第7話 それぞれの家で

 桜咲さくらざき 涼香すずか


「グスッ………ひどい顔」


 鏡なんて見なければよかった。

 泣き腫らし目が真っ赤だ、高校に入ってから始めた目立たない程度の化粧も少し落ちてものすごく不細工だ。こんな顔じゃ店にも出られない。


『あの時の返事って何かな?』


「うぅ……」


 わかっていた。

 生徒のくせに先生に告白なんて迷惑がられることくらい。けれど、私の気持ちも何もかも全部なかったことのようにされた。


 先生はすごく人気がある。

 明るくて、授業も面白い。生徒目線で物事を考えてくれる。ちょっと意地悪な所が子供っぽくてかわいらしい。

 それに今、大人気の俳優にすごく似ている。

 確かに先生はかっこいいけれども、私は先生が誰に似ていようがそんなことはどうでもいい。


 最初は実家でやっている本屋の常連さんというイメージだった。新任の先生の紹介の時には常連さんが、先生だということには驚いたけど、それ以上の反応はなかった。


 意識するきっかけは去年、3年生の先輩に告白されたときに断って暴力を振るわれそうになっていたのを助けてくれた時だ。

 何ともベタな展開だったけれど、意識するには十分だった。


 気が付けばあの人を目で追うようになっていた。

 助けてくれた時にもう少し会話できればよかったと今でも後悔している。


 しばらくしてから、店頭で思い切って声をかけた。


『ああ、やっぱり桜咲さんだよね。学園で見た時にもしかしてって思ったんだけど』


 私の事を覚えていてくれた。

 店番している時によく声をかけてくる男性客が多い。だから、私は店頭に出る時は黒縁の伊達メガネをかけて三つ編みという地味で目立たない格好をしている。


 変装のかいあって地味な格好をしている私に声をかける人はめっきりいなくなった。けれど先生は私に気が付いてくれた。


 それがなんだか嬉しくて、先生が家の本屋に来るのが楽しみになって、自分の気持ちにも気が付いた。


 けれど、先生は先生だ。

 私の気持ちに応えてくれる可能性なんて、ほとんどないと言ってもいい。


 どうしても伝えたくて、バレンタインデーに思い切って、チョコと気持ちを伝えた。そのとき先生の顔を見なかったから、どんな顔をしていたのかはわからない。


 けれどもあんな誤魔化し方をされるのは嫌だった。


 事故にあったとお母さんに聞いて、お見舞いにも行った。

 眠っている先生を見た時に返事すらもらえないのかと思うとギュッと胸が苦しくなって……。


「恨めたらいいのに……」


 フォトフレームに入っている先生の写真を見る。

 いつも見ていれば幸せになれるのに、今は泣き顔を先生に見られているような気がしてどうにも嫌だ。


 ぱたんと写真を机にふせる。


『涼香ー!』


 お母さんが呼ぶ声が聞こえる。

 時間を見ればもう6時を回っている。3時には帰ってきたからもう3時間は部屋にこもりっきりだったみたい。


 時間的にはもうご飯の時間だ。

 店は9時まで空いているけれど、後は従業員の人に任せてきたみたい。


『ご飯出来たわよー』


 部屋の前にお母さんが私を呼ぶ声が聞こえる。

 けれど、とても食事をしたいような気分ではなかった。返事をしなかったからなのかお母さんが部屋に入ってきた。


「……食べたくない」

「まあまあ、そういうと思ったわ」


 おっとりした口調にイラッとした。

 私の何が分かるというのだろうか。

 けれど、お母さんは私の内心を知ってか知らずか話を続ける。


「そういえばさっき先生が来たわよ」

「え!?」

「……ひどい顔ね」


 そんなことはとうに知ってる。

 それよりも先生が来たっていうのはどういうこと?


「先生があなたのことを心配してたのよ。それに申し訳ないって」


 それは私の告白の返事の事だろうか。いまさら……


「先生ね。事故の日の記憶がないんだって」

「……え…」


 あれって誤魔化したんじゃなくて本当に覚えていないの? なら……


「だから、ごめんなさいって。よかったわね。まだフラれてないわよ」

「ちょっと、なんで私が告白したの知ってるの!?」

「簡単よ。いつも先生の話するじゃない。それに2月のバレンタインに向けて、普段読まない料理の本たくさん読んでいたし、チョコ作ってたじゃない。それに決定的なのはあの写真ね」


 そして指さすのは倒したフォトフレーム……いつも部屋に勝手に入らないでって言ってるのに!


「隠せていたつもりなの? 我が娘ながらホント、少女マンガみたいなことするわね~。少女マンガ作家の娘としてはキュンキュンしちゃう~」

「お母さんは男の人専門でしょ。この腐女子!」

「まだ女子って言ってもらえるのならそれもいいわね~」


 この手でお母さんをせめてもダメージはない。むしろ嬉々として自分の趣味を語りだすくらい。


「次に私の部屋に勝手に入ったら原稿、手伝わないから」

「そ、それは困るわ~」


 毎回、時期が来ると決まって私に手伝いを泣きついてくる。

 しかも、あんな男同士の絡みを主体にしたHな本……思い出しただけで恥ずかしくなる。


「まあ、先生はあなたのことを嫌ってはいないし、気まずい思いもしていないわ。今のうちにしっかり距離詰めておきなさい」

「わ、分かったから! あんまり言わないで!」


 けれども少し元気が出た。

 覚えてくれていないのは少し悲しいけれど、私もあせりすぎていたこともある。これから1年間、先生と一緒に過ごせる。もっと先生の事を知れるかもしれない。

 そう考えると、お腹が空いてきた。


「夕飯にしましょう」

「うん」


 あ、そういえば先生ってハンバーグが好きだって言ってた。


 ふふふ、やっぱり子どもっぽいところもあるんだなぁ。今のうちに練習しておこうかな。


 ◆


 夏野なつの 夕葵ゆずき


「ふふふ」


 料理中だが陽気に鼻歌を歌ってしまいそうだ、けれども今日はそれくらい、いいことがあった。


「歩先生もあのスーパー使ってるんだ。彼女もいないんだ~」


 学校から帰っても会えるなんて思わなかった。

 お付き合いしている女性もいない。

 あの時は表情に出ないように思わず、表情が強張っていたかもしれない。


夕葵ゆずきさん。何かいいことでもあったの?」


 お婆様がいつの間にか夕飯の準備をしていた私の後ろにいた。今は腰を患っており台所の椅子に腰かける。


「え、あ……はい。お婆様を助けてくれた歩先生が担任の先生になりました」

「あら。それはよかったわね。あの人が居なかったら、私は今ここにいなかったでしょうし」


 お婆様は、先生に命を救われたことを本当に感謝している。

 それはもちろん私もだ。だから、お婆様と一緒に歩先生のお見舞いに行った。

 その時、診察に来たお医者さまも回復傾向にあり、今は薬で眠っているだけだと伝えられてほっとした。

 ベッドで安らかに寝息をたて寝入っている先生。


 学園の生徒は見たことないようなそんな顔――。


「~~~っ~~」


 ダメだ。その先を思い出すと恥ずかしくて死にたくなる。なんで私はあんなことを!


夕葵ゆずきさん?」

「あ、いえ、なんでもありません!」


 私が用意した食事をテーブルにまで運ぶと、お婆様と二人だけの食事が始まった。

 お婆様との食事は静かなものだ。

 だが、一度先生の事を食事中に尋ねられた時には驚いた。その日から先生の話をするときだけはうれしそうに話を聞いてくれる。


 明日、委員会決めがある。

 学級委員になったら先生と一緒にいられる時間が増えるかもしれない……よし。


 ◆


 美雪 カレン


 お風呂上りにお気に入りの少女マンガ見ながらベッドの上でおやつをむさぼる。堕落極まりないのは自覚していますが、こればっかりはやめられません。


「あ、ちょっとセンセに似てるかも」


 今日、買った漫画の主人公を見てそんなことを考えてしまう。センセと出会ったのは静蘭学園に入学したときだった。


 私の髪は日本では浮いていますし、そのころはあまり友達はいませんでした。それどころか苛められていました。

 だから、みんなが居なさそうな学校に進学して、1人で行動していました。


 1人で行動して迷子になっていたら見つけて、案内してくれたのがセンセでした。


『君、もしかして美雪 カレンさん?』

『ハ、ハイ』

『よかった見つけられて、一緒に行こうか』


 そう言って手を差し伸べてくれたセンセはとても格好良かったです。


 それからセンセの事が先生の中で、一番好きになりました。

 センセの授業は楽しみで楽しみで、何かと理由を付けてセンセに質問して、一緒にいる時間を増やしました。


 日本語を教えてほしいと言ったのも、実は私がお願いしたことでした。


 けれど、今日、とんでもないミスを犯してしまいました。


「まさか、センセにみられるなんて~」


 あ~~思い出しただけで顔から火を吹きそうになりそうです。


 バタバタとベッドの上で暴れまわる。身体を動かさないと恥ずかしさを誤魔化せません!


「はうぅ~。でも嫌われなくてよかった~~~」


 私のような女子はあまり世間から良い目で見られないことは分かっていることです。

 たしかに師匠がいっているように、何も言わないでいてくれる方がいいのかもしれない。これが原因で、センセと距離が開いてしまったら嫌ですし。


 センセと生徒のカップリングは考えているのは、本当ですけれど。

 誰も男子生徒だなんて言ってません。


「うん、センセと秘密を共有できてるって考えれば素敵です」


 センセが私の秘密を知っています。

 けれど私もセンセの秘密にしてしまっていることがあるのです。


 ◆


 沢詩たくし 観月みつき



 はあぁぁ~やったよ。歩ちゃんが担任だぁ。


 アタシは嬉しくてソファの上に置いてあるクッションを思いっきり、抱きしめる。抱きしめているクッションがあの人であったらいいのにと思わずにはいられない。


 静蘭学園に合格できたのは歩ちゃんのおかげと言っても過言じゃない。

 アタシはお世辞にも頭がいいとは言えない。


 中学の時に歩ちゃんがアタシの勉強を見てくれた。

 先生から教わるのは少しズルかと思うけど、その時はまだ学校の先生じゃなかったからセーフだと思いたい。


 そして、歩ちゃんも静蘭学園で教師になって、学校と家の両方で一緒にいられる機会が増えたんだ。もっといえば今回は担任なんだから嬉しくないはずがない。


「お姉ちゃん。なんかいいことあったのかぁ」


 どうやらがアタシが機嫌のいいことを察したのか、弟の陽太がアタシに近づいてきた。もちろん上機嫌に答える。


「ン。陽太ぁ、なんと歩ちゃんがアタシの先生になったんだよ~」

「兄ちゃんは、まえから姉ちゃんのせんせいだよ?」


 小学生の陽太には歩ちゃんは既にアタシの先生というイメージが定着している。


 今更、アタシがそんなことで喜んでいるのか不思議で仕方がないみたい。

 陽太は生まれた時から知っている歩ちゃんをお兄ちゃんのように思っている。歩ちゃんも陽太の面倒を可愛がり喜んで面倒を見てくれている。そういえば弟と妹がいるって言ってたっけ。兄慣れしているのかな。


 ――もしかしたら本当に兄になるかもしれないよ~陽太ぁ


「あ、兄ちゃん帰ってきた」


 陽太が、目敏く歩ちゃんが帰ってきたのを確認する。

 確かにアタシの家からはアパートの駐車場が丸見えでありすぐに分かる。いつもの位置に車を停めて、自分の部屋に向かうのが確認できる。

 アタシは急いで家の玄関を開けて階段の前まで向かう。


「歩ちゃんお帰り」

「兄ちゃんおかえり~」

「おう、観月、陽太ただいま。陽太お菓子やるぞ~」


 学校での教師の顔もいいけど、やんちゃな兄貴分の顔もいい! 大人の中にまだ子供っぽさもある。


「わーい」

「あっコラ、これから夕飯なんだから食べちゃダメ!」


 こんなやりとり誰にもできないだろう。

 歩ちゃんの家での顔やこうやって「お帰り」言えるのは、アタシだけの特権だ。


 お見舞いの時にも家族で行って必要な生活用品を届けに行った。

 しばらく意識が戻らないと聞いてからは、お母さんが行かなくても毎日病院に通った。眠っている歩ちゃんを見ていて目が覚めないと思うととても怖かった。


 だから、絶対にいつか気持ちを伝える。絶対に。

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