第16話 風呂 ②
夕葵
1組女子の入浴時間となり脱衣所で服を脱いでいるのだけれど……
「「「「……………」」」」
なにやら邪な視線を感じる。ここには女子しかいないはずなのに。
弓道部の後輩からも似たような視線を受ける。
血走った眼差しが突き刺さるも極力無視しつつ、素早くタオルを巻いて、髪が湯に浸からないように結い上げてから浴場を目指す。
後がつっかえるため、できるだけ早くシャワーを済ませなければならない。持ってきたボディソープを泡立てて身体を洗う。
――ごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごしごし
…………なんで私はいつも以上に身体を洗ってるんだ! これじゃまるで……
――期待してるみたい?
違う違う違う!
自分の不甲斐無い姿を歩先生に見せたくないのだ。
以前はスーパーでみっともない格好を見られた。
あれ以来スーパーへ行く際は身だしなみも完ぺきにしていつみられてもいいようなファッションを心がけている。今日の寝間着だって新しく買った新品だ。下着だって……。
「うわ~夏野さん肌キレー」
「大和撫子です」
私の思考は2人の声によって遮られる。
声の主は同じグループの観月さんとカレンさんだ。
「ムウ、大きいです」
そう言ってカレンさんが私の胸部を見てそう呟き、自分の胸と比べる。
というより隠さなくていいの?
いくら女子同士だと言ってもさすがに局部は隠すのだが、カレンさんは完全に
カレンさんは、愛らしい容姿に日本人とは異なる白い肌と銀髪の彼女はまるで白銀の妖精のようだ。それに出るところはしっかり出ている。
「くっ、そんな胸で弓が引けるのかっ」
弓道の時はサラシを巻いてさらに胸当てがあるから……というよりあまり見ないで。
悔しがる観月さんだけれどスレンダーな身体で運動部に所属していないのにも拘らず驚くほどに細いくびれは羨ましい。
「いや~これはお金払わなければ」
「やっぱりあの3人、かなり可愛いよね」
「いや、まだよ。まだあの芸術品たちは完成には至っていないわ」
「どういうこと?」
なにやら、湯船に浸かっている女子たちが、私たちをみて話している。
ガラララ――。
浴室が開く音がして全員の視線がそこに集中する。待っていた人物がここにやってきたのだ。
しっかりとタオルを巻いて隠しているのだが、はっきりと分かるそのプロポーションはまるで彫像のようだ。
「「「「キタアァァーーーーーーーー!!」」」」
涼香が浴場に入ってきたことにより、一気に騒がしくなる。
女性としての理想全てを持っているような涼香には私も見とれてしまう。
まさに育ちのいいお嬢様のような彼女は、そうでもないにもかかわらず彼女にはそう思わせるような雰囲気があった。
静蘭学園に入学してからのたった2ヶ月の間に5人もの男子に告白される。他校の男子もわざわざ涼香を一目見にやってくるなど、あらゆる男子にとっての高嶺の花。幼馴染として鼻が高いが女性としては少し嫉妬してしまう。
涼香はいきなり浴場内が騒がしくなったことに、一瞬だけ驚いていたが身体を洗うため私の横へと座った。
「遅かったな」
「少し手伝いしてたからね」
そう言ってタオルを泡立てて、シミひとつない肌に泡立てたタオルを当てて身体を洗い始める。ボディソープの香り鼻腔をくすぐる。
「あ~これって前CMでやってたやつだよね」
観月さんが涼香の使っているボディソープを目ざとく見つけて尋ねる。
「あ、うん。肌に合ったみたいだからこれを使ってるの」
どこか涼香の言葉がぎこちない。
付き合いの長い私だからわかる事だけれどその理由までは分からない。
「いいなぁ、
「観月には弟君がいるのですか?」
「うん。小学一年生なんだ」
「へえ、いいわね」
私には兄妹はいない。
だからこそ弟妹という存在には憧れがあった。やんちゃな男の子はかわいいだろう。
「まだ一人でお風呂入れなくてさー。アタシと一緒に入るんだよね。ウチお母さんが夜遅いときもあるし」
弟の面倒を見てるんだ。
観月さんの面倒見のいい性格は家庭での延長なんだろう。同じグループになって初めて知る面がいろいろある。
「大変ね」
「そーなんだよ。お風呂に飛び込むし、髪を洗うと逃げるし、身体拭かずに出て行っちゃうし」
困ったように言うが弟君の事を話す観月さんは楽しそうだ。幸せな家庭だということが伝わってくる。
身体を洗い終えた私たちはゆっくりと湯船へと身を沈めていく。脚を伸ばせる大きなお風呂に入れるのは心地いい。眼を閉じてこの幸せを噛みしめていると。
「うわ、巨乳がお風呂で浮くのってホントなんだ」
その発言を聞いて瞬時に目を開けると、女子の視線が私の胸に集中している。慌てて胸を隠すが既に女子たちの議論は始まっていた。「信じられない。あれってフィクションじゃなかったんだ」「信じたくなかった。なら私たちのは一体……」
話せば話すほど、クラスメイト達が落ち込んでいく。
「な、夏野さん……」
「なに?」
「ちょっと触らせてもらっても「嫌だ」」
クラスメイトのふざけた提案を途中で拒否する。いったい何を言っているのだろうか。大きい胸だって正直面倒だ。
特に嫌なのは男子からの視線。どこへ行っても胸部に視線が固定される。まったくもって悩ましい。
………けれど、先生はどうなのだろうか。
男の人は大きな胸が好きな人が多いと聞く、少し自分の胸を持ち上げてみるがやっぱり重い。
「馬鹿なっ」「さらに戦闘力が上がっていくだとう!?」
その驚愕の声にハッとし胸から手を放す。うう、何をやっているんだ私は……。
「うりゃあ~」
「きゃあ! 観月!」
観月さんがカレンさんに飛びかかりくすぐり始める。
ぱちゃぱちゃと湯が揺れる。
「なにこれ! 背小っちゃいのにしっかりありやがる!」
「きゃう!」
「チクショー、柔らかいな」
「だ、ダメです、最近ちょっと食べすぎて」
「……………(ワシワシワシワシ)」
「無言で揉まないでください。ああ、お腹は触らないデ」
最初はじゃれついて触っていたようだけれど、だんだんと観月さんの眼から光が消えていき、ちょっと怖い。
怖いと言えば、私もよく睨んでいるとか、そんなことを言われるから人のことは言えない。
後輩からはきりっとして、かっこいいと言われるが、私にはコンプレックスだ。周囲から見ればしばしば怒っている、もしくは睨んでいると誤解されるほどであるし、いつも一緒にいる涼香とよく比べられたりもした。
「………」
涼香に視線を送ると涼香の視線は観月さんの方を見ていた。
何を見ているのだろう。
「お返しです!」
「あ、ちょっと、キャハハハ! わき腹はダメ~」
いつの間にか形勢逆転しており、カレンさんが観月さんに襲い掛かっていた。
「ダメよ。お湯溢れさせちゃ」
お湯が溢れ出したのを結崎先生が止める。
「ほかの人も入っているんだから」
「「ご、ごめんなさい」」
2人はシュンと小さくなって、結崎先生のお説教を受ける。
決して怖くはないが、結崎先生に叱られると少し罪悪感の様なものが湧いてくるから不思議だ。
さっきまではしゃいでいた2人はおとなしく湯船に身体を沈める。結崎先生も2人が大人しくなるのを確認すると、かけ湯をして湯船に入る。
「……ここのお風呂に入るのも久しぶりね~」
「あ、そういえば先生もミズちゃんと同じで静蘭のOGなんですよね」
「ええ、だから今日は楽しみでしょうがなかったの。楽しみすぎて昨日眠れなかったくらい」
女生徒たちの笑い声が浴室内に響く。
そんな中「ギャーーーーー!!」と男の叫び声が聞こえた。女子生徒は反射的に湯に身を沈める。
「なんで男の声が!」
「ああ、誰か引っ掛かったみたいね」
結崎先生は何食わぬ顔でそんなことを言う。
「例年必ずいるのよ羽目を外す男子が、そこの窓は寮の裏側で覗かれるのは大抵そこなのよ。女子校だったときは外部からの覗きがあってね何人か捕まってたわ」
え? と女子たちは窓から離れる。
「でね、その迎撃用の罠を張るようになったらしいの」
「罠ですか? どんな?」
「それは罠にかかった人じゃないと分からないわね。今頃、高城先生につかまっていると思うわ」
聞けば男女共学になってから、毎年何人か覗きを行おうとする男子がいるらしい。
被害者は言わずもがな、加害者だって普段とは違う環境でテンションが上がってしまったからだろう、ということで秘密裏に回収されて、校内でつるし上げに合うのを防ぐためだとか。
確かに誰か覗きか分かったのなら、一生その人とは口きかないだろう。
ん? ということはいま歩先生は窓の向こうにいるということで――。
途端に恥ずかしくなって湯船の縁に置いてあるタオルを手に取る。見られるわけがないのに意識してしまう。
「歩ちゃーん! 犯人捕まえたー!?」
『捕まえたぞー』
観月さんが、いつの間にか浴場の窓を少し開け、外にいる歩先生に声をかける。というより思ったより声が近い! 窓のすぐ近くにいるようだった。
「お疲れー。ご褒美に~ちょっと見せてあげようか~」
『あーあー聞こえなーい』
そんな大胆な事を言っている。
もちろん冗談だと思うが恥ずかしくはないのだろうか。顔が赤いのはお風呂に入っているから? それとも恥ずかしいからどっちなのだろう。
◆
全くもって、予想通りの事をしてくれる。見張っておいて正解だった。
目出し帽をかぶっているが、犯人は男子だろう。女子たちが風呂から上がるまでに誰かを確認しなければならない。
本来なら通報という所を温情ありで反省文で済ませてやろう。泊まりイベントでテンション上がらない気持ちは分からなくもない。
「っと、暴れるんじゃねえよ」
覗き犯は今もなおじたばた暴れている。
そんな暴れた所で絡まった網が外れるわけがないのに。
それにしても裏庭のトラップの数は凄まじい。有刺鉄線なんて序の口でトラバサミまであるぞ、いいのか?
「で、お前誰だよ? 相沢か? やるなよって釘さしたのに、憐れだなぁ」
真っ先に相沢が第一容疑者に挙がる。
体格とかそういうのが似てるからだ、決して偏見ではない。うん、決して。
それで目出し帽を無理矢理外し、懐中電灯で顔面を照らすために突き付けてやったのだが――。
「…………誰だよ、お前」
俺の知っている男子生徒ではない。それどころか犯人は男子ですらなかった。
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