第31話 飲み会

「それではっ! 高城 歩くんの退院を祝ってかんぱーーい!!」


「「乾杯―――!!」」


 ガチャッ! とジョッキ同士がぶつかり小気味いい音が俺の耳の中に入ってくる。

 病院から帰った俺は、着替えて行きつけの飲み屋に来ていた。

 よく大学生や会社帰りのサラリーマンが新年会などの行事で利用することもあるため、飲み屋自体は大き目だ。


 といっても今日集まっているのは大人数ではなく、大学時代一緒に、行動することの多かったメンバーだ。


「いや、ほんっっと。高城が事故にあったって聞いた時は、どうなるかと思ったわ」

「ありがとな」

「いやいや、合コンの時の餌がないと喰い付きが良くなくてな」

「やっぱ、さっきの言葉返せ」


 俺たちの間で笑い声が上がる。

 俺の正面で大ジョッキ傾けて豪笑しているのは大桐だいどう 武蔵むさしという。

 身体は大きく、大学ではラグビー部に所属していた。現在では実業団に所属している。大学を卒業してからさらに体が一回り大きくなった気がする。身体があまりにも大きいので2人分の席を1人で占領している。


「でもまあ、こうして、お前らと同じ席に座れてるのが奇跡みたいな事故だったからなー」

「ああ、見たよ。あの事故現場……本当に示談でよかったの?」

「いいんだよ」

「……本人がいいっていうなら、いいんだけどさ」


 そう言って俺の事故の状況を窺っているのは俺と同じ教職である、氷室ひむろ とおるという。

 物腰が柔らかで女性からの人気も高く、優しげな振る舞いをしている。俺とは中学からの付き合いだ。現在は勤務先の高校でサッカー部の顧問を引き受けているという。現在も俺とフットサルをやっている友人だ。


 ジョッキを傾け、ビールを煽る。

 ふうっと大きく息をつく。


「それにしても今でも信じられないな。歩が高校教師やってるなんて。高校の時なんて「教員なんざ糞喰らえー」って感じだったからさ」

「………今でもあいつは嫌いだぞ」

「それは、僕も同感だから」


 俺は人生の中で嫌いだと断言できる人間が5人いる。

 1人は言わずもがな、俺と幼い弟妹を捨てて男と逃げて行った母親だ。

 ほかにも俺のことをイジメていたガキ大将や元カノがいるのだが、今話に上がっているのは俺の高3の時の担任だ。


「まあ、教師を目指そうと思ったきっかけはあいつだけど。感謝はしてない」

「それも同感」


 俺と透はその担任に人生を狂わされかけた。

 多分、嫌な意味で一生忘れない顔だろう。一瞬、俺と透の脳裏にはあの担任の顔がちらついた。


「まあまあ、せっかくの祝い事だ。そんな奴の事なんか思い出すなよ」


 大桐の言葉で俺たちは今の状況を思い出す。

 透が気を利かせて話題を俺へとふる。


「そういえば、歩は担任を持ったんだって? やっぱり忙しい?」

「ああ、やっぱり忙しいな。その分、やりがいもあるんだけど」


 担任をもって1ヶ月が経過する。

 今のところは何の問題もない……とはいえないが、何とかやってきている。


「なんというか。あの子らの若さに付いて行くのが大変だ」


 なにより、あの子たちのテンションに付いて行くのが大変。常日頃、お祭り騒ぎのようだ。


「時折、身体とか押し付けてきたりするからなー。必死だよ」


 他の生徒もそうだが、特に観月とかカレンとか……。


「何だその羨ましいの!」

「いやいや、あの子らが時折、魔物と思える時がある」


 下手をすれば俺の首を刈り取る死神か。


「贅沢な! だったら変わってくれよ! こっちはむさ苦しい寮生活だぞ!」

「ははは……」


 そういえば、大桐は前に寮生活って聞いたな。


「いいよなー。JKが近くにいる生活!」

「お前な、近くにいるだけで手を出せるわけじゃないんだぞ」

「いいよなー。JKが近くにいる生活!」


 俺が何を言っても、エンドレスのようだ。

 妬むような視線をよこす。

 そんな目で見ても仕方ないじゃん。そこが俺の職場なんだし。


 ここで透の話題切り替えが入る。


「百瀬も誘ったんだけど、やっぱり忙しくてね」

「わかってるよ。来月だろあいつの店が開くの」


 百瀬は同じ大学というわけではないが、フットサルの活動の中で知り合った。

 来月には店を開くらしく、忙しくて今日は顔を出せないと事前に報告を受けていた。


「そういえば、見舞いに来てくれてありがとな」


 遅れながら、俺は見舞いに来てくれた2人に礼をいう。

 よく2人そろって俺の病室を覗きに来てくれていた。


「それくらいはね」

「まあな。……それにしても高城」

「ん?」

「生徒と同じアパートに住んでるんだな」

「ブフッ」


 大桐の一言により俺は口に含んでいたビールを吹き出しかけたが何とかこらえる。

 そこまで動揺することではないが、こいつらにも何も言っていなかったので知られていたことに驚いた。


「なんで知ってんだ?」

「いや、見舞いに行った時にギャルが居たからだな。どういう関係か聞たら、生徒だって言っててな。てっきりJKに手を出したのかと」

「出してねえよ……」


 ああ、そうか。別に観月と遭遇していても不思議じゃないんだ。こいつらは最低でも週一回は俺の見舞いに来てくれていたみたいだし。観月も同じくらいの頻度で来ていたはずだ。


 ――ん? だとすると……。


「なあ、その子以外に見舞いに来てた人って、いなかったか?」


 俺の知らないことを知っているかもしれないので、質問をすることにした。

 もしかしたら、誰が見舞いに来てくれたかが分かるかもしれない。


「……いや、その子だけだな。なあ?」

「そうだね。でも、どうして?」

「あ、なんというか。見舞いに来てくれた人が誰か覚えてなくてな、礼もまだ言えてないんだ」


 そこから俺は入院中に意識不明瞭となっていた時のおぼろげな記憶のことを説明する。もちろん、生徒の誰かが俺にキスしたことは触れない。


「やっぱり、意識はほとんどなかったんだ。なんでも「はい」とか「うん」しか言わなかったからおかしいと、思ったんだけど」


 透はその時の事を思い出しながら、俺の反応がいつもに比べておかしかったことを話す。

 2月中は、ほとんど意識が不明瞭だった。だから、俺の中での一番古い見舞いの記憶は3月に入ってからだ。


 3月に入ってから見舞いに来てくれたと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。いや、薄らとは覚えているんだが、夢幻ゆめまぼろしの様ではっきりしない。


 大桐は裸踊りをしていたとか、そんな幻想を見ているくらいだ。

 他人の病室で全裸でいる馬鹿なんているわけないじゃないか。あれはきっと夢に違いない。


「俺たちがあったのは、やっぱりそのギャルだけだな。いやー、裸踊りが終わった後でよかったわー」

「してたのかよっ!」


 ええー、マジで……ドン引きだわ。

 一応、大桐なりに、俺を元気づけようとしての行動だったらしいと透からフォローが入る。気持ちは嬉しいが、内容が内容なだけに、礼は言えない。


「百瀬なら知ってるかもしれないよ。僕たちとは時間が合わなくて、一人で見舞いに行ってたみたいだし」


 そうか、百瀬なら大桐たちとは違う時間帯に来ているから誰かと合っているかもしれない。


「わかった。今度、聞いてみるよ」


 そこからは大学時代の話で盛り上がったり、職場での愚痴を聞いたりして楽しい時間が過ぎていく。


 ……

 ………

 …………


「ちっくしょー! なんで、俺はモテないんだっ!!」


 大桐に酒が入りすぎるまでは……。


 大桐は別に顔が悪いというわけではない。

 ただ、割れ顎と立派なもみあげを持つ厳つい男というだけだ。俺たちと一緒に歩いていると同じ年には見られはせず10歳くらい老けて見える。


 こいつがモテない理由としては、俺の生徒である相沢と一緒で、モテようとし過ぎて必死すぎだ。

 さらに2m近い身長の巨漢が迫ってくれば大抵の女性は恐れ慄くだろう。

 唯一、畏れなかった女性と言えばシルビアだ。しかし、既に徹底的に叩きのめされている。


「どうせさー。お前らはさー、教え子たちからも、ヴァレンタインにチョコもらいまくってんだろー。俺なんて掃除のおばちゃんだけだったよ、しかもキット●ット……」

「はいはい」


 一応話を聞き流し、おざなりに返事をしてやる。


「俺はその日、事故にあったから覚えてないな」

「僕は男子校だからね……」


 ああ、そういえば透の職場は男子校だったか。

 こいつは結構モテるしなー。

 よくファンレターや告白されたりしてたし。他校の女子からも、わざわざ告白しに来たことがある位だ。俺にも来たことはあったが当時付き合っていた彼女がいたので、全部断ってきた。


「男女共学だったときより、男子高に就職してからの方がもらえる数が増えたよ」

「……………」


 え、なに悪戯だよね? 男子生徒の……そうだよね? 

 あ、もしかしたら、学校の女教師かもしれないし。むしろそっちの方が可能性が高い。


 ははは、文芸部や店長に関ってから、どうにもそう言うBL思考に走ってしまう俺はもしかしたら毒されてるかもしれない。疲れてるんだろうなー。


「うちの学校、女教諭もいないんだけどね」


 なんっも言えねえ!!!

 男子生徒の悪戯っていう可能性に賭けよう。絶対そうだ! そうに違いない!


「それにさ、最近は男の娘っていうのもあるんだな。百瀬だって……ははははは」


 段々と透の眼から光が消え、意味もなく笑い始めた。

 これはヤバい!


「やめろ! もういいから! 飲んでくれ! 飲んで冗談だってことにしよう! っていうかそう言ってくれ!」


 男子校、怖すぎるわ!


 ちなみに透の勤め先は『男子愛誠学園』という私立校で、巷では『BL学園』と呼ばれているということを知ったのはもう少し後の話だ。


 そこからは泣きじゃくる大桐と、虚空を眺め笑い出すのを何とか押さえ込みながら、何とか今日の集まりは終了となった。


 ……

 ………

 …………


 大桐は帰宅方向が違うため居酒屋前で別れ、透と帰り道を歩いていた。


「あー飲んだ、飲んだ」

「そうだねぇ」


 透は、あのダウン状態からは回復したらしい。いつも通り、どこか余裕のある透に戻った。


「でさ。何か悩みでもあるの?」

「……………」


 どうやら本当に、いつも通りの透に戻ったようだ。


 透は何かと昔から面倒見がいい、よく人を見ているのだ。

 こういうやつが教師とかに向いているんだろうな。どちらかというと俺は、コイツに世話になっている側の人間だ。


「………内密で頼む」

「言いふらしたりはしないよ、当たり前だろ」

「実はな………」


 そこから俺は、入院中のことに生徒の誰かにキスをされた事、合宿中の時に告白された事を、簡単に説明した。


「……なるほどねぇ。いやいや、相変わらずのモテっぷりで」


 透が感心したような、呆れるような、よくわからない口調で俺の話を結論付ける。


「しかし、寝ている間にキスとは……かわいいね~」

「からかうなよ。生徒だぞ、子供だ」


 俺は少しふてくされた態度で透の結論を一蹴した。


「でも、それはあの子達からしたら本気の恋なんだよ」

「答えるわけにはいかんだろ」

「アハハ……歳の差って大体7つくらい? うわ~、僕たちも老けたな~」

「そうだな~……」

「僕は何も言わないよ。答えは自分で見つけないと」


 そうだろうな。

 こればっかりは、俺と彼女らの問題だ。


 昔から透はそうだ。人の話を聞くだけ聞く。

 結論を導き出すのではなく、ひたすら聞きに徹する。コイツ以外とは、本音を話す機会はそうそうないかもしれない。


「……教師と生徒の恋愛って、男側からしたら不純さ100%なのに、女性側からみるとロマンチックに見えるのは、なんでだろうな」

「ニュースとかの弊害だと思うけどね。男だと性欲丸出しって印象あるし」

「最近は、少女マンガの方が過激じゃないか? 普通にラブシーン載ってるって話だぞ」


 そんな話をしながら歩いていくと分かれ道にまで来た。


「今日はありがとうな、少し楽になった」

「歩は昔から結構、溜めこみすぎるからね。家庭の事情っていうのもあると思うけど」

「そうか?」

「そうだよ」

「だったら、透はどうなんだよ。昔から人の話聞いてばかりじゃないか」

「僕は、人の話聞くのは嫌いじゃないし、たまったストレスはちゃんと吐き出す方法を心得ているからね」

「ほう、例えば」

「今も昔も、部活にぶつけてる」


 そういえば、俺たちが三年の時は、練習メニューや試合の戦略を立てるのは透の仕事だった。

 当時のキャプテンよりもキャプテンらしいと思ったものだ……キャプテン、俺だったけど。


「だとしたら、お前が受け持っているサッカー部が、かわいそうだな」

「ちゃんと考えてるよ」


 高校時の練習メニューは、当初は歩いて帰るのがギリギリなレベルだった。

 それを課せられている生徒の事を思うと同情するよ。

 まあ、それでもついてくる部員は、負けず嫌いか、本当にこいつを慕ってるんだろうけど。全国を狙うなら、それこそ妥協なんて許されない。


「今度は百瀬の店の開店祝いだな。また連絡する」

「そうだね」

「それじゃあ、俺はこっちだから。じゃあな」

「じゃあ、またね」


 高校と大学の友達は一生の友達だとは聞くが、多分それは本当だ。

 願わくば俺の生徒たちにも、できればそんな人を見つけてほしいと思わずにはいられない。

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