第35話 黒歴史

 フットサル同好会の活動が始まって2週間ほどが経過した。球技大会まではあと1週間ほどだ。


 あれから、神林以外にも入部を希望する女生徒が数人集まってきたのだ。どうやら、もともと女子サッカーをやっていたということで、高校進学を機にやめたが俺たちの活動を見てもう一度やりたくなったのだとか。


 また、マネージャー希望も数多くあったが、部員数がマネージャ―数を大幅に越えそうになったためすべて断った。

 そんなにマネージャーになりたいならサッカー部へいったらどうですかね。


「おい、高城」

「はい?」


 職員室にいると剛田先生から声がかかる。疑問形で返事をするが、内容は分かっている。内心「またか」と思う。


「今日のグラウンドは全面サッカー部が使うからな。間違えて入ってくるなよ」

「しってますよ、いつもご忠告ありがとうございます」

「ふん」


 そう言って、不機嫌そうに自分の席へと戻っていく。

 フットサル同好会を設立してから、俺たちが活動の無い日にわざわざこんな忠告をしていくのだ。俺たちが使えるのは基本的に月水木と3日間だけだ。週末と休日はサッカー部が優先される。


「剛田先生、機嫌が悪いですね」


 江上先生が俺に話しかける。あの人はいつも機嫌悪そうですけどね。


「剛田先生はフットサル同好会の設立に否定的でしたからね」

「それだけではないと思いますが」

「え?」

「自分の元から去った部員が、高城先生の元へ行くのが気に入らないのだと思いますよ」


「去ったのではなく、やめさせたのは剛田先生でしょうが」と言ってやりたかったが、一応職場の先輩にあたるので口を閉じる。


「フットサル同好会はどうですか?」

「結構、部員も集まってきました。女子でもサッカーをやりたい子がいて、一緒に練習してますよ」


 練習内容は基本的に男子に合わせてある。

 それでも入部した女子生徒の3人はついてきているので大したものだ。


 ◆


「失礼します。高城先生」

「神林か」


 昼休み、俺が社会科教員室で授業の準備をしているとフットサル同好会の女生徒の1人である神林が俺の元を訪ねてきた。


「今日の練習なんですけど……」

「ああ、ゴメン。今日はグラウンドが使えないから休みなんだ」


 練習にやる気があるのは感心だが、申し訳なく思いながら今日の練習は休みだと伝える。


 ――あ、なら……


 今日はちょうど俺が個人的にやっているフットサルの集まりがある。それに誘ってみるのはどうだろうか。周り基本年上ばかりだから気おくれしてしまうかもしれないけれど。一応誘ってみるか。


「そうですか。分かりました、1年には私から伝えておきます」

「神林、ちょっと待ってくれ」

「失礼します。歩先生」


 神林に今日の予定を伝えようとしていると夏野さんが俺の元を訪ねてきた。次の授業は俺の担任クラスであるため資料を取りに来てくれたのだろう。


「あ、すいません、お取込み中でしたか?」


 夏野さんが話し中に割り込んでしまったということに謝罪する。


「ああ、次の授業の準備だよね。ちょっとだけ待っててもらってもいいかな?」

「はい」


 俺はパソコンからプリンターにデータを送信する。

 原本の印刷が終わり、コピー機にかける。コピーが終わるまでは少し時間がかかるので、先に神林を今日のフットサルに誘ってみることにした。


「神林は、今日って放課後空いてるか?」

「はい、部活もないので帰ろうかと」

「ならさ、今日の19時からだけど駅前デパートの屋上のコートでフットサルをするんだけど、来るか?」


 基本的に俺たちが活動しているのは19時から21時の間だ。

 始める頃には既に日も暮れて周囲は暗くなってしまっている。あまり教師としてはあまりそんな時間に生徒を連れ出すわけにはいかないのだけれど。特に女子は親さんも納得するとも限らない。


「行きます!」


 神林は嬉しそうに了承した。


「家の方は大丈夫?」

「大丈夫です! 私の家、駅近くのマンションだから直ぐです」

「なら、他の子達も誘ってみてくれ。別に強制じゃあないし、同好会の活動ってわけでもないから」

「はい!」


 そう元気よく返事をすると神林は社会科教員室から出て行った。

 本当にサッカーが好きなんだろうな。それに、彼女のプレースタイルはどこか既視感のあるものだ。


「っと、夏野さん。お待たせ、このプリントをお願いします」

「はい」

「なら昼飯に行きますか」

 

 俺は立ち上がり、食堂へ向かおうとする。


「あ、先生! 一緒に食べてもいいですか。先生の高校の時のお話を聞きたいです!」


 神林が手を挙げて俺を食事に誘う。


「えー……」


 勘違いしないでほしいのだが、別に一緒に食べるのが嫌というわけじゃない。昔の話をしなければならないのが嫌なんだ。


「ダメ、ですか?」


 結構、ショックを受けたように悲しそうな顔をするのは反則じゃないかな。


「……わかったよ」

「ありがとうございます!」


 話す内容はできるだけ俺に飛び火しないように透の事とかにしよう。どうせ今日のフットサルで顔を合わすんだし。


「あ、あの。歩先生」

「ん?」

「私もご一緒してよろしいでしょうか?」


 夏野さんが窺うように尋ねてくる。


「ああ、もちろん」


 俺たちは3人で食事に向かうことになった。


 ……

 ………

 …………


 食堂はいつも通り込み合っている。

 夏野さんと神林は弁当を持ってきているらしく席を頼んだ。

 俺は食券を買うために券売機に並ぶ。本日のメニューにざっと目を通し今日食べる昼食を決める。静蘭の学食は元が女子高なためか低カロリーな食事がメインだ。だが、10~20代の男からすれば、少し物足りない。


 そこで提案されたのがD定食という“男子飯”だ。山盛りの飯にトンカツや焼き肉などのガッツリとカロリー度外視した主食の定食だ。無論、これを頼むのは男子生徒がほとんどだ。ちなみに今日は肉野菜炒めだった。


 食堂のおばさんから定食をよそってもらい、夏野さんたちが場所をとってくれている席へと向かう。


「……なんで、お前らもいるんだ?」


 夏野さんたちが座っていた席には――、


「やっほー」

「席取っておきました」

「お邪魔してます」


 観月、カレン、涼香さんという、かつて俺の部屋を訪ねてきたメンバーが既に座っていたのだ。机の上には弁当も置いてあり、これから昼食のようだ。


「席がなくて、涼香たちが座っていた席に誘われました」


 たしかに、グループで食事を摂ろうとするには少し遅いくらいだ。

 開いている席なんてほとんどない。むしろ、俺が一緒でいいのかと思ってしまう。


 すでに夏野さんたちは席に座っており、空いている席が俺の場所なのだろう。開いている席に座り、食事を始める。


「うわ、男子飯。よくそんなに食べられるよね」

「いいだろ、腹減ってるんだよ」

「そんなに食べたら、眠くなりませんか?」

「俺は5時間目以降授業があるから。しゃべっていれば眠気もなくなる」


 そんなたわいのない雑談をしていると


「あの、私がここにいてもいいんでしょうか?」


 俺を食事に誘った張本人である神林が気まずそうに俺に尋ねる。

 気持ちは分からんでもない。先輩と教師に囲まれての食事なんて気まずいだけだ。


「いいだろ」


 誘ったのは神林なのだから、一番優先すべきは神林だ。


「俺に聞きたいことがあるんだろ?」

「それは……はい」


 頷くと神林はなにやら、鞄からクリアファイルを取り出す。


「私、サッカーが大好きで、よくサッカー雑誌から切り抜いてこんな風にまとめてるんです」


 ファイルを受け取り、中を見させてもらうと、そこには今年のクラブユースや高校の注目選手が収められていて、プロフィールから細かな癖もここに記してある。


「へえ、面白いな」


 まるで選手名鑑の様な出来に俺は感心した。

 俺の見ている物に興味を示したのか夏野さんたちも覗き込む。


 ――…近い……。


 1つのファイルを5人で見ているので、俺の身体に彼女らの柔らかい身体が微妙に当たっては離れを繰り返す。

 ページをめくっていくほど昔の記事へとなっていく。中には高校時代に対戦したことのある選手もいた。今はプロで活躍しているはずだ。


「自慢じゃないですけど。そのファイルに納めた選手は、ほとんどがプロ入りしてるんです」


 へえ、それはすごい。


「その選手の次のペーシを捲ってみてください」


 言われるがままにページをめくり、一瞬知った顔が見え……


 バンッ!!


「あ、なんで閉じるのっ!」


 視認した瞬間に勢いよくファイルを閉じた。

 どうやら夏野さんたちには見えなかったようでほっとする。


 ――あれぇー? 今、見えた選手って……気のせいだよねー。


「よし、この話はここまでにしよう。面白いものを見させてもらったよ」


 ファイルを向かいに座っている神林に返却する。だがそれが間違いだった。


 神林はファイルを開き先ほどのページを開いて俺に見せる。


 やめろ、見せるな。

 俺はそれを直視しないように視線を背ける。


「高城先生ですよね!」


 満面の笑みでその選手名鑑に記されている選手を指差し、俺を名指しする。


「oh……」

「あ、ほんとだ歩ちゃんだ」

「でもなんで……」

「………金髪なのだろうか?」


 そこに映っている選手は間違いなく高校時代の俺だった。


 若さゆえの過ちとか、目立ちたいとか、社会への反抗とか、格好つけたいとか。

 そして、大抵それらが間違った方向に進み、後に黒歴史になることは大人になればわかる事だ。俺はそれが一生残る形になってしまったのだ。許されるなら、その選手名鑑を破り捨てたい。


 俺はそれから目を背ける。

 だが俺の反応に何かを察したのか、観月がにんまりと笑みを浮かべる。

 その顔は絶っ対ロクな事考えてないな。


「ちょっとマジで! これ写メってもいい!?」

「やめろ、馬鹿!」


 観月の手からスマホを取り上げようとするが、それをひょいと躱しブレザーの胸ポケットにスマホをしまう。

 くそっ、男性教師が触れられないところに隠しやがって。


 観月が笑い出すと、それにつられて周りもくすくすと笑い始める。


「神林! なに人の黒歴史、晒してくれてんだ!」

「何処か黒歴史ですか! むしろ当時、無名校だった黒耀高校を全国区まで押し上げたエースの黄金史じゃないですか」


 俺がなぜ恥じ入っているかはわかっていないようだ。

 まずはその写真をしまえ! このサッカーマニア!

 クリアファイルには当時の雑誌の見出しが貼り付けられており、大仰に俺のことを語っている。


「俺は試合で点取っただけ、指示とか出したのは透だ」

「もちろん。氷室選手だってそうです」


 ファイルを捲るとそこには透の写真が収められていた。

 うわー、ピッチの上で指示を出す透君は相変わら極まっているねー。心なしかページ数も多い。


「なんで、お二人ともプロに行っていないんですか?」

「………」


 やっぱり、その質問か。


 ――なぜプロに行かなかったのか?


 高校当時、そんな質問が多く聞かれた。

 まあ、それくらいなら別に隠すようなことでもないから答えるけどさ。


「……怪我だよ」

「え……」

「高2の冬の試合で膝を故障してな、翌年の大会で本格的に故障した」


 俺の言葉を聞くとずんっと音を立てて空気が重くなったのを感じる。

 だから、この話をするのはあまり好きじゃないんだ。

 特にあの憐みのような視線には、同情や思いやりも感じたが、それに対して腹を立てていたこともあった。


「す、すいません。私、知らなくて……デリカシーの無いことを」


 神林が机に頭を打ち付けんばかりに謝罪をする。


「気にしなくていい。雑誌記者も気を使って掲載しなかったことだから。もう吹っ切れてるし、生活に困らないほどじゃない」


 膝が長時間のプレーに耐えられないだけだ。

 特にサッカーは走り続けなければならない。ボールを持っている時間なんかよりも走っている時間の方がはるかに長い。さらにドリブルでのチェンジオブペースは膝にさらなる負担をかけた。


 元々、俺のプレー自体けっこう乱暴な所もあり、壊れるのは時間の問題だったようにも思っている。強引に点を獲りにいくスタイルで、その得点力の引き換えに足は削られ、左膝を痛めた。


「へー、歩ちゃんってそんなにすごかったんだ」


 重くなった空気を観月はさくっと無視して俺に話しかける。

 狙ってやっているのか天然なのか分からないが、俺としても気を使われるよりかはこっちの方がいい。


「だろ、今度の球技大会も見てろ。絶対、俺たちが優勝するからな」


 といっても、俺がすべての試合に出場するわけじゃない。主役は学生たちだ。俺は交代要員ということで控えに回らせてもらう。


「神林。気にすることじゃないからな」

「はい」


 そして、今日のフットサルに透が来ることを伝えると神林は大喜びした。

 どうやら、本命は透の方らしい。どうりでプレイスタイルが妙に似ていると思ったよ。

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