾ひれがついているといってもいい。


 ――本気の恋もしたことがないくせに。


 好きな人には同じ好意を持っている友人がいて、その子との差に嫉妬して。

 でもその子達と一緒にいるのは楽しくて。

 好きな人がアタシを見てくれるのが嬉しくて。


 色々なジレンマがあるのに、アタシの気も知らないで。


「歩ちゃんに会いたいな……」


 そんな呟きは風の音にまぎれて聞こえなくなる。

 はぁと溜息をこぼしす。また今日みたいな日が来るのかな。

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