第36話 球技大会 ①

 球技大会当日。

 限られた練習期間でやれるだけのことはやってきた。

 今日は天気も快晴で絶好の運動日和だ。女子は体育館を使うから関係ないだろうけど。


 体育館はすでにバレーのポールが立ててあるので、開会式はグラウンドで行うことになっている。


 皆、やる気に満ちて球技大会が始まるのを今か今かと楽しみにしていたのだが、今は既にモチベーションが低下し始めていた。


「……ですから、球技大会と言っても羽目を外しすぎないように……」


 佐久間教頭のながーいお話である。

 当の本人は生徒たちの苦悶の表情には気が付かないのか、気持ちよさそうに話している。勘弁してくれ。


「……フットサルは……私が学生運動に……しかし、バレーも同じような……」


 ヤバい。教頭が何を言ってるのか分からなくなってきた。

 昨日、睡眠は十分にとったはずなのに、なぜ偉い人の長い話はここまで人を眠くさせる作用があるのだろう。

 だが、前回の様な失態を犯すわけにはいかない。俺は唇の端を噛み、その痛みで何とか意識を保たせた。


 話が始まって40分が経過しようとしていたころでようやく終わった。


 開会式が終わると、各クラスの担任の所に生徒たちは集まりミーティングを行う。

 競技が始まる前に既に疲れた顔を見せている。

 ミーティングと言っても俺たちがする事は特にないので、教頭の長い話の愚痴を生徒の口から聞く。


「もうすでに疲れましたー」

「もう無理でーす」

「こんなテンションでフットサルなんて」


 特に男子たちの不満が強い。


 だがそこに女神水沢先生から慈愛あふれる言葉が放たれた。


「先生は応援しかできないけど、一生懸命応援するから。それと熱中症や怪我には気を付けてね。直ぐに手当てするから」


 そう言って水沢先生は救急箱を見せる。


「はっはーは! 見てて下さい勝ってみせますから!」

「男の怪我は勲章ですよ。だから思う存分に外傷をしてきます!」


 水沢先生から手厚い看護を受けたいという下心がただ漏れだ。女子たちの冷たい視線に気が付かないとはなんともうちのクラスらしい。

 ちなみに静蘭の養護教諭は50代のおばさまなので、男子の気持ちは分かる。


 球技大会の運営は生徒会や実行委員の先生方によっておこなわれるので、特に俺自身の役目もない。


 今日はプログラム通りに動くだけだ。

 フットサル同好会として参加はするが、1組の応援くらいはしてやりたい。

 フットサル同好会チームとしては、ゲーム自体はあの子たちに一任するつもりだ。


「それじゃあ、女子は体育館へ向かってくれ。後で応援に行くから。水沢先生お願いします」

「はい!」


 元気よく水沢先生が了承してくれる。

 水沢先生も俺と同じように私用のジャージを着用している。

 水沢先生の身長は学生とあまり変わらない。遠目から見たら学生と間違えてしまいそうだ。実際、もう生徒の中に紛れ込んでしまい見えなくなった。


 静蘭には体育館が2つあり最初は第一体育館で行われることになっている。

 俺は最初に試合のある1組の男子の試合を見届けることにする。


 フットサルは本来、前後半の20分の計40分で行われるのだが、時間の都合上前後合わせて20分間のみだ。

 午後の決勝トーナメントとなると前後半合わせて20分と試合時間が延長する。


『それでは第一試合を始めます。両クラスこちらへ集まってくださーい』


 拡声器越しの実行委員の声を聴き、1組の男子はそちらへと向かっていく。

 だが、呼ばれた男子たちは座り込んだまま動かないし、どこか元気がない。

 あれ? さっきまで元気だったのに。


「おい、早くいかないと失格になるぞ」


 斉藤が顔を上げ、切なそうな顔で己の心情を吐露する。。


「先生……女子がいなくなったのに頑張れると思いますか」


 ――くっだらねぇ……。


 心の底からそう思ったよ。さっきまであんなにやる気だったじゃん。


「クラスの女子はいないけど。ほら、他クラスの女子はああやって応援してくれてるだろ。活躍の場を見せれば他クラスの女子とワンチャンあるかもしれないぞ」


 俺が示す方向には黄色い声援を挙げて応援している女子生徒たちがいた。もちろん応援は対戦相手のクラスなのだが。


「しゃあ! やってやんぜ!」


 それに気が付く奴等ではあるまい。本当に単純な子たちだ。


「5分で終わらせてやる!」


 試合時間は20分だ。ルール覚えてないのか相沢。


 意気込みながら1組男子たちはピッチへと向かっていく。

 両チームがピッチの中央に並び挨拶をするとゲームが始まった。


「ええー、高城先生でないんだー」

「つまんなーい」

「早く体育館に行こう。日焼けしちゃうし」


 そんな声はピッチの上に立つ彼らには聞こえない。

 彼らは必死にボールを求め走り続ける。


 男子の試合は結果からいえば1組の勝利で終わった。

 途中で女子の応援がいつの間にか(かなり序盤)いなくなってきたことに気が付き意気消沈し始め1点先取された。


 しかし、相手クラスの数人の彼女がいたことが発覚した。

 そこからは1組男子は普段見せない動きを見せ、見事逆転してみせたのだ。

 相手チームのゴールキーパーが初心者だという理由もある。

 キーパーはポジショニング、シュートに対するセーブ力、ゴール前に上がってくるハイボールの処理、さまざまな状況における的確な判断力が必須なポジションだ。フィールドプレーヤーと比較して非常に専門性が強いポジションで素人には難しい。フットサル同好会にもキーパーを経験したメンバーはいない。


 男子たちは試合に勝ったのは良いが、既に息が上がっている。次の試合も控えているため休息を取らせ、俺は女子の応援に向かうことにした。


 ……

 ………

 …………


 第一体育館に入ると既に女子の試合は終盤を迎えようとしていた。

 球技大会のルールとして、バレーは9人制をとっている。

 勝敗の付け方は、時間制限を迎える、もしくは15点先取した方が勝ちとなる。2つの体育館にはそれぞれ3面ずつ、合わせて6面のコートを作ってあり、それでも追い付くのがやっとのスケジュールだ。


 女子のチームは30人いるクラスの女子を半分に分け、A組、B組と各クラス2グループに分かれた。第一体育館はA組が使用し、第二体育館はB組が使用する。


「「「ナイサー、ナイサー、GO、GO、夕葵!」」」

「「「キャーーお姉さまー」」」


 応援席で女子たちが夏野さんを応援する。

 クラスの女子どころか他クラスの女子まで彼女や先輩後輩まで応援をしているのだ。彼女の人気は本当にすごい。


 ボールに前回転をかけながら左足を踏み出すと腰を少し反らし、タメを作る。手首のスナップをしっかりと使い、手をしっかりと振り抜くとインパクト音とともに放物線を描いて勢いよくボールは相手陣地へと飛んでいく、相手選手がレシーブをするために構えるが、突然ボールが相手選手の前に落ちる。


「きゃっ!」


 相手選手はレシーブが上手く行えず、ボールはあらぬ方向へと飛んでいき、アウトとなる。


 その後も夏野さんはレシーブで相手のサーブを捌き、味方の上げたトスを完璧に捉え、相手の陣地目掛けてアタックを打つ彼女の活躍に見とれる。


 夏野さんの打ったボールが落ちた瞬間に審判が笛を吹き試合が終了を知らせる。


 歓声が上がるとクラスの皆が夏野さんの周りに集まり彼女の活躍をたたえる。彼女は恥ずかしそうにだが少し嬉しそうに賛辞の言葉を受け取る。


「さっすが夕葵!」

「バレー部じゃないのにすごいね!」

「中学でやってたの?」


 たしかにサーブを打つ様子は確かに経験者のようだった。


「いや、授業と少し練習しただけだが」


 運動神経は良いと言っていたがバレー部のエースと名乗ってもいい程の活躍っぷりだ。


「お疲れ」

「あ、高城先生!」

「先生、勝ちましたよ! 男子はどうでした?」


 クラスの女子が夏野さんから離れて、嬉しそうに俺に勝利報告をする。

 クラスメイトから解放された夏野さんは今度は後輩に捕まっている。

 1人に対して10枚以上のタオルは必要ないだろう。しかも、女子たちが互いに牽制しあい誰がタオルを渡すのか揉めている。


「ああ、一応は勝ったよ。今は疲れて休んでる」


 男子も試合に勝ったことが喜ぶが、それは彼らの前でやってあげてほしい。応援がなかったことにショックを受けてるんだから。


「高城先生も出たんですかー?」

「いや、男子が頑張ったからだよ。結構接戦だった」

「へー、だったら次は応援に行ってみようかな」

「そうしてやってくれ」


 そしてこの後には1-Bの試合が始まるということで第二体育館の方へは移動する。水沢先生は1-B組の応援に向かっているそうだ。


 女子たちは先に第二体育館の方へ向かう。

 俺は、後輩たちの包囲網から解放された夏野さんを労うことにした。


「夏野さん、お疲れ様」

「歩先生、見ててくれたんですか?」

「途中からだけどね。かっこよかったよ」


 俺は思ったことをそのまま口にした。けれども、女性に対してかっこよかったは少し失礼だっただろうか。

 綺麗だとかいうとセクハラと思われてしまうかもしれない。女性に対して賛辞を送るというのは難しい。


「ありがとうございます。今日は歩先生は出られないのですか?」

「……去年やりすぎたからな。今回は少し押さえようかと」


 相手チームには同じく教員である剛田先生もいたのだが、大人気ないの一言に尽きる。生徒相手に何をやっているんだか。


「歩先生は涼香たちのチームの応援に行くんですか?」

「ああ、一緒に行く?」

「はい」


 既に夏野さんの同じチームの女子は向かっているし、一緒にむかうことになった。


「お姉さま!」


 誰かが夏野さんを呼びかける。

 夏野さんが呼ばれた方を振り向くので俺もつられて振り返る。

 そこには、かつてバスケ部にマネージャーにならないかと誘われていた女子がいた。


「美幸……」

「美雪?」


 口に出して呼べば俺の脳裏にはクラスの銀髪の少女が連想される。


「はい! お姉さまの妹である美幸が参りました!」


 夏野さんに名前を呼ばれれば嬉しそうに返事をする。

 それにしても妹? あの家にはお婆さんと2人暮らしだと聞いていたのだが。


「夏野さんって妹がいたの?」

「違います。勝手にそう名乗っているだけで……」


 ああ、さっき応援席にいた子たちみたいなものか。

 ただ少しこの子は熱が強そうだ。小柄な体格に髪を2つのお団子ヘアにまとめてあるせいか子供っぽい印象を受ける。


「でも、名前で呼ぶってことは結構仲は良いんだな」

「それは、あの子の苗字が……」


「ちょっとそこの人! 少し距離が近いのではありませんか!」


 そこの人って、一応教師なんだが、前にも言ったはずだ。


 その威嚇するように俺に詰め寄る。

 勝気そうで、つり上がった目は生意気感を出している。

 あれだな、誰にでもケンカ売りそうなイメージ、それも煽るだけ煽って後で痛い目を見るタイプ。


「別に近いってことはないだろう」

「お姉さまの半径5mに近づけば近いんです! 男がお姉さまに近寄らないでください!」

「美幸! 目上の方に向かってなんだ失礼な物言いは!」


 夏野さんが少し声に力を入れて後輩を叱る。


「でもでもぉ、お姉さまぁ……」


 夏野さんの声にビクッと身体を震わせて驚くがすぐさま下手にでるが、そんなもの夏野さんには通用するわけもない。


「前にも似たようなことを注意したはずだ。実業団の方に柳先生が謝罪したことをもう忘れたのか!」


 柳先生とは弓道部の顧問でありこの学園の中でも古参の女性教諭だ。この学園に就職すれば誰もが一度は世話になる。

 弓道部を全国大会までのレベルにまで押し上げた手腕も買われていることや、卒業生たちからの信頼も厚く、他校や様々な企業や大学が練習試合を引き受けてくれる。そんな先生が謝罪に赴いたとなれば職員室でも当然のように噂になった。


 やはりというか、なんというか、初めて会った時に忠告したことがどうやら本当になったようだ。


「夏野ーそろそろいくよー」

「美幸ーはやくー」


「あ、わ、私呼ばれているので行きますね!」


 遠くから、友人が呼ぶ声が聞こえてくるが、狼狽えて去っていくあたり、逃げたな。

 特に反省した様子もなく、あれは何も学んでいない。他人に迷惑がかかるのではなく、自分に何かしらの被害がなければ理解しようとしないだろうな。


「歩先生、申し訳ありません。うちの部の子が失礼なことを」

「いや、いいよ。夏野さんがあの子の事を名前で呼ぶのって」

「はい、私と同じ苗字なんです。ややこしいので私はあの子を名前で呼ぶようにしたのですけど。それが何か勘違いさせちゃったみたいで」


 変に懐かれたと。


「でも、夏野 美幸か……名前を呼んだときにややこしいことになりそうだな」


 何せ俺のクラスの2人の女子と被るんだからな。


「あ、あの歩先生。それなら……私の事を名前で呼んでくださいませんか?」

「え?」

「い、いえ! 間違えるとあれですし、いい方法かなって思ったんですけど。ダメですよね。すいません変なこと言っちゃって」

「……いや、夏野さんがそれでもいいなら、名前で呼ばせてもらっていいかな?」

「いいんですか?」

「むしろ俺のほうが頼みたいくらいだよ」


 あの子は俺が声かけるだけで怒鳴りな気がするし。さわらぬ神にたたりなしだ。


「じゃあ、夕葵ゆずきさん行こうか」

「~~っ~~はい!」

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