第6話 美雪 カレン

 食材を買い終え今度こそアパートに帰ろうとすると今度は桜咲さんの実家である本屋の近くまで来た。


「一度寄ってみるか……」


 そして本屋――SAKURAの駐車場に車を駐車させ本屋の中へと入っていく。

 個人店であるこの店は大規模チェーン店と比べても充分広いし、品揃えが豊富だ。特に教材関連が良く置いてあり学生には心強い味方である。

 俺は週刊誌を買いに来るから水曜日に大抵来るのだけど。


 俺が店に来るとレジカウンターには桜咲さんの姿があるのだが、今日は見当たらない。もしかしたら、今日は店番の日じゃないかもしれない。


「あのすいません」

「先生。お元気そうで、お身体の方はもうよろしいのですか?」

「その節はお世話になりました。入院中も学校に連絡までしてくれて」


 俺は店頭で品出しをしている店長さん――桜咲さんのお母さんに声をかける。

 桜咲さんのお母さん通称“店長”はおっとり系の美人である。

 顔立ちは母娘というだけあり、よく似ている。


 店長は俺がこの本屋の常連であり静蘭学園で教師をしていることも知っているし、俺が事故にあったのを目撃し、救急車を呼んでくれた恩人でもある。


「もう入院中にお礼のお言葉は頂きましたよ。今日はどうされたんですか?」

「……娘さん帰ってきていますか?」

「はい、ですけど今日は店に出たくないって部屋から出てこないんです。……何かあったんですか?」

「すいません、その原因はきっと俺です」


 場所を店の裏側に移動する。

 俺に事故の日の記憶がないこと、桜咲さんにその日に何か言われたのだと。

 それが思い出せない事を一通り事情を説明する。


「なるほど。わかりました、私の方でそのことを伝えておきますので、あまり気になさないでください」

「本当に申し訳ありません」

「ふふふ。それにしてもあの子ったら」


 ん? 何か店長は嬉しそうだ。


「先生、何か買われますか。いつも買われているマンガの新刊出てますよ?」

「なら、ちょっと見させていただきます」


 そのまま店頭に回り再び客として入る。

 新刊コーナーをざっと見渡し目的の漫画を確保する。そのまま、店の中を歩いていると


「カレン?」

「え、あ……センセ?」


 遠目から銀髪の少女が見え、こちらが見ていることに気が付いたのか振り返るとやはり美雪 カレンだった。

 教材コーナーに身体を小さくしながら移動していた。手には3冊の本がある予習のための教材だろうか。


 日本人では見られない綺麗な銀髪に、小さな妖精のような容姿は一度見たら忘れられない。

 この子が静蘭に入学したばかりの頃に日本語を教えたことがある。なんでも中学生の時は上手く日本語が話すことができずに周囲から苛められていたそうだ。


 そこで、俺が日本語を教えるようにと上からのお達しがあった。日本語なら国語担当の教員がいいのではないかと思ったが、初めて任された仕事であったため俺は喜んで引き受けた。そこから結構懐かれるようになった。


 困ることと言えば外国人特有のボディタッチの多いスキンシップだ。俺を見つければよく飛びついてくる。


 今では仲のいい友人も出来たみたいで、楽しく学生生活を過ごしている。


「勉強熱心だな」


 手に持っている教材を見て俺はそんなことを言った。


「イ、イエチガイマス! ではワタシは離れていきますのデ!」


 日本語がおかしい。

 急いで俺の横を通り過ぎようとするが慌てていたのか手に持っていた内の一冊が滑り落ちる。どうやら真ん中の本が滑ってしまい落ちたようだ。


「カレン。本を落とした……よ」


 拾い上げ彼女に渡そうとすると表紙には着物を着た半裸の男が絡み合うように抱き合っている。


 そして、本のタイトルに目が行ってしまった。


『BLボーイズラブでわかる日本史~燃えて萌えて燃えて~』


 なにこれ? BL本なの? 教材なの? どっちなの?

 判断に迷うがでもここに並んでいるということは、教材という扱いに含まれるのだろう。うん、そうに違いない。


「あ、ああ……センセ 見ないでクダサイ!」


 ごめんなさい、もう見ちゃいました。

 どういった視線を向けていいのか分からず、視線を背けながら、彼女に返す。彼女は胸のその本を抱え、周囲に見えないようにする。


 なるほど残り二冊はこの本命を隠すためのカモフラですか。


「ダイジョウブデス! 15禁ですから! 18禁ではないですから!」

「聞いてないよ?」


「そういう本はネットで買ってマス!」

「聞いてないから。というより買ってるんだ!?」


「ああっ! ひどいです、私をハメマシタね!」

「全部君が話したから! あと如何わしい言い方やめて!」


 そして、徐々に涙目になるカレンは膝から崩れ落ち、店内にシクシクとすすり泣く声が聞こえ始めた。


 カレンの言葉を聞いて何事かと周囲の人が集まり始める。俺とカレンを見て完全に俺が悪役の立ち位置となった。


「あらあら、どうかなさいましたか?」


 店長が店内の異変に気が付きこちらへと向かってくる。


「あら。カレンちゃん」


 泣き崩れている美雪さんをみて店長が声をかける。


「お、お師匠ぅぅ!!」


 お師匠? 店長の事か?

 ガバッと顔を上げ店長の胸の中に納まり抱き着き、再度泣きはじめる。


「とりあえずまた店の奥に来てもらってもいいですか?」


 店長がそういうので再び場所を店の裏側に移動することになった。

 スンスンと鼻を鳴らしようやく落ち着いたカレンを正面に座る俺。


 やっぱりこれ、俺の所為?


 店長は店長で店の事があるためお茶を淹れてからすぐに店へと戻ってしまった。


「ゲンメツしましたか?」

「それって、このこと?」


 『BLボーイズラブでわかる日本史~燃えて萌えて燃えて~』を指差し尋ねると、力なくカレンが頷く。


「いや、別に? こういうの好きなんだな~って思ったくらいかな」


 大学の後輩にも似たような奴がいたし、そいつも隠していたらしく、秘密を知ったときにはしばらく付きまとわれた。



「嘘だっっ!!!!!」



 おおう……一瞬、鉈を持った少女を幻視したよ。



「カレン?」

「だって、大抵この趣味を知るとゲンメツするじゃないですカ。BLが生まれた国なのにみんな変だって今まで隠してきたのに。この国のブショウ達はみんなヤッていたのに私を受け入れてくれると思ったのに……よりによってセンセになんて……もういっそセンセを×××して私も……」


 あ、ヤバい、俺は盛大に地雷を踏み抜いたらしい。

 瞳のハイライトが消え、聞いちゃいけないワードが飛びかい始めた。

 ちなみに何を言ったのかはわからなかったのは彼女が母国語で話したからだ。それでも。文脈から絶対いい意味ではないのは分かる。


 とりあえず話題を逸らそう。


「えっと、店長が師匠ってどういうこと?」

「私をこの道に引きずり込んだ1人だからデス」


 藪蛇だった。


「師匠はすごいのです。あの“ヴァーチャルBoyS”の人気絵師であリ、描きたいことを描き、出し惜しみをしない神作家なのです。冬コミの新刊も最高でした。あの方との出会いはまさに運命でシタ。日本を勉強しようと思って見つけた“BLでわかる日本の歩き方”が店長が勧めてくれて……」


「ふへへ」とだらしない顔で笑うカレン。


 店長、貴方はとんでもないことをしてしまいました。


 というより貴方にそんな趣味がおありだったんですか。あのおっとり系美人の顔の下にそんな本性が! もしかして桜咲さんも!?


 ……だが、だからと言って嫌悪することはない。知らない一面を知っただけだ。


「俺がこれだけで嫌いになるなんてないから」

「本当ですカ?」

「ホントホント」

「……私が授業中、先生と生徒のカップリングを想像していたとしても?」

「……………」

「やっぱりーーーー!!!」


 俺にどうしろと!?

「うんいいよ」ともいえばよかった!? 授業中、そんな目で見られてたことなんて聞きたくなかったよ。どちらかと言えば、真面目に授業を聞いてほしかった。


「………どうすれば黙っててくれますカ」

「いや別に誰にも話さないから」

「私の身体で! センセなら私は!」

「落ち着こう!」


 肩を掴んで止めるとすでに来ている服のボタンを外し始めた。ぎゃー……あれ?


 バニラの香りが鼻腔をくすぐる。


 ――え? これってあの時の……?


 だがそのタイミングで店長が戻ってきた。


「あらあら、先生。女の子を泣かせたらダメですよ」


 店の方がひと段落ついたのか店長師匠が休憩室に入ってきた。

 というよりも外れかけているボタンにスルーってことは外で聞いてましたね。


「すいません。ちょっと色々な事を一度に聞かされて、びっくりはしています。俺は本当に言いふらす気なんてないんですが。どうにも信じてもらえなくて」


 俺と生徒とのカップリングの件は別枠です。


「カレンちゃん落ち着いて。先生は本当にそんなことをする人ではないから」

「ううぅ~~……でも…」

「この至高を理解できる人はそうはいないわ。私たちの世界を理解してもらうのは難しいの。多くを望んではいけないわ、私たちが望むのは平穏……沈黙さえしてくれればそれを良しとしなくては」


 至高って言っちゃったよ。やはりあなたは師匠なんですね。

 というより店長、諭し方慣れてる感がすごい、きっとこんな感じに布教しているのだろう。


「それに先生だって男性が健全であるために必要な道具をここで買っているのよ」

「……?」

「ぶふっ!!」


 ソレ反則だ!!


 健全な男子ならわかるはずだ。男という生き物はそういう物が必要になってくることだって。だがそれは女子があえて触れてはいけない禁忌だということ!!


 この町に越してきたばかりの俺はそういう本を買うのがまだ恥ずかしかった時期があったのだ。やがてこの本屋に常連(一般誌を買う意味合いで)になったあたりに変装をやめ普通に通っていたのだが。


 今思えば、暖かな春に必要以上の厚着を着てグラサンで顔を隠していれば……うん、目立つわ。


 というより俺の変装を見破っている店長は、今までわかっていて接していたとなると顔を覆いたくなる。

 ちなみに店番に桜咲さんが出てくるようになってから、ここでその手の本を買うのはやめた。大体買っても2.3冊くらいだったし!


 幸いカレンには伝わっていない様子だが俺は店長にとんでもない切り札を握られている状態だ。


 店長は「大丈夫です。分かってますから」という笑顔を浮かべている。そりゃここに本屋多くの男性がその手の本を求めてやってきますからね。初めてではないですよね。


 でも……




 ――いやあああ~~~穴があったら入りたい!!




 本屋の店長……ある意味最強の存在かもしれない。


 ………

 …………

 ……………


「センセ、取り乱してスミマセンデシタ」

「ああ、うん。気を付けて帰れよ?」

「ハ、ハイ。これからもよろしくお願いシマス」


 ぺこりと頭を下げ購入した教材(中にBL本も含まれる)を胸に抱き立ち去って行った。


 はあ~と大きなため息をつく。


 ああ、社会科のテストの成績が良かったのは歴史が好きって言うより、そっち方面の副産物だったわけね。授業が終わる度に質問に来る姿がなんか慕ってくれてるみたいで嬉しかったのになぁ……。


 けれど、あのバニラの香り――……でも、カレンが俺にキスするわけないか。


 もしかしたらあれは本当にリアルすぎる夢だったのかもしれない。自分の生徒をどんな目で見てるんだか何とも恥ずかしい自己嫌悪だ。


「では先生、私も失礼します。娘には先生の記憶の事を伝えておきますので」

「あ、はい」


 なんかもう、色んな事が原因で店長の顔を直視できない。

 若干、目を泳がせながらその場を後にした。

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