第15話 風呂 ①

「うわ~肌すべすべ」


「ひゃあんっ! コラッ触らない」


「へ~。以外にいい身体してるじゃん」


「やっぱり、恥ずかしいよ~」


「みんな裸なんだから気にしない」


「うわ、大きい~」






「お前ら気持ち悪いぞ」






 俺が浴室に入ったときに何か気持ちの悪い宴がひろげられていた。

 ”キモい”ではなく”気持ち悪い”のだ。こう生理的にキツイ。


 ここは寮内にある浴場。

 男子たちが、互いにむき出しの肌や筋肉に触れあい、気持ちの悪い声を出している。

 俺でなくても同じ感想を持つだろう。

 現に俺の隣にいる8組の藤堂は、その光景を直視しないように極力、眼を合わせないようにしている。


 男子の人数は20名と少ない。

 女子の入浴程、時間はかからないので早めに入浴してもらう。

 男子の入浴後には自分たちで浴場を洗わなければならないので、そこまで長湯はできない。


「いいじゃねえかよ。もしかしたら数時間後には女子がこんなことしてるかもしれないんだよ」

「妄想に身を委ねるのは男子高校生の特権でしょう!」

「アンタはそんなことも忘れてしまったのか!?」


 相沢、斉藤そして2人と仲のいい相馬が俺に対して抗議する。

 相馬、教師に向かってアンタ呼びとはいい度胸だ。


「高校なんざ、お前らが小学生の頃に卒業したからな。そんな昔の事は覚えてない」


 でも、高校の時に似たような事をやってる馬鹿は何人かいたな。

 その時は見事に彼女のいる奴といない奴で別れたものだ。

 ということなのでこの三馬鹿は彼女がいないのだろう。


「ああ、念を押しておくが、覗きとか女子寮潜入なんて下らん真似するなよ」

「「「「「ギグッ」」」」」」


 俺が釘をさすと分かりやすいリアクションをとる男子ども。

 やっぱりそんなこと考えていやがったな。

 さらにもう一つ釘を打つ。


「やったら、停学もしくは退学な」

「んだよ、アンタだって男だろうが!」

「大人になったら、そんな純真な男子心も忘れちまうのかよ!」

「大人なんて嫌いだ!」


 忘れるのではなく常識を学ぶんだよ。


 舌打ちしながらもようやく諦めたようだが、不審者情報もあるので、見張りが必要だ。


 身体を洗い終え、全員が湯船に浸かる。

 静蘭学園が女子高だった際はもっと多くの学生が入寮していたという。20名と多い人数だが、まだまだ浴槽にはゆとりがある。


 さすがに湯の中で泳ぐような馬鹿な真似をする奴はいないため、ゆったりとした時間が流れていく。


「あ~やっぱ湯船に浸かるのはいいな」


 浴槽に湯をためるのには時間がかかるし、なによりガス代がかかるので、平日はシャワーのみで済ませるだけが多い。しかも、こうして足を伸ばせる湯船は何とも心地いい。


「先生って1人暮らしなんですよね。やっぱり大変ですか?」


 藤堂が俺に対して質問する。

 学生にとっては1人暮らしという物には、少し憧れがあるのだろう。


「一人で生活できるのは気楽だけど、脱いだ服は片づけてくれる人もいないからそのままだし、飯は準備しないといけない。最低限、自分の事が出来ないと生活が成り立たない。今日のお前ら見てると無理だな」


 調理中の包丁の扱い方や皿洗いの様子を見ていれば、まだまだ身内に頼っているのが丸わかりだった。


「でもいいな~一人暮らし。彼女とか部屋連れ込めるし」

「「「「「(相沢に)彼女?」」」」」」

「全員でハモるな傷つくだろっ!」


 相沢がモテないのは、ここにいる全員の共通認識だったようだ。


「彼女ねえ……」

「先生って彼女ホントにいないの?」

「なんで男と恋バナしないといけないんだよ」


 女子が聞かれても困るけど。


「で、で、どうなん?」

「ノーコメント」

「後学のために!」


 相沢が湯船に浸かりながら土下座まで行って見せた。

 無論、頭は湯に沈みブクブクと泡だけが浮き上がる。

 別に何か特別な事をしているわけじゃなかったと思うけど。


 大体―――。


「彼女くらい高校生になったら自然にできるだろ」

「「「「「…………………………」」」」」


 藤堂以外がゆっくりと立ち上がり、外へと出ていく。

 立ち上がった勢いで一気に湯が溢れ出し少し量が減る。

 もう出るのかと思いきや全員がシャワーを手に取り、水温を調整し冷水にまで一気にレバーを下げる。


 そして―――。


「ふざけんなこのモテ野郎がっ!」

「リア中沈め!」

「顔か! 結局、男は顔なのか!」

「ちくしょーーーーーー!!!!!」


 強烈な冷水シャワーが四方八方から俺を襲う。

 1組はおろか8組の男子まで混じっている。


 向こうに加わらなかった藤堂は一足先に湯船から脱出を図った。

 マジ冷たい! せっかく温まったからだが急速に冷えていくのが分かる。


「はい! 俺は正直に言います! 女子率高いこの学園なら、自然に彼女ができるって思ってました!」

「けど、それは夢幻でした!」

「彼女のいる奴は全員敵だ!」


 だから俺は今いないって言ってんだろうがっ!

 というよりそれを言うなら


「はい! なら俺も正直に言います。今、一足先に風呂から出ようとしている藤堂には彼女がいます!」

「ちょ、先生!」


「「「「お前もこっちこいやーーー!!!」」」」


 その後、男子同士による不毛な争いはしばらく続いた。





 冷水を浴びて落ち着いたのか、俺たちは予定よりも遅い風呂掃除を開始することになった。


 ワッシワッシ――


 とデッキブラシが床のタイルを磨く音が風呂場に響く。

 服を着ては濡れるため、股間を隠すだけの最低限の防御力で作業をこなす。

 掃除は風呂桶やシャワーチェアまでに消毒を使用する徹底ぶりだ。こうでもしないと気持ちが悪いと女子からの意見だ。


「っぷし!」

「先生~風邪ですか~?」


 もし風邪ひいたら、お前らが冷水浴びせた所為だろうな。

 頬がヒクッと動き、口角が無意識に上がってくる。


「ああ。ここで女子たちが身体を洗うんだよな」


 相沢、風呂椅子に頬ずりするな気持ち悪い、また消毒のやり直しじゃないか。

 というよりそれはさっきまで斉藤が、大股開きで座っていた椅子だ。


「そういうこと言うから、お前らはモテないんだよ」

「じゃあどうすれば」

「そうだな。押しすぎない、話さない、呼吸しないなら。きっと大丈夫だ」

「それ死んでますよね」


 だが、これで諦める相沢ではない。


「おっし、男子諸君! 覗きが悪徳教師に阻まれた今、長期的なプランを考えよう! 題名は“どうすれば俺に彼女ができるか”だ!」


 アホらしい……そんなのに参加する奴なんて――。


「仕方ないな」

「やれやれだ」

「親友の頼みだ断れねえよ」


 以外にも乗り気な男子たち。


「なんでそんな乗り気なんだよ」

「「「「「だって、こいつに彼女ができれば俺にだってできるでしょ」」」」」


 なるほど、相沢は男子の中では底辺レベルなのか。


 ◆


「すいません。お先にお湯頂きました」

「あいよー」


 寝巻であるジャージに着替えて食堂へ集まると、既に後片付けは終了しており、女子たちは各自自由に過ごしている。談笑している子たちもいれば、雑誌を読んでいる子もいる。一番多いのはテレビを見ている子たちだろうか。


「今、お湯張り直しているので、少し待っててください」

「いいって、いいって。しばらくテレビから離れないみたいだし」


 こちらの声も聞こえないようで女子たちの大半はテレビに熱中している。

 自分と荒田先生の分の茶を淹れてテーブルに座ると、女子たちの視線の先にあるテレビに何気なく視線を移す。


『こっち向け、返事は?』

「ぶはっ」


 テレビに映っているのは、恋愛ドラマである。

 テレビでは雨の中、恋人未満の女優に対して顎クイをしてキザに告白の返事を要求する上代 渉だった。いかん、思わず吹き出してしまった。


「決まってるね~相変わらず」


 女子の反応を見る限りそうなのだろう。

 あちらこちらで、きゃあきゃあと黄色い声が挙がっている。その中には水沢先生まで混じっていたよ。

 もうドラマも終盤だったらしく、エンディングが流れ、全員テレビから離れていく。


「あ~面白かった」

「やっぱ、かっこいいよね上代 渉!」

「大学生か~やっぱリードしてくれる年上っていいよね」


 どうやらドラマは好評だったらしく満足気な表情の女子たち。

 そして、一部の女子が何かに気が付いたように俺の顔を改めて見出す。


「やっぱり渉にそっくり~」


 まだ乾ききっていない髪に湯上りの俺を見て、ひとりの女子が騒ぎ出す。その女子を皮切りに次々と女子たちが集まりだす。


「わー湯上りの高城先生だ~」


 パシャパシャと遠慮なく、写メを取り出す。

 とりあえずセクハラ認定されない距離であれば好きにせい。

 

 フラッシュの嵐は荒田先生が言葉を発するまで続いた。

 っていうかもっと早く止めてくださいよ。


「はいはい。風呂にもうすぐ入れるようになるから、8組の女子から準備しろ」

「んじゃ私も」

「荒田先生は先に外に見回りよ?」


 結崎先生がガッと荒田先生の肩を鷲掴みにして動きを静止させる。


「ちっ、ばれたか」

「単純なのよ貴方」


 そして、トラブルなどもなく8組女子の入浴時間が終わり1組女子の順番となった。 

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